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第二章・少女剣士たちとの出会い
仕組まれた勝負と迫る糸
しおりを挟む「どうだ? 何か異常はないか?」
「何も。退屈で面白みのない仕事だぜ」
「そう言うな。何もやることはないが、何もしなくても大量の報酬が出る仕事だ。多少の退屈くらいