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第三章 妖刀と姉と弟
幽仙と最凶の武士団
しおりを挟む「僕たち天元三刀匠が、元々は十傑刀匠と呼ばれていた幕府お抱えの刀鍛冶師だったことは聞いているね? その後、僕たちは幕府から追放されて天元三刀匠の名を、残りの七人は新たに七星刀匠の名を与えられて活動しているわけだが……幽仙は、その七星刀匠の筆頭にして、僕たちが幕府から追放される原因を作った男なんだよ」
「師匠たちが追放される元凶!? 思いっきり因縁の相手って奴じゃないっすか!?」
「いったい、先生とその幽仙という男の間に、何が……?」
謎の男、幽仙の素性を聞いた燈たちが驚きを露わにする中、百元は深い溜息を吐いた後、自分たちの過去について語りだす。
「今より十数年前、我々は幕府の対妖に対する政策に限界を感じていた。僕たちがどれほどの名刀を作ろうとも、至極の一振りを打ち上げようとも、それを満足に使える武士が存在していなかったんだ。幕府がどれだけの兵を集めようとも、妖の数はそれを超える。人間は、軍として動きながらも個々の実力を向上させなければならないという状況に瀕していたわけだが、幕府は古来より伝わる習わしを変えようとはせず、日に日に状況は悪くなっていくばかりだった」
「……そうして切羽詰まってから手を出した政策が異世界召喚ってのが笑えるっすね。自分たちの力じゃどうしようもなくなったから、別世界から助っ人を呼ぶだなんて、おかしな話だ」
「全くだよ。あの頃から何かしらの手を打っておけば、異世界の若者を戦いに巻き込むだなんてことにはならなかったものを……いや、今更そのことを愚痴っても仕方がない。今は目の前の問題について話をしよう」
燈の言葉に大きく頷きながら、それを過去の物として振り払う百元。
今は弟子たちの疑問に答え、目の前の問題についての情報を整理すべきだと判断した彼は、話を元に戻して幽仙について語り始めた。
「僕たちが考えていた策はこうだ。大和国の中から才能を持つ者を見つけ出し、それを一から指導することで一騎当千の強者として鍛え上げる。そうした武士たちを集結させ、妖に対する切り札として活躍してもらおうというわけだ」
「それってつまり、今現在師匠たちがやっている最強の武士団の結成ってことっすよね? その頃から師匠たちはこの絵を描いてたのか……」
「左様。僕たちは心技体が揃った精強な武士に僕たちが作り上げた武神刀を渡すことで、世界の未来を託そうとした。正しい心を持つ者にこそ、大いなる力は相応しいという理念を持ってね。……しかし、その考えと真逆ともいえる思想を持っていたのが幽仙だった」
「その理念とは、いったい……?」
「簡単だよ。人が刀を使うんじゃない、刀が人を使うんだ」
百元のその言葉は、一言で理解するにはあまりにも簡潔が過ぎた。
ただ、彼のその一言から不穏な何かを察した一同に対して、百元は詳しく幽仙の思想を語り始める。
「人間の心を鍛え、体を育て、技を磨かせる、それには時間が掛かり過ぎるというのが幽仙の考えだった。だからこそ奴は、自分たち類まれなる才能を持つ刀匠が、神の領域に踏み込む武神刀を作り上げ、それに人間を使わせれば良いと考えたのさ。強大な力を持つ武神刀を人間に与え、その力を以て妖を殲滅する……奴の考えの根幹は、人が主軸ではなく自らが作り出した武神刀だったんだ」
「待って、ください……神の領域に踏み込む、強大な力を持つ武神刀……? それって、つまり――!?」
「……涼音、君の考えで合っている。幽仙が作り出そうとしている武神刀とは、妖刀のことを指しているんだ」
空気が、ざわりと震えた。
まさか、幕府の中枢に妖刀を作っている人間がいるだなんて……と、驚きを隠せない一同に対して、百元はなおも驚きの事実を伝える。
「幽仙は既に何本もの妖刀を完成させている。おそらく、『泥蛙』もその内の一つだ。奴は自分の作り上げた武神刀をばら撒き、実戦に用いらせることで、情報収集を行っているんだろう。東平京での妖刀盗難も、この磐木で新たに確認された妖刀の出現も、嵐の辻斬りにも……奴が関わっていることは間違いない」
「そんな! そんな危ない奴、どうして幕府は放っておいてるんですか!? 追放どころか、処刑した方がいいくらいでしょう!?」
「……幽仙は己の野望を隠蔽することが非常に巧みだ。奴の企みを察知した僕たち三人だったが、政治戦という面では幽仙の方が何枚も上手だった。結果、妖刀鍛冶師としての顔を隠し切った幽仙は幕府のお膝元に残り、僕たちは追放。邪魔者がいなくなった幽仙は、ぬくぬくと幕府の保護を受けながら妖刀の研究を行っているだろうさ」
悔しさに声を震わせながら、百元が語る。
過去に残した唯一といって良いほどの心残りに胸を締め付けられるような苦しみを感じる彼に対して、やよいがこう問いかけた。
「それで、その幽仙って人は、情報収集のためだけに妖刀をばら撒いているんですか? あたし的には、それだけだと危険性の割には得られるものが少ないかな~、って思うんですけど」
「……ああ、それだけじゃない。奴は探してるんだ。妖刀を扱っても暴走しない、狂っている人間をね。心が歪み、何処かいびつになっている人間が妖刀を手にした時、それが時に予想外の作用をもたらすことがあると奴は仮説を立てていた。妖刀の邪気すらも飲み干す狂気を持つ人間ならば、例え気力や剣の才能がなくとも強大な力を得られると……そう、幽仙は考えていたようだ」
「マイナスにマイナスをかけるとプラスになる、ってことか。割と、間違っちゃいなさそうなのが恐ろしいところっすね」
「そういった、何処か狂った人間たちを集め、自らが打ち上げた妖刀を用いらせた強力無比な武士団を結成させる。人が刀を使うのではなく、刀が人を使う。武士ではなく、刀匠が世界の中心となるべきだという幽仙の思想が顕著に表れているその野望こそが、最凶の武士団なんだ」
そこで、一度話を区切った百元が眼鏡を外して机の上にそれを置く。
そうした後、目と目の間を指で押さえた彼は、怒りを抑えられていない声色でこう呟いた。
「おそらく……いや、ほぼ確実に、幽仙は最凶の武士団の候補生を見つけ出している。幕府のお膝元にいなければならない彼に代わって、この磐木で暗躍している何者かは幽仙の弟子だ。その人間を見つけ出すまでの間に、何人の命を奪った? 嵐や、彼が手にかけた人々の命も、元を正せば幽仙の野望の犠牲となったに等しい。奴は、奴の野望だけは……決して許してはならないものだ」
「先生……!!」
長年、共に生活をしてきた涼音でさえも見たことがない、百元の本気の怒り。
何の罪もない人々の命を奪い、愛弟子である嵐を利用し、自らの野望を成就させようとしている幽仙への怒りを露わにした彼は、話をこう締めくくった。
「この一件に幽仙が関わっているとわかった以上、妖刀を幕府に奪われるわけにはいかない。東平京に『禍風』と『泥蛙』が戻るということは、幽仙が再びその刀たちを自由に出来るということを意味するのだから。改めて、君たちに頼みがある。嵐を止め、磐木に存在する二振りの妖刀を回収してくれ。もう二度と、この悲劇を繰り返させないために、君たちの力を貸してほしい」
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