33 / 47
33:<水曜日> オーブンで焼くチーズカレー
しおりを挟む
染はスパイスの補充をしながら、店の様子を窺っていた。
アルバイト初日の雛は、楓にサポートしてもらいつつ、順調に接客をこなしている。
なんとか昼の混雑時を乗り越え、今はキッチンの奥で休憩中だ。
「お兄さん……じゃなくて店長ってさ、お姉……楓さんと付き合っているの?」
休憩の最中、机に座って食事中の雛が、唐突に染に話しかけてきた。
慌てて楓を見るが、彼女は離れた場所で接客中のため、会話は聞こえていない。
染の行動を観察する雛は、頬杖をつきながらため息を吐いた。
「なぁんだ、片思いか」
つまらなさそうに足をバタバタ動かすのは止めて欲しい。
どうして今の会話で、そんなことまで見破られてしまうのか。
内心動揺しつつ、オーブンからカレーの皿を取り出す。洋燈堂の「本日のカレー」は、オーブンで焼くチーズカレーだ。
チキンカレーにチーズと野菜を載せて、こんがり焼き上げる。とろとろに伸びるチーズが魅力的な一品。
朝、楓と一緒に味見をしたけれど、彼女にも好評だった。
「楓ちゃん、カレーできたよ。熱いから、持つときは気をつけてね」
「はい」
皿を運び、食べ終えた客の会計を済ませ、テキパキと働く楓。
その間、染はドリンクの準備をし、できたものを再び彼女に渡す。
受け渡しの際、偶然楓と手が触れ合ってしまった。
「……っ!」
「すみません、大丈夫ですか?」
平然とドリンクを運ぶ楓を見て、雛は「楓さん、鈍感すぎ」と、またため息を吐くのだった。
そうこうしているうちに、混雑している時間は過ぎて、一時的に店内に客がいなくなる。
タイミング良く、三階から理が下りてきた。
仕事を辞めた彼は、次の職を探しつつ、のんびりした生活を満喫している。
子供の頃から、追い詰められるように机に向かっていた弟を知る身として、染は彼が体や心を休ませることは必要だと感じていた。
けれど、チーズカレーを注文する理は、楓と仲良く話し込んでいる。
休憩を終えた雛は、二人の様子を見て、染に憐憫の眼差しを向けた。
「店長、ぼやぼやしていると、賀来先生に楓さんを取られちゃうかもね。私が助けてあげようか?」
「え、雛ちゃん?」
「賀来先生は、私が狙っているんだもん」
「……そうなんだ」
けれど、雛ちゃんの申し出は丁重に辞退し、他人任せにせず頑張ろうと決める。
やはり、こういうことは染自身で行動しなければ。
(とはいえ、どうすべきか見当もつかないな。明日は休業日だし、どこかに誘ってみようか?)
動くなら、早いほうが良い。楓がキッチンに戻ってきたタイミングで、染は彼女に声をかけた。
「楓ちゃん。もし、明日用事がなければ、一緒に出かけない?」
「いいですよ、買い出しですか?」
「えっと、そうじゃなくて。何か食べに行こうかと……」
「なるほど、カレー屋巡りですか。フェスのときに、買えなかったカレーがありますし、リベンジですね」
楓は仕事の延長だと勘違いしている。後ろから突き刺さる雛の視線が痛いけれど、もうそれでいいことにした。
二人で外出できるだけでも万々歳だ。
アルバイト初日の雛は、楓にサポートしてもらいつつ、順調に接客をこなしている。
なんとか昼の混雑時を乗り越え、今はキッチンの奥で休憩中だ。
「お兄さん……じゃなくて店長ってさ、お姉……楓さんと付き合っているの?」
休憩の最中、机に座って食事中の雛が、唐突に染に話しかけてきた。
慌てて楓を見るが、彼女は離れた場所で接客中のため、会話は聞こえていない。
染の行動を観察する雛は、頬杖をつきながらため息を吐いた。
「なぁんだ、片思いか」
つまらなさそうに足をバタバタ動かすのは止めて欲しい。
どうして今の会話で、そんなことまで見破られてしまうのか。
内心動揺しつつ、オーブンからカレーの皿を取り出す。洋燈堂の「本日のカレー」は、オーブンで焼くチーズカレーだ。
チキンカレーにチーズと野菜を載せて、こんがり焼き上げる。とろとろに伸びるチーズが魅力的な一品。
朝、楓と一緒に味見をしたけれど、彼女にも好評だった。
「楓ちゃん、カレーできたよ。熱いから、持つときは気をつけてね」
「はい」
皿を運び、食べ終えた客の会計を済ませ、テキパキと働く楓。
その間、染はドリンクの準備をし、できたものを再び彼女に渡す。
受け渡しの際、偶然楓と手が触れ合ってしまった。
「……っ!」
「すみません、大丈夫ですか?」
平然とドリンクを運ぶ楓を見て、雛は「楓さん、鈍感すぎ」と、またため息を吐くのだった。
そうこうしているうちに、混雑している時間は過ぎて、一時的に店内に客がいなくなる。
タイミング良く、三階から理が下りてきた。
仕事を辞めた彼は、次の職を探しつつ、のんびりした生活を満喫している。
子供の頃から、追い詰められるように机に向かっていた弟を知る身として、染は彼が体や心を休ませることは必要だと感じていた。
けれど、チーズカレーを注文する理は、楓と仲良く話し込んでいる。
休憩を終えた雛は、二人の様子を見て、染に憐憫の眼差しを向けた。
「店長、ぼやぼやしていると、賀来先生に楓さんを取られちゃうかもね。私が助けてあげようか?」
「え、雛ちゃん?」
「賀来先生は、私が狙っているんだもん」
「……そうなんだ」
けれど、雛ちゃんの申し出は丁重に辞退し、他人任せにせず頑張ろうと決める。
やはり、こういうことは染自身で行動しなければ。
(とはいえ、どうすべきか見当もつかないな。明日は休業日だし、どこかに誘ってみようか?)
動くなら、早いほうが良い。楓がキッチンに戻ってきたタイミングで、染は彼女に声をかけた。
「楓ちゃん。もし、明日用事がなければ、一緒に出かけない?」
「いいですよ、買い出しですか?」
「えっと、そうじゃなくて。何か食べに行こうかと……」
「なるほど、カレー屋巡りですか。フェスのときに、買えなかったカレーがありますし、リベンジですね」
楓は仕事の延長だと勘違いしている。後ろから突き刺さる雛の視線が痛いけれど、もうそれでいいことにした。
二人で外出できるだけでも万々歳だ。
0
お気に入りに追加
209
あなたにおすすめの小説


劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
報酬はその笑顔で
鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。
自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。
『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる