上 下
63 / 127
第二章・少女剣士たちとの出会い

始まる勝負と不穏な影

しおりを挟む

「……来たか」

 まだ日が昇って間もない朝方。
 約束の地で一人佇んでいた栞桜は、こちらに近づいて来る無数の気配を感じ取って呟きを漏らす。

 それから数秒後、多くの武士を引き連れて登場した金太郎は、たった一人だけで自分を待っていた栞桜の姿に笑いが抑えられないとばかりに噴き出した。

「なんや、ほんまに一人で勝負する気かいな? 仲間も引き連れず、あのちっこいのも連れて来んとは恐れ入ったわ」

「ふっ、貴様一人で何が出来る? この勝負、既に勝敗は見えたな」

「黙れ。お前たちなど、私一人で十分だ。絶対に、一人でも、私は勝ってみせる……!!」

「ほぉう……? ま、好きにせえや。でも、こっちには心強い味方がついてくれてんねん。竹元先生、お願いします!」

「おう!」

 金太郎の呼びかけに応え、集団の中から一歩前に出る順平。
 そのまま堂々と栞桜の下へ歩み寄り、ふてぶてしい笑みを浮かべながら、不躾な視線を彼女へと向けた。

「聞いて驚け! 竹元先生はなぁ、異世界から召喚された英雄様の一人なんや! 女のお前なんざまるで相手にならんわい!」

「異世界から、召喚……? そうか、こいつが……!!」

 漠然と、露天風呂で聞いた燈の話を思い出す栞桜。
 目の前の男もまた、燈同様に尋常ではない気力を持つ武士であるという情報に気を引き締めた彼女であったが、順平から感じられる覇気が燈のそれとは比べ物にならないくらいにお粗末であることに違和感を覚えていた。

 鋭さも、強大さも、気概も感じられない。
 これが本当に、大和国を背負って立つ英雄として呼ばれた男なのだろうか?

 ……自分たちはこんな男よりも役に立たないと、幕府から思われているのだろうか?

 そんな、コンプレックスを刺激する順平の登場に苛立ちを覚えた栞桜は、彼の顔をきっと睨みつけた。
 しかして、当の順平はそんな彼女からの嫌悪感をものともせず、ニタニタと下品な笑みを浮かべながらいやらしい目で栞桜のことを見ている。

「へ、へへ……! いいじゃねえか、お前。顔も抜群だし、体も合格点だぜ」

「っっ……!!」

 端正に整った栞桜の顔をじろじろと眺め、そのまま視線を下に向ける順平。
 サラシに締め付けられた、それでも十分に膨らみを主張する胸部を舐めるように見つめた彼は、隠すことなくその欲情を栞桜へと向ける。

「決めた。お前、勝負に負けたら一晩俺に付き合え! たっぷり可愛がって、学校に連れ帰ってやるぜ!」

「なっ!? ふ、ふざけるな! 誰がお前なんかに……!!」

「おやぁ? お前さん、わしらに勝つ自信がないんか? 勝負に絶対に勝てるいうんやったら、そんくらいの賭けに乗ってもええやないか。それが出来んっちゅうことは、竹元先生には勝てんって本当はわかってるってことやろ?」

「ぐっ……!!」

 下品な欲望に塗れた、順平の言葉。
 それを拒絶した栞桜へと、金太郎の煽り文句が飛ぶ。

 判っている、これが自分を乗せるための罠だということは。
 それでも、もう自分の身以外に捨てるものは何もない栞桜は、破滅的願望に身を任せてその賭けを承諾してしまった。

「……いいだろう。もしもお前たちが勝ったら、一晩だけお前に付き合ってやる。ただし、私が勝った時は相応の扱いを覚悟しておけよ」

「へへへっ、決まりだな。なぁに、一晩付き合えば、その後も俺について来たくなるだろうさ!」

「おおっ! 流石は英雄様! 夜の方も大剣豪ですな! ……よかったなぁ、栞桜。才の無い刀を捨てて、英雄様の妾として生きる道が開けそうやないか」

「黙れっ! ……もう茶番は沢山だ! さっさと勝負を始めるぞ!」

 苛立ちと、孤独。
 自分で選んだ道を突き進み、その中で得た感情を抱きながら栞桜が叫ぶ。
 金太郎も、順平も、くちなわ兄弟をはじめとした別府屋側の武士たちも、そんな彼女の行く末を思って下卑た笑いを抑えられずにいた。

(ククク……! 最初っから勝ち負けが仕組まれてるとも知らず、このアホンダラはのこのこと……!! これで桔梗の戦装束と、愛玩用の女子はわしらのもんや!)

 この洞窟の中には、自分が手配した役者たちが揃えられている。
 彼らが集まっている場所に最短で辿り着ける抜け道も、栞桜がそこに辿り着けぬようにするための罠も、これでもかとばかりに用意した。

 勝負が始まったら、別府屋は抜け道を使って洞窟の奥へと進軍。
 用意してあった火薬や獣の内臓を使い、そこで激しい戦いがあったと見せかけるための細工をした後、集めた人々を引き連れて脱出する。

 その間、栞桜は何も出来ぬまま、罠に時間を食われてもたもたしているだけ。
 全ての罠を突破した彼女が洞窟の奥部に辿り着いた頃には、とっくに全てが終わっているはずだ。

「先に言っとくで、栞桜。負けたとしてもわしらを恨むなよ? それは全部、お前が弱いからそうなったことやからな!」

「……わかっているさ、そんなこと。くだらないお喋りはここまでにして、さっさと始めるぞ!」

「はいはい……! そんじゃ、行くで!」

 金太郎が、用意してあったかんしゃく玉を放り投げる。
 緩やかな放物線を描いて栞桜たちの前へと飛んでいったそれは、重力に従って地面へと落下し、大きな破裂音を鳴らした。

 途端、栞桜が動く。
 目にも止まらぬ速さで駆け出し、別府屋の人間たちを置き去りにして洞窟へと飛び込んだ彼女は、すぐさま闇の中に消えて姿を消した。

「クックックッ……!! 本当に、愚かな奴よのぉ! ま、せいぜい無駄な努力をしてくれっちゅう話ですわ!」

「俺たちは用意してある抜け道を進めばいいんだな? 楽に勝てる上に、あんないい女を抱ける勝負が出来て、万々歳だぜ!」

「それもこれも、栞桜が間抜けなお陰ですわ! ……ほな、竹元先生たちもそろそろ出発してください。向こうでのことは、このくちなわ兄弟に任せてありますんで、先生は適当に時間を潰してくださいな」

「ああ、わかった。……ヒヒヒッ! あのデカい乳、たっぷり弄ってやるからな……!!」

 栞桜に続き、悠々と洞窟の中へと足を踏み入れる別府屋の武士団一行。
 この勝負は全て金太郎の掌の上で操作されている八百長試合で、何もかもが自分たちに有利に進んでいる。

 どんなに気を抜いていても負けることはないし、自分たちの勝利は揺るがない。
 全てを知っているが故の慢心を抱いている一行は完全に気を抜いており、順平に至っては栞桜と過ごす今晩のお楽しみを妄想してだらしない表情を浮かべている始末だ。

 本当に、簡単な仕事。楽で仕方がない、全てが決まっている勝負。
 このまま奥に行って、事前の取り決め通りの細工を施し、帰ってくるだけの単純な作業。およそ一時間もあれば終わる、何の心配もいらない楽な仕事。

 ――その、はずだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

僻地に追放されたうつけ領主、鑑定スキルで最強武将と共に超大国を創る

瀬戸夏樹
ファンタジー
時は乱世。 ユーベル大公国領主フリードには4人の息子がいた。 長男アルベルトは武勇に優れ、次男イアンは学識豊か、3男ルドルフは才覚持ち。 4男ノアのみ何の取り柄もなく奇矯な行動ばかり起こす「うつけ」として名が通っていた。 3人の優秀な息子達はそれぞれその評判に見合う当たりギフトを授かるが、ノアはギフト判定においてもハズレギフト【鑑定士】を授かってしまう。 「このうつけが!」 そう言ってノアに失望した大公は、ノアを僻地へと追放する。 しかし、人々は知らない。 ノアがうつけではなく王の器であることを。 ノアには自身の戦闘能力は無くとも、鑑定スキルによって他者の才を見出し活かす力があったのである。 ノアは女騎士オフィーリアをはじめ、大公領で埋もれていた才や僻地に眠る才を掘り起こし富国強兵の道を歩む。 有能な武将達を率いる彼は、やがて大陸を席巻する超大国を創り出す。 なろう、カクヨムにも掲載中。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界転移した先で女の子と入れ替わった!?

灰色のネズミ
ファンタジー
現代に生きる少年は勇者として異世界に召喚されたが、誰も予想できなかった奇跡によって異世界の女の子と入れ替わってしまった。勇者として賛美される元少女……戻りたい少年は元の自分に近づくために、頑張る話。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

処理中です...