名探偵になりたい高校生

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六十六話 灰村杏中学二年 七

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「と、言うわけ」

私は自分が生きてきた人生を目の前にいる男、間宮くんに話した。

「…なるほど」

間宮くんは目を閉じながら、うんうんと頷いている。

「灰村さん、その、由美さんって人に、今日の事は話すの?」
「話さない…将が由美さんに話すなら、真実を話すけど…」

由美さんとの約束である、全て話せを破る形になってしまうけど。

「私のこの人生、誰かに話したければ話せば。別にいいよ…」

この手の話は大体広まる。隠してくれと、弱みを見せたら負けだ。

「話さないよ。信用出来ないと思うけど。俺は話さない。記憶したでしょ。約束だ」

間宮くんの言うとおり信用は出来ない。ただのクラスメイトの事はそう簡単に信用出来るもんか…

「おっと、もう、こんな時間だな。俺、そろそろ、帰るね。灰村さん、俺が出たらすぐに鍵を掛けるんだ。いいね」
「言われなくてもそうするわよ」

間宮くんが出て、すぐに鍵を掛ける。一人で静かな、夜を過ごしていく。

「将…二度と会いたくない」

間宮くんが来なかったら、間違いなく、犯された。
その後、私はどうなっていたんだろう…この部屋に将が来てたのかな…?
考えたくない…

「寝よ」

次の日、学校に行くと、間宮くんはいつも通り、机に突っ伏し寝ている。
それを能登さんに注意されている。

変わらぬ、日常。
だと思った。

廊下を一人で歩いていると後ろから歩いてくる音が聞こえてくる。
昨日の事がフラッシュバックする。

将は後ろから私に近づき、抱きついてきた…

私は、気が付くと身体が震えていた。
…私の後ろに、誰かがいるのが…怖い。
後ろを振り向くと、二人の男子が談笑しながら歩いている。
もちろん、私に危害を加える事は無く、通り過ぎていく。
それでも、私は怖かった…

「ハア…ハア…」

心臓の鼓動が早くなる。

自分の中に、新たなトラウマが出来ていた。
後ろに男がいるのが怖い…
それともう一つ。

学校も終わり、バイトに向かい、
バイトもいつも通りこなし、帰ろうと図書館を出た時に身体に異変が起きていた。

足が重い…

暗闇を歩くのが怖い…

動けない…

それでも、重い足を引きずりながら歩いて行く。

工事現場。

昨日の現場…

私の身体は、完全に動かなくなった。
怖い…

ザッザッザと足を音が聞こえる…

汗が流れてくる…
また、将…?

震える身体をなんとか動かし、後ろに振り返る。

「灰村さん」
「…間宮…くん?」

なぜここに?

「灰村さんが図書館でバイトしてるって聞いてさ、一応図書館まで行ったんだけど、間に合わなかった」
「どういうこと?」
「夜道、怖いかなって思ってさ、家まで送って行こうかと」
「よ、余計なお世話…」
「身体震えてんじゃん。俺が守るよ。さあ、帰ろう」

間宮くんは私の腕を掴み、目を合わせた後、私と横並びで歩いてく。

「…ありがとう」
「いいってことよ」

間宮くんは優しく微笑んだ。

「あれから、俺なりに考えたんだけどさ、俺もさ、隠さず話そうかなって」
「はっ?」
「いや、灰村さんが自分の事隠さず、話したのに、俺は自分の事話さないのは、フェアじゃない気がしてさ」
「………えっ」

【杏の事聞いて、自分の事も話す奴が現れたら、そいつは信用していい。】

由美さんの言葉が頭をよぎった。
まさか、いきなりこんな人が現れるなんてね…

「えっと、なにから話そう…まずは俺は間宮孝一…」
「名前は知ってるけど…」
「そうだったね。そうだな、四人家族で妹一人。親は…って家族の話は意味ないか…」
「気を遣わなくていいよ。君の家族が?」
「うーん、母親は、漫画家で、結構人気な漫画を描いてる。俺も母さんの漫画は好きでさ、雑誌立ち読みして読んでる。家だと、ネタバレ流出の恐れがあるため、たとえ家族でも原稿は読ませてもらえない。父親は、元格闘家。今は、道場で、人々に格闘技やら、護身術など教えてるかな。人には教えない技を強引に俺にたたき込んでくるけど。妹は二つ下で今は小学六年かな」
「ふーん…」
「俺は特に話せる事は無いんだけど。そうだな。趣味はジグソーパズルが好きだな」
「ジグソーパズル」

うちの施設にも置いてあったっけ…

「そ。あれやってる時頭がすーっとしてさ、なんか好きなんだよね」
「へえ…」

間宮くんはそれからも色々話してくる。話の内容は、対した事ない気がするけど…それでも、彼は必死に私に自分の事を話してくれる…
どうしてそこまでするんだろうか…

そろそろ、私の家の近くになってきた。間宮くんのおかげで恐怖の感情も薄れ、ここまでやってこれた。

「ここまでで、いいよ。今日はありがとう」

私はお礼を言って、アパートに向かう。

「えっと、最後にいいかな?」

帰る私を引き留めるかのように声を掛けてくる。

「なに?」
「一つ、言い忘れてた。これは俺が誰にも言ってない秘密だ」
「……」
「俺さ、実は探偵に憧れてるんだよね」
「探偵って、猫探しやら、浮気調査したりする奴でしょ」
「まあ、一般的にはそうなんだけどさ。俺の場合は、その…ドラマとかで活躍してる探偵かな」

ドラマで活躍する探偵って、ホテルとかで起きた殺人事件などで、犯人がトリックなど使い、アリバイ工作をする中、そこを見破り、人を集めて自分の推理を披露し、犯人を名指しするやつか…

「そういえば、君って、吉野くんが給食費を盗んだ犯人って分かってたね」

教室で私が犯人じゃないって言ってた時キラキラした表情してたな。

「あれは、玲那に生徒会のパソコン借りて、調べたんだよね。玲那も俺が推理好きなの知ってるし、協力してくれたんだ。あいつもあいつで、犯人探そうとしてたみたいだったし」
「それで?それと、秘密ってなにか関係あるの?」
「高校に入ったら、探偵部創ろうと思ってる。探偵部を創り、事件を解決する。俺は、探偵=高校生なんだよね。小さな時から見てる探偵は大体高校生だ」
「探偵部なんて部活創れるの?」
「創れる。俺が行く高校の全力高校では、必ず部活に入らなければいけない。そのかわり、自分で部活を創る事が出来るらしいんだ!!どお、凄くない。いやー楽しみなんだよねー高校生活が」
「そんな高校あるんだ…でもさ、高校で殺人なんて、めったに起きないと思うけど。それに実際は警察が…」
「探偵部として、困ってる人がいたら、助ける!!それでいい。たまに推理出来ればもっといい」

探偵の事話してる時、楽しそうね。本当に好きなんだ…

「それは能登さんには言わないの?」
「言わないかな。玲那は姉妹校の全開行くって言ってたし。俺もそこに来いって言われてるけど、まあ、行かないかな」
「へえ…」
「あのさ…灰村さんがまだ、進路決めてないなら、全力高校一緒に行かない?」
「なんで?」

高校はまだ決めてない…高校行かないって選択なら考えてるかも。

「灰村さんがどうやって、吉野が犯人って調べたのかはわからないけど、凄く興味あったんだ。その方法は聞くつもりはないけど、それが出来る灰村さんには一緒に探偵部に入ってもらいたい!!それが誘った理由だな」
「はあ…まあ考えとくよ」
「その前に、まずは灰村さんの事をもっと理解しないといけない。だから俺と、友達になろう」
「友達…?」

まさか、間宮くんからそんな事言われるなんてね。隣の席の住人なだけで、特に気にしてなかったけど、この人、結構話す人なんだな。

「ああー!!兄さんが女の人と一緒にいるー!!」

突然する大きな声に肩をビクッとさせ、後ろを振り向くと、ショートカットの女の子と、その父親らしき人が立っていた。

「孝一、昨日も帰りが遅いと思っていたが、お前、いつの間にか、彼女が出来ていたんだな。パパは嬉しいぞ」
「ちょっと、ちょっとぉ!!兄さん、ちゃんと紹介しなさいよね」

声の正体は間宮くんの家族だったみたいね。聞いてたとおりの二人だ。

「二人とも、勘違いしてる。この人は最近この街に引っ越してきた。灰村さんだ。俺と同じクラスで、席が隣で最近話すようになった友達だ」

友達。私はいいよといったつもりはないけど、すでに友達にされているようだ。まあ、この場合そう言うのが一番かな…

「うん?そうなのか。まあ、お嬢さんうちのバカ息子をよろしくな」
「うちのバカ兄さんをよろしくね」

二人揃ってバカと言う。
間宮くん、家でどういう扱いなんだろうか。

「どうも。初めまして、灰村杏です」
「うわぁ!!パパ、このお姉ちゃんすっごい可愛い!!」
「ほお、望ちゃんに引けを取らない可愛さだな」

望ちゃんとは、間宮くんの母親の名前だ。ラブラブなのね…

「ねえ、お姉ちゃん、ここで会ったのも何かの縁だし、今からうち来て遊ぼうよ」
「おお、それはいい。ささ、おいで」

初対面である私をいきなり家に招こうとするこの親子。

「こんな時間に失礼だろ。父さん、あんたはむしろ薫の行動に注意する立場だろ」
「ええ、だってなー。灰村さんが良いって言えば良くない?」

そう言って、二人は熱い眼差しで私を見てくる。
家に帰っても誰もいないし、別にいいけどさ…クラスの男子の家にお邪魔するってどうなのかな…まあいいか。

「はあ、まあ、私は構いませんけど」
「よーし、じゃあいくぞー」

そう言って私は、間宮家に連れて行かれる。

「ただいまー。望ちゃん、愛しの弦ちゃんが帰ってきたよー」
「おかーえりー…あら、そちらの可愛い女の子は、考の彼女?」
「違う」
「それにしてもぉ、改めて見るとお姉ちゃんすっごい可愛いね。うわー、可愛い可愛い!!」
「そ、そうかな。ありがとう」

可愛い可愛いと言われて悪い気はしないけど、少しうるさい…
でも、この妹の薫ちゃんの事は嫌いにはならないな…

間宮くんが私の事を軽く説明して、リビングに通されると、料理がならんでいる。
こんなタイミングで来たら悪いだろう。顔を見せるだけで、今日は帰らせてもらおう。

「それじゃ、私は、これで…」
「なに、言ってるの。これは、杏ちゃんの分も入ってるんだから、食べていってね」
「えっ…?」

どうやら、父親の弦一さんが、いつの間にか望さんに連絡していたらしい。
ここで、帰るのは非常に失礼になってしまう。

「い、いいんですかね?」
「子供がなに遠慮してんのよ。ささ、食べましょ」

私は間宮くんの隣に座り、ご飯をいただく。
望さんのご飯はとても美味しかった。料理が好きと言っていた間宮くんの情報は嘘ではない。
間宮くんが私に話した、家族の事は何一つ嘘ではない…
この人は真実を話している。

それにしても…
家族で、食べるご飯…
こんなに幸せなのね…

私にも、こんな瞬間があった。

由美さんとの時間も素敵な時間だと思う。

でも、でも。もし、私の両親が離婚もせずにいたら…
両親が私を捨てていなかったら…
私もこんな幸せな空間で今もご飯を食べていたのかな……?

「灰村さん…?」

私は気が付くと、目の前が見えなくなるほど、涙を流していた…
目の前の美味しい料理が見えないくらいに…

涙を流す中、ギュッと、望さんが優しく抱きしめてくれる。
何も聞かず、ギュッと。
やさしい、母親のぬくもりを感じる。
しばらく涙を流した後、私は自分の事を、この場にいる全員に話した。もちろん、将の事は話してないが…

一人暮らしでは、何かと危険だろうと、弦一さんは私に護身術を教えてくれ、望さんからは節約レシピを教えてもらう。

時間も遅くなり、私は帰る。
泊まればと言われたけど、これ以上甘えるのは良くない。
そう言って私は間宮くんの家を後にした。

間宮くんが私の家まで送ってくれる。だから、安心して歩く事が出来る。
私の中で、この男は完全に安心出来る人になったようだ…

「そういえばさ、さっきの話の続きしてないね」
「話の続き?」
「そ。友達になろうとかの話」
「ああ、それね」
「ここまで、してもらって、友達になりませんって訳にはいかない。君とは友達ということで…」
「そっか、それはよかったよ」
「私の壁、最初に壊したの能登さんでも志田さんでもなく、君だったね」
「俺と友達になるって事は、玲那や、志田、湯澤とも仲良くなると思うよ」
「その三人は君にとって信頼出来る人なのかな?」
「まあ、そうだな。気の合う連中かな」
「わかった。じゃあ、仲良くなるよ…ただ、能登さんは無理かもね」
「え、なんで?」
「多分、性格的に合わないかもね。まあ、シカトはしないから、安心してよ」
「まあ、それでいいよ。志田みたいに全員と仲良くしろって訳じゃないし。後、自分の過去を話す必要はないからね」
「わかってるよ…後さ、一つ約束して欲しい事あるんだけど」
「なに?」
「毎日机で寝るのやめてよ。私の話相手がいないじゃん」
「…なるほど。わかった。俺からも一ついいかな?」
「なに?」
「夜、怖いと思う。だから、俺が迎えに行くよ。家まで送る。灰村さんが、困ってたら遠慮なく言ってくれ。必ず助けるよ」
「わかった。それじゃ、ここまででいいよ。ありがと。また明日ね」
「ああ、また明日。それじゃね、灰村さ…灰村」

笑顔で手をあげ、帰って行く間宮くん、私はその姿を見た後、部屋に戻り、すぐに、由美さんの電話した。

「もしもし、どうしたよ」
「由美さん。友達出来たよ」

それは由美さんへの報告。
私の中で何かが良い意味で変化した瞬間でもあった。

次の日。

いつも通りに学校に行く。
間宮くんは約束通り、寝ていない。

「考ちゃん、珍しいわね、寝てないなんて。おじさまに一撃入れた?」
「いや、違う」

そんなやりとりを聞きながら、私は席に着き、間宮くんの方を向いた。

「おはよう、間宮くん」
「おう、おはよう、灰村」

私達の普通の挨拶が異様に見えたらしく、志田さんが驚いている。

「ええええ!!マムーが起きてる事に驚きだけど、ハイムーがマムーに挨拶してる!!マムーも呼び捨てしてる」
「どういう事、考ちゃん」
「どうって、別に、普通だろ」
「いつの間に灰村さんと仲良くなったんだよ孝一」
「席隣だし、たまに話しているうちにいつの間にかって感じかな…灰村は面白いぞ、みんなも仲良くな」
「そんなの、マムーに言われなくても分かってるよ」
「まあ、そういう事だから、よろしくね、志田さん」
「わあああ!!ハイムーが正式に友達になってくれた」
「私、腹黒だから、気をつけてね」
「大丈夫だよー。ね、のっちゃん」
「……ええ、そうね」

私は能登さんを見た。

「能登さん。私は、あなたに忠誠を誓う、部下にはならないわよ」
「はっ?なにを言ってるの」
「女王様の反乱軍だと思っておきな」
「へえ。面白いじゃない。私も初めて見た時から仲良くなれそうにないなって思ってたよ」
「あれ?のっちゃん、ハイムー?」
「腹黒い性格が似てるかもね私達」

なぜだろう、私はこの人に負けたくなかった。だから、この人には嫌みや、反乱してみようと思った。
別に嫌いって訳ではないと思うけど。
「負けを認めさせてあげるよ、灰村」
「いまの所、私が一歩進んでる気がするけどね」

ニヤッと能登さんを見る。
能登さんは私の言ってる意味を理解したのか、ますます、苛立ちを表情に出してきた。

こうして、私の中学生活が本当にスタートした。
間宮くんとその仲間達と過ごし、楽しい中学時代を過ごす事が出来た。
能登さんとの衝突もいつの間にか私達の中学では名物になっていたらしい…

そして、この春。私は高校二年になる。

「さて、今年は動ける年になるかな」

高校二年が始まる。
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