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第四章 蛟竜雲雨
十四
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大高城は、その北から西に伊勢湾が広がり、東にそこへ注ぐ大高川が流れている。一帯は小高い丘陵で、軍勢の通れる道などは数えるほどしかない。城から大高川を北へ越えた海岸沿いに築かれたのが鷲津砦である。織田一門の相談役である織田秀敏が老体に鞭を打って出張り、それを補佐するように、信秀の代よりの重臣・飯尾定宗が脇を固めていた。
「我らは海上にも注意を払わねばな。陸路は鷲津砦の監視を免れることはなかろう」
その鷲津砦より大高川に沿って南東へ十町もいかぬところ、丸根砦が三河から伸びる街道を抑えて築かれている。守将は佐久間一族随一の豪傑・盛重が努めていた。
「一睡もさせずに攻めたていッ。義元の後詰はない。いずれ落ちるわ」
盛重は、単なる兵糧攻めに甘んじなかった。大高城に隙があれば積極的に打って出た。その勝負勘を買って、信長は盛重に最前線の守将を任せたのだ。
そして、永禄二年(一五五九年)の年の瀬に加えて築かれた二つの砦は、さらに大高城に近づいていた。丸根砦から大高川を南西に渡河した対岸に正光寺砦、そこから西へ大高城の背後を周るように進んだ海岸に氷上砦を築いた。合わせて四つの砦群が大高に通じる主だった街道のすべてを監視していた。
『この完全なる包囲を以てすれば、大高落城などは時間の問題だろう』
諸城に詰めるほとんどの者たちがそう思った。指揮を執る盛重自身でさえ、その采配には一抹の不安すら覚えていなかった。
ところが、翌・永禄三年(一五六〇年)、城攻めを続けるうち、どうも大高城が容易に落ちないことが徐々に明らかとなる。
「どういうことだッ。大高に籠るは朝比奈輝勝ではないというのかッ」
「監視の目を掻い潜り、密かに城を脱した模様で、その――」
「間抜けが。『掻い潜られた』の誤りだろうッ。家臣を生かし城を捨てたか、義元」
「それが、いえ、――斥候の話が正しければ、新たに守将として大高へ入城したのがあの鵜殿長照だという話で―ー」
「上ノ郷の鵜殿だと。義元の一門衆ではないかッ」
義元は大高城主を挿げ替えた。疲労困憊のうえに盛重の猛攻を受けて虫の息だった朝比奈勝輝を呼び戻し、代えて三河・上ノ郷城主である鵜殿長照を配した。長照の生母は義元の実妹である。義元から見れば長照は重臣であり甥にもあたる間柄。その男が死地と化した大高城に据えられた意味を盛重たちは嫌でも考えさせられることとなった。
「見切りをつけた城に鵜殿を遣わす訳がない。城は落ちぬとでも言いたいのか、義元め。舐めおってからに」
それは義元からのささやかな挑発であるかのように盛重には感じられた。
事実、長照は盛重たちのみならず、容赦なく振りかかる飢餓にさえも嬉々として抗った。
「良いか。皆の衆。お館さまが今に来られる。木の実でも、草でも、何でも食って耐え凌ぐのだ。敵を殺さなければ勝てない戦争じゃない。我らは耐え凌ぐだけで勝てるのだぞォ。簡単なことだろう。ハハハ」
丘陵の上の陣からは毎日湯気が立ち上り、風が吹けば丸根砦までその粥の香りが乗ってきた。その戦い方はまっすぐに生へと向けられていた。
『破れかぶれに玉砕の突撃を敢行してくれたならどれだけ楽か』
盛重がそう考えない日はなかった。
鷲津砦からも軍勢は度々出撃したが、それでも落ちない。この今川勢の生への執着、義元への信頼が徐々に織田勢の士気を削いでいく。緩慢な包囲戦によって集中力を奪われた織田勢の隙を見て、長照は動く。大高城の南側・向山というところに出城を築き、正光寺・氷上の両砦への備えとした。
「ええい、正光寺、氷上の者らは何をやっとるのかッ――」
不安点とは劣勢になればなるほど目について離れなくなるもの。目的の達成を妨げる要素は、敵ではなく味方の綻びに常に向けられた。盛重は、正光寺砦、氷上砦の動きが妙に鈍いことに苛立っていた。
正光寺砦には知多半島は緒川城の水野信元を大将とし、その目付に伊勢神宮の大宮司・千秋季忠を詰めさせている。一方の氷上砦には、これもまた、知多半島の大野を領する佐治為景の水軍が入り、海上の警備に当たっていた。この両砦どちらも、どうも、上手く機能している様子がない。盛重と共に大高に攻め寄せるときも、まるで死力を振り絞る気迫がない。盛重が「あと一押しか」と思うところで、彼らはいつも退いてしまう。挙句の果てには敵に出城の築城を許すその呆けぶりに、盛重は、次第に暗澹たる推測に心を奪われるようになっていく。
「刈谷城主である信元の弟は、今川に付いたのだったな。まさかとは思うが、兄の方も――」
城攻めが思い通りに進んでくれない焦りが、織田勢を蝕んでいた。
『自分たちは攻めているはずだろう。なぜ、こうも上手く行かない』
心中でそう唱える者たちが増えていく。岩倉城を攻めたときはこうではなかった。浮野の決戦を最後に、城を取り囲んだ後はこれといった人死を出すこともなく、労せず落とせた。今回も同じではなかったのか? そう考えずにはいられない。すでに幾月が過ぎただろうか、大高が窮地に陥っているのは紛れもない事実である。本当はあと一度の出撃によって陥落するのかもしれない。ところが、それを信じ切ることがもう出来ない。気付けば、恐ればかりが頭を擡げてくる。思い返せば、今川に対する織田の戦歴は、これまで、それほど明るくはないからだ。それは、信長が当主の座に就くより前から変わらない。信秀は小豆坂に敗戦し、信広は安城城を奪われた。信長は、赤塚では引き分け、村木砦では多大な消耗戦を強いられた。そう考えたとき、一見、大高城を完璧に取り囲んだかのような付城戦術さえもが、彼らの恐れによってその意味を反転させてしまう。
『ここまでしても、自分たちは今川に勝ることは出来ないのか』
味方が攻撃を受けている訳でもない。身近な者の人死もない。それなのに、彼らは、まるで死を待つばかりの籠城軍のような心持を余儀なくされていた。
『このままでは、イヤ、このうえに、義元が現れたとあっては、もはや――』
そんな思いを見透かしたのか、悪い予感というものはほくそ笑むように的中を彼らに知らせてしまうこととなる。
――
永禄三年(一五六〇年)、五月初旬、駿府は今川館の詰所。澄み切った晴天の空の元に、扇的が二つ据えられている。義元は、弾込めの完了した鉄砲を家臣から渡されると、的の一つに狙いを定め、引金を引いた。弾は扇的の中央を撃ち抜ぬいた。近くの松の木に群れをなしていたヨシキリが一斉に飛び去った。扇は、まだ冷ややかさの残る朝のそよ風を受けながら落葉を思わせる姿で右に左に振れて舞い落ちた。
「お館さま、塗輿のご用意が整いましてございます」
「我ながら些か品のない策で気乗りはしないが、マア、権威というものを目に見える形にして示してやらねばわからぬ者も少なくない。誰もが教養を備えているなら戦争などは起こらない」
日の光を照り返して輝く朱塗りの輿を流し目で捉えながら、義元は自嘲するように言った。
塗輿は武士の乗り物としては幕府最高の格式を誇る。乗輿の制により、輿を使用できる者は極端に限られており、理屈のうえでは、これに相対した騎馬武者は下馬を強制されるという代物である。
「心変わりの激しい三河の者たちへの訓示だ。放っておけば、またいつ織田に寝返るとも知れぬ。本来ならば信長公の首を馬上に掲げ凱旋してやるのが最もわかりやすかろうが、しかし、一度の遠征で大将首を獲ろうというのは、これは欲張りというもの。雪斎に叱られてしまう。であるなら、使えるものは使って楽しませてやろうではないか。そこへいくと、三河守任官の件も滞りはないか」
「ハ。京の都では早くも口宣案がつくられているとのこと。こちらは間に合いませんでしたが、我らが駿府へ帰る折には、あるいは――」
「元より出陣に間に合わせようとは思うておらぬ。驚くべきは彼らの手の早さだな。都はよほど暇と見える」
義元は自らを三河守に任官するよう朝廷へ申請していた。だが、上方の仕事が早いのには理由があった。元より義元は正五位下に相当する治部大輔であったところを、此度、わざわざ、従五位下相当の三河守に任官しようという話だからだ。官位の上では、二階級の降格を申し出た形となっている。
「物珍しい奏上ゆえ、審議の余地もなかったのでございましょう」
「塗輿と同じだ。これより三河を治めるにあたってはこちらの方が都合が良い」
義元はこれから行われる遠征にあらゆる意図を盛り込んでいた。自らの手の内にあるすべての要素を悉く駆使した。それを自ら苦笑するのはもはや癖であったが、傍目には病的な拘りにさえ見えた。武術、兵法、教養、社交、――家臣たちは、主君に対する贔屓の目を差し引いても、今川義元という男の才覚がどれをとっても人並みには感じられなかった。
『幾度生まれ変わっても、この人にだけは太刀打ちできない』
そう感じさせるような、鍛錬の化身であった。
義元はゆっくりとした動きで家臣に向き直った。
嫡男・氏真を筆頭に、その背後に一門衆が軒を並べて、さらに譜代、外様、と逆三角に広がるように配下の武士たちが膝を着いている。それらからさらに、寄親、寄子、と連なっていくと、今川の組織体系に直結する。義元は最後尾までをゆっくりと見定めた。まるで、自らのこれまでの足取りに誤りの一つすらないことを確認するかのように。
「氏真」
義元は氏真に鉄砲を預け、代わりに一張の長弓と矢を受け取った。
静かに目を閉じたまま慣れた手つきで矢を番え、すうと音もなく一息吸いながら、弓を打ち起こす。風が吹くほど当然のことのように引き分けられた弓は、やがて義元の身体はおろか、背後に控える数十人の重臣たちをも包括するかのような会を得た。放たれた矢は扇的を貫いてその後ろの陣幕へと突き刺さった。うるさく褒めそやす声の一つも起こらなかった。遠くから駿府の町の喧騒と、鳥たちの鳴く声が聞こえていた。すべては自然だった。
「信長は種子島を用いて村木砦を落とした。だが、それで彼奴らは何を得たのか。人死を省みず兵をつぎ込み、死屍累々の果てに砦を落として、一体何を得たのか。何も得てはいない。
なるほど、戦はただ人が殺すだけの愚劣な政である。『そこには武士の美がある』など軽々に口にする者を蒙昧と言わずして何というかと私も思わぬことはない。しかし、その虚無を認めたからと言って、虚無の用兵を行うことしか出来ぬというなら、それも安易なこと。信長もそれまでの男。
彼奴の命令一下、倒れていく兵らは、まるで鉄砲から飛び出す鉛玉のように私には見える。種子島はその主君の未熟を未来永劫伝えないであろう。私は信長を敵と見る者だが、もし、私が手を下さずとも、アレは、いずれ己が身から出た錆によって身を滅ぼすであろう。
私は違う。この駿府の、この今川の繁栄のために、弓をとる。心身弓の合一の果てにこの手を血に染めよう。天が私を名君と見做さば、矢は、我らの道を妨げる一切を貫くであろう。天が私を暴君と見做さば、この弓も途端に折れ、私を激しく諫めるであろう。いま、一切の引け目を、私は感じていない。
鳴海城の岡部元信、大高城の鵜殿長照、そして、松平元康。この者たちを筆頭に、我らは志を欠くことなく、ついに反撃の好機をここに得た。数に勝っているだろう。だが、数でのみ勝っているのではない。義も、知も、我らはすべてにおいて、今日のために備えてきた。約しよう。私は我々の誇りを守り、そして、信長に勝つのだ。
ここに、この乱れた世に、この義元が新たな規範を示さん」
家臣たちは短く「ハ」と声を揃えて答えた。心身ともに整えられた軍隊の清潔さが義元の闘気をくすぐった。
「大高城の包囲を打ち破り、窮地に抗う鵜殿長照を救援する。信長の邪魔建てがあれば決戦に及びこれを粉砕しよう」
永禄三年(一五六〇年)五月十二日、今川義元は駿府を発つ。自らが率いる一万余の大軍で尾三国境地帯へ向けて出陣した。
「我らは海上にも注意を払わねばな。陸路は鷲津砦の監視を免れることはなかろう」
その鷲津砦より大高川に沿って南東へ十町もいかぬところ、丸根砦が三河から伸びる街道を抑えて築かれている。守将は佐久間一族随一の豪傑・盛重が努めていた。
「一睡もさせずに攻めたていッ。義元の後詰はない。いずれ落ちるわ」
盛重は、単なる兵糧攻めに甘んじなかった。大高城に隙があれば積極的に打って出た。その勝負勘を買って、信長は盛重に最前線の守将を任せたのだ。
そして、永禄二年(一五五九年)の年の瀬に加えて築かれた二つの砦は、さらに大高城に近づいていた。丸根砦から大高川を南西に渡河した対岸に正光寺砦、そこから西へ大高城の背後を周るように進んだ海岸に氷上砦を築いた。合わせて四つの砦群が大高に通じる主だった街道のすべてを監視していた。
『この完全なる包囲を以てすれば、大高落城などは時間の問題だろう』
諸城に詰めるほとんどの者たちがそう思った。指揮を執る盛重自身でさえ、その采配には一抹の不安すら覚えていなかった。
ところが、翌・永禄三年(一五六〇年)、城攻めを続けるうち、どうも大高城が容易に落ちないことが徐々に明らかとなる。
「どういうことだッ。大高に籠るは朝比奈輝勝ではないというのかッ」
「監視の目を掻い潜り、密かに城を脱した模様で、その――」
「間抜けが。『掻い潜られた』の誤りだろうッ。家臣を生かし城を捨てたか、義元」
「それが、いえ、――斥候の話が正しければ、新たに守将として大高へ入城したのがあの鵜殿長照だという話で―ー」
「上ノ郷の鵜殿だと。義元の一門衆ではないかッ」
義元は大高城主を挿げ替えた。疲労困憊のうえに盛重の猛攻を受けて虫の息だった朝比奈勝輝を呼び戻し、代えて三河・上ノ郷城主である鵜殿長照を配した。長照の生母は義元の実妹である。義元から見れば長照は重臣であり甥にもあたる間柄。その男が死地と化した大高城に据えられた意味を盛重たちは嫌でも考えさせられることとなった。
「見切りをつけた城に鵜殿を遣わす訳がない。城は落ちぬとでも言いたいのか、義元め。舐めおってからに」
それは義元からのささやかな挑発であるかのように盛重には感じられた。
事実、長照は盛重たちのみならず、容赦なく振りかかる飢餓にさえも嬉々として抗った。
「良いか。皆の衆。お館さまが今に来られる。木の実でも、草でも、何でも食って耐え凌ぐのだ。敵を殺さなければ勝てない戦争じゃない。我らは耐え凌ぐだけで勝てるのだぞォ。簡単なことだろう。ハハハ」
丘陵の上の陣からは毎日湯気が立ち上り、風が吹けば丸根砦までその粥の香りが乗ってきた。その戦い方はまっすぐに生へと向けられていた。
『破れかぶれに玉砕の突撃を敢行してくれたならどれだけ楽か』
盛重がそう考えない日はなかった。
鷲津砦からも軍勢は度々出撃したが、それでも落ちない。この今川勢の生への執着、義元への信頼が徐々に織田勢の士気を削いでいく。緩慢な包囲戦によって集中力を奪われた織田勢の隙を見て、長照は動く。大高城の南側・向山というところに出城を築き、正光寺・氷上の両砦への備えとした。
「ええい、正光寺、氷上の者らは何をやっとるのかッ――」
不安点とは劣勢になればなるほど目について離れなくなるもの。目的の達成を妨げる要素は、敵ではなく味方の綻びに常に向けられた。盛重は、正光寺砦、氷上砦の動きが妙に鈍いことに苛立っていた。
正光寺砦には知多半島は緒川城の水野信元を大将とし、その目付に伊勢神宮の大宮司・千秋季忠を詰めさせている。一方の氷上砦には、これもまた、知多半島の大野を領する佐治為景の水軍が入り、海上の警備に当たっていた。この両砦どちらも、どうも、上手く機能している様子がない。盛重と共に大高に攻め寄せるときも、まるで死力を振り絞る気迫がない。盛重が「あと一押しか」と思うところで、彼らはいつも退いてしまう。挙句の果てには敵に出城の築城を許すその呆けぶりに、盛重は、次第に暗澹たる推測に心を奪われるようになっていく。
「刈谷城主である信元の弟は、今川に付いたのだったな。まさかとは思うが、兄の方も――」
城攻めが思い通りに進んでくれない焦りが、織田勢を蝕んでいた。
『自分たちは攻めているはずだろう。なぜ、こうも上手く行かない』
心中でそう唱える者たちが増えていく。岩倉城を攻めたときはこうではなかった。浮野の決戦を最後に、城を取り囲んだ後はこれといった人死を出すこともなく、労せず落とせた。今回も同じではなかったのか? そう考えずにはいられない。すでに幾月が過ぎただろうか、大高が窮地に陥っているのは紛れもない事実である。本当はあと一度の出撃によって陥落するのかもしれない。ところが、それを信じ切ることがもう出来ない。気付けば、恐ればかりが頭を擡げてくる。思い返せば、今川に対する織田の戦歴は、これまで、それほど明るくはないからだ。それは、信長が当主の座に就くより前から変わらない。信秀は小豆坂に敗戦し、信広は安城城を奪われた。信長は、赤塚では引き分け、村木砦では多大な消耗戦を強いられた。そう考えたとき、一見、大高城を完璧に取り囲んだかのような付城戦術さえもが、彼らの恐れによってその意味を反転させてしまう。
『ここまでしても、自分たちは今川に勝ることは出来ないのか』
味方が攻撃を受けている訳でもない。身近な者の人死もない。それなのに、彼らは、まるで死を待つばかりの籠城軍のような心持を余儀なくされていた。
『このままでは、イヤ、このうえに、義元が現れたとあっては、もはや――』
そんな思いを見透かしたのか、悪い予感というものはほくそ笑むように的中を彼らに知らせてしまうこととなる。
――
永禄三年(一五六〇年)、五月初旬、駿府は今川館の詰所。澄み切った晴天の空の元に、扇的が二つ据えられている。義元は、弾込めの完了した鉄砲を家臣から渡されると、的の一つに狙いを定め、引金を引いた。弾は扇的の中央を撃ち抜ぬいた。近くの松の木に群れをなしていたヨシキリが一斉に飛び去った。扇は、まだ冷ややかさの残る朝のそよ風を受けながら落葉を思わせる姿で右に左に振れて舞い落ちた。
「お館さま、塗輿のご用意が整いましてございます」
「我ながら些か品のない策で気乗りはしないが、マア、権威というものを目に見える形にして示してやらねばわからぬ者も少なくない。誰もが教養を備えているなら戦争などは起こらない」
日の光を照り返して輝く朱塗りの輿を流し目で捉えながら、義元は自嘲するように言った。
塗輿は武士の乗り物としては幕府最高の格式を誇る。乗輿の制により、輿を使用できる者は極端に限られており、理屈のうえでは、これに相対した騎馬武者は下馬を強制されるという代物である。
「心変わりの激しい三河の者たちへの訓示だ。放っておけば、またいつ織田に寝返るとも知れぬ。本来ならば信長公の首を馬上に掲げ凱旋してやるのが最もわかりやすかろうが、しかし、一度の遠征で大将首を獲ろうというのは、これは欲張りというもの。雪斎に叱られてしまう。であるなら、使えるものは使って楽しませてやろうではないか。そこへいくと、三河守任官の件も滞りはないか」
