上 下
14 / 47

14:<金曜日> 合い掛けカレー

しおりを挟む
 バルさんと桃さんのお店に行った翌日、楓は染さんの作ったカレーを盛り付けながら、うなり声を上げていた。
 端から見れば、ちょっと不気味な光景だろうと思う。

「きれいに見せたい、魅せたい……」
 
 昨日食べたダルバートの盛り付けは芸術的で、ものすごくインスタ映えしそうだった。
 あれは、桃さんの考えたものだそうだ。
 楓は店の宣伝のために、洋燈堂のツイッターやインスタの更新も担当している。
 
(見た目を工夫することは悪くないよね)
 
 あれから、様々なカレー屋の盛り付けを研究していたが、工夫をした盛り付けのカレーはおいしそうに見える。

(写真を見て、お客さんが来てくれそう)

 というわけで、楓は自分の「昼食まかないカレー」で実験しているのだった。
 この日は、お店に出す「今日のカレー」と、「試作品カレー」の残りがあったので、型で丸くすくったライスに二種類ともかけている。
 ついでに、皿の縁におかずを並べ、ダルバートもどきにしてみた。

(かわいいかも。色もカラフルになった)

 さらに、ライスの上に薄いパパド(豆せんべい)を突き刺してみた。

(お、いい感じ? 目立って格好いい)

 染さんが気まぐれで作った煮卵も半分に切って乗せ、水菜も散らしてみる。
 写真映えしそうな合い掛けカレーが誕生した。

 今は中途半端な時間帯なので、店内に客はいない。

「楓ちゃん、かわいい盛り付けだね」
「染さん。桃さんの盛り付けを目にしてから、私も見た目を研究中なんです」
 
 味は文句ないけれど、洋燈堂のカレーの盛り付けは普通だ。
 
(集客のため、使える手はなんでも使う!)
 
 おかげさまで、客足は順調に伸びている。
 特に昼と夕方から夜にかけては多いので、染さんと「午前十一時から午後二時、午後六時から午後九時に開店時間を変更しようか?」という話もしている。
 合間の中途半端な時刻は、お客が少なすぎるので、一度閉店するのだ。
 万全に準備ができるので、営業時間は今まで以上に集中して働ける。

 店はどんどん成長しているように思える。店と一緒に、自分も成長できているような気もする。
 楓は大きなやりがいを感じていた。

 そして、以前出店を決意したカレーフェスの準備にも余念がない。
 イベントでは、普段のお皿が使えない。携帯用トレーでも、きちんと盛り付けできるよう工夫する必要がある。
 染さんと楓は、未だに、「これだ!」というメニューを考案できずにいた。
 
 ちなみに、カレーフェスには桃さんたちも出店するようだ。
 店内にポスターが貼られていたので聞いてみたところ、教えてくれたのだ。
 店で一番人気のダルバートを提供するのだと言っていた。
 桃さんたちの店は、雑誌などで紹介される有名店だ。行列ができるかもしれない。

 色々考えながら合い掛けカレーを食べてみる。

(うん。染さんのカレーは、いつも通りおいしい。二種類食べられるから、お得に感じるし。これを、カレーフェス用に提案してみようかな)

 立ち上がった楓が、口を開こうとした瞬間……
 なんとも間の悪いことに、店の入り口のベルが音を立てた。

「い、いらっしゃいませ!」

 楓は入り口へ客を出迎えに行く。カレーの考察は中断だ。
 入ってきたのは、眼鏡をかけた見覚えのある男性だった。
 
(閉店後に店の前に立っていた人?)
 
 妙に印象的な顔だったので覚えている。
 けれど、楓が席へ案内しようとすると、彼はそれを断り勝手に店の奥へ歩いて行ってしまった。

「染、いるか?」

 名前を呼ばれ、キッチンの奥から染さんが顔を出す。男性を見た染さんは、彼にしては珍しく、驚きの表情を浮かべていた。

「理《おさむ》? どうして、ここに?」

 なんと、男性は染さんの知り合いのようだ。

(そういえば……)

 まじまじと二人を観察する楓は、あることに気がついた。

(二人の顔がそっくり!)

 理と呼ばれた男性が眼鏡をかけていたせいで気づけなかったが、二人の顔は驚くほどよく似ている。
 
(雰囲気は、真逆だけれど)

 染さんはおっとり癒やし系、理さんはきっちり厳しい系という印象だ。
 実際、彼の格好は、お堅いスーツ姿だった。
 理さんは、キッチンにいる染さんに近づき、固い口調で告げる。

「まだ、店を続けるつもりなのか? 父さんが、家に戻ってこいと言っている。職場の口利きもしてくれるそうだ。いつまでも遊んでいないで、ちゃんとした仕事に就け」
「帰らないよ。ここが僕の仕事場だからね」
 
 店の入り口に取り残された楓は、緊張しながら二人の会話を聞いていた。
 席を外した方がいいだろうと思ったが、店の外は寒い上に話がいつまでかかるかもわからないため、できれば出たくない。
 しかし、店内にいる限り、二人の会話が聞こえてしまう。楓は迷った。

