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23:<日曜日> トリプル掛け三色カレー2
しおりを挟む「やっぱり、天野じゃん! お前、こんなところで何やってるの?」
見覚えのある先輩二人が並んでいる。
休日だけれど、スーツ姿なので、出勤していたのだろう。
「働いていますけど」
答えれば、二人は意地悪げに顔を見合わせる。
「マジかよ! 会社を辞めたと思ったら、まさかの飲食店勤務とか、ありえねーわ!」
「本当にな。俺、会社辞めても、飲食はねーわ! まあ、底辺のお前にはお似合いかもしれねーけど」
先輩たちが何を言っているのか、よくわからない。
(でも、前みたいに怖くない)
不思議と楓の心は凪いでおり、会社員時代のように打ちひしがれることはなかった。
むしろ、他人の批判しかできない、彼らを哀れに思う。
ここ最近は毎日充実していて、周りの人にも恵まれ、自分の心に余裕があるからだろう。
今ならわかる。常に仕事に追われている先輩たちは、日々心をすり減らせていて、弱い他人を傷つける行為でしか、自分を保てないのだ。
「……そうですね。ここで働けて、私は毎日楽しいですよ」
笑顔で答えれば、先輩たちは虚を突かれたような表情になった。
「お前、終わったな。そんなこともわからないなんて、馬鹿かよ」
捨て台詞を吐き、先の尖った黒の革靴で地面を蹴る。
こちらを暗い目で見つめる先輩たち。けれど、もう楓は平気だ。
「よかったら、カレー、食べませんか? おいしいですよ?」
不思議なほど、スラスラと言葉が出る。
楓は今の仕事が好きだし、洋燈堂で働いている自分を誇りに思っているから。
最後まで嫌味を言い続けていた先輩たちだけれど、二人分のカレーを買ってくれた。
会社に持ち帰って食べるみたいだ。
(やったね!)
心の中でガッツポーズをしていると、染さんが話しかけてきた。
「楓ちゃん、今の人たちは?」
「前の会社の先輩です」
「へえ、なんというか、すごい人たちだったね……飲食店がどうとか」
「自分たちだって、毎日お世話になっているのに」
前の会社は忙しく、朝昼夜と外食で済ませる人が多い。
世の中には、いろいろな人がいる。
「さてと、残りあと少し! 頑張りましょう!!」
「そうだね、カレーもだいぶ少なくなってきた」
曇り空は晴れ、公園には明るい光が差している。
地面はぬかるんだままだけれど、人の姿は多くなっていた。どんどん、カレーを完売する店が増えていく。
そして、楓たちも、全部のカレーを売り切ることができた。
「染さん、やりましたね」
「うん、全部買ってもらえたね」
チャイやラッサムも、既に完売している。
隣の店の桃さんたちも、先に片付けの準備に入っていた。
「楓ちゃん、ありがとう」
器具を片付けながら、染さんがさりげなく口を開く。
「えっ……?」
「君のおかげで、カレーフェスに出られた。僕一人だったら、きっとエントリーしていなかったから」
彼の言葉が、何よりも嬉しい。
だから、今後の就職先について、楓は心を決めようと思った。
※
その夜、楓はヘメンの世話をしに、染さんの家を訪れていた。
誰もいないので、兎相手に話しかける。
「私、春が来たら就職活動を……と、考えていたけれど。やっぱり、しないことに決めたんだ」
理さんの言うように、正社員として働くべきなのだろう。それが、正しい答えだ。
けれど、どの仕事にも心がときめかない。
(私のやりたいことは、もう決まっているから)
ヘメンをそっと抱きしめる。
兎は動かない。ヒクヒクと鼻を動かすだけ。
けれど、温かい体温が、楓の考えを肯定してくれているように思えた。
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