58 / 100
第三章 血路
十三
しおりを挟む
信長は義親の陣をただちに訪れた。大仰な陣幕が迷路のように取り囲んでおり、中央部へ辿り着くには時間を要した。途中、幕の一部に足を引っ掻けると、信長は苛立たし気にそれを振り払った。
「武衛さま、三河までご足労いただき何ですが、ここは一度日を検めるのがよろしいかと存じます」
理由をはじめ伏せて進言したが、
「いいや、信長殿。ここからではないかな。交渉事は先に背を見せてはいけないと言う。義昭が頭を垂れるなら良シ。だが、そうでなければ、せめて奴が尻尾を巻いて帰っていくのを見物しようではないか」
陣を据えて向かい合っているだけの対陣ではあるものの、義親にとっては初陣だった。はじめこそ緊張に呑まれ、おずおずとした臆病な面持ちだったのが、ずいぶん長々と居座ることになってしまった所為だろうか、徐々に、戦場の雰囲気に充てられ、酔ったような強気を張り付かせている。いつもなら、信長に意見することすらままならないにも係わらず。
「席次も大切ですが、戦争も、交渉も、機を見ることが肝要です」
いつだか平手に自分が言われたような台詞を並べ立てた。機を見ることが肝要。それは、世間知らずな餓鬼を丸め込むための大人の常套句らしい。
「機は今ぞ。今川に対して優勢であるこのときにこそ、義昭に楔を打ち込んでやることもできよう」
「義昭殿も今日はどうにも頑なになられているようです。いつまで時がかかるやらわかりません」
「臨むところ。根競べなら、負けはせぬ」
「いいえ、ここは既に戦場なのです。いつ今川軍が現れぬとも限りませんから、いつまでもじっとしているという訳には――」
「それこそ好都合ではないかッ。駿河勢が来れば義昭はいよいよ我らに泣きつくしかなくなるだろう。むしろ、その到来を待ちたいくらいぞ」
ここに至って信長はやや痺れを切らした。
「戦は、そのように甘くはない」
溜息まじりに睨みつけた。敬語も忘れている。しまった、と思ったときには口から出ていた。バツが悪く思ったが、それが本音だということは変わりないから、そうと知れば今さら嘘で糊塗しても仕方がない。
陣幕の外では耳をそばだてていた恒興たちが一様に頭を抱えたが、信長はむしろ、
――むしろ、はじめから事実を隠さず告げるべきだったな――
と居直った。
「美濃・大桑城に籠っていた斎藤道三が鷺山に移ったとの報せが入りました。明日にも美濃で大戦が起こります。私はただちに美濃へ、舅殿を助けに向かうつもりです」
「ホウ。それは知らなんだ。して、信長殿は、この三河からは兵を退く。そう申されるのか」
「そうです。武衛さまに置かれましても、此度は一度、何卒、我々と共に清洲へとお退きいただきたい」
額を土にこすりつけるように頭を垂れた。吉良義昭を跪かせる手筈が思い通りにいかなかったその代わりに、自分の頭を下げて義親の溜飲がいくらか下がるのであれば、いくらでも下げてやろう、と信長は打算していた。
ところが、義親は信長の嘆願を受けても譲歩する気はなかった。むしろ、信長の胸中に弱みを発見し、より一層に居丈高になった。
「しかし信長殿、ときに、一体、あの斎藤道三という男はそなたが出向いてまで助けるに値する男か」
「は?」
「舅とはいうが、そなたの父君の代では、戦いに明け暮れた間柄であったはず」
「そうですが」
「例えば、こう考えてみることはできないだろうか。斎藤家の親子喧嘩には尾張としては手を出さず、息子の方が勝つというなら、この際、美濃国をくれてやる。そうしておいて、信長殿は、機を見て、舅の仇を討つという大義を掲げて美濃へ攻め込み、斎藤高政を打ち倒す。我々は三河、そして次は美濃を攻め獲る。これに尾張を足せば、私はいよいよ三国を束ねる守護大名となろう。そうなればどうだ、今川だろうが、武田だろうが、恐れるに足るまい!」
捕らぬ狸の皮算用。滔々と輝かしい未来を夢想する義親のそれは、決して一から十まで真剣に言っている訳ではない。また、暗に信長の戦闘力を褒めそやすような諧謔ですらあるが、いまの信長に、そんな迂遠な表現を汲み取って追従笑いをしてやる余裕は無い。
「タワゴトもいい加減になされよ」
言葉の端にわずかばかりの敬語が残っているのは成長だな、と恒興がひそひそ笑った。彼らはもう、信長を止めに出て行く気もなく、諦めたらしい。
「ノッ、信長殿?」
「あなたは尾張守護。オレはそれに仕える一介の侍です。オレは自分のことを守護代とすら思ったことはありません。何故だか、わかりますか」
義親はオロオロしながら左右に侍る近臣に目配せするばかりで、信長の問いに答えることなどは到底できそうにない。
「そのような立場につかずとも、オレは、オレに出来ること、また、オレに出来ないことをきちんと知っているからです。
清洲衆は馬鹿をやりましたな。大した力もないくせにお父上を弑逆し、清洲を我が物とせんと欲した。結果、謀は失敗し、清洲織田氏の家はこの信長の手によって絶えた。身の程を知らぬ者たちです。曲がりなりにも、守護というのを立ててやらねば、国は立ちゆかぬ。そんなことすら知らなかったらしい。うつけよ」
平手と唾を飛ばし合った日々が、信長の口八丁を鍛えていたのだろうか。頭に血がまわればまわるほど、舌もまわって仕方がない。言葉が言葉を呼び込み、止まらない。その鋭さを増しながら。
「しかしながら、どうです、オレは違うでしょう。弁えていますよ。うつけの評は仕方がない。甘んじて受けますがね、マア、いきなり武衛さま、アナタを襲うようなことはしません。できるのに、です。どうやら、これが秩序というものだ。オレの兵力と、あなたの権威で、いま、尾張国にはやや平和が、静謐が訪れつつあるのです。これは確かなことでしょう。
だから、アナタにも、それを維持する責務がある。そのようには、お考えになられませんか。ろくに戦の心得もないのに、こんな危険な場所で、のんびりと、席次の争いなんかをしていては駄目なのです。今川勢を待つ? ハッ、馬鹿言っちゃいけない。そんな体たらくでは一貫の終わりだ。みんな、骸です。骸になっても、席次というのは守られるのですか? いかがです」
義親はあまりのことに床几から転げ落ちた。
血の気が引いて紫色になった口をパクパクと開口させながら、言葉にならない言葉を漏らし、吃りながら、ようやく意味の分かる言葉を絞り出した。
「ノノ、の、信長殿、デ、デデッ、ではそなたはッ、わ、私を殺すと言うか?」
これほど恐怖を感じながら、しかし、義親はまだ信長に期待していた。それは、自分にとって都合が良い『単に戦が強いだけの従順な僕』に戻ってくれないか、という期待である。つまりは、この眼前に起きた現実の否定だ。『殺す』などという過激な言葉をあえて使ったのにも、そういった矮小な自我の蠢動があった。
ところが、返ってきたのは無味乾燥で非情な一言だった。
「アナタなど殺して、それが一体何になりましょうか」
敵であろうと味方であろうと、死ぬということが何にもならぬ武士などが居るだろうか。悪意のない、この上ない侮蔑だった。
両者はしばらく沈黙して向かい合った。この陣幕の中だけまるで時が止まったかのようだったが、徐々に近づいてくる喧騒が、その結界を裂いて現実を迎え入れた。
「殿、今川軍およそ三千が、こちらへ向かってきます」
恒興の注進。
信長は刹那、両の目を大きく見開き、しかし、それ以上は狼狽える様を見せずに、すっくと立ち上がった。
「まっ、待て、信長殿ッ」
「武衛さまは『退かぬ』と申されました。言ったとおり、オレはあなたを殺しません。が、マア、せいぜい、空から降る矢に、戦場そのものに、同じことを訊ねられるとヨロシイ」
信長はただちに恒興たちに撤退命令を出した。
にわかに場が騒然とし始めると、義親はようやく自分が死というものと隣合わせの場所に居ることを直覚してガタガタと震え始めた。お逃げください、などと言いながら、近臣の者らが肩を貸して立ち上がらせようとするのだが、腰が抜けて立てないらしい。
――手のかかる人だ――
信長は舌打ちを一つすると、義親の首根っこを掴んだ。自らの駿馬のうえへ放り投げ、その馬の尻を蹴って走らせる。義親は信長が鍛えた常識離れの馬に揺られていまにも落っこちそうである。
「やさしいなア、まったく」
恒興がからかうように語りかける。
――これも、いつだか恒興にやられたことだったか――
信長は恒興の顔を見てわずか回顧した。
「マア、舅殿を助けに行くには気合がいるからな。ここは一つ、駿河勢を相手に前哨戦だ」
自ら殿を努めるというつもりだ。別に義親に情けをかけたというだけでもなかった。戦場であんなのがウロチョロしていてはやりにくい。尾張守護の首が敵に獲られるようなことがあれば最悪である。敵の士気はうなぎのぼりとなるだろう。ああいう手合いは、さっさと逃げてもらうに限る。
現れた今川勢と数度に及んで斬り結び、やっとのことで刈谷城まで逃げ果せた後、水野の援軍が駆け付けてからはやや敵を押し返しはしたものの、討死・負傷の者は少なくなかった。
清洲城に着いた信長は泥だらけのからだに頭から水を被り、死んだ仲間を思いながら一晩ぐっすりと眠った。
――夢に出てきて、オレに別れの言葉を言ってくれよ――
信長は早朝に飛び起きる。
すぐさま利家に太鼓を打たせ、自分は湯漬けを掻き込む。
三間半の長槍、弓、鉄砲、自身が心血を注いでかき集めた武具を惜しみなく投入する。長期戦をも視野に入れ、小荷田も充実させなければならない。どれだけつぎ込んでも、ありすぎるということはあり得ない。
「敵は一万。こちらは舅殿と合わせても、五千か」
――イヤ、半数なら勝機はある――
兵たちがいよいよ集結し出撃の準備を終えたとき、
「どこへ行くのです」
斎藤道三の娘が、刃物のような顔をして信長の前に立ちふさがった。
「武衛さま、三河までご足労いただき何ですが、ここは一度日を検めるのがよろしいかと存じます」
理由をはじめ伏せて進言したが、
「いいや、信長殿。ここからではないかな。交渉事は先に背を見せてはいけないと言う。義昭が頭を垂れるなら良シ。だが、そうでなければ、せめて奴が尻尾を巻いて帰っていくのを見物しようではないか」
陣を据えて向かい合っているだけの対陣ではあるものの、義親にとっては初陣だった。はじめこそ緊張に呑まれ、おずおずとした臆病な面持ちだったのが、ずいぶん長々と居座ることになってしまった所為だろうか、徐々に、戦場の雰囲気に充てられ、酔ったような強気を張り付かせている。いつもなら、信長に意見することすらままならないにも係わらず。
「席次も大切ですが、戦争も、交渉も、機を見ることが肝要です」
いつだか平手に自分が言われたような台詞を並べ立てた。機を見ることが肝要。それは、世間知らずな餓鬼を丸め込むための大人の常套句らしい。
「機は今ぞ。今川に対して優勢であるこのときにこそ、義昭に楔を打ち込んでやることもできよう」
「義昭殿も今日はどうにも頑なになられているようです。いつまで時がかかるやらわかりません」
「臨むところ。根競べなら、負けはせぬ」
「いいえ、ここは既に戦場なのです。いつ今川軍が現れぬとも限りませんから、いつまでもじっとしているという訳には――」
「それこそ好都合ではないかッ。駿河勢が来れば義昭はいよいよ我らに泣きつくしかなくなるだろう。むしろ、その到来を待ちたいくらいぞ」
ここに至って信長はやや痺れを切らした。
「戦は、そのように甘くはない」
溜息まじりに睨みつけた。敬語も忘れている。しまった、と思ったときには口から出ていた。バツが悪く思ったが、それが本音だということは変わりないから、そうと知れば今さら嘘で糊塗しても仕方がない。
陣幕の外では耳をそばだてていた恒興たちが一様に頭を抱えたが、信長はむしろ、
――むしろ、はじめから事実を隠さず告げるべきだったな――
と居直った。
「美濃・大桑城に籠っていた斎藤道三が鷺山に移ったとの報せが入りました。明日にも美濃で大戦が起こります。私はただちに美濃へ、舅殿を助けに向かうつもりです」
「ホウ。それは知らなんだ。して、信長殿は、この三河からは兵を退く。そう申されるのか」
「そうです。武衛さまに置かれましても、此度は一度、何卒、我々と共に清洲へとお退きいただきたい」
額を土にこすりつけるように頭を垂れた。吉良義昭を跪かせる手筈が思い通りにいかなかったその代わりに、自分の頭を下げて義親の溜飲がいくらか下がるのであれば、いくらでも下げてやろう、と信長は打算していた。
ところが、義親は信長の嘆願を受けても譲歩する気はなかった。むしろ、信長の胸中に弱みを発見し、より一層に居丈高になった。
「しかし信長殿、ときに、一体、あの斎藤道三という男はそなたが出向いてまで助けるに値する男か」
「は?」
「舅とはいうが、そなたの父君の代では、戦いに明け暮れた間柄であったはず」
「そうですが」
「例えば、こう考えてみることはできないだろうか。斎藤家の親子喧嘩には尾張としては手を出さず、息子の方が勝つというなら、この際、美濃国をくれてやる。そうしておいて、信長殿は、機を見て、舅の仇を討つという大義を掲げて美濃へ攻め込み、斎藤高政を打ち倒す。我々は三河、そして次は美濃を攻め獲る。これに尾張を足せば、私はいよいよ三国を束ねる守護大名となろう。そうなればどうだ、今川だろうが、武田だろうが、恐れるに足るまい!」
捕らぬ狸の皮算用。滔々と輝かしい未来を夢想する義親のそれは、決して一から十まで真剣に言っている訳ではない。また、暗に信長の戦闘力を褒めそやすような諧謔ですらあるが、いまの信長に、そんな迂遠な表現を汲み取って追従笑いをしてやる余裕は無い。
「タワゴトもいい加減になされよ」
言葉の端にわずかばかりの敬語が残っているのは成長だな、と恒興がひそひそ笑った。彼らはもう、信長を止めに出て行く気もなく、諦めたらしい。
「ノッ、信長殿?」
「あなたは尾張守護。オレはそれに仕える一介の侍です。オレは自分のことを守護代とすら思ったことはありません。何故だか、わかりますか」
義親はオロオロしながら左右に侍る近臣に目配せするばかりで、信長の問いに答えることなどは到底できそうにない。
「そのような立場につかずとも、オレは、オレに出来ること、また、オレに出来ないことをきちんと知っているからです。
清洲衆は馬鹿をやりましたな。大した力もないくせにお父上を弑逆し、清洲を我が物とせんと欲した。結果、謀は失敗し、清洲織田氏の家はこの信長の手によって絶えた。身の程を知らぬ者たちです。曲がりなりにも、守護というのを立ててやらねば、国は立ちゆかぬ。そんなことすら知らなかったらしい。うつけよ」
平手と唾を飛ばし合った日々が、信長の口八丁を鍛えていたのだろうか。頭に血がまわればまわるほど、舌もまわって仕方がない。言葉が言葉を呼び込み、止まらない。その鋭さを増しながら。
「しかしながら、どうです、オレは違うでしょう。弁えていますよ。うつけの評は仕方がない。甘んじて受けますがね、マア、いきなり武衛さま、アナタを襲うようなことはしません。できるのに、です。どうやら、これが秩序というものだ。オレの兵力と、あなたの権威で、いま、尾張国にはやや平和が、静謐が訪れつつあるのです。これは確かなことでしょう。
だから、アナタにも、それを維持する責務がある。そのようには、お考えになられませんか。ろくに戦の心得もないのに、こんな危険な場所で、のんびりと、席次の争いなんかをしていては駄目なのです。今川勢を待つ? ハッ、馬鹿言っちゃいけない。そんな体たらくでは一貫の終わりだ。みんな、骸です。骸になっても、席次というのは守られるのですか? いかがです」
義親はあまりのことに床几から転げ落ちた。
血の気が引いて紫色になった口をパクパクと開口させながら、言葉にならない言葉を漏らし、吃りながら、ようやく意味の分かる言葉を絞り出した。
「ノノ、の、信長殿、デ、デデッ、ではそなたはッ、わ、私を殺すと言うか?」
これほど恐怖を感じながら、しかし、義親はまだ信長に期待していた。それは、自分にとって都合が良い『単に戦が強いだけの従順な僕』に戻ってくれないか、という期待である。つまりは、この眼前に起きた現実の否定だ。『殺す』などという過激な言葉をあえて使ったのにも、そういった矮小な自我の蠢動があった。
ところが、返ってきたのは無味乾燥で非情な一言だった。
「アナタなど殺して、それが一体何になりましょうか」
敵であろうと味方であろうと、死ぬということが何にもならぬ武士などが居るだろうか。悪意のない、この上ない侮蔑だった。
両者はしばらく沈黙して向かい合った。この陣幕の中だけまるで時が止まったかのようだったが、徐々に近づいてくる喧騒が、その結界を裂いて現実を迎え入れた。
「殿、今川軍およそ三千が、こちらへ向かってきます」
恒興の注進。
信長は刹那、両の目を大きく見開き、しかし、それ以上は狼狽える様を見せずに、すっくと立ち上がった。
「まっ、待て、信長殿ッ」
「武衛さまは『退かぬ』と申されました。言ったとおり、オレはあなたを殺しません。が、マア、せいぜい、空から降る矢に、戦場そのものに、同じことを訊ねられるとヨロシイ」
信長はただちに恒興たちに撤退命令を出した。
にわかに場が騒然とし始めると、義親はようやく自分が死というものと隣合わせの場所に居ることを直覚してガタガタと震え始めた。お逃げください、などと言いながら、近臣の者らが肩を貸して立ち上がらせようとするのだが、腰が抜けて立てないらしい。
――手のかかる人だ――
信長は舌打ちを一つすると、義親の首根っこを掴んだ。自らの駿馬のうえへ放り投げ、その馬の尻を蹴って走らせる。義親は信長が鍛えた常識離れの馬に揺られていまにも落っこちそうである。
「やさしいなア、まったく」
恒興がからかうように語りかける。
――これも、いつだか恒興にやられたことだったか――
信長は恒興の顔を見てわずか回顧した。
「マア、舅殿を助けに行くには気合がいるからな。ここは一つ、駿河勢を相手に前哨戦だ」
自ら殿を努めるというつもりだ。別に義親に情けをかけたというだけでもなかった。戦場であんなのがウロチョロしていてはやりにくい。尾張守護の首が敵に獲られるようなことがあれば最悪である。敵の士気はうなぎのぼりとなるだろう。ああいう手合いは、さっさと逃げてもらうに限る。
現れた今川勢と数度に及んで斬り結び、やっとのことで刈谷城まで逃げ果せた後、水野の援軍が駆け付けてからはやや敵を押し返しはしたものの、討死・負傷の者は少なくなかった。
清洲城に着いた信長は泥だらけのからだに頭から水を被り、死んだ仲間を思いながら一晩ぐっすりと眠った。
――夢に出てきて、オレに別れの言葉を言ってくれよ――
信長は早朝に飛び起きる。
すぐさま利家に太鼓を打たせ、自分は湯漬けを掻き込む。
三間半の長槍、弓、鉄砲、自身が心血を注いでかき集めた武具を惜しみなく投入する。長期戦をも視野に入れ、小荷田も充実させなければならない。どれだけつぎ込んでも、ありすぎるということはあり得ない。
「敵は一万。こちらは舅殿と合わせても、五千か」
――イヤ、半数なら勝機はある――
兵たちがいよいよ集結し出撃の準備を終えたとき、
「どこへ行くのです」
斎藤道三の娘が、刃物のような顔をして信長の前に立ちふさがった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
鄧禹
橘誠治
歴史・時代
再掲になります。
約二千年前、古代中国初の長期統一王朝・前漢を簒奪して誕生した新帝国。
だが新も短命に終わると、群雄割拠の乱世に突入。
挫折と成功を繰り返しながら後漢帝国を建国する光武帝・劉秀の若き軍師・鄧禹の物語。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
歴史小説家では宮城谷昌光さんや司馬遼太郎さんが好きです。
歴史上の人物のことを知るにはやっぱり物語がある方が覚えやすい。
上記のお二人の他にもいろんな作家さんや、大和和紀さんの「あさきゆめみし」に代表される漫画家さんにぼくもたくさんお世話になりました。
ぼくは特に古代中国史が好きなので題材はそこに求めることが多いですが、その恩返しの気持ちも込めて、自分もいろんな人に、あまり詳しく知られていない歴史上の人物について物語を通して伝えてゆきたい。
そんな風に思いながら書いています。
御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~
裏耕記
歴史・時代
御庭番衆には有能なくノ一がいた。
彼女は気ままに江戸を探索。
なぜか甘味巡りをすると事件に巡り合う?
将軍を狙った陰謀を防ぎ、夫婦喧嘩を仲裁する。
忍術の無駄遣いで興味を満たすうちに事件が解決してしまう。
いつの間にやら江戸の闇を暴く捕物帳?が開幕する。
※※
将軍となった徳川吉宗と共に江戸へと出てきた御庭番衆の宮地家。
その長女 日向は女の子ながらに忍びの技術を修めていた。
日向は家事をそっちのけで江戸の街を探索する日々。
面白そうなことを見つけると本来の目的であるお団子屋さん巡りすら忘れて事件に首を突っ込んでしまう。
天真爛漫な彼女が首を突っ込むことで、事件はより複雑に?
周囲が思わず手を貸してしまいたくなる愛嬌を武器に事件を解決?
次第に吉宗の失脚を狙う陰謀に巻き込まれていく日向。
くノ一ちゃんは、恩人の吉宗を守る事が出来るのでしょうか。
そんなお話です。
一つ目のエピソード「風邪と豆腐」は12話で完結します。27,000字くらいです。
エピソードが終わるとネタバレ含む登場人物紹介を挟む予定です。
ミステリー成分は薄めにしております。
作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。
投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中
明日の海
山本五十六の孫
歴史・時代
4月7日、天一号作戦の下、大和は坊ノ岬沖海戦を行う。多数の爆撃や魚雷が大和を襲う。そして、一発の爆弾が弾薬庫に被弾し、大和は乗組員と共に轟沈する、はずだった。しかし大和は2015年、戦後70年の世へとタイムスリップしてしまう。大和は現代の艦艇、航空機、そして日本国に翻弄される。そしてそんな中、中国が尖閣諸島への攻撃を行い、その動乱に艦長の江熊たちと共に大和も巻き込まれていく。
世界最大の戦艦と呼ばれた戦艦と、艦長江熊をはじめとした乗組員が現代と戦う、逆ジパング的なストーリー←これを言って良かったのか
主な登場人物
艦長 江熊 副長兼砲雷長 尾崎 船務長 須田 航海長 嶋田 機関長 池田
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。
SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。
伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。
そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。
さて、この先の少年の運命やいかに?
剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます!
*この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから!
*この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる