36 / 47
36:<木曜日> 牛・豚・鶏のカレー3
しおりを挟む
楓はずっと思い悩んでいた。
どうして、染さんに別の男性を勧められるのがショックだったのか。
自分が彼の眼中にないと考えるだけで、胸が痛んでしまうのか。子供扱いをされたくないと思うのか。
突き詰めて考えれば、答えは至ってシンプルだ。きっと、そういうことなのだろう。
(たぶん、私は……)
二人きりの静かな車内に、楓の声が響く。
「染さん……あの、さっきのお話ですが、私で良ければ喜んで」
心臓がものすごい早さで脈打っているのがわかる。
ぎゅっと両手を握りしめたまま、楓は染さんの様子を窺った。
彼はぽかんと口を開け、驚いたように楓を凝視している。
「本当にいいの? 断っても仕事に支障はないんだよ? 正直、店主が従業員に告白するのってどうかと思うし」
早口で喋り始める染さんは、楓の言葉を信じられない様子。
「撤回するなら、今のうちだよ? 本気にしてしまうよ?」
スパイスの知識だと、あれだけ流暢に話すのに、自分の恋愛に関しては不器用な人だ。
「本気にしてくださっていいです。そんな悪質な嘘はつきませんから」
染さんへの気持ちは自覚したばかりだから、楓は彼への好意を態度に出せていなかった。
だから、不審がられるのも無理はないのだ。
彼にわかってもらえるよう、つたないながらも言葉をつなげる。
「私も今、染さんのことが気になっています」
「え……ええっ!? 僕のどこが!?」
染さんは、まだ信じられないというような目を楓に向ける。
「最初は親切なお兄さんだなと、それだけでしたが。働いているうちに、徐々にという感じです。どこがと聞かれると、難しいのですが」
「わかりにくいよ、楓ちゃん」
「最近まで、自分でも気づいていませんでしたから」
自覚したのは最近というか、先ほどだ。
きっかけはおそらく、染さんに理さんを勧められ、ショックを受けたこと。
理さんは嫌いじゃないけれど、好きな人に別の相手を提案されるのは、なかなか辛いものがある。
ようやく楓の言葉を信じてくれたのか、染さんがはにかんだ笑みを浮かべた。
「ありがとう、すごく嬉しい……」
体の力が抜けた彼は、ぐったりと椅子の背もたれにもたれる。
「僕はてっきり、楓ちゃんは理と付き合うのかなって思っていたから。堂々と連絡先の交換なんてするし。それが気になって、仕事に手が着かなくなるし、棚に脚をぶつけるしで」
楓はまさかという思いで、染さんを見つめた。
(もしかして、理さんの名前が出たのも、彼を勧めていたわけではなく、二人の関係に探りを入れたかっただけなの?)
ショックを受けていたのが馬鹿らしくなった楓も、背もたれに体を投げ出す。
「染さんも、思っていることがわかりにくいです」
「……ごめん」
お互い恥ずかしがっているせいか、また車内に沈黙が訪れた。それを破ったのは、染さんだ。
「あの、せっかくだから、もう少し一緒に過ごさない? ドライブとか、別の場所へ出かけるとか……楓ちゃんさえ良ければ」
「い、行きましょう」
嬉しいけれど、いつもと違う空気に楓は戸惑う。
そしてそれは、染さんも同じのようだった。
どうして、染さんに別の男性を勧められるのがショックだったのか。
自分が彼の眼中にないと考えるだけで、胸が痛んでしまうのか。子供扱いをされたくないと思うのか。
突き詰めて考えれば、答えは至ってシンプルだ。きっと、そういうことなのだろう。
(たぶん、私は……)
二人きりの静かな車内に、楓の声が響く。
「染さん……あの、さっきのお話ですが、私で良ければ喜んで」
心臓がものすごい早さで脈打っているのがわかる。
ぎゅっと両手を握りしめたまま、楓は染さんの様子を窺った。
彼はぽかんと口を開け、驚いたように楓を凝視している。
「本当にいいの? 断っても仕事に支障はないんだよ? 正直、店主が従業員に告白するのってどうかと思うし」
早口で喋り始める染さんは、楓の言葉を信じられない様子。
「撤回するなら、今のうちだよ? 本気にしてしまうよ?」
スパイスの知識だと、あれだけ流暢に話すのに、自分の恋愛に関しては不器用な人だ。
「本気にしてくださっていいです。そんな悪質な嘘はつきませんから」
染さんへの気持ちは自覚したばかりだから、楓は彼への好意を態度に出せていなかった。
だから、不審がられるのも無理はないのだ。
彼にわかってもらえるよう、つたないながらも言葉をつなげる。
「私も今、染さんのことが気になっています」
「え……ええっ!? 僕のどこが!?」
染さんは、まだ信じられないというような目を楓に向ける。
「最初は親切なお兄さんだなと、それだけでしたが。働いているうちに、徐々にという感じです。どこがと聞かれると、難しいのですが」
「わかりにくいよ、楓ちゃん」
「最近まで、自分でも気づいていませんでしたから」
自覚したのは最近というか、先ほどだ。
きっかけはおそらく、染さんに理さんを勧められ、ショックを受けたこと。
理さんは嫌いじゃないけれど、好きな人に別の相手を提案されるのは、なかなか辛いものがある。
ようやく楓の言葉を信じてくれたのか、染さんがはにかんだ笑みを浮かべた。
「ありがとう、すごく嬉しい……」
体の力が抜けた彼は、ぐったりと椅子の背もたれにもたれる。
「僕はてっきり、楓ちゃんは理と付き合うのかなって思っていたから。堂々と連絡先の交換なんてするし。それが気になって、仕事に手が着かなくなるし、棚に脚をぶつけるしで」
楓はまさかという思いで、染さんを見つめた。
(もしかして、理さんの名前が出たのも、彼を勧めていたわけではなく、二人の関係に探りを入れたかっただけなの?)
ショックを受けていたのが馬鹿らしくなった楓も、背もたれに体を投げ出す。
「染さんも、思っていることがわかりにくいです」
「……ごめん」
お互い恥ずかしがっているせいか、また車内に沈黙が訪れた。それを破ったのは、染さんだ。
「あの、せっかくだから、もう少し一緒に過ごさない? ドライブとか、別の場所へ出かけるとか……楓ちゃんさえ良ければ」
「い、行きましょう」
嬉しいけれど、いつもと違う空気に楓は戸惑う。
そしてそれは、染さんも同じのようだった。
0
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】わたしとぼく
かのん
ライト文芸
わたしは社会人三年目になり、一人暮らしにも慣れてきた頃、母から親戚の子を引き取ってほしいと連絡が入る。
社会人のわたしと高校生のぼくが、一緒に暮らし関わりながら、少しずつお互いに成長をしていく物語。
伊緒さんのお嫁ご飯
三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。
伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。
子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。
ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。
「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。
「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!
女体化元男子たちとの日常 学園唯一の男子生徒になったけど
ブラックウォーター
恋愛
フレアウイルス肺炎と呼ばれる感染症のパンデミックが、かつてこの世界を襲った。
多くの者が命を落とし、生き残った者にも影を落とした。
感染者はかなりの確率で、セクストランス症候群と呼ばれる現象を発症。要するに性別転換を起こしてしまうのだ。
市原司はウイルスの感染と家庭の事情で、全寮制の男子校に転校することになる。
が、いざ転校してみて仰天。学校にいるのは生徒も教師も女ばかり。
そう、その町と学校は、セクストランス症候群によって女体化した元男子たちを集めておく場所だったのだ。彼女たちを差別や偏見から守るために。
かわいくも、羞恥心や貞操観念が希薄な女体化元男子たちとの生活が始まる。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる