和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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第三章 妖刀と姉と弟

第三の型『榛名』

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「ほざくなよ、女っ!! 俺に真っ向勝負を挑む根性は買ってやるが、身の程知らずにも限度があるぜっ!!」

 無手の相手に刀を持って挑めるという優位を投げ捨て、自分と同じ土俵に立つ栞桜の行動に彼女の余裕を感じた慎吾は、自分が舐められていることに怒りの形相を浮かべた。
 握り締めた左手を右の掌に叩き付け、ポキポキと拳を鳴らした彼は、自分を舐めているであろう栞桜に対して容赦なく攻撃を仕掛けようとしたのだが……。

「ふっ、はあっ!!」

「なっ!? ちぃっ!」

 拳を固め、突進の構えを見せるや否や、栞桜は爆発的な加速と共に慎吾の懐へと飛び込んでいた。
 慎吾の目には彼女がたった一度の跳躍だけで自分との距離を消滅させたようにしか見えておらず、タクト以上の速度で間合いを詰めた栞桜の動きに、驚愕の感情を抑えることが出来ない。

 そのまま、軽く引いた左腕を正面に伸ばした、素早さ重視のジャブが慎吾を襲う。
 交差させた両腕と手甲による防御でそれを凌いだ彼であったが、牽制目的の軽打であるとは思えないその威力に腕が痺れ、骨が軋む痛みに呻き声を漏らしてしまった。

「なんだ、この拳の重さは!? ば、馬鹿げてやがるっ!!」

「どうした? 女相手でも容赦はしないんだろう? ……遠慮はいらない、かかって来い! お前に格の違いというものを教えてやる!!」

「ぐっ!? このっ、調子に乗りやがってっ!!」

 手の甲を舌に向け、まるでカンフー映画の主人公がやるような挑発の手招きをしてみせた栞桜に対して、気力を全開にした慎吾が突っ込む。
 両腕に十分な量の気力を溜め、一発でも直撃すればそれだけで勝負が決まりそうな威力の攻撃を準備する彼に対して、栞桜はあくまで自然体で迎撃の構えを取っていた。

「おおおっ、らあっ!!」

 顔の側面から抉り込むようにして繰り出される左のフックと、威力抜群の右のストレート。
 喧嘩の素人でも繰り出せる、初歩的なワンツーのコンビネーションパンチを前にした栞桜は、焦ることなくその連撃を弾き、受け流す。

 左の一撃は逆に一歩前に出ることで攻撃の軌道から抜け、右のストレートは防御のために前に出しておいた左腕をコロの要領で捻りつつ、横方向へと弾く。
 大振りな慎吾のパンチとは真逆の、最小限の動きと労力のみで彼の攻撃を封殺した栞桜は、左腕を後方へと引きながら、それと滑車で繋がっているかのように前に出す右腕へと渾身の力を籠め、突きを繰り出した。

「せやああっっ!!」

「うぐおっっ!? がはあっ!?」

 大柄で、鍛え上げられた体躯をしている慎吾の、見事に割れた腹筋を貫くような一撃。
 気力を込めた硬い筋肉の鎧すらも意味を成さない程に重く、威力のある正拳突きを喰らった慎吾は、あまりの痛みに肺から全ての空気を吐き出すようにして悶絶の声を上げた。

「ぐうぅぅぅっ、おおおおっっ!!」

 腹部を貫く衝撃に膝をつきそうになるも、すんでの所で踏み止まった彼は体を低く落とした体勢から栞桜の顔面を狙ったアッパーカットを繰り出した。
 しかし、苦し紛れのその攻撃もまた栞桜には届かず、体勢を逸らして回避スウェイからのボディブローを叩き込まれた慎吾は、今度こそその痛みに耐え切れずにその場に倒れ込んでしまった。

「がはぁっ! がっ、ごほっ! ぐ、はぁっ……!? お、俺の拳が、当たらない、だと……!?」

「……やはり、な。お前は、典型的な力自慢だ。恵まれた体格と腕力を活かして素人相手に連勝し続けてきたようだが……悲しいかな、それ以上の引き出しがない。脳まで筋肉で出来ていそうなお前にも分かり易く言ってやるなら、お前には生まれ持っての力以外には何もないんだ」

「なん、だとぉ……っ!?」

 栞桜からの屈辱的な評価に痛みに悶える表情を顰める慎吾であったが、彼女の言葉は実に的を射ていた。

 慎吾の最大の持ち味はその大きな体とチート染みた量の気力だ。
 その二つの武器を組み合わせ、強化した肉体と無尽蔵の気力でのゴリ押しという、戦法とも呼べない戦い方を磨き続けてきた彼だが、それは即ちその戦い方以外の戦術を全く知らないということである。

 加えて、慎吾には格闘技の経験もない。
 燈のようにそれでも十分に強い人間も存在するにはしているが、それは長きに渡る喧嘩人生の中で叩き上げられた強さであり、ある種の裏付けが出来ている強さを持っているからこそ強さが出てくるのだ。

 慎吾の場合、幕府から派遣された指南役の人間に、ある程度の技術は教えてもらってはいたが、結局は自分の動かしやすい体の動かし方に帰結していた。
 腕の振りや、気力弾を放つ動きはサッカーのパンチングのそれであり、故に人と殴り合ったり、戦ったりする時の動きには到底向いていない体の使い方であるといえるだろう。

 対して栞桜は、桔梗から素手での戦い方をみっちりと仕込まれていた。
 空手や柔術を基本として、武器を持っていない状況下でも彼女の武器である怪力を使って十二分に戦えるように叩き込まれた格闘技術は、第三の型である『榛名』の運用にも大きく貢献している。

 そして何より、二人の最大の違いは、という一点に尽きるであろう。
 武術全般において、型というものは非情に重要な意味を持っている。
 攻撃に移る際、多彩な選択肢を残しつつそれらの動きを迅速に取れるように先人の工夫が凝らされているというのもそうだが、型の有る無しでは防御力が段違いなのだ。

 現在の二人の状況を例えるならば、慎吾が正真正銘の無手であるのに対して、栞桜は鋭い鉾と堅牢な盾を持って戦っているに等しい。
 同じ素手同士での戦いでも、磨き上げた技術が明確な差となって自分と栞桜の間に立ち塞がっていることを感じ取った慎吾は、女相手に苦戦を強いられている自分自身へと歯軋りをして悔しさの感情を露わにする。

「ク、ソが……っ!! まだだ、まだ終わりじゃねえ……! こんなところで、女相手に負けてる場合じゃねえんだよっ!!」

「むっ!?」

 地面に拳をつき、立ち上がろうとしていた慎吾の両手の具足が光ったことを、栞桜は見逃さなかった。
 これまでよりも大きく、これまでよりも激しい光を放つ慎吾の腕の輝きが最大限に達した時、彼を中心として周囲の空間が大爆発を起こす。

極光・衝撃波サンバースト・フィスト!!」

 陽光の気力を全方位に放射する、無差別攻撃。
 地面を割り、空気を唸らせるその技の発生を確認した栞桜は、防御の構えを取ると共に後方へと飛び退いた。

(これだけで奴の反撃が終わるとは思えん。私の予想が正しければ――)

「おおおおおおおっっ!!」

 周囲の敵を吹き飛ばす、慎吾の取った反撃の策。
 だが、それにしては威力が低く、気力が込められた両手の輝きもまた爆発を過ぎても尚その勢いを衰えさせてはいない。

 つまりこれは、あくまで次の攻撃に対する繋ぎの一発。
 この爆発で栞桜の動きを止め、確実に次の攻撃を当てるための前動作だと判断した彼女の予想通りに、雄叫びを上げた慎吾が突っ込んでくる。

 大振りの左。本来ならば躱すことも防ぐことも容易い、軌道が丸見えの一発。
 それを、敢えて……受ける。急所だけは守り、致命的な一撃を受けることだけは避ける構えを取って、栞桜は慎吾の渾身の一撃をわざと腹部に叩き込まれてみせた。

「吹っ飛べっ! 極光・極限拳サンバースト・マグナムっっ!!」

 慎吾の左拳が栞桜の体に触れた瞬間、そこに込められていた陽光の気力が大爆発を起こす。
 先に彼が繰り出した衝撃波が、接触インパクトの瞬間に局地的な爆発を起こし、拳打の威力を極限まで跳ね上げたその一発に周囲の空気が熱を帯びて揺らめく。

 確実に、と思わせる手応えを感じていた慎吾であったが、それと同時にこの一発だけでは勝負を決せていないことにも感づいていた。
 左腕を前に突き出した、攻撃を終えたままの姿勢で固まっていた彼の目の前では、爆発が巻き起こした土煙がもうもうと立ち込めており、その中に立ち尽くす人影がうっすらと見えている。

 やがて、視界を遮る茶色の煙が消え去った時、着ている服の所々を焦がし、破けさせてはいるものの、まだまだ戦えるといった様子の栞桜の姿が彼の目に映った。

「……それが、お前のとっておきか? 確かに、威力だけで見れば今までの拳とは段違いだ」

「ああ、そうだ。俺の武神刀『日向丸ひゅうがまる』に気力を極限まで注ぎ込み、パンチを叩き込むと同時に爆発させる! これが俺の最強の技、極光・極限拳サンバースト・マグナムだ!」

 自分の技の原理を堂々と叫び、今しがた攻撃を繰り出したことで気力が消え去った左腕を引っ込めながら、今度は右腕一本に自らの気力を収束させていく慎吾。
 太陽の輝きとも見紛う橙色の眩い光を利き腕に宿した彼は、硬く右の拳を握り締めながら、自分を睨む栞桜へと唸るような低い声で言葉を投げかける。

「左の一発は耐え切れたようだが……まだ、本命が残ってる。覚悟しろよ? お前が幾らタフでも、この一発は受け切れねえ!」

 半身の体勢から、右腕を引いた体勢。
 これから思い切り右腕を振り抜くという意思表示とも取れる、全力で栞桜を殴るための姿勢を取った彼は、そこから彼女へと鋭い視線を向けて行動を観察する。

 確かに栞桜の力は強い。だが、パワーという一点においては自分も負けてはいないはずだ。
 自分の気力を全て注ぎ込み、渾身の力を籠めた右腕の一発を叩き込めれば、栞桜もただでは済まないだろう。

 問題は、自分がどう動くかだ。
 こちらから栞桜に突撃し、攻撃を仕掛けるか?
 あるいは彼女の攻撃を待ち、カウンターとしてこの右拳を喰らわせるか……と、思考を重ねていた慎吾であったが、視線の先に立つ栞桜の姿に異変を感じ取り、その目を細めた。

「なんだ、あれは……!?」

 栞桜の両腕を覆う具足。武神刀『金剛』が変化した手甲に埋め込まれた宝珠が、桜色の輝きを放っている。
 自分の腕の光にも負けない眩さを持ち、力強さと美しさを併せ持つその輝きを目の当たりにして唖然とする慎吾に向け、栞桜が静かに口を開いた。

「お前だけが、自分の技と武神刀の能力を明かすというのは不公平だ。同じ条件に立つために、私もこの『榛名』の能力をお前に教えよう」

「能力、だと……? 攻撃力や俊敏性を上昇させるのが、その武神刀の能力じゃあないのか!?」

「違うさ。変化したての『榛名』こいつは、いわば苗木だ。防具としては多少役に立つが、それ以外は何の能力も持たないただの具足。そこから、私の気力を少しずつ食らい、それを糧として成長していく。苗木が水や肥料を得て、大樹へとその姿を変えていくようにな」

「何の能力も持たない、具足……!? じゃあ、お前のあの重い拳は、武神刀の力で底上げされたものじゃあなかったってことなのか……!?」

「ご名答。『榛名』がその力を発揮する時、こいつに埋め込まれた宝玉が輝きを放つ。成長した桜の苗木が、満開の花を咲かせるようにな。……さあ、そろそろ決着をつけよう! お互いに小細工は抜き! 真っ向からのぶつかり合い! どちらの拳が重く強いのか、試してみようじゃないか!!」

 拳を握り、肺を震わせて息を吐く栞桜の姿に、慎吾は底知れぬ恐怖を感じた。
 彼女の両腕から放たれる桜色の輝きは、彼女自身が溜めた力の強大さを示している。

 自分は今から、あれと真っ向からぶつかり合う。
 一瞬、勝てるのか? という弱気な想いに支配されそうになった自身の心を、慎吾は必死に奮い立たせると強く栞桜を睨んだ。

(負けねえ! 負けるわけにはいかねえ! 王毅は今、妖刀使いと命を懸けて戦おうとしてるんだ! そんな状況で、No2の俺がこんなところで敗れるわけにはいかねえんだよ! こいつを倒して、王毅を追ってる虎藤たちも倒して、王毅の援護に行かなきゃならねえんだ! だから、俺は――っ!!)

 負けるわけにはいかない理由が、自分にはある。
 学校の代表として、リーダーである王毅の右腕として、こんなところで敗北を喫することなんて許されない。
 自分の敗北は学校に残るメンバーの、王毅の評価の低下に繋がるのだから。

「ビビッて堪るか! 圧されて堪るかっ!! 俺は、俺は――っ!!」

 吼える、全ての想いの丈をぶちまけるように。
 奮い立たせる、栞桜の勢いに負けてしまいそうになっている自分の心を。

 負けられない、負けない。気力を極限まで注ぎ込んだこの右腕を叩き込むまでは、決して膝をつくことは出来ない。
 刺し違えてでも、この敵は倒す……! そんな、捨て身の精神で最後の勝負に臨もうとしている慎吾の姿に軽く息を吐いた栞桜は、とんとんと軽くステップを踏み、そして――

「……行くぞ」

 そう、小さく呟いた。

 瞬間、彼女の肉体が躍動する。
 爪先から脚の筋肉へ、疾走と跳躍のための運動指令が淀みなく伝えられていった。

 大地を揺らす、踏み込みの一歩。
 視界を覆う桜色の気力の瞬きは慎吾の心臓をけたたましいくらいに逸らせる威圧感となって膨らみ、彼を追い詰めていく。
 だが、それでも……慎吾は折れず、負けず、ただ我武者羅に渾身の力を以て自身の持つ最高の一撃を栞桜へと繰り出した。

「うおおおおおおおっっ!! 極光・極限拳っ!!」

 咆哮と共に、全力の右ストレートを繰り出す慎吾。
 陽光の輝きが桜色の気力とぶつかり、それを追い散らすようにして膨れ上がる中、彼と相対する栞桜もまた迎え撃つようにして左拳を叩き込んだ。

 ガツンッ、という鈍い音。
 一拍空いて、空気を震わせる衝撃の爆発。

 お互いが逃げず、躱しもせず、真っ向から拳と拳をぶつけ合わせる両者の激突は、やはり栞桜が優勢だった。

「な、ぜだ……っ!? 俺はっ、俺はっっ!!」

 手加減などしていない。腕力も、気力も、体重も、体に残る全ての力を拳に注ぎ込んでいるはずなのに、どうして目の前のこの女に押し負けている?
 自分の方が体は大きい。拳だって、腕の太さだって、自分の方が逞しいではないか。

 それなのに……今、自分の拳とぶつかり合っている女の拳は、自分の何倍も重い。
 岩よりも、鋼鉄よりも、ずっと重くて硬い何かと正面から打ち合っているような感覚に襲われた慎吾の右拳は……次の瞬間、大きく後方へと弾き飛ばされていた。

「がっ……!?」

 押し負けた……? 自分が? 力の勝負で?
 英雄と呼ばれ、規格外の気力を持ち、仲間たちの中でもパワーならばNo1だと評されている自分が、真っ向勝負で力負けした?

 その現実を認められず、呆然とした表情を浮かばせながら体勢を崩す慎吾。
 もう既に、彼には防御も回避も出来るような状況ではなくなっている。
 そして、対する栞桜にはまだ、渾身の気力が込められた右拳の一撃が残っていた。

「左の一発は終わったが……まだ本命が残ってる。覚悟しろよ? この一発は、相当重いぞ!」

「っっ……!?」

 つい先ほど、自分が口にした言葉をそのままそっくり返した栞桜は、引いていた右腕を更なる踏み込みと共に全力で前へと突き出す。
 硬く握り締めた彼女の拳が、チョコレートのように割れている自身の腹筋へと叩き込まれたことを慎吾が感じた次の瞬間、彼の目の前で桜の花びらが弾けた。

「秘拳・桜花二段突きっ!!」

「ぐほあああっっ!?」

 栞桜の右腕を覆っていた気力が弾け、それが桜の花びらのように周囲に舞う。
 美しく幻想的な風景の中で、彼女の全力の一撃を叩き込まれた慎吾の体は綺麗なくの字に折れ曲がり、悶絶の言葉と共に背後へと大きく吹き飛ばされていった。

「がっ、はああっ!!」

 骨がない、腹筋への一発。
 内臓が破裂したのではないかと思うくらいの衝撃ではあるが、死に至るようなダメージは気力による身体能力強化で何とか防いだ。
 ……いや、そうではない。正確には、栞桜が自分を殺さない程度に手加減をしてくれたと言わなければならないだろう。

 攻撃に全ての意識を傾けていた自分が、咄嗟の判断で堅牢な防御を固められるはずがない。
 彼女の腕力ならば、内臓破裂どころか地の果てまで吹き飛ばされていてもおかしくないところをここまでの被害に抑えてもらったのだということを感じ取った慎吾は、背後にあった岩盤に叩き付けられると共に、自らの敗北を悟った。

「ぐ、は……っ! く、そ……完敗、じゃねえか……!」

 負けた、完膚なきまでに。
 力も技も、何一つとして通じなかった完全敗北を喫した自分自身の弱さに歯噛みしていた慎吾は、指一本動かすことも困難になった自分の下へと近づく栞桜の気配にはっと顔を上げた。

「……どうして、自分が負けたのか理解しているか? 私とお前の差は、何処にあったと思う?」

「く、ははっ……! お説教、かよ? そんなもんはいらねえ。トドメを刺すなら、さっさとやりやがれ……!」

「そんなことをするつもりはない。お前を殺したら、燈とこころが悲しむ」

「ぐっ……!?」

 勝利した栞桜は、『金剛』を納刀すると岩に背を預けて座り込む慎吾へと視線を下した。
 そうして、燈とこころの名を出されたことと命を見逃された屈辱に顔を歪める彼に対して、こう言い放つ。

「お前が私に勝てなかった理由を教えてやる。私は仲間のために戦っていたが、お前は自分のために戦っていた。それが、勝敗を分けた最大の要因だ」

「俺が、自分のために、だと……? ふざけるな! 俺は、王毅たちのために……」

「いいや、違うな。お前は仲間のために戦っているんじゃない。に戦っているんだ。だからお前の拳は軽いんだよ」

「なっ……!?」

 自分の言葉に絶句し、言葉を失った慎吾に対して、栞桜は話を続けた。

「お前が燈のことを問答無用で攻撃したのも、こころの話に耳を貸さなかったことも、もっと言うならば私たちの前にたった一人で立ち塞がろうとしたことも……全ては、人の嫌がることを進んでやる自分を演出するためだ。仲間たちから、お前たちの長から、損な役回りを担わせて悪かったと言ってもらうためにお前はそんな真似をし続けている……違うか?」

「お、俺、は……!!」

「憎まれ役を進んで担う根性と、危険だとわかっていながらも敵の前に立ち塞がろうとするその勇気は賞賛しよう。だが、お前の目には仲間の姿が映っていない。自分自身の醜さもな。王毅のため、仲間のためと口では言っているが、その実本当は自分が気持ちよくなるためだけに戦っている。自分のためだけに戦う者に真の強さは宿らない。それが、お前の拳が軽い理由だ」

「………」

 敗者として、勝者である栞桜の言葉を黙って聞き続けた慎吾は、欠片も力が入らなくなっている自分の右手を見つめた。
 サッカー部の守護神として、幾度もチームの危機を救ってきた自分自身のその手は、どうしてだか異世界に転移して力を身に着ける前より、ずっと小さくなったように見える。

「……偉そうに語ってしまったが、私も少し前まではお前と似たような人間だった。そんな私を変えてくれたのは、燈とこころだ。二人の言葉が、行動が、私のことを強くしてくれたんだ。こんな私を友と呼んでくれるあいつらのためにも、私はもっともっと強くなりたい。……それが、人と人との絆。人間を強くしてくれる、何よりも大切なものだ」

 清々しいまでの真っ直ぐな栞桜の瞳。
 曇りなど一点もなく、燈とこころを信じ切っているその目を見た慎吾は、心のどこかで感じていた想いが正しかったことを悟った。

 もし、栞桜が妖刀の力で洗脳されているとするのなら、こんな真っ直ぐな目など浮かべられないだろう。
 心の底から燈たちを信頼し、友だと認めている彼女の姿を先入観を抜きにして目にすれば、燈が妖刀の支配に置かれていないことなどすぐに判る。

(間違ってたのか、俺も、も……クソ、今になって、気が付く、なんて……)

 もっと早く気が付けばよかった。
 否、もっと早く可能性を模索するべきだった。

 一つの考えに固執して、間違った方向へと王毅を導いてしまったのは間違いなく自分の責任だ。
 副長として、もっと早くに燈たちが味方である可能性を模索すればよかった。彼らの話に耳を傾けてさえいれば、もっと別の道も見つけられたというのに……。

 伝えなければ、この事実を。王毅に全てを伝えて、自分たちの間違いを正さなければ。
 それが、No2の立場に立つ者としての……いや、王毅の友としての、自分が本当にすべきことなのだ。

 だが、今の自分にはそれが出来そうにない。
 薄れていく意識の中、最後の力を振り絞り、慎吾は栞桜へと言う。

「二つ、頼みが、ある……虫が良いとは思うが、聞いてくれない、か……?」

「……なんだ?」

「王毅を、説得してくれ……俺が、間違っていたと、そう、あいつに伝えてほしい。それ、と……」

 意識を失う寸前、慎吾は最も言わなければならないことを栞桜へと伝えた。

「虎藤と、椿に……悪かったと、伝え、て……」

 仲間であり、理由あって学校を離れた今でも自分たちのことを友達だと思ってくれていた二人を攻撃してしまったことへの謝罪の言葉を伝えてほしいという慎吾の願いは、最後まで紡がれることはなかった。
 しかし、彼の想いを受け止めた栞桜は、気を失った彼に対して大きく頷き、言う。

「承知した。必ず、二人にお前の言葉を伝えよう。……次に会う時には、お前も少しは変わっていられそうだな」

 慎吾の頑固な石頭を砕き、彼を一皮剥かせた栞桜は、自分の過ちと醜さを認められるようになった彼の成長に小さく笑い、そう口ずさむのであった。
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