8 / 100
第一章 うつろの気
八
しおりを挟む
信秀は一命をとりとめ、徐々に回復の兆しを見せてはいたが、一度現れた病の影は、その心境に焦りを与えるに十分だった。
『小手先の流言で清洲衆を牽制したものの、それもいつまでも通用するようなものではない。現在の窮地を、できるかぎり払拭しておかなければ』
同天文十七年(一五四八年)三月、信秀は三河・安城城に入った。今川方に寝返った松平広忠の岡崎城を攻め落とすためである。
「松平家中は未だ一枚岩ではない。広忠を斬り、奴の本拠・岡崎城を落とせば、手中の竹千代を松平家の新たな当主とすることで、今度こそ松平を織田の麾下に加えられよう」
西進してくる今川に、松平を防波堤としてぶつけようというのである。
「今日こそは広忠の首を落としてくれる。今川の後詰がくる前に片をつけよ」
鬼気迫る信秀の激励に応え、総勢四千の兵が鬨の声を上げる。
しかし、その気概はむなしくも崩れさることとなった。
信秀の動きを察知した今川軍一万がおそるべき早さで岡崎城の後詰に現れたのである。両軍は小豆坂と呼ばれる丘陵地で遭遇し、大乱戦に陥った。
一度は攻勢を見せた織田勢だったが、今川の伏兵が側面より襲いかかると、瞬く間に総崩れとなった。兵力も、軍略も、今川がすべてにおいて勝っていた。
「次こそは、」
いつものように笑みを浮かべて帰途につく信秀だが、彼を見る家臣らの視線は悪気なくつめたい。馬に揺られながら尋常ではない汗を拭きだしている主君を見ると、
「果たして、次などあるのだろうか」
そう誰しもが考えずにいられなかったからだ。
『小手先の流言で清洲衆を牽制したものの、それもいつまでも通用するようなものではない。現在の窮地を、できるかぎり払拭しておかなければ』
同天文十七年(一五四八年)三月、信秀は三河・安城城に入った。今川方に寝返った松平広忠の岡崎城を攻め落とすためである。
「松平家中は未だ一枚岩ではない。広忠を斬り、奴の本拠・岡崎城を落とせば、手中の竹千代を松平家の新たな当主とすることで、今度こそ松平を織田の麾下に加えられよう」
西進してくる今川に、松平を防波堤としてぶつけようというのである。
「今日こそは広忠の首を落としてくれる。今川の後詰がくる前に片をつけよ」
鬼気迫る信秀の激励に応え、総勢四千の兵が鬨の声を上げる。
しかし、その気概はむなしくも崩れさることとなった。
信秀の動きを察知した今川軍一万がおそるべき早さで岡崎城の後詰に現れたのである。両軍は小豆坂と呼ばれる丘陵地で遭遇し、大乱戦に陥った。
一度は攻勢を見せた織田勢だったが、今川の伏兵が側面より襲いかかると、瞬く間に総崩れとなった。兵力も、軍略も、今川がすべてにおいて勝っていた。
「次こそは、」
いつものように笑みを浮かべて帰途につく信秀だが、彼を見る家臣らの視線は悪気なくつめたい。馬に揺られながら尋常ではない汗を拭きだしている主君を見ると、
「果たして、次などあるのだろうか」
そう誰しもが考えずにいられなかったからだ。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
鄧禹
橘誠治
歴史・時代
再掲になります。
約二千年前、古代中国初の長期統一王朝・前漢を簒奪して誕生した新帝国。
だが新も短命に終わると、群雄割拠の乱世に突入。
挫折と成功を繰り返しながら後漢帝国を建国する光武帝・劉秀の若き軍師・鄧禹の物語。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
歴史小説家では宮城谷昌光さんや司馬遼太郎さんが好きです。
歴史上の人物のことを知るにはやっぱり物語がある方が覚えやすい。
上記のお二人の他にもいろんな作家さんや、大和和紀さんの「あさきゆめみし」に代表される漫画家さんにぼくもたくさんお世話になりました。
ぼくは特に古代中国史が好きなので題材はそこに求めることが多いですが、その恩返しの気持ちも込めて、自分もいろんな人に、あまり詳しく知られていない歴史上の人物について物語を通して伝えてゆきたい。
そんな風に思いながら書いています。
御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~
裏耕記
歴史・時代
御庭番衆には有能なくノ一がいた。
彼女は気ままに江戸を探索。
なぜか甘味巡りをすると事件に巡り合う?
将軍を狙った陰謀を防ぎ、夫婦喧嘩を仲裁する。
忍術の無駄遣いで興味を満たすうちに事件が解決してしまう。
いつの間にやら江戸の闇を暴く捕物帳?が開幕する。
※※
将軍となった徳川吉宗と共に江戸へと出てきた御庭番衆の宮地家。
その長女 日向は女の子ながらに忍びの技術を修めていた。
日向は家事をそっちのけで江戸の街を探索する日々。
面白そうなことを見つけると本来の目的であるお団子屋さん巡りすら忘れて事件に首を突っ込んでしまう。
天真爛漫な彼女が首を突っ込むことで、事件はより複雑に?
周囲が思わず手を貸してしまいたくなる愛嬌を武器に事件を解決?
次第に吉宗の失脚を狙う陰謀に巻き込まれていく日向。
くノ一ちゃんは、恩人の吉宗を守る事が出来るのでしょうか。
そんなお話です。
一つ目のエピソード「風邪と豆腐」は12話で完結します。27,000字くらいです。
エピソードが終わるとネタバレ含む登場人物紹介を挟む予定です。
ミステリー成分は薄めにしております。
作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。
投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
明日の海
山本五十六の孫
歴史・時代
4月7日、天一号作戦の下、大和は坊ノ岬沖海戦を行う。多数の爆撃や魚雷が大和を襲う。そして、一発の爆弾が弾薬庫に被弾し、大和は乗組員と共に轟沈する、はずだった。しかし大和は2015年、戦後70年の世へとタイムスリップしてしまう。大和は現代の艦艇、航空機、そして日本国に翻弄される。そしてそんな中、中国が尖閣諸島への攻撃を行い、その動乱に艦長の江熊たちと共に大和も巻き込まれていく。
世界最大の戦艦と呼ばれた戦艦と、艦長江熊をはじめとした乗組員が現代と戦う、逆ジパング的なストーリー←これを言って良かったのか
主な登場人物
艦長 江熊 副長兼砲雷長 尾崎 船務長 須田 航海長 嶋田 機関長 池田
いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。
SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。
伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。
そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。
さて、この先の少年の運命やいかに?
剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます!
*この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから!
*この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。
蘭癖高家
八島唯
歴史・時代
一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。
遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。
時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。
大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを――
※挿絵はAI作成です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる