78 / 127
幕間の物語~追憶の糸~
序
しおりを挟む「……それじゃ、始めよっか。準備はいい?」
「う、うん……その、よろしく……」
「ふふっ、そんなに緊張しないでよ。どっちかっていうと、大変なのはあたしの方なんだからさ」
行燈の灯火だけが光る、薄暗い部屋の中。
そこで、蒼は白い襦袢姿のやよいと向かい合っていた。
薄い生地で仕立て上げられているそれは、大和国でよく用いられている下着の一種。
栞桜が胸に巻いているサラシや、現代の下着であるブラジャーとショーツなどと比べれば布面積はかなり大きいが、下着であることに変わりはない。
胸元からは小柄な体に反して育った胸の谷間が覗き、薄い生地から透けて見える肌の色に顔を赤らめる蒼に対して、くすくすと愉快気に笑ったやよいは、別段羞恥を感じていない様子でこう口にする。
「あははっ! あたしみたいな美少女の下着姿を見られるなんて、蒼くん役得だね! ……でも、そこまで恥ずかしがる必要はないでしょ? この後にすることのことを考えたら、さ」
「……まあ、そうなんだけどさ。でもやっぱり、どうにも意識しちゃうっていうか……」
「ふ~ん……まあ、あたしとしてもケロッとされてた方が悔しいし、そういう可愛い反応を見せてくれる方が楽しいから、良いんだけどね」
そう言いながら、やよいが左手を蒼へと伸ばす。
体格に見合った小ささを持ちながらも、日々の鍛錬のお陰で随分と硬くなっているその手を右手で握り返した蒼は、女性と指と指を絡ませ合う手の繋ぎ方をしていることにドギマギとした緊張を抱いていた。
「……始めるよ。準備、いい?」
「う、うん……!」
数秒前のやよいの姿からは想像出来ない、真面目で静かな声。
その声に蒼が返事をした途端、見計らったかのように行燈の灯火が消え、部屋の中に暗闇が満ちる。
やよいの静かな吐息と、自分の心臓の鼓動を感じながら、強く彼女と繋がり合った状態で瞳を閉じた蒼の耳に、淡々と繰り返されるやよいの呪文の詠唱が響いた。
「淀み、溺れ、狂いし者。その咎、業、罪の根源は何処にありや。急急如律令、我らに見せよ。如何にしてこの者が外道に落ちたのか。その道筋を……」
やよいの声を耳にする度に、意識が薄れていくことを感じる。
何処か深く、遠くて近い場所に引っ張られていく感覚を覚えながら、蒼は自らの意識を暗闇の中へと埋没させていった。
「妖の過去が見たい、だって?」
「うん! だから、蒼くんにも協力してもらえないかな~って!」
蒼がやよいからそんな頼みを受けたのは、この日の朝のことだった。
朝食を取り終え、いつものように修行場に向かおうとしていた蒼を呼び止めたやよいは、ニコニコとした笑みを絶やさないまま、胸元からとある物を取り出し、彼へと見せる。
「それは……?」
「この間、戦った絡新婦の一部! 蒼くんの技でバラバラになっちゃってた肉体の中から一番大きいのを拾ってきたんだ!」
別府屋武士団との勝負の際に立ち会った妖の姿を思い浮かべた蒼は、やよいが手にしている肉片の一部をまじまじと見やる。
おそらくそれは脚の先と思わしき部位であり、鋭い光を放つ爪の先を見つめた蒼は、これをどうするつもりなのかと視線でやよいに問いかけた。
「えっとね、これを媒体として、陰陽術であの妖の過去を見るの! これには絡新婦の残留思念が宿ってるはずだから、記憶を覗くことくらいは出来るはずだよ!」
「あの妖の、過去……彼女が人であった時の様子を見てみたいってことかい?」
「そういうこと!」
元気いっぱいに首を縦に振るやよいの姿に、蒼は渋い表情を浮かべた。
それは、彼女の行いが決して褒められるべきものではない行動であることを知っているが故に否定したい気持ちと、さりとて彼女がただの興味本位でこんな悪趣味なことをしようとしているのではないことを悟ってしまったが故の肯定してあげたい気持ちが混じり合った、複雑な思いを抱いてしまったからだ。
妖、と一言にいっても、その種類は千差万別。
起源も、分布も、変化の仕方も、何もかもが違っているが故に、大和国の学者たちもその生態を完全に把握することが出来てはいない。
しかして、大半の妖の誕生に関しては、負の感情が関係しているという点が共通している。
例えば、燈の初陣の相手である『髑髏』は、きちんと供養されなかった人の亡骸に宿る無念や恨みが邪気へと変わることによって生まれる妖だ。
