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五十九話 バレンタイン
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「はい、考ちゃん」
朝、家を出てすぐに、玲那に会い、チョコを貰う今日この頃。
本日はバレンタインデー。
毎年、女子が、男子に思いを告げる為にチョコを渡す日。
なんて考えは昔であり、今は女子同士でチョコを渡す友チョコなんて言葉が存在したり、男子がチョコを渡す事もあるようだ。
とは言っても男子はこの日、学校に行くとそわそわするもの。
この甘い日に、チョコを貰いたいと思う。
いつもはしない甘い香りのする教室。自分の机の中に、チョコが入ってないか確認してしまう男子。
女友達に自らチョコちょうだいなど言いに行く男子や、大量にチョコを貰っている男子を羨むモテない男子など。この日、女子が自分に対しての好感度がわかる日とも取れる一日である。
俺は運が良いのか、必ず毎年一つは貰えている。
そう。幼馴染みの玲那からである。
といっても本命チョコではなく、完全に義理チョコだが。
それでも貰えるというのは男子として嬉しい限りである。
「それ、本命って言ったら考ちゃんどうする?」
「本命だって言ってることが嘘だと信じて聞かなかったことにする」
「もちろん、本命ではないよ。そもそも本命自体いないし。でも、考ちゃんのチョコは他の人とは違うよ」
「そうなの?すみませんね。気を遣ってもらって」
「お返しは、ホワイトデーの日に言うね」
「そうですか…」
玲那はそれだけ言って学校に向かう。あいつとは方向が違うため、一緒に近くまで行くことは無い。
それにしてもバレンタインデーか…
俺、貰えるかな~。
「お、おはようございます」
学校近くで、会ったのは、柳さんだ。
「おはよう。柳さん」
柳さんは少し、もじもじとしている。トイレでも行きたいのだろうか?
そうだとしても、聞くわけにもいかない。ていうか、聞いたら終わりだ。デリカシーのない変態男として、一生柳さんに冷たい視線を浴びせられるだろう。
「え、えっと。わ、私、生徒会室に行かないといけないので、し、失礼します」
軽く一例して、柳さんはタッタッタっと小走りで行ってしまう。
三年生は、卒業式まで学校に来ることはほとんどないし、卒業式関係で生徒会は忙しいのだろうか?
そんな事を考えながら、何事も無く、教室に入り、自分の席に着く。
一応机の中に、何か入ってないか、無駄に手を深くまでつっこむが、何も入ってない。
「なにしてんの?」
無駄に机の中に手を突っ込んでいる俺を冷たい視線で見ている灰村。
その視線で教室の温度が下がってしまったのではないだろうか。
「や、やあ、おはよう灰村」
「おはよう。チョコ入ってた?」
俺が何をしているのか一瞬で見抜き質問してくる灰村は優秀な探偵だ。
その鋭い洞察力に感心し、質問に答えてやるか。
「さあ、どうかな。当ててみな。名探偵」
「うざ…入ってないんでしょ」
「入ってません…」
灰村はフッと鼻で笑い、自分の席に向かう。
どうせ、入ってませんよ…
だが、同士は多いようで、俺と同じく机の中に手を突っ込んでいる男子は数名いる。
このクラスの男子はモテない人が多いのだろうか。
俺もその一人として、このクラスに配属になったのかな。
本堂さんが今日いたら貰えそうな気はするけど…
「おはよう間宮くん」
声を掛けてきたのは前の席の住人。堀田さんだ。
なにやら袋を片手に持って立っている。
「おはよう堀田さん」
堀田さんはすぐに袋の中に手を入れ、ごそごそとし始め、手を出すと、手作りチョコらしき物を差し出してきた。
ま、まさか…この僕に。チョコを恵んでくれるんですか?
「この間の礼だ。ほれ、私の手作りの抹茶チョコだ。ありがたく受け取ってくれ」
「あ、ありがとうございます!!」
丁寧に包装されたチョコを受け取る。美味しそうだな~。
…そんな俺を恨めしそうに見てくるクラスの男子達。
「くそ、なんであいつが」
「いいなぁ。堀田のチョコ。俺も欲しいな~」
「堀田さんになにか恩売っときゃよかった」
堀田さんはこのクラスの一部の男子から人気があるみたいだ。
「へぇ。堀田さんって。間宮くんだったんだぁ」
「よく、話してるもんね」
「前々から怪しいとは思ってたんだよね~」
堀田さんが俺に気があると勘違いしている女子達。
「はい、灰村さん。君にもあげよう」
「あら、ありがと~。でも私はなにも持ってないよ?」
「別にいらないさ。この間のお礼だよ」
灰村は堀田さんになにかやったのかな?
俺と同じチョコを灰村に渡した堀田さんを見た女子は、すぐに俺へのチョコは義理だと判断した様子。
そんな一日が始まり、あっという間に放課後である。
探偵部の部室で俺達三人は時間まで、それぞれ好きなことをしていた。
今日は依頼も無し。退屈の放課後。
「孝一。チョコ何個貰った?」
「二個。快斗は?」
「三個。そのうち一個は茜ちゃん。手紙付きで」
「へえ、手紙付き」
「そ。手紙の内容は、バスケ部に戻ってきてね。だった。戻る気はないけど」
飯島さんは快斗にどうしてもバスケ部に戻って欲しいんだな。
文化祭でも、快斗にバスケ部のイベントに参加させたし。
俺密かに、飯島さんてか、バスケ部の人達に恨まれてたり…
「「ハッピーバレンタインー」」
お隣の部屋から大きな声が聞こえてくる。
防音室のはずなのに。
ガチャと扉が開くと、ミス研の紅一点、金田さんが登場する。
「お、いるね。間宮、快斗にもあげるよ」
『はい』と金田さんの手にはチョコがのっている。
俺と快斗はありがたく、チョコを受け取る。
「さんきゅー明ちゃん!」
「ホワイトデー期待してるよー。
しかしあんたら、うちのミス研の連中のようにバカみたいに喜ばないのね。私のような美女から貰えるなんて奇跡そうそう起きないよ」
「ミス研のみんなは、防音室を突き破る程に喜んでいたね」
「そ、佐藤と佐々木、モテないコンビは大喜びよ」
「遠山くんは?」
「部長はね…クールにクイっと眼鏡をあげ、『ありがとう』ってかっこつけてたわよ。嬉しくなかったのかな」
遠山くんも男だし、嬉しくないなんてことは無いと思うけど。
チョコが嫌いだとか…?
「たくさん貰ってるから、持ち帰るのが大変って思ってるのかもね」
窓際で本を読みながら、灰村が言って来る。
「え、そうなの?」
「金田さん、同じクラスなのに気が付かなかったわけ?」
「まあ…あんまり周り見てなかったし、友達同士でチョコ交換してたし。あ、そうだ。えっと…あ、あn…灰村さんもチョコ交換しようよ」
いま、杏って言おうとしたな。
「チョコねえ…別に良いけど、私が持ってるの、売店で買ったやつしか無いよ」
「いいよ、いいよ。はい、交換」
金田さんは灰村にチョコを渡し、灰村も金田さんにチョコを渡す。
灰村とチョコを交換出来たことが嬉しかったのか、金田さんはとても嬉しそうにしている。
そんな灰村は、俺の方を向いてくるとチョコを差し出してきた。
「はい。あげるよ。間宮くんにも」
売店で買った板チョコを手に持っている。
「ああ、ありがとう灰村。まさか灰村から貰えるとは」
「ありがたく食べなよ」
ありがとうございます灰村様。
「あと、跡野くん。一応君にもね。
同じ探偵部だし、あげるよ」
「うわあああああ!!ありがとうございます灰村さあああああん!!ハッピーバレンタインー!!」
「私の時と全然反応違うんだけど」
「は、灰村さん、ここここれって本命?」
「んなわけねえだろ」
少し肩を落とすもチョコを貰えたようでテンションは上がったままだ。
「灰村さんって本命とかいないわけ?」
「本命ならさっき渡した」
「えっ!!マジで、誰々?」
金田さんは声を大きくして灰村に聞いていく。金田さんもこの手の話は好きなんだな。
「教えない。金田さんの本命は?」
「ええ!!ひ、秘密…」
「明ちゃん。俺だったり?」
「それは無いわ。顔は合格だけど、他が無理かな」
「ああ、可哀想な俺…」
笑顔でそう答える金田さんを見るに快斗は本当に本命では無いらしい。
金田さんに本命と呼べる相手がいる事に驚いたが、それよりも灰村にも本命がいる事の方が驚きだ。
まあ、あいつも女子だし、恋くらいするよな。
灰村は、金田さんから貰ったチョコを食べずに、バッグに仕舞っている。バッグのチャックには俺があげたイルカのキーホルダーが付けられており、キラリと輝いていた。
よかった、ネットで売られていなかった。
それにしても、灰村の好きな人か…誰だろ?気になる…
そんな事を思いながら灰村から頂いた板チョコを口に入れ、パキッと食べる。
「苦っ…」
「それじゃ、私は今日は帰るね。それじゃ、お疲れ」
灰村は、部室を出て、帰って行く。
今日はあいつバイトだっけ?
「ああー。いけねー。オレヨテイガアッター」
とてつもなく棒読みで言った快斗も帰ってしまった。
部員二人もいなくなり、部室には俺と、金田さんの二人のみ。
若干の沈黙の後、隣の扉が開いた。
「金田。ミーティングだぞ」
「はいはーい。戻りますよーっだ」
遠山くんの迎えも来て、金田さんもミス研の部室に戻り、俺も一人きり。やる事もないし、俺も帰るか。
靴に履き替え、門まで歩いて行く。
そろそろ暗くなるし、早く帰ろう。
門に近づくと、待ち合わせでもしているのか、一人の女子生徒が立っている。
「…あっ。探偵さん」
柳さんだ。俺を見るなり笑顔になった。
「校門前にいるなんて珍しいね。誰かと待ち合わせ?」
「寧々さんと一緒に帰る約束してまして…」
「そっか、それじゃ、また明日学校でね」
「あの、探偵さん…」
柳さんの横を通り過ぎた時に柳さんに呼び止められる。
なんだろ?堀田さんと三人で帰ろうとかかな?
そういう事なら喜んで帰りますよ。暗くなるし、いくら二人とはいえ、女子だ。駅までの道が怖いのかも知れないな。
「こ、これ…受け取って下さい!!」
顔を真っ赤にした柳さんの手には丁寧に包装された、チョコがのっている。
「うわぁ!!ありがとう、うれしいよ!!」
これで、高校で出会ってよく話す女子達全員からチョコを貰えることになった。
よかった、俺の好感度は悪くは無いぞ。
義理とはいえ貰えたチョコはありがたく食べよう。
「あ、あの…そ、それ…」
「うん、どうしたの?」
「い、いえ…」
柳さんは胸に手を置き、うつむいてしまっている。
「……ハァ、ハァ…い、言わないと…」
なにやら小声で言っていて聞こえないが。俺を呼び止めたのは、チョコをくれる為だったんだよな…
ホワイトデーには柳さんに何返そうかな。
「それじゃ、また明日ね」
柳さんから、反応が無いのが少し寂しいが、帰るとするか。
「待って!!」
柳さんは俺の腕をガシッと力強く掴んでくる。びっくりしたけど、それより、柳さんの表情だ。
なにか決心したかの様に、力強く、俺の目を真っ直ぐみている。
「私、嘘つきました」
「嘘?」
「はい…寧々さんとは待ち合わせなんてしていません」
「というと…」
「あ、あなたを待っていたんです!!」
「チョコ渡す為?」
「そうです!!でも、それだけじゃない!!」
それだけじゃない…他にも用があるって事?
「………そ、そのチョコは」
俺は柳さんから貰ったチョコに視線を落とす。
丁寧に包装されたチョコ。市販には売っていないであろう、手作りチョコ。柳さんの想いがこもっているチョコ。
「本命です」
柳さんはさらに顔を赤くして、本命と言った。
…それって。
「私は、間宮孝一くんの事がずっと好きでした!!」
柳さんからの告白。
柳さんは俺の事が好きだという事。
文化祭で言っていた好きな人。
そして夏祭りの花火の時に言っていたのは。堀田さんの事ではなく。自分の事。あの時花火でかき消された声は、俺への告白だったのか。
柳さんは今も瞳をウルウルさせ、俺を真っ直ぐみている。
柳さんの性格を考えると、告白するというのはかなり勇気がいることに違いない。
今、目の前に立っている、柳香澄さんは勇気を振り絞って俺に想いを告げたに違いない。本当なら今すぐ走り去りたいと思っているかもしれない。しかしそれもせず、俺の返事を待っているのだろう。
柳さん。
まじめで、優秀で。やさしくて、困っている人を助けにいって、可愛くて素敵な人だ。
きっと、柳さんと付き合ったら楽しく、平和に過ごせるだろう。
でも……俺は。
「柳さん」
「はい」
「柳さんの気持ち、ありがとう。凄く嬉しいよ。柳さんみたいな可愛い人が俺を好きになってくれて」
「……。」
「でも。ごめん。俺は柳さんを友達以上には見れない」
「そうですか」
「ごめん…」
「いえ、大丈夫です。私も言えてスッキリしました。そ、それじゃあ。私は、生徒会室に戻りますね」
柳さんは背を向け走って行く。
今日はバレンタイン。チョコを渡し、想いを告げる日か…
柳さんに告白されて、考えたとき、柳さんとは違う奴の顔が浮かんでしまった。俺は、あいつの事、好きなのか…
「よしよし。よく頑張ったな」
「はい。フラれちゃいましたけど」
「今日はお前の為になんでも奢ってやるよ」
「今の私、たくさん食べますよ」
「構わんよ。涙が涸れたら、行こうか…」
「はい」
こうして、三学期にあるイベントは幕を閉じた。
一年のうちにあるイベントはもう無い。
俺は、三年生の卒業を見送り、
気が付けば一年も終わりだ。
ホワイトデーに全員にお返しをする際、柳さんに渡す時は緊張したが、柳さんはいつも通りの笑顔で受け取ってくれた。
そして、終業式も終わり、本当に一年が終わる。
二年生になれば何が起こるだろうか?楽しみだな。
朝、家を出てすぐに、玲那に会い、チョコを貰う今日この頃。
本日はバレンタインデー。
毎年、女子が、男子に思いを告げる為にチョコを渡す日。
なんて考えは昔であり、今は女子同士でチョコを渡す友チョコなんて言葉が存在したり、男子がチョコを渡す事もあるようだ。
とは言っても男子はこの日、学校に行くとそわそわするもの。
この甘い日に、チョコを貰いたいと思う。
いつもはしない甘い香りのする教室。自分の机の中に、チョコが入ってないか確認してしまう男子。
女友達に自らチョコちょうだいなど言いに行く男子や、大量にチョコを貰っている男子を羨むモテない男子など。この日、女子が自分に対しての好感度がわかる日とも取れる一日である。
俺は運が良いのか、必ず毎年一つは貰えている。
そう。幼馴染みの玲那からである。
といっても本命チョコではなく、完全に義理チョコだが。
それでも貰えるというのは男子として嬉しい限りである。
「それ、本命って言ったら考ちゃんどうする?」
「本命だって言ってることが嘘だと信じて聞かなかったことにする」
「もちろん、本命ではないよ。そもそも本命自体いないし。でも、考ちゃんのチョコは他の人とは違うよ」
「そうなの?すみませんね。気を遣ってもらって」
「お返しは、ホワイトデーの日に言うね」
「そうですか…」
玲那はそれだけ言って学校に向かう。あいつとは方向が違うため、一緒に近くまで行くことは無い。
それにしてもバレンタインデーか…
俺、貰えるかな~。
「お、おはようございます」
学校近くで、会ったのは、柳さんだ。
「おはよう。柳さん」
柳さんは少し、もじもじとしている。トイレでも行きたいのだろうか?
そうだとしても、聞くわけにもいかない。ていうか、聞いたら終わりだ。デリカシーのない変態男として、一生柳さんに冷たい視線を浴びせられるだろう。
「え、えっと。わ、私、生徒会室に行かないといけないので、し、失礼します」
軽く一例して、柳さんはタッタッタっと小走りで行ってしまう。
三年生は、卒業式まで学校に来ることはほとんどないし、卒業式関係で生徒会は忙しいのだろうか?
そんな事を考えながら、何事も無く、教室に入り、自分の席に着く。
一応机の中に、何か入ってないか、無駄に手を深くまでつっこむが、何も入ってない。
「なにしてんの?」
無駄に机の中に手を突っ込んでいる俺を冷たい視線で見ている灰村。
その視線で教室の温度が下がってしまったのではないだろうか。
「や、やあ、おはよう灰村」
「おはよう。チョコ入ってた?」
俺が何をしているのか一瞬で見抜き質問してくる灰村は優秀な探偵だ。
その鋭い洞察力に感心し、質問に答えてやるか。
「さあ、どうかな。当ててみな。名探偵」
「うざ…入ってないんでしょ」
「入ってません…」
灰村はフッと鼻で笑い、自分の席に向かう。
どうせ、入ってませんよ…
だが、同士は多いようで、俺と同じく机の中に手を突っ込んでいる男子は数名いる。
このクラスの男子はモテない人が多いのだろうか。
俺もその一人として、このクラスに配属になったのかな。
本堂さんが今日いたら貰えそうな気はするけど…
「おはよう間宮くん」
声を掛けてきたのは前の席の住人。堀田さんだ。
なにやら袋を片手に持って立っている。
「おはよう堀田さん」
堀田さんはすぐに袋の中に手を入れ、ごそごそとし始め、手を出すと、手作りチョコらしき物を差し出してきた。
ま、まさか…この僕に。チョコを恵んでくれるんですか?
「この間の礼だ。ほれ、私の手作りの抹茶チョコだ。ありがたく受け取ってくれ」
「あ、ありがとうございます!!」
丁寧に包装されたチョコを受け取る。美味しそうだな~。
…そんな俺を恨めしそうに見てくるクラスの男子達。
「くそ、なんであいつが」
「いいなぁ。堀田のチョコ。俺も欲しいな~」
「堀田さんになにか恩売っときゃよかった」
堀田さんはこのクラスの一部の男子から人気があるみたいだ。
「へぇ。堀田さんって。間宮くんだったんだぁ」
「よく、話してるもんね」
「前々から怪しいとは思ってたんだよね~」
堀田さんが俺に気があると勘違いしている女子達。
「はい、灰村さん。君にもあげよう」
「あら、ありがと~。でも私はなにも持ってないよ?」
「別にいらないさ。この間のお礼だよ」
灰村は堀田さんになにかやったのかな?
俺と同じチョコを灰村に渡した堀田さんを見た女子は、すぐに俺へのチョコは義理だと判断した様子。
そんな一日が始まり、あっという間に放課後である。
探偵部の部室で俺達三人は時間まで、それぞれ好きなことをしていた。
今日は依頼も無し。退屈の放課後。
「孝一。チョコ何個貰った?」
「二個。快斗は?」
「三個。そのうち一個は茜ちゃん。手紙付きで」
「へえ、手紙付き」
「そ。手紙の内容は、バスケ部に戻ってきてね。だった。戻る気はないけど」
飯島さんは快斗にどうしてもバスケ部に戻って欲しいんだな。
文化祭でも、快斗にバスケ部のイベントに参加させたし。
俺密かに、飯島さんてか、バスケ部の人達に恨まれてたり…
「「ハッピーバレンタインー」」
お隣の部屋から大きな声が聞こえてくる。
防音室のはずなのに。
ガチャと扉が開くと、ミス研の紅一点、金田さんが登場する。
「お、いるね。間宮、快斗にもあげるよ」
『はい』と金田さんの手にはチョコがのっている。
俺と快斗はありがたく、チョコを受け取る。
「さんきゅー明ちゃん!」
「ホワイトデー期待してるよー。
しかしあんたら、うちのミス研の連中のようにバカみたいに喜ばないのね。私のような美女から貰えるなんて奇跡そうそう起きないよ」
「ミス研のみんなは、防音室を突き破る程に喜んでいたね」
「そ、佐藤と佐々木、モテないコンビは大喜びよ」
「遠山くんは?」
「部長はね…クールにクイっと眼鏡をあげ、『ありがとう』ってかっこつけてたわよ。嬉しくなかったのかな」
遠山くんも男だし、嬉しくないなんてことは無いと思うけど。
チョコが嫌いだとか…?
「たくさん貰ってるから、持ち帰るのが大変って思ってるのかもね」
窓際で本を読みながら、灰村が言って来る。
「え、そうなの?」
「金田さん、同じクラスなのに気が付かなかったわけ?」
「まあ…あんまり周り見てなかったし、友達同士でチョコ交換してたし。あ、そうだ。えっと…あ、あn…灰村さんもチョコ交換しようよ」
いま、杏って言おうとしたな。
「チョコねえ…別に良いけど、私が持ってるの、売店で買ったやつしか無いよ」
「いいよ、いいよ。はい、交換」
金田さんは灰村にチョコを渡し、灰村も金田さんにチョコを渡す。
灰村とチョコを交換出来たことが嬉しかったのか、金田さんはとても嬉しそうにしている。
そんな灰村は、俺の方を向いてくるとチョコを差し出してきた。
「はい。あげるよ。間宮くんにも」
売店で買った板チョコを手に持っている。
「ああ、ありがとう灰村。まさか灰村から貰えるとは」
「ありがたく食べなよ」
ありがとうございます灰村様。
「あと、跡野くん。一応君にもね。
同じ探偵部だし、あげるよ」
「うわあああああ!!ありがとうございます灰村さあああああん!!ハッピーバレンタインー!!」
「私の時と全然反応違うんだけど」
「は、灰村さん、ここここれって本命?」
「んなわけねえだろ」
少し肩を落とすもチョコを貰えたようでテンションは上がったままだ。
「灰村さんって本命とかいないわけ?」
「本命ならさっき渡した」
「えっ!!マジで、誰々?」
金田さんは声を大きくして灰村に聞いていく。金田さんもこの手の話は好きなんだな。
「教えない。金田さんの本命は?」
「ええ!!ひ、秘密…」
「明ちゃん。俺だったり?」
「それは無いわ。顔は合格だけど、他が無理かな」
「ああ、可哀想な俺…」
笑顔でそう答える金田さんを見るに快斗は本当に本命では無いらしい。
金田さんに本命と呼べる相手がいる事に驚いたが、それよりも灰村にも本命がいる事の方が驚きだ。
まあ、あいつも女子だし、恋くらいするよな。
灰村は、金田さんから貰ったチョコを食べずに、バッグに仕舞っている。バッグのチャックには俺があげたイルカのキーホルダーが付けられており、キラリと輝いていた。
よかった、ネットで売られていなかった。
それにしても、灰村の好きな人か…誰だろ?気になる…
そんな事を思いながら灰村から頂いた板チョコを口に入れ、パキッと食べる。
「苦っ…」
「それじゃ、私は今日は帰るね。それじゃ、お疲れ」
灰村は、部室を出て、帰って行く。
今日はあいつバイトだっけ?
「ああー。いけねー。オレヨテイガアッター」
とてつもなく棒読みで言った快斗も帰ってしまった。
部員二人もいなくなり、部室には俺と、金田さんの二人のみ。
若干の沈黙の後、隣の扉が開いた。
「金田。ミーティングだぞ」
「はいはーい。戻りますよーっだ」
遠山くんの迎えも来て、金田さんもミス研の部室に戻り、俺も一人きり。やる事もないし、俺も帰るか。
靴に履き替え、門まで歩いて行く。
そろそろ暗くなるし、早く帰ろう。
門に近づくと、待ち合わせでもしているのか、一人の女子生徒が立っている。
「…あっ。探偵さん」
柳さんだ。俺を見るなり笑顔になった。
「校門前にいるなんて珍しいね。誰かと待ち合わせ?」
「寧々さんと一緒に帰る約束してまして…」
「そっか、それじゃ、また明日学校でね」
「あの、探偵さん…」
柳さんの横を通り過ぎた時に柳さんに呼び止められる。
なんだろ?堀田さんと三人で帰ろうとかかな?
