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(33)「……普通じゃない走りを。」

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俺は涼介。

俺の身体は正直悲鳴をあげていて、この挑戦者との走りで怪我することも想定した上での競走だった。

でも怪我なんてするわけにはいかない……でもこの挑戦者に負けたくもない。この自分よりも1個下の学年の挑戦者は今年の中学陸上競技では有名人らしく、とても自信に満ち溢れた雰囲気がある。

いや、と言うよりも自分を過信しすぎている。

それに俺自身この挑戦者の言葉遣いなどは気に入らない、だからこそこの競争から逃げるわけにはいかない。

そんな数々の思いの中スタートラインに着いた。

「ちょっと待ってくれ。」

この言葉を耳にした瞬間、体が崩れ落ちそうになるほど俺の身体は安心した。

その言葉を待ってもいなかったのに、
「遅せぇよ……太陽…」
笑顔を浮かべそんな言葉が勝手に出た。


「待ってくれってなんだよ、」
涼介の隣でスタートの構えをとっていた挑戦者が強めの口調で僕に言う。

「代わりに僕が走る。」
僕は落ち着いた様子を保ちながらそう言った。

でも心中は落ち着いてなんていない。

僕は何を言っているのだろう。

僕が勝てるのか?……いや、こんな思いやりのない奴に負けるわけには……

そんなことを繰り返し自分に言っている。

「先輩陸上競技部じゃないでしょ?競争する意味ないじゃん笑」
挑戦者がますます強めの口調で言う。

「僕は陸上競技部のマネージャーだ。他校の生徒や一般生徒よりかは走る権利があるはずだ。」
僕は表情変えずに言う。

「マネージャー?ふざけてんのか笑」
挑戦者が言う。

そんな時……

「その人には勝てないよ!!」
1人の女子が大声で言った。

「そうだよな、俺にマネージャーが勝てるわけ笑」
挑戦者が言うが……

「違う!勝てないのは挑戦者の君よ!」
1人の女子の隣にいる女子が言う。

「は?何言ってんだお前ら。」
挑戦者が言う。

あの女子2人は……!

どこかで見たことあると思ったら夏合宿に参加していた他校のマネージャーだった。

「ならいいぜ!おい、競走しよう。」
不気味な笑みを浮かべながら挑戦者は言う。

「分かった。」
俺はそれだけ返しスタートラインへ歩く……あとれで他校のマネージャーには礼を言わなくちゃなんて考えながら。

「おい、太陽……」
颯や健太、豪がそう言いながらも目で僕に見せてやれと訴える。

「太陽……ありがとう。」
涼介がそう言い。

「見せてやれ、この場の全員に……」
続けてそう言った。
涼介は全員に……の後にも何か言っていたが、僕は走ることで頭がいっぱいのため聞き取れなかった。

「あぁ、見とけよ笑」
僕はそう返しスタートラインに着いた。

陸上競技部のマネージャーが陸上競技部の出し物に出る。それも競走という勝負事に、この異例な光景を多くの人が見ている。

その人数は先程よりますます増え、僕のクラスの屋台もいちど手を止め、クラスメイトが見に来ていた。


「ふぅー……」
僕は深く深呼吸をした。

「この雰囲気に慣れてないんだろ笑まぁ勝つのは俺だ。」
隣で挑戦者がそう言う。

「いや、こういう雰囲気は僕の方が慣れてるよ……笑」
僕は少し微笑みながらそう返した。

「なに……」
挑戦者が少し困惑した表情で言ったが、それは無視した。


On Your Marks(オン・ユア・マークス)

豪がスタートライン横でスタートを出す。




Set(セット)






バン!!

「いけーーーーー!!太陽!!」

その場にいた何人もの人が一斉に声を上げた。

その声に押されるように前に体重移動をし、最高の1歩を出す。

しかしさすが中学陸上競技で名をあげる挑戦者だけあってスタートで僕より前に出た。

僕は焦らず、力みすぎないように前傾姿勢を保ったまま15mを通過する。

挑戦者との距離は約30cmほど。

僕は25m付近でトップスピードに乗る。

もちろん挑戦者もトップスピードに乗っている。

しかし僕は20cm、10cmと距離を縮める。

「太陽!!勝たないと許さないぞ!」
その声は遠藤先生だ。


「負けるわけないだろ……」
僕はそうつぶやき、

その瞬間挑戦者の前に出て5mほど差をつける。

今僕がしている動きは矛盾の動き。

着地地点から次の足が出る地点をストライドを呼ぶ。
簡単に言えば歩幅だ。ストライドを確保することと足の回転をあげることを同時にすることは難しい。

どうしても足の回転を早くするとストライドが縮まってしまう。

また、ストライドを広くしようとすると足の回転が遅くなる。

しかし速い選手はストライドを確保しながらも足の回転が早いのだ。

「そのまま行け!太陽!」

あ……この声は!……右京先輩。

普通ならトップスピードからスピードが下がるところ、でも僕はもう一度足の回転をあげた。


結果僕は6m差で挑戦者に勝利した。



「よっしゃーー!!」

「太陽ーーー!!」
涼介、颯、豪、健太、周りの人が叫び、
その場にいた何人もの人が笑顔で僕に向けて拍手していた。

「くそ、なんで俺が……」
挑戦者はそう言いながらすぐにその場を去っていった。


「太陽、お疲れ様だな笑」
そう声をかけてきたのは右京先輩だった。

「ありがとうございます笑、来ていたのですね。」
僕は笑顔でそう返す。

「まぁな笑、ほら、お前が先に行くべき所はあっちだろ。」
そう言いながら指さした方向には、涼介、颯、豪、健太、遠藤先生に陸上競技部全員が集まっていた。

「分かりました笑」
僕はそう返し、涼介の方へ向かった。

向かう途中の約50m、僕の走りを見ていた色々な人が声をかけてきた。

「すごかった」だったり「カッコよかった」なんて言われ、とても恥ずかしかったが嬉しかった。

「太陽、ありがとう。」
涼介がそう言った。

「おう笑」
僕はただそれだけ返した。

その時遠藤先生の方を見ると、とても驚いた顔をしていた。



なぜなら…遠藤先生が握るストップウォッチに刻ませた数字は……





                     0:00’05’’85





ちなみに陸上競技部で1番速い涼介の50mの最高タイムは5秒98だった。


遠藤先生はストップウォッチのリセットボタンを押さずにストップウォッチをポケットに入れた。


もちろんこの時の僕はタイムなど気にしてなく、涼介、颯、豪、健太、陸上競技部のみんなと笑顔で話していた。





まだ文化祭は終わらない。




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