『狒々』に関しても、その起源は普通では考えられない寿命を得た猿が高い知能を得ることによって憎しみや欲望といった負の感情を抱くようになり、それが元々の妖力と合わさることで猿から化物へと変化して誕生した妖だといわれている。
そして、そういった妖の中には、元は人間であったという者も存在しているのだ。
絡新婦は、そんな人間が変化してしまった妖の一つ。
強い恨み、怨念、憎悪を抱えた女性が、外道へと堕ちし姿こそが、あのおぞましい妖の正体なのである。
彼女がどうして妖になったのか? それを知るということは、あの絡新婦が人間であった時の様子を覗き見るということに他ならない。
妖とはいえ、元は人間であった彼女の過去を探るというのは、死者の魂に鞭を打つような非道な行いだと蒼は思っていた。
やよいも、その行為が悪趣味であることは理解しているだろう。
その上で、彼女は絡新婦の過去を覗き見ようとしている。
一応、蒼がその理由を尋ねてみれば、やよいは浮かべていた笑顔を引っ込めた真面目な表情でこう答えた。
「だって、知りたいじゃない。どうしたら人が妖になるのかを知っていれば、それを防ぐ手立てを考えることも出来るでしょ? 一つの魂の尊厳を汚すことで、無数の人間の命を守れる可能性が生まれるのなら、あたしはそうするべきだって思うな」
「……わかった。付き合うよ」
「あはっ! やったぁ! やっぱり蒼くんは優しいなあ!」
承諾の返事を受けた瞬間、真面目な雰囲気を消し飛ばしたやよいは嬉しそうにその場で飛び跳ねている。
子供のような、おとなのような、そんな掴み所のない彼女の様子に苦笑しながら、蒼は気になっていたことを尋ねた。
「でも、どうして僕を付き合わせるの? 一人でやれない理由があるとか?」
「ん? まあ、いざという時の保険かな? あたし、陰陽術はほんの少しだけしか扱えないから、もしも妖の負の感情にあてられちゃったりしたら、マズいことになりそうでしょ? そうなった時、水の気力で邪気を祓える蒼くんの力が必要になるかな~、って!」
「ああ、なるほどね……」
ようやく合点がいったと頷き、それ以上彼が何も尋ねなくなったことを確認したやよいは、普段通りの笑顔を浮かべながら決行の時間を蒼へと告げた。
「それじゃ、今晩、あたしの部屋でやろっか! 色々準備をしときたいから、時間は子の刻ぐらいでよろしく!」
「わかった。引き受けたからには、もしもの時の用心棒役、しっかり務めさせてもらうよ」
「うんうん! 頼りにしてるよ~! ……あ! お礼、どうすればいい? 蒼くんがお望みなら、体で払うってのもやぶさかじゃないけど――」
「いいから、そういうの! 毎回そうやって人をからかうの止めてくれない!?」
上目遣いで胸の谷間を強調するやよいに顔を赤くして蒼が吼える。
そんな彼の反応をからからと笑い、今日もやよいは自分の思った通りの反応を見せてくれた蒼へと満足気な笑みを見せるのであった。
0
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
異世界転移した先で女の子と入れ替わった!?
灰色のネズミ
ファンタジー
現代に生きる少年は勇者として異世界に召喚されたが、誰も予想できなかった奇跡によって異世界の女の子と入れ替わってしまった。勇者として賛美される元少女……戻りたい少年は元の自分に近づくために、頑張る話。
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
異世界エステ〜チートスキル『エステ』で美少女たちをマッサージしていたら、いつの間にか裏社会をも支配する異世界の帝王になっていた件〜
福寿草真
ファンタジー
【Sランク冒険者を、お姫様を、オイルマッサージでトロトロにして成り上がり!?】
何の取り柄もないごく普通のアラサー、安間想介はある日唐突に異世界転移をしてしまう。
魔物や魔法が存在するありふれたファンタジー世界で想介が神様からもらったチートスキルは最強の戦闘系スキル……ではなく、『エステ』スキルという前代未聞の力で!?
これはごく普通の男がエステ店を開き、オイルマッサージで沢山の異世界女性をトロトロにしながら、瞬く間に成り上がっていく物語。
スキル『エステ』は成長すると、マッサージを行うだけで体力回復、病気の治療、バフが発生するなど様々な効果が出てくるチートスキルです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる