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第三章 血路
二十五
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弘治二年(一五五六年)十二月、林秀貞・赦免の報が弾正忠家中に駆け巡る。その実態は謎に包まれ、あれほど気性の荒い信長が一番家老である林秀貞の裏切りを許したという意外な事実だけが話題を呼んでいた。
信長の手に落ちた那古野城が跡形もなく取り壊されると、とうとう末森城だけが完全に孤立したが、それでもなお降伏の腹が決まらない信勝を見かねて、勝家が最後の手段に出る。
「それで、わらわに何をせよとお前は命じるのです」
信長・信勝両名の生母・土田御前に信長への執り成しを求めた。
「命じるなど、滅相もございませぬ。ただ、このままでは、この末森城の、信勝さまの命運は、――」
「それは、お前たちが、あのときに戦に負けたからでしょうッ」
「返す言葉もありませぬが、その恥を忍び、お願いに上がっております」
はじめは、信勝を窮地に追いやった甲斐性なしの顔などは見たくもないという風に、取り付く島もなかった。しかし、ひとしきり鬱憤を晴らし終えると、「お聞き入れいただけるまで帰りませぬ」などと岩の如く頑として動かない勝家の佇まいに何か誠実さでも感じ取ったのか、やがて、徐々に耳を傾け始め、
「わらわが嘆願すれば、信長は、あのうつけは信勝を殺さぬか?」
遂には本心から信勝の命を案じ、涙声になって勝家に訊ねた。
「林殿が許され、信勝さまが許されぬ道理が天下の何処にありましょう。何卒、清洲への執り成しをお願い申し上げまする」
兵士、女給の別なく食料に事欠くようになった末森城の限界を、すでに土田御前もよく知っていた。この惨状を解消するためには、勝家の申し出を受けるしかないことも分かっていたのである。
土田御前は、信長側近の者を清洲から密かに呼びつけ、自ら認めた書状を信長に届けさせた。
「先年、秀孝が悼ましいことになってから、あなたたちは、三十郎(後・織田信包)と共に、私が腹を痛めて生んだ三人の男兄弟となってしまったのだから、このうえは、天の導きのあるその日まで一人も欠くことなく、何卒、手を携え、お父上の残した弾正忠家を盛り立てて行ってほしいものです。信勝の謀叛は承知していますが、家臣たちの手前、降伏するに際しても相応の時間が必要だということは、あなたも人の上に立つ者ならご理解されるところではないですか。
以後、末森城はあなたへの二心なく、忠勤に励むこと疑いようもないことを、この母が保証いたします。必要があれば、信勝と共に清洲へ馳せ参じ、詫び言を申し上げましょう。何卒、寛大な処置を望むものです」
「勝手なことをッ。あのうつけに頭を下げるなど考えただけでも腸が煮えくり返る。やってくれたものだ、勝家。母上も何を考えておられるか」
信勝は憤り、勝家や母に怒鳴り散らす風を見せはしたが、その実、籠城で痩せ細った不健康な暗い顔にわずかながら赤みがさしてきた。引っ込みがつかなくなっていたこの戦争に、家臣と、母の決断により、何とか一応の収集がつき始めている。当面の食糧の心配から解放されて心が弛緩したためか、一時は口も聞けぬほど憔悴していたにも関わらず、勝家をなじる程度には快復したと言っていい。
「しかし、こうなると、おいそれと反故には出来ません。柴田殿にしては、ずいぶん頭を使われたようだ。ここは一つ、御前さまのお顔を立て、信長さまへの降伏を演じて見せるしかありますまい」
蔵人にしても同じことであった。九死に一生を得ながら、あくまでも虚勢を張らなければならないその姿勢に勝家はほとほと閉口したが、蔵人のそういったおべっかも信勝の心を宥めるにあたっては一役も二役も買ったのだろう、どうにかこうにか、十二月の初旬には、信勝の名による降伏が信長の元へと伝えられた。稲生原での戦いから足掛けおよそ半年後のことである。
対する信長の裁断は即行だった。
『此度の謀叛の罪は誰にも問わない。このうえに何か言いたいことがあれば、清洲へ来るがいい』
ただそれだけの、簡素な返答だった。
「何が「問わない」か。うつけが偉そうに」
「それも、人間には問わぬと言っているに過ぎませんからね。領地の割譲を迫ってくるということは考えられましょう」
『言いたいことがあれば、』という言い回しもまったく気に入らぬ。これは、そうなりたくなければ、私に詫びを入れに来いということだろう? それだのに、わざわざそれを、命じるのでなく、私自らが自発的に行うような形に誘っているのだ。ずいぶんと元のうつけが増長しているようだよ、こいつは」
「まあ、信長さまも必死なのでしょうな。この城を攻め落とせなかったのは、実のところ、単に信長さまにはもはや余力がないというだけのことかもしれませんよ」
「なに、そうか。それは私としたことが考えつかなかったな。なるほど、籠城にあたっては勝家が寡兵でよく健闘したものと考えていたが、そうか、信長の奴も息を切らしているとするなら合点がいく」
勝家は思わず鼻白んでしまい、もう信勝と蔵人の会話に真面目に口を挟む気すら失った。信長勢と幾度となく直に刃を交えた勝家には、その城攻めが、明らかに自分たちの降伏を促すために手加減されたものだった事実をはっきり知っていたからである。
勝家の胸中を分かち合える者は末森城にはほとんど居なかった。何故なら、槍を振るって戦いながら生きながらえているのは勝家だけなのだから。生前、あれほどいがみ合っていた道具に対してすら、その討死の最期についてのみ言えば、勝家はわずかばかりの嫉妬を覚えずにはいられなかった。
十二月某日、織田信勝、柴田勝家、津々木蔵人は、今度の赦免に対する謝辞を伝えるべく墨染の衣を身に纏い、土田御前共々、信長の待つ清洲城へと赴いた。
しばらくぶりに対面する信長の風貌は、信勝が知る昔のままだった。虎皮の袴に履き、茶筅髷を結っている。頬杖をついて気だるそうに座り、この一大事の場だというのに何か口に含んで咀嚼している。こんな男に降伏したのかと思うと、信勝は再び鳩尾の辺りに熱いものが滾るのを感じた。
「兄上、お久しゅうございます。此度は格別の処置を賜り、ありがとうございました。このうえは、この勘十郎信勝の生涯を通して兄上に忠義を尽くす所存にございます。すでに一度、捨てた身でございますれば、以後、この信勝に些かでも無分別があった折は、いつ何時でも潔くこの腹を切りましょう」
前以て用意した慇懃な口上をすらすらと述べたが、それに対する信長の返答は辛辣を極めた。
「そうか。それなら、いますぐ切腹せよ」
傍らの長秀から太刀を取ると、信勝の目の前に放り投げた。
「ハッ? あの、ッ――その、」
謀叛の赦免自体はすでになされているものと安心していた信勝は、信長の言が即座に理解出来ないまま、ただ、玉のような冷や汗をかき、勝家と蔵人に交互に視線を送り、平静を装う余裕も失っている。
「ウソだよ。しかし、「切腹」などと、端から出来ぬことを口走るのがお前の悪いクセなのかもしれないな。此度の謀叛も同じことだったのだろう、勝てぬ戦を仕掛けて懲りぬのでは、いつかその身を滅ぼすことだ。オレへの忠義を口にするなら、まずそこから改めよ」
「ハ、ハハッ――」
信勝は深々と頭を付けて平伏した。それは信長に感服したためなどでは決してない。屈辱と憤怒に歪む自らの表情を、信長に見せぬためである。
「信勝さまは我ら家臣のために降伏を選ばれました。此度の謀叛、すべての罪は我らにありますれば、――」
察した蔵人が庇うように口を開いたが、
「ちょっと待て。誰だ、キサマは?」
身も蓋もない返答が信長から飛び出した。いかなる追求にも丁々発止として答える用意と自信があった蔵人も、これには思わず目玉を剥いた。
「モ、申し遅れましてございます。津々木蔵人と申します。信勝さまより末森城の差配を任せていただいております」
「そうか。津々木蔵人、覚えたぞ。キサマ、稲生原ではどこに居たのか?」
「いえ、稲生原での戦には、私は出馬しておりませぬ故、――」
「では、その後にオレが末森城を攻めた際ならどうだ、何度目の折にその采配を振るったのだ?」
「アッ、いや、その、いいえ、戦には出ておりませんので、――」
「変な奴だな。すると、キサマは確かに信勝の家来のようだが、オレに歯向かったことは一度もないということだ。ならば、この場にはまるで無関係じゃないか。アハハハ」
あえて意地の悪い言い方をしている訳ではない。戦争に勝つことしか頭になかった信長は、本当に蔵人のことをよく知らなかったのだろう。しかし、蔵人にしてみればかつて受けたことがないほどの侮辱に他ならず、その激昂を無理に抑え込むあまり、玉のような汗をかき、やがて腹痛を引き起こした。
「柴田勝家。キサマはどうだ? キサマのせいでオレの顔馴染が何人死んだことか、いま思い出してもムカッ腹が立つが、まあそれは過ぎたことだ。これよりはオレのためにその槍を振るえば帳消しにしてやろう」
「ありがたきお言葉」
「それだけか。他には、何も思うところはないのか」
「ハイ」
信長は、今日、この日に、何の思惑も意味も持って来てはいなかった。『清洲へ来るがいい』などという言い方も、信勝が曲解したような迂遠な意図は無かった。ただ、彼らの方で早合点して大仰な謝罪を画策したので、それに合わせて会ってやったというだけのことに過ぎない。領地の没収などに至っては、信長には思いも寄らぬことだ。蔵人の方便は当たらずといえども遠からずで、今川や斎藤との戦争継続を第一に考えている信長にとっては、ここ数年の戦で多く失った兵を一人でも増やしておくというのが急務だった。そのためには、すべてを現状のまま不問に付すという選択肢しか、彼には残されていなかったのだ。
ところが、ここへ来て信長は突然、一つの思い付きを口にする。
「信勝よ。赦免との引き換えという訳ではないのだがね、一つ、オレから頼みがあるのだ。いいかな」
――そら、来た。白々しい奴め――
「頼みなどと、滅相もございません。元より拒むことなど出来ないこの身です。私にできることであれば、何なりとお命じくださいませ、兄上」
「ウン。柴田権六勝家。この男をちょっと借してもらいたいと思ってね」
信長の手に落ちた那古野城が跡形もなく取り壊されると、とうとう末森城だけが完全に孤立したが、それでもなお降伏の腹が決まらない信勝を見かねて、勝家が最後の手段に出る。
「それで、わらわに何をせよとお前は命じるのです」
信長・信勝両名の生母・土田御前に信長への執り成しを求めた。
「命じるなど、滅相もございませぬ。ただ、このままでは、この末森城の、信勝さまの命運は、――」
「それは、お前たちが、あのときに戦に負けたからでしょうッ」
「返す言葉もありませぬが、その恥を忍び、お願いに上がっております」
はじめは、信勝を窮地に追いやった甲斐性なしの顔などは見たくもないという風に、取り付く島もなかった。しかし、ひとしきり鬱憤を晴らし終えると、「お聞き入れいただけるまで帰りませぬ」などと岩の如く頑として動かない勝家の佇まいに何か誠実さでも感じ取ったのか、やがて、徐々に耳を傾け始め、
「わらわが嘆願すれば、信長は、あのうつけは信勝を殺さぬか?」
遂には本心から信勝の命を案じ、涙声になって勝家に訊ねた。
「林殿が許され、信勝さまが許されぬ道理が天下の何処にありましょう。何卒、清洲への執り成しをお願い申し上げまする」
兵士、女給の別なく食料に事欠くようになった末森城の限界を、すでに土田御前もよく知っていた。この惨状を解消するためには、勝家の申し出を受けるしかないことも分かっていたのである。
土田御前は、信長側近の者を清洲から密かに呼びつけ、自ら認めた書状を信長に届けさせた。
「先年、秀孝が悼ましいことになってから、あなたたちは、三十郎(後・織田信包)と共に、私が腹を痛めて生んだ三人の男兄弟となってしまったのだから、このうえは、天の導きのあるその日まで一人も欠くことなく、何卒、手を携え、お父上の残した弾正忠家を盛り立てて行ってほしいものです。信勝の謀叛は承知していますが、家臣たちの手前、降伏するに際しても相応の時間が必要だということは、あなたも人の上に立つ者ならご理解されるところではないですか。
以後、末森城はあなたへの二心なく、忠勤に励むこと疑いようもないことを、この母が保証いたします。必要があれば、信勝と共に清洲へ馳せ参じ、詫び言を申し上げましょう。何卒、寛大な処置を望むものです」
「勝手なことをッ。あのうつけに頭を下げるなど考えただけでも腸が煮えくり返る。やってくれたものだ、勝家。母上も何を考えておられるか」
信勝は憤り、勝家や母に怒鳴り散らす風を見せはしたが、その実、籠城で痩せ細った不健康な暗い顔にわずかながら赤みがさしてきた。引っ込みがつかなくなっていたこの戦争に、家臣と、母の決断により、何とか一応の収集がつき始めている。当面の食糧の心配から解放されて心が弛緩したためか、一時は口も聞けぬほど憔悴していたにも関わらず、勝家をなじる程度には快復したと言っていい。
「しかし、こうなると、おいそれと反故には出来ません。柴田殿にしては、ずいぶん頭を使われたようだ。ここは一つ、御前さまのお顔を立て、信長さまへの降伏を演じて見せるしかありますまい」
蔵人にしても同じことであった。九死に一生を得ながら、あくまでも虚勢を張らなければならないその姿勢に勝家はほとほと閉口したが、蔵人のそういったおべっかも信勝の心を宥めるにあたっては一役も二役も買ったのだろう、どうにかこうにか、十二月の初旬には、信勝の名による降伏が信長の元へと伝えられた。稲生原での戦いから足掛けおよそ半年後のことである。
対する信長の裁断は即行だった。
『此度の謀叛の罪は誰にも問わない。このうえに何か言いたいことがあれば、清洲へ来るがいい』
ただそれだけの、簡素な返答だった。
「何が「問わない」か。うつけが偉そうに」
「それも、人間には問わぬと言っているに過ぎませんからね。領地の割譲を迫ってくるということは考えられましょう」
『言いたいことがあれば、』という言い回しもまったく気に入らぬ。これは、そうなりたくなければ、私に詫びを入れに来いということだろう? それだのに、わざわざそれを、命じるのでなく、私自らが自発的に行うような形に誘っているのだ。ずいぶんと元のうつけが増長しているようだよ、こいつは」
「まあ、信長さまも必死なのでしょうな。この城を攻め落とせなかったのは、実のところ、単に信長さまにはもはや余力がないというだけのことかもしれませんよ」
「なに、そうか。それは私としたことが考えつかなかったな。なるほど、籠城にあたっては勝家が寡兵でよく健闘したものと考えていたが、そうか、信長の奴も息を切らしているとするなら合点がいく」
勝家は思わず鼻白んでしまい、もう信勝と蔵人の会話に真面目に口を挟む気すら失った。信長勢と幾度となく直に刃を交えた勝家には、その城攻めが、明らかに自分たちの降伏を促すために手加減されたものだった事実をはっきり知っていたからである。
勝家の胸中を分かち合える者は末森城にはほとんど居なかった。何故なら、槍を振るって戦いながら生きながらえているのは勝家だけなのだから。生前、あれほどいがみ合っていた道具に対してすら、その討死の最期についてのみ言えば、勝家はわずかばかりの嫉妬を覚えずにはいられなかった。
十二月某日、織田信勝、柴田勝家、津々木蔵人は、今度の赦免に対する謝辞を伝えるべく墨染の衣を身に纏い、土田御前共々、信長の待つ清洲城へと赴いた。
しばらくぶりに対面する信長の風貌は、信勝が知る昔のままだった。虎皮の袴に履き、茶筅髷を結っている。頬杖をついて気だるそうに座り、この一大事の場だというのに何か口に含んで咀嚼している。こんな男に降伏したのかと思うと、信勝は再び鳩尾の辺りに熱いものが滾るのを感じた。
「兄上、お久しゅうございます。此度は格別の処置を賜り、ありがとうございました。このうえは、この勘十郎信勝の生涯を通して兄上に忠義を尽くす所存にございます。すでに一度、捨てた身でございますれば、以後、この信勝に些かでも無分別があった折は、いつ何時でも潔くこの腹を切りましょう」
前以て用意した慇懃な口上をすらすらと述べたが、それに対する信長の返答は辛辣を極めた。
「そうか。それなら、いますぐ切腹せよ」
傍らの長秀から太刀を取ると、信勝の目の前に放り投げた。
「ハッ? あの、ッ――その、」
謀叛の赦免自体はすでになされているものと安心していた信勝は、信長の言が即座に理解出来ないまま、ただ、玉のような冷や汗をかき、勝家と蔵人に交互に視線を送り、平静を装う余裕も失っている。
「ウソだよ。しかし、「切腹」などと、端から出来ぬことを口走るのがお前の悪いクセなのかもしれないな。此度の謀叛も同じことだったのだろう、勝てぬ戦を仕掛けて懲りぬのでは、いつかその身を滅ぼすことだ。オレへの忠義を口にするなら、まずそこから改めよ」
「ハ、ハハッ――」
信勝は深々と頭を付けて平伏した。それは信長に感服したためなどでは決してない。屈辱と憤怒に歪む自らの表情を、信長に見せぬためである。
「信勝さまは我ら家臣のために降伏を選ばれました。此度の謀叛、すべての罪は我らにありますれば、――」
察した蔵人が庇うように口を開いたが、
「ちょっと待て。誰だ、キサマは?」
身も蓋もない返答が信長から飛び出した。いかなる追求にも丁々発止として答える用意と自信があった蔵人も、これには思わず目玉を剥いた。
「モ、申し遅れましてございます。津々木蔵人と申します。信勝さまより末森城の差配を任せていただいております」
「そうか。津々木蔵人、覚えたぞ。キサマ、稲生原ではどこに居たのか?」
「いえ、稲生原での戦には、私は出馬しておりませぬ故、――」
「では、その後にオレが末森城を攻めた際ならどうだ、何度目の折にその采配を振るったのだ?」
「アッ、いや、その、いいえ、戦には出ておりませんので、――」
「変な奴だな。すると、キサマは確かに信勝の家来のようだが、オレに歯向かったことは一度もないということだ。ならば、この場にはまるで無関係じゃないか。アハハハ」
あえて意地の悪い言い方をしている訳ではない。戦争に勝つことしか頭になかった信長は、本当に蔵人のことをよく知らなかったのだろう。しかし、蔵人にしてみればかつて受けたことがないほどの侮辱に他ならず、その激昂を無理に抑え込むあまり、玉のような汗をかき、やがて腹痛を引き起こした。
「柴田勝家。キサマはどうだ? キサマのせいでオレの顔馴染が何人死んだことか、いま思い出してもムカッ腹が立つが、まあそれは過ぎたことだ。これよりはオレのためにその槍を振るえば帳消しにしてやろう」
「ありがたきお言葉」
「それだけか。他には、何も思うところはないのか」
「ハイ」
信長は、今日、この日に、何の思惑も意味も持って来てはいなかった。『清洲へ来るがいい』などという言い方も、信勝が曲解したような迂遠な意図は無かった。ただ、彼らの方で早合点して大仰な謝罪を画策したので、それに合わせて会ってやったというだけのことに過ぎない。領地の没収などに至っては、信長には思いも寄らぬことだ。蔵人の方便は当たらずといえども遠からずで、今川や斎藤との戦争継続を第一に考えている信長にとっては、ここ数年の戦で多く失った兵を一人でも増やしておくというのが急務だった。そのためには、すべてを現状のまま不問に付すという選択肢しか、彼には残されていなかったのだ。
ところが、ここへ来て信長は突然、一つの思い付きを口にする。
「信勝よ。赦免との引き換えという訳ではないのだがね、一つ、オレから頼みがあるのだ。いいかな」
――そら、来た。白々しい奴め――
「頼みなどと、滅相もございません。元より拒むことなど出来ないこの身です。私にできることであれば、何なりとお命じくださいませ、兄上」
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この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
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