「ハ。京の都では早くも口宣案がつくられているとのこと。こちらは間に合いませんでしたが、我らが駿府へ帰る折には、あるいは――」
「元より出陣に間に合わせようとは思うておらぬ。驚くべきは彼らの手の早さだな。都はよほど暇と見える」
義元は自らを三河守に任官するよう朝廷へ申請していた。だが、上方の仕事が早いのには理由があった。元より義元は正五位下に相当する治部大輔であったところを、此度、わざわざ、従五位下相当の三河守に任官しようという話だからだ。官位の上では、二階級の降格を申し出た形となっている。
「物珍しい奏上ゆえ、審議の余地もなかったのでございましょう」
「塗輿と同じだ。これより三河を治めるにあたってはこちらの方が都合が良い」
義元はこれから行われる遠征にあらゆる意図を盛り込んでいた。自らの手の内にあるすべての要素を悉く駆使した。それを自ら苦笑するのはもはや癖であったが、傍目には病的な拘りにさえ見えた。武術、兵法、教養、社交、――家臣たちは、主君に対する贔屓の目を差し引いても、今川義元という男の才覚がどれをとっても人並みには感じられなかった。
『幾度生まれ変わっても、この人にだけは太刀打ちできない』
そう感じさせるような、鍛錬の化身であった。
義元はゆっくりとした動きで家臣に向き直った。
嫡男・氏真を筆頭に、その背後に一門衆が軒を並べて、さらに譜代、外様、と逆三角に広がるように配下の武士たちが膝を着いている。それらからさらに、寄親、寄子、と連なっていくと、今川の組織体系に直結する。義元は最後尾までをゆっくりと見定めた。まるで、自らのこれまでの足取りに誤りの一つすらないことを確認するかのように。
「氏真」
義元は氏真に鉄砲を預け、代わりに一張の長弓と矢を受け取った。
静かに目を閉じたまま慣れた手つきで矢を番え、すうと音もなく一息吸いながら、弓を打ち起こす。風が吹くほど当然のことのように引き分けられた弓は、やがて義元の身体はおろか、背後に控える数十人の重臣たちをも包括するかのような会を得た。放たれた矢は扇的を貫いてその後ろの陣幕へと突き刺さった。うるさく褒めそやす声の一つも起こらなかった。遠くから駿府の町の喧騒と、鳥たちの鳴く声が聞こえていた。すべては自然だった。
「信長は種子島を用いて村木砦を落とした。だが、それで彼奴らは何を得たのか。人死を省みず兵をつぎ込み、死屍累々の果てに砦を落として、一体何を得たのか。何も得てはいない。
なるほど、戦はただ人が殺すだけの愚劣な政である。『そこには武士の美がある』など軽々に口にする者を蒙昧と言わずして何というかと私も思わぬことはない。しかし、その虚無を認めたからと言って、虚無の用兵を行うことしか出来ぬというなら、それも安易なこと。信長もそれまでの男。
彼奴の命令一下、倒れていく兵らは、まるで鉄砲から飛び出す鉛玉のように私には見える。種子島はその主君の未熟を未来永劫伝えないであろう。私は信長を敵と見る者だが、もし、私が手を下さずとも、アレは、いずれ己が身から出た錆によって身を滅ぼすであろう。
私は違う。この駿府の、この今川の繁栄のために、弓をとる。心身弓の合一の果てにこの手を血に染めよう。天が私を名君と見做さば、矢は、我らの道を妨げる一切を貫くであろう。天が私を暴君と見做さば、この弓も途端に折れ、私を激しく諫めるであろう。いま、一切の引け目を、私は感じていない。
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ここに、この乱れた世に、この義元が新たな規範を示さん」
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