そういう事なら喜んで帰りますよ。暗くなるし、いくら二人とはいえ、女子だ。駅までの道が怖いのかも知れないな。
「こ、これ…受け取って下さい!!」
顔を真っ赤にした柳さんの手には丁寧に包装された、チョコがのっている。
「うわぁ!!ありがとう、うれしいよ!!」
これで、高校で出会ってよく話す女子達全員からチョコを貰えることになった。
よかった、俺の好感度は悪くは無いぞ。
義理とはいえ貰えたチョコはありがたく食べよう。
「あ、あの…そ、それ…」
「うん、どうしたの?」
「い、いえ…」
柳さんは胸に手を置き、うつむいてしまっている。
「……ハァ、ハァ…い、言わないと…」
なにやら小声で言っていて聞こえないが。俺を呼び止めたのは、チョコをくれる為だったんだよな…
ホワイトデーには柳さんに何返そうかな。
「それじゃ、また明日ね」
柳さんから、反応が無いのが少し寂しいが、帰るとするか。
「待って!!」
柳さんは俺の腕をガシッと力強く掴んでくる。びっくりしたけど、それより、柳さんの表情だ。
なにか決心したかの様に、力強く、俺の目を真っ直ぐみている。
「私、嘘つきました」
「嘘?」
「はい…寧々さんとは待ち合わせなんてしていません」
「というと…」
「あ、あなたを待っていたんです!!」
「チョコ渡す為?」
「そうです!!でも、それだけじゃない!!」
それだけじゃない…他にも用があるって事?
「………そ、そのチョコは」
俺は柳さんから貰ったチョコに視線を落とす。
丁寧に包装されたチョコ。市販には売っていないであろう、手作りチョコ。柳さんの想いがこもっているチョコ。
「本命です」
柳さんはさらに顔を赤くして、本命と言った。
…それって。
「私は、間宮孝一くんの事がずっと好きでした!!」
柳さんからの告白。
柳さんは俺の事が好きだという事。
文化祭で言っていた好きな人。
そして夏祭りの花火の時に言っていたのは。堀田さんの事ではなく。自分の事。あの時花火でかき消された声は、俺への告白だったのか。
柳さんは今も瞳をウルウルさせ、俺を真っ直ぐみている。
柳さんの性格を考えると、告白するというのはかなり勇気がいることに違いない。
今、目の前に立っている、柳香澄さんは勇気を振り絞って俺に想いを告げたに違いない。本当なら今すぐ走り去りたいと思っているかもしれない。しかしそれもせず、俺の返事を待っているのだろう。
柳さん。
まじめで、優秀で。やさしくて、困っている人を助けにいって、可愛くて素敵な人だ。
きっと、柳さんと付き合ったら楽しく、平和に過ごせるだろう。
でも……俺は。
「柳さん」
「はい」
「柳さんの気持ち、ありがとう。凄く嬉しいよ。柳さんみたいな可愛い人が俺を好きになってくれて」
「……。」
「でも。ごめん。俺は柳さんを友達以上には見れない」
「そうですか」
「ごめん…」
「いえ、大丈夫です。私も言えてスッキリしました。そ、それじゃあ。私は、生徒会室に戻りますね」
柳さんは背を向け走って行く。
今日はバレンタイン。チョコを渡し、想いを告げる日か…
柳さんに告白されて、考えたとき、柳さんとは違う奴の顔が浮かんでしまった。俺は、あいつの事、好きなのか…
「よしよし。よく頑張ったな」
「はい。フラれちゃいましたけど」
「今日はお前の為になんでも奢ってやるよ」
「今の私、たくさん食べますよ」
「構わんよ。涙が涸れたら、行こうか…」
「はい」
こうして、三学期にあるイベントは幕を閉じた。
一年のうちにあるイベントはもう無い。
俺は、三年生の卒業を見送り、
気が付けば一年も終わりだ。
ホワイトデーに全員にお返しをする際、柳さんに渡す時は緊張したが、柳さんはいつも通りの笑顔で受け取ってくれた。
そして、終業式も終わり、本当に一年が終わる。
二年生になれば何が起こるだろうか?楽しみだな。
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