名探偵になりたい高校生

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八話 一年一学期八

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私立全力高校に入学して一ヶ月とちょっと。5月の終わりが近づいている頃、生徒会からの視察を終え、ようやくのんびりと部活動に励もうとしている中、一学期最初の行事、遠足がやってきた。
この学校は行事ごとにも全力で行う為、もちろん遠足にも全力で行う。
遠足に全力ってなんだろと思いながらも俺はクラスの担任である磯川先生からもらった当日の予定表に目を通していた。
目的地、動物園。
東京にある大きな動物園に行くらしい。
パンフレットには、当日現地集合、現地解散。家を出てから帰るまでが遠足と書かれている。
その他の予定は特に無いらしい。
九時に現地に集合し十五時に解散。
弁当持参もしくは園内飲食店で食べる事。外に出て食べに行くことは禁止。
遅刻者がいたクラスは入場を禁止。その場で解散。ルールを守る事。

「一人遅刻しただけでクラス全体で責任を負うのかよ」
俺の独り言が聞こえたのか磯川先生が反応した。
「そうだ。集団行動だからな。一人のミスは全員のミスだ。ちなみに、これは全ての行事に当てはまる。体育祭、文化祭、修学旅行。何事も全力で行いたい学校側は遅刻者を許さないって事だ。だから全員遅刻するなよ。だるいからってサボる事も許さんぞ」
「理由があって遅刻した場合はどうなるんですか?」
「理由によるな。寝坊は論外だが、電車が遅延などはまあ許されるかな」
要は全員が参加する事に意味があると言いたいらしい。
俺は磯川先生の話を聞いた後予定表をペラペラとめくっていると最後のページに書かれていた文に目が止まった。

なお、この遠足では。一学期最初の行事の為、他のクラスとの交流を行う事。

「先生、質問が」
「なんだ灰村」
「最後のページに書かれている事はどういう意味ですか?」
灰村も同じ所が気になったらしく、質問した。
「そのままの意味だな。一ヶ月たってそろそろクラスの中でグループが出来ただろ。そこから更に外に行って友達を増やせって事さ。それが後に役に立つ」
「そうですか」
灰村はそれ以上聞くことは無かったのか静かに席に着いた。

後に役に立つか・・まぁ多分、そういう事だよな。

遠足当日。
俺は遅刻もせず時間通り動物園に来た。
クラスに遅刻者はいない様で何よりだ。
他のクラスにも遅刻者はいないみたいだし、どのクラスもその場で解散になる事はなかったらしい。一部遅刻の常習犯と言われていた二組のバスケ部の男がギリギリだったみたいだけど。
なおこの日我がクラスのトップバッターの嗚呼さんはいつも通り一番乗りだった。

園内に入ると俺は入り口で貰ったパンフレットを片手にどこから行こうかと悩んでいた。一番人気のパンダの所でも行くかそれともゴリラでも見に行くか。
「う~む、悩むな」
「あんた、一人で行動する気?」
俺がパンフレットと睨めっこをしていると後ろから灰村が声を掛けて来た。
「う、ま、まあね。俺他のクラスに知り合いなんていないし。今日は一人で行こうかなぁって」
「うわ。寂しい奴。他のクラスに友達がいない人なんてたくさんいるでしょ。コミュ障でも無いんだから積極的に話しかければ?」
灰村の言っている事は正しい。動物園に来て一人でいるのは確かに寂しい。
俺も誰かに話しかけてみるか?何名かは知ってる人いるし。
ミス研とか、生徒会とかだけど・・
「磯川先生の最後の一言で男子なんかはかなりやる気になってるみたいよ」
「ああ、あれね。これを機に彼女でも作ってみろってやつか」
「君も彼女欲しいなら。女子にでも声をかけてみたら」
灰村は『どうせ無理だろうけど』と笑いながら言ってくる。俺だってその気になればできる筈だぞと言ってやろうかと思っていると、
「三組の灰村さんだよね?よかったら一緒に行かない?」
どこかのクラスの女子が灰村に話しかけてきた。
灰村は俺に勝ち誇る様な顔をした後
「うん、一緒に行こ~」
別人の様な声を出し女子生徒の方に歩いて行った。

灰村もいなくなり俺は本当にボッチになった。正直寂しい。誰かここにいるボッチと一緒に行動してくれる優しい人はいませんか?
ボヤいても仕方ない。俺は諦め一人で園内を観ていこう。
しかし、平日とだというのになんて人が多いんだ。家族連れに、カップル。カメラ片手に一人で来ている人もいる。
お目当ては恐らくパンダだろうな。この動物園で一番人気に動物だ。うちのクラスもパンダが見たいと言ってた人が何人かいた気がする。俺もチラッとは見たいがパンダがいる所はすでに行列が出来ている。俺はそこに行く気にはなれなかった為、ゴリラでも見に行くことにした。
「えっと、ゴリラはどこだ?」
「ゴリラを探しているんですか?」
パンフレットと睨めっこをする俺に誰かが声をかけてくれたようだ。誰だろう、係員の人かな?
俺は声のする方に顔を向けるとそこには、キリッとした目に三つ編みヘアーの女の子。生徒会の【柳 香澄】(やなぎ かすみ)さんが立っていた。
「探偵さん。ゴリラをお探しですか?」
「う、うんまあね」
「今日はお一人なんですか?彼女さんは?」
「彼女って誰のことかな?」
「灰村さんです」
付き合ってないんですけど・・
「柳さん、俺と灰村は別に付き合ってるとかそんなんじゃないよ。噂が勝手に一人歩きしてるだけだよ」
「そうですか。女子の間では結構噂になってるみたいですけど。まあそこはお二人の問題なので私は特に干渉しません。ただ、部室で如何わしい行為を発見したら直ちに罰しますけど」
確かに俺は灰村と行動している事は多いけど、付き合ってます、みたいな感じは一切出してないんだけどな。そもそも灰村をそういった目で見た事ないし。
「柳さんも一人?」
「はい。私は生徒会として、一人で行動する寂しい方に声を掛け、グループの輪に連れて行くという使命がありますので」
つまり一人寂しく歩いている俺を発見した柳さんは俺をどこかのグループに連れて行ってくれるつもりなんだろう。
「探偵さん、さっき一人で歩いている男子生徒を見かけたのでその方と一緒に行動してみてはどうですか?」
「柳さん、ちなみにその男子は一人でいたけど寂しそうにしてたの?」
柳さんは顎に手をあて首を傾げながら思い出そうとしていた。その姿がちょっと可愛らしく見えた。その可愛らしい仕草をしている柳さんにそれを伝えるとなにか罰せられそうな気がしたから俺はそっと胸の奥に仕舞い込んだ。
「寂しそうかどうかと言われれば、別にそんな感じはしていなかったですね。そういえば、確かデジカメを持ってた気がします」
「そっか、多分その生徒はあえて単独行動をしているのかもね。一人で観て回って写真を撮りたいって人もいるんじゃないかな?」
「なるほど、言われてみればそうかも知れませんね。私、余計なお節介をする所でした」
フンフンと頷く柳さん。いちいち動きが可愛いな。
「じゃあ、探偵さんも一人で行動したいから一人なんですか?」
頭の上に疑問符でも出ているかのような表情をしている柳さん。俺は別に一人でいたいわけじゃない。ただ、他のクラスに友達がいないのだ。
「いや、俺は別に、そういったわけじゃなくてね・・」
「そうですか・・」
「柳さんも一人だったよね。よかったら一緒に観ない?」
「わわわわ私とですか!?」
えっ?なんでこんなにびっくりしてんだろ。俺みたいのに誘われたのが嫌だったのかな。
「嫌なら一人で行くけど」
「い、いえ、誘われるとは思ってなかったものですから」
柳さんは俺に誘われると思っていなかったらしく驚いていたみたいだ。
「まあ、私も一人だし、せっかく誘って頂いたので、一緒に回りましょう」

俺は柳さんと共に行動する事となり、なんとか遠足をボッチで過ごさずに済んだ。
当初の目的通り、先ずはゴリラを見に行く事にする。パンフレットでゴリラの場所を確認し歩いて行くと、ゴリラのエリアの近くにリンゴの看板があり、看板には【ゴリラのコング君三歳】と表示されていた。近くで見るゴリラは迫力満点でかなり威圧感があった。
時折自身の胸を叩きドラミングをすると、近くにいたお客さんは一斉にスマホで写真を撮り出した。サービス精神がおおいゴリラは結構長い事ドラミングをしてくれて俺も写真を撮る事が出来た。家に帰ったら、妹にでも見せてやるか。
俺の隣で立っている柳さんも写真が撮れたのか嬉しそうにしていた。
柳さんはゴリラの生態の事を俺に教えてくれる。
俺は動物のそういった知識が全く無い為柳さんの講義はありがたかった。

俺達は色々とみて回り、動物を観ては柳さんが詳しく解説してくれる。そのお陰か動物達を見る目もかわり、楽しい時間を過ごすことが出来た。
時刻は十二時過ぎ、俺達は休憩を挟むことにした。近くにあった飲食店に入ると昼時だからだろう、店には大勢に人がいて、うちの学校の生徒もいるようだ。
俺は空いている席を発見すると柳さんを座らせる。
「俺、食いもん買って来るけど。柳さんは何食べる?」
「えっと、一人で行かせるのは悪いので私も一緒に行きますよ」
「いや、それだとせっかく確保した席が他の誰かに取られちゃうからさ。柳さんはここで待ってて」
「わかりました。ではお願いします」
「んで、何か食べたい物は?」
「ホットサンドのゴリラのスタンプの奴でお願いします」
「ゴリラのやつね。了解」
俺はレジに向かい注文をし、食べ物を受け取ると、柳さんの待つ場所まで戻って行った。
「はい、柳さん」
俺は柳さんの前にホットサンド、ゴリラスタンプバージョンとアイスコーヒーを置く。
「ありがとうございます。あのお幾らでした」
柳さんは財布を取り出し俺にお金を渡そうとする。
「今日一緒に回ってくれたお礼だ。奢るよ」
「いえ、そんな悪いです」
「まあまあ、気にせず。この間バイトの給料入ったばかりだから、多少は余裕あるんだ」
「じゃ、今度は私が奢りますから」
「ああ、そうしてくれ」
それで貸し借り無しと柳さんは納得したのか、ホットサンドを食べ始めた。笑顔で食べる柳さん。可愛いわ。

お昼ご飯を食べ、店を出た俺達はすぐには行動せずに、近くにあるベンチで少し休む事にした。
「柳さんって五組だっけ?」
「はい、そうですよ。探偵さんは三組ですよね」
「うん、よく知ってるね」
「私の知り合いが三組にいまして、探偵部を創ったイカれたやつがいるって言っていたので。知ってました」
イカれたやつだと・・
「それって女子?」
「はい、そうですよ」
笑顔で応える柳さん。俺はクラスの女子にイカれた奴だと思われている事がわかった。探偵部は別にイカれてないだろ。
「五組ってどんなクラス?」
俺は情報収集をする事にした。この遠足、他のクラスとの交流という名目の裏に他のクラスの情報を入手せよ、と言う狙いがあるはず。
「私のクラスは運動部の方が多いですね。サッカー部と野球部の方で一年生ながらレギュラーを勝ち取っている方もいる見たいです」
ほうほう。運動部が固まっているクラスか。となると・・
「じゃあ来月の体育祭も優勝狙ってる感じ?」
「そうでうね。男子達は優勝するぞって盛り上がってます。学年一位はもちろん学校総合優勝も狙っていて、第二体育祭も優勝するんだって」
ん?第二体育祭?なんだそれ。
「あの、柳さん。第二体育祭ってなに?」
「全力高校は体育祭が二回あります。一学期と二学期です。一学期で各学年で優勝したクラスは姉妹校である、全開高校と体育祭で勝負するんですよ。それが第二体育祭です」
そんなのあったんだ。文化祭で協力するだけかと思った。
「因みに文化祭二日目には一日目で多くお客さんが入ったクラスは、全開高校でクラスの出し物をやります。それは二年生限定ですけどね」
知らなかったな。そんな事を灰村にでも聞いてたら、『そんな事も知らないの?死ねば』と言われていただろう。
柳さんから色々と情報も得たし、そろそろ行こうかと立ち上がり、歩き出そうとしたら、柳さんが真っ直ぐ見つめながら動かないでいた。
「どうしたの?」
柳さんに尋ねると同時に柳さんの視線の先にある物を見ると五、六歳の男の子が、蹲っている。明らかに変だ。
「い、いえ。なんでも無いです。さあ、行きましょう。次はどこにいきますか?」
あれ?
男の子に気が付いてるよね?
柳さんの性格なら真っ先に向かうと思うんだが。
「あれ、いいの。行かなくて」
「えっ・・」
俺は男の子の方を指を指し、伝えると柳さんの表情が固まっている気がした。
「えっと、その・・」
関わりたくないのかなと一瞬思ったけどどうやら違うらしい。なにか我慢している感じだ。
「近くに親がいないし多分迷子だろうね。あの子に事情を聞きにいこう」
「いいんですか?せっかくの遠足なのに」
柳さんは男の子と俺に視線を交互に向けていた。
「そんな事言ってる場合じゃ無いでしょ。困ってる人が目の前にいるんだ。助けに行かないと」
俺の言葉が効いたのか柳さんはみるみる内に表情が明るくなっていくのがわかる。
「そうですよね!そうですよね!」
柳さんは笑顔になり男の子に向かって走っていく、やはり何かを我慢していたのだろうな。
柳さんは男の子に近付くと、男の子と同じ視線になる様にしゃがみ話しかけた。
「僕、お母さんは?」
男の子は話しかけてきた柳さんを見ると『はぐれちゃった』と応えた。
やはり迷子か、このまま迷子センターに連れて行き、放送で呼べば万事解決と言いたい所だけど、目の前にいる優等生、柳さんはどうも、それをする気がないらしい。子供を親の元に連れて行く気だ。
「お母さんとはどこまで一緒だったの?」
柳さんは優しい声で尋ねる。
「うんと・・お猿さんまで・・」
「うんうん」
柳さんは立ち上がり俺を見た。その表情は明らかに困った顔をしている。
「どうしましょう。お猿さんのエリアに行けばいますかね?」
「うーん、どうだろ」
今はそれしか言えない。情報が少ない。
やはりここは、迷子センターに連れて行くのが一番の気が・・
「僕このまま、ママに会えないのかな」
男の子は俯き泣きそうになる。二度と会えない事はないと思うが、不安だし、怖いからかネガティブな事しか浮かばないんだろう。
・・まあ、いきなり一人ぼっちになると見えてる世界が一気に怖くなるよな。
「大丈夫だよ。ここにいるお兄ちゃんは探偵さんなんだよ。だから絶対ママの所に連れて行ってくれるよ」
男の子は俺を見る。
「お兄ちゃん。探偵なの?」
「お、おう。一応」
「さ、探偵さん。お願いします」
男の子と柳さんは俺を見つめてくる。これも探偵業か・・仕方ない。この俺が必ず連れて行こうじゃないか。
迷子センターに連れて行くと言ったら柳さんに『探偵失格ですね、探偵部廃部にさせてもらいます』などと言いそうだから言わないでおこう。
兎に角今は男の子から話を聞こう。
「なあ、お母さんと次はどこ行くとか話したか?」
「ううん」
「そうか・・」
うん、どうしよう。情報が足りない。
何かヒント無いかなと思っていると男の子の手にスタンプカードを持っていることに気がついた。
「そのスタンプ見せてくれる?」
男の子からスタンプカードを受け取るといくつか押した後がある。どうやら確動物に会いに行くとスタッフに押してもらえるみたいだ。
「サルの前ってなに見たの?」
「えっとね、たしかバクって動物だよ」
俺はパンフレットを確認するとバクの居場所をみる、さらにそこからサルの場所を確認する。
ずいぶん離れているな・・
近くに他の動物もいるのになんでわざわざバクを見て次にサルを見にいった?
見たけどスタンプを押し忘れただけかも知れないけど。
「そういえば、ママはしりとりをしながら行こうねって言ってた」
「しりとり?」
俺はパンフレットに視線を落としサルとバクを交互に見る。この二匹はしりとりとして繋がりはない気がするけど。
「しりとりって事はルで始まる動物の所にお母さんはいるんですかね?」
柳さんは俺の持つパンフレットを覗き込みながら言って来る。
集中したいが柳さんからいい匂いがしてきて集中出来ない。
「ん?どうしたんですか」
首を傾げながら俺を見る柳さん。悪いが集中出来ないから離れてほしい。
柳さんの視線から逃げる様に首を横に向け、近くにあったトラを見た。トラは檻の中で大人しく寝転んでいる。その様子は可愛かった。トラの近くにスタンプを押してくれるスタッフとトマトの看板があるのがわかる。
「トラ・・トマト・・」
もしかしてそう言う事か。
パンフレットを再び見て、バクとサルを見る。
「なるほど、そうか。しりとりね」
答えはわかった。男の子の母親はここにいる。
「行こう。お母さんのいる場所へ」
柳さんと男の子を連れ、歩き出す。
母親がいる所はペンギンがいる場所だろう。

ペンギンのエリアに辿り着き周囲を確認していると男の子が母親を見つけたらしく走り出していた。
「ママ~!!」
母親に抱きつき、安心したのか一気に泣き出した。
「偉いですねあの子。知らない私達に話しかけられ、怖かったはずなのにここまでずっと泣くのを我慢してたんですね」
男の子の親が無事発見出来て一安心したのか柳さんの目に若干涙が浮かんでいた。
男の子に聞いたのか母親が俺達に近づいて来る。
「本当にありがとうございました!!」
何度も頭を下げる母親に柳さんは『無事に再会出来てよかったです』と言っている。
「ママ、このお兄ちゃん。探偵なんだって」
「探偵・・じゃあ、あなたが・・」
ん?この人は俺がここに来ることがわかっていたのか?
「実は私がこの子を探しに行こうとしたら、あなた達と同じ制服を来た女の子に、ここに探偵が子供を連れて来るから動かず待っててと言ってきて」
母親は『あちらの方が』と指を向けるとそこにはよく見る目つきの悪い顔で茶髪のロングヘアーの女、灰村が立っていた。
「やっぱり、来たね。柳さんと一緒とは思わなかったけど」
「灰村、お前他のクラスと行動してたんじゃ?」
「巻き込むの悪いから、お別れしたのよ」
灰村はそれ以上言わなかった。
兎に角子供を親に渡せたし一件落着だな。
男の子の母親はなんどもお礼を言った後子供を連れて歩いて行った。
「それにしてもよくペンギンの所にいるってわかりましたね」
柳さんは不思議そうな顔をしている。答えがわかれば難しい問題じゃない。
母親はしりとりと言っていた。
男の子が母親と別れる前に見ていたのはサル。その前はバクだ。
この動物だけではしりとりは出来ない。
しかし、動物の近くにある看板を見ればしりとりになる。バクを見た後。クで始まる看板。それはサルの所にあった【草】くさのサで次はサル。ルで始まる看板はここ。ペンギンのいるエリア。看板は【ルーペ】だ。
その事を柳さんに伝えると納得してくれた。
「そうだったんですね。それでしりとりですか」
「それより、私まだお昼食べてないからお腹が空いてるんだけど」
灰村が自身が空腹な事を伝えてくる。
俺達はもう食べたしお腹が空いていない。
「じゃあ、食べに行きましょう」
柳さん、俺達さっき食べたばかりだよね?
「そうね。行きましょう。私手持ちのお金があまり無いからあそこの売店でいいわ」
「あっ。それだったら私奢りますよ。さっき探偵さんに奢ってもらったので少し余裕があります」
「奢って貰った?」
「はい」
笑顔で応える柳さんの顔を見た後灰村は俺を見た。
「ふ~ん。奢ったんだ・・私には一回も奢った事ないくせに。へぇ~」
「奢ったこと無かったけ?」
「記憶に無い」
灰村の絶対記憶力。灰村は忘れない。だから俺に奢られていないと言えば奢られていないのだ。嘘はつかない。
確かに俺は奢った事がないけども・・
「柳さんには奢るんだぁ~」
俺達のやりとりを見ているはずなのに柳さんは何も言ってこない。ここは私が奢りますって言ってくれてもいいんですけど。
「灰村さん・・奢らせてください・・」
灰村を敵に回すと後々面倒だから仕方なく奢ることにした。
「えっ!!いいの!?やったー」
棒読みで喜びを表現した後。売店ではなくレストランに連れて行かれ一番高い食べ物を注文されてしまった。これで給料はなくなり今月はお小遣いの二千円で過ごす羽目になった。灰村め・・

レストランを出た後三人で行動し、動物園を満喫した俺達は楽しい一時を過ごせた。
十五時になり一度各クラスに集まってから解散した。帰るまでが遠足。帰り道はどこにもよらず真っ直ぐ帰ろう。
「やあ、探偵部の間宮くん」
園を出て帰ろうとした俺に声を掛けてきた人物がいた。声の方を振り向くとデジカメ片手に満面な笑を浮かべた、ミス研の部長【遠山 誠実】(とおやま せいじ)くんだ。
「いや~、今日は楽しかったね。いい写真がたくさん撮れたよ」
メガネをクイって上げたあと自慢げに写真を見せてくる。
柳さんが言ってたデジカメを持って一人で行動してた奴ってお前かよ。
「いい写真だろう。この写真なんか改心の出来だと思うんだ。後で金田に見せてやろうかな」
「うん、見せてあげなよ。きっと喜ぶよー」
俺は適当に相槌を入れた後遠山くんと別れた。
駅まで歩いて行く際にこの遠足を共に行動してくれた柳さんを発見した。
ちょうどいいや、聞きたいこともあったし声かけよ。
「柳さん」
柳さんは振り返り声の主が俺だとわかると笑顔になった。
「あっ。探偵さん」
「今日はありがとうね。おかげで楽しかったよ」
「いえいえ、こちらこそ」
「ところで柳さん。ちょっと聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「はい、なんでしょう」
柳さんは首を傾げながら俺を見ている。
「あの時、なんですぐに男の子の方に行かなかったの?」
「・・・え」
「柳さんはあの時、男の子に気がついていた。それなのにすぐに向かわず、俺に次どこに行くか聞いてきた。柳さんならすぐに男の子の方に向かうと思っていたのに向かわなかったから、柳さんらしくないなって思ってさ」
柳さんは少し黙った後、ふうと息を吐いた後話し始めた。
「私、中学の時に似た様な事があったんです。その時、私は探偵さんの言う通り、真っ先にその場にいって問題を解決しました。そのお陰で私に巻き込まれた班の人達は満足にその場を楽しむ事が出来ずにその日が終わってしまいました。
その後私は陰で内申点を稼ぐ女と言われていました。私はそんなつもりはなかったんです。ただ困っている人を助けたかっただけなのに。私は班の人に後日謝りました。けど、後の祭りです。私はクラスの人達に無視されました。私はそれ以降、私の行動で誰かの迷惑になるなら、いっそ一人で行動しようと思いました。今日の遠足でも一人でいればいいやって思ってました。でも探偵さんからの誘いも断るのも悪いと思ったし、一緒に行動させもらいました。私の行動で探偵さんの迷惑にならないようにしようと。だから何が起こっても私は見て見ぬ振りをしようと決めていました」
柳さんにも辛い過去があった様だ。自分の正しい行いがクラスにとっては迷惑になり、それが無視というイジメになった。
「探偵さんが、あの子に気が付き真っ先に向かってくれた時私、凄く嬉しかったです」
「柳さんが過去に行った行為は決して悪くないと思う」
「そうでしょうか・・」
「もし、今後、今日みたいな事が起きた時、柳さんの中で迷いがあった場合、俺に言ってくれ。俺は柳さんの行動を決して否定しない。必ず手伝うよ」
柳さんは俺の言葉を聞くと、目をパチクリさせた。
「ありがとうございます。探偵さん」
柳さんはお礼を言うとすぐにポッケから紙を取り出し、何やら書き出した後、その紙を俺に差し出した。
「あの、これ私の連絡先です。もし宜しかったら連絡先交換してください」
俺は紙を受け取ると、すぐに書かれている番号に連絡し、柳さんと連絡先を交換した。
高校で知り合った女子の番号をゲットした瞬間だった。今の所灰村しか知らなかったから素直に嬉しい。
「そ、それじゃあ、なにか困った事があったら連絡してね。今日はお疲れ様。また学校で」
俺はその場から離れていった。
「・・探偵さん・・素敵な人だな」

家に帰るまでが遠足。俺はゆっくりと帰宅することにした。






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