スパイスカレー洋燈堂 ~裏路地と兎と錆びた階段~

桜あげは

文字の大きさ
上 下
17 / 47

17:<金曜日> 白いカレー

しおりを挟む

 無事に買い物を終えた楓は、洋燈堂の前まで戻ってきた。
 夜も遅く、見上げれば、二階の店舗に明かりが点いている。

「染さん、いるかな」

 理さんが彼のもとへ向かったこともあり、楓は少し気になった。

(行ってみようかな)
 
 一階に荷物を置き、その足で錆びた階段を上っていく。
 店の扉は開いていた。
 楓に気づいた染さんが、カウンターから顔を出す。

「あれ、楓ちゃん? どうしたの?」
「お疲れ様です、明かりが点いていたから気になって。こんな時間まで仕事ですか?」
「仕事じゃないよ。帰るに帰れないだけ」

 困り顔で微笑む染さんは、視線をキッチンの奥へ向けた。

「んんっ?」

 楓がいつもまかないを食べ、雛ちゃんが勉強をしている机に、うつ伏せで寝そべっている人がいる。見るからにきちんとした服を着た男性は……
 
「理さん?」
「うん。お酒を飲ませたら寝てしまって、起こすのも可哀想だから、そのままにしているんだ」

 染さんは小さな声で、楓に教えてくれた。

「せっかく三人揃ったし、晩ご飯でも作ろうか」
「お、お手伝いします」

 手を洗ってエプロンをつけ、楓はキッチン台の前に立つ。

「染さん、今日は何のカレーですか?」
「変わり種のカレーだよ」

 冷蔵庫からカリフラワーを取り出しながら染さんが笑う。

「それを使うんですか?」
「そう。今日のカレーは、その名も白いカレー」

 ……と言われてもしっくりこない楓は、首を傾げながら質問する。

「ホワイトシチューみたいなものですか?」
「大丈夫、ちゃんとカレーなんだ。ターメリックとか、色のつくパウダースパイスを使わずに、ホールスパイス中心で作ると白くなるんだよ」
 
 日本には、北海道発祥のホワイトカレーという料理がある。
 起源については諸説あるけれど、スープカレーと同様、北海道ではメジャーなカレーらしい。
 
 話しながら、染さんは手早くシナモン、カルダモン、クローブ、クミンシードをフライパンでテンパリングしていく。
 楓は、副菜を準備することにした。確か、店に出した料理が残っていたはず。
 その間に染さんは、にんにく、生姜、タマネギを炒めて、赤唐辛子を加え、ヨーグルトを投入した。
 よほど疲れているのか、理さんは眠ったままだ。
 副菜の用意を終えた楓は、理さんの背中に膝掛けをかけてあげる。

「理も、いろいろあるみたいだね」
「そうなんですか?」
「昔から、努力家でまっすぐな弟だから。どこか、楓ちゃんと似ているかもね」

 仕事のできそうな理さんに似ていると言われ、楓は全力で首を横に振った。

「理も、仕事や両親の件で悩んでいたみたい。好きに生きればいいのに、僕とは違って責任感が強いんだ」

 染さんは、どこまでも理さんを心配している。
 理さんも机で寝ているし、以前のような兄弟の険悪さは感じられない。

 鶏肉やカリフラワーを入れた染さんは、前に作ったチャツネを加えてフライパンの蓋を閉じる。最後に生クリームを混ぜて完成だ。

「白いけど、カレーの匂い!」
 
 残り物のご飯をレンジで温め終えた楓が、それらを皿にのせつつ声を上げる。
 ご飯や副菜の用意を終え、カレーを盛り付けすると、楓はそれらをカウンターテーブルに運んだ。
 すると、カレーの香りで気がついたのか、理さんが目を覚ます。
 ゆっくり頭を起こした彼は、楓がいることや、いつの間にかカレーの用意がされていることに驚いた。
 そして、我に返り、居眠りしていた自分を恥じるようにムッツリした表情になる。
 
「おはよう、理」
 
 染さんが机の上に酔い冷ましの水を置くと、理さんはさらに顔をしかめた。

「カレーができたよ。食べよう」
「はぁ?」
 
 大声で文句を言い出しそうな理さんだったけれど、楓の目があるのを気にしてか、渋々カウンター席に移動した。

「ご飯や副菜が残り物で申し訳ないですが、カレーは絶対においしいですよ」
 
 こんなにも早く、理さんにカレーを口にしてもらえるとは思わなかった。
 けれど、彼に染さんの仕事ぶりを知ってもらいたい。
 静かな夜の店内で、楓たちは並んでまったりとカレーを食べたのだった。
 
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

僕の主治医さん

鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。 【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -   

設樂理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...