「いつの間にか従業員が増えているが、この店にアルバイトを雇う余裕なんてあるのか? だいたい、染は勝手すぎる! せっかく就いた仕事も辞めて、外国へ逃げて。やっと帰ってきたら、カレー屋なんて始めて!」
「父さんには申し訳ないと思っているよ。卒業までにかかった学費は、少しずつだけれど返してる」
「そういう問題じゃない。お前は長男だろう!」

 考えた末、楓は店の隅っこで、修羅場にヒヤヒヤしつつ、自らの気配を消した。
 元から存在感が薄いため、気配を消すのは楓の特技である。

(私は壁……)

 二人は、染さんの進路について話しているようだ。そして、染さんと理さんは兄弟らしい。

「今時、長男も何もないだろう。理だって、好きに生きていいんだよ?」
「俺は、お前とは違う! 染は、何もわかっていない!」

 憤慨した様子の理さんは、「また来る!」とだけ告げて、足音を立てながら店を出て行ってしまった。

(怖かった……)

 壁際で固まったままでいると、染さんが苦笑しながら声をかけてきた。

「ごめんね、変な話を聞かせてしまって」
「私こそ、すみません」
「今のは、僕の双子の弟なんだ。昔は仲がよかったんだけど、僕が海外に逃げたことを機に、あんな風になってしまって」

 楓は不安に思った。染さんの家庭は厳しいところのようだ。

「でも、僕は今の仕事を辞めたくない。たしかに、元の仕事より、お金は稼げない。けれど、やっと見つけた『やりたいこと』だったんだ。簡単に投げ出したくない」

 染さんの決意を聞き、楓は思わず口を開いて言った。

「一緒に頑張りましょう。私、このお店が好きだから、続いて欲しいです」

 楓は洋燈堂に、染さんに救われた。
 彼のために自分ができることがあるならば、なんだってしたいと思っている。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~

じゅん
ライト文芸
【第7回「ライト文芸大賞 」奨励賞 受賞👑】依頼人の思いを汲み取り、気持ちを手紙にしたためる「代筆屋」。しかし、相手の心に寄り添いきれていなかった代筆屋の貴之が、看護師の美優と出会い、避けていた過去に向き合うまでを描くヒューマンストーリー。 突然、貴之の前に現れた美優。初対面のはずが、美優は意味深な発言をして貴之を困惑させる。2人の出会いは偶然ではなく――。 代筆屋の依頼人による「ほっこり」「感動」物語が進むうち、2人が近づいていく関係性もお楽しみください。

マインハールⅡ ――屈強男×しっかり者JKの歳の差ファンタジー恋愛物語

花閂
ライト文芸
天尊との別れから約一年。 高校生になったアキラは、天尊と過ごした日々は夢だったのではないかと思いつつ、現実感のない毎日を過ごしていた。 天尊との思い出をすべて忘れて生きようとした矢先、何者かに襲われる。 異界へと連れてこられたアキラは、恐るべき〝神代の邪竜〟の脅威を知ることになる。 ――――神々が神々を呪う言葉と、誓約のはじまり。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

女体化元男子たちとの日常 学園唯一の男子生徒になったけど

ブラックウォーター
恋愛
 フレアウイルス肺炎と呼ばれる感染症のパンデミックが、かつてこの世界を襲った。  多くの者が命を落とし、生き残った者にも影を落とした。  感染者はかなりの確率で、セクストランス症候群と呼ばれる現象を発症。要するに性別転換を起こしてしまうのだ。  市原司はウイルスの感染と家庭の事情で、全寮制の男子校に転校することになる。  が、いざ転校してみて仰天。学校にいるのは生徒も教師も女ばかり。  そう、その町と学校は、セクストランス症候群によって女体化した元男子たちを集めておく場所だったのだ。彼女たちを差別や偏見から守るために。  かわいくも、羞恥心や貞操観念が希薄な女体化元男子たちとの生活が始まる。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

お料理好きな福留くん

八木愛里
ライト文芸
会計事務所勤務のアラサー女子の私は、日頃の不摂生がピークに達して倒れてしまう。 そんなときに助けてくれたのは会社の後輩の福留くんだった。 ご飯はコンビニで済ませてしまう私に、福留くんは料理を教えてくれるという。 好意に甘えて料理を伝授してもらうことになった。 料理好きな後輩、福留くんと私の料理奮闘記。(仄かに恋愛) 1話2500〜3500文字程度。 「*」マークの話の最下部には参考にレシピを付けています。 表紙は楠 結衣さまからいただきました!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

京都市左京区下鴨女子寮へようこそ!親が毒でも彼氏がクソでも仲間がいれば大丈夫!

washusatomi
ライト文芸
「女の子に学歴があっても仕方ないでしょ」。京都の大学に合格した美希は、新年度早々に退学するように毒母に命令される。「父親が癌になったのだから娘が看病しに東京の実家に戻ってくるのが当然」と。大学で退学手続きしようとした美希を、金髪でヒョウ柄のド派手な女性が見つけ、したたな京女の営む女子寮へ連れて行き……。京都で仲間と一緒に大学生活を送ることになった美希の解毒と成長を描く青春物語!後半はラブコメ風味です!

処理中です...