アマモの森のご飯屋さん

桜あげは

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WEB版番外編・村長と水色精霊

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 冬の朝は、空気が透き通っている。
 村の家の屋根からは氷柱が垂れ、まだ雪掻きされていない広場は一面真っ白だ。

「おはようございます!」

 ミナイは、元気良く村長の家のドアを開けた。
 家の主人は、寝間着姿のままでベッドに腰掛けている。

「村長ー、朝ごはんを持ってきました」
「おお、ミナイ。デリバリーじゃったな、そこの机へ置いておくれ」

 今朝作ったのは、ヨルン花の根とハムラのベーコン、シオンがお土産に持ってきてくれたシローナの葉で作ったチャウダーだ。
 冷めないように厳重に布に包んで持ってきたそれは、まだ温かくて湯気が立ち上っていた。

「お代も机の上においておる。いやあ、助かった……ゴホッ」
「……村長、風邪ですか?」
「ああ。ここのところ、体の調子が悪くてな。」
「それは大変ですね、何か困ったことがあれば言ってください。昼と夜の食事も……」
「うむ、すまんがデリバリーを頼む。ミナイは風邪をひいておらんか?」

 机の前まで移動した村長は、気遣わしげにミナイを見た。

「ええ、大丈夫。最近は、体の調子が悪くなることはありません」
「そうか、精霊は本来儚い種族だからのう。最近ではそうでもないようじゃが……数百年ほど前は、長くても十五年程度しか生きられなかったと聞く」
「え……? それ、どういうことですか? そもそも、村長は、そんな話をどこで?」

 ミナイは、焼きたてのふわふわ白パンや、とれたてのホットミルクを机上に並べながら村長に問いかけた。

「この村は、もともと精霊信仰が盛んだったのじゃ。わしの家には、その頃に残された資料がたくさんある。もちろん、信仰は今も根付いていて……この村の者は、つい、お前さんにお供えをしてしまうわけじゃ」
「……そういうことだったのですね。皆、「気にせず受け取っておきなさい」というから、何なのかずっと気になっていたのです」
「儂のように、酒を精霊に供えるのも信仰の一種じゃな」
「……てっきり、村長が一緒にお酒を飲みたいだけなのだと思っていました」
「もちろん、それも目的じゃ!」

 村長は、キリッとした表情でそう言い切った。

「けど……私の体調が悪かった時に、村長にもらったお酒を飲んだら一時的に回復したんですよね。それと、何か関係があるのかな?」
「この村では、酒は病に効く薬としても扱われておる。特に、精霊には効力を発揮すると書かれておったぞ……儂も、お前さんに出会ってからは、先人の残した資料に目を通し精霊について学んだんじゃ」
「へえ……」

 自由な村長は、食事を始めつつ精霊話をミナイに聞かせる。

「儂が思うに、この国の精霊の本来の寿命は十五年と言うのは、昔から変わっていないんじゃないかの? お前さんも体調不良を起こしていたじゃろ?」

 話しながら、「美味い、ベーコンがトロトロじゃあ!」と料理の感想を入れる村長。
 どちらかに集中すればいいのに……と、ミナイは思ったが、話の続きが気になったので口に出さなかった。

「それが、城の騎士連中と契約したことで、寿命が延びていただけなのではないか? 契約することで、精霊は相手と寿命を共有すると森の精霊が言っておったぞ?」

 森の精霊とは、村長の酒飲み仲間であるオジジのことである。

「何が理由かはわからんが、最初に王家との契約の慣例を作った精霊は、ただ仲間の寿命を延ばしたかったんじゃないのかと儂は思う」
「それって……」

 もしかすると、物語に出てくる『精霊の娘』のことではないだろうか?

「人間と契約できれば、契約相手の本来の寿命分生きることができるからな。契約相手が不慮の事故や病気で亡くなったとしても、精霊はその人間が生きていたら迎えることができた寿命分は生きられる」
「この国の王様と精霊のおとぎ話とは、違いますが……」
「その話なら、わしも知っておる。それもまた、事実に近かったのじゃろうな」

 村長の話に、ミナイは首をかしげた。

「どういうことですか?」
「この村の資料とおとぎ話。両方が真実だとしたら……? 儂は、二つの話は同じことを指しているのだと思っておる」
「『精霊の娘』の恋愛話と、ホワイ村の精霊信仰の資料が?」
「ああ、そうだ……儂の考えは、こうじゃ。精霊の娘と恋に落ちた王は、彼女の寿命の短さを嘆き娘と契約した。しかし、『精霊の娘』は次々に寿命を迎える仲間達の死に耐えられなかった。悲しんだ彼女のために、王は身近にいた騎士達と精霊との契約を推奨したのじゃ。そうすれば、双方にメリットがあるからのう」
「精霊は寿命を得られるし、騎士達は精霊の力を借りられる……ということですね」

 長い時を経て、その契約の形は変わってしまったが、最初はそれが始まりだったのではと村長は力説する。

「森の精霊も、儂と同様の見解を持っておる」
「オジジも……!? もし、それが本当だったとしたら」

 ミナイは、料理を完食した村長を横目で見ながら考えた。

(それは、呪いじゃなくて……仲間を守るための約束だった?)

 だから、あの森で生まれた精霊達は、長い間頑なに契約を守ってきたのだろうか。
 その意味さえわからなくなっても、ずっと……

「とはいえ……今の話は、あくまで儂の意見じゃ。真実は、今となってはわからん」
「そんなぁ」

 契約については、ミナイも気にしているのだ。
 今後も、精霊達は湖から生まれ続ける。彼らが十五歳を過ぎても生き永らえるためには、人間と契約するしかない。
 ベルシュカが王になって、だいぶ精霊の扱いが良くなったものの、差別は今も残っている。

「真実は闇の中じゃが、儂の考えは、そう間違っておらんと思うぞ。まあ、とにかく……お前さんが無事に生きられて良かった」

 村長は、そう締めくくると、もそもそとベッドに戻った。

(風邪をひいているみたいだし、長居するのは良くないよね)

 食器を回収したミナイは、村長に挨拶して彼の家を後にする。
 アマモの森に足を踏み入れてしばらく進むと、反対側から人が歩いてきた。

「ミナイちゃん! 帰ってくるのが遅いから心配したよ」
「ミカル! すみません、村長と話し込んでいました。風邪をひいているみたいで、昼と夜のデリバリーも頼まれました」

 さりげなくミナイが持っていた食器類を受け取ったミカルは、彼女の手を引いて森の奥へ進む。

「ミカルの手、冷たいです」
「ミナイちゃんの手も、暖かくはないね」
「精霊はこんなものですよ。暑さや寒さも、あまり関係ないですし」

 たわいもない会話をしながら、雪道を歩く。

「ねえ、ミカル」
「なぁに、ミナイちゃん」
「……私と契約してくれて、ありがとうございます」
「どうしたの、急に」
「……なんでもないです」

 不思議そうに瞬きするミカルの手を強引に引っ張り、林檎のように赤い顔をしたミナイは、まっすぐに森の中にある二人の家を目指すのだった。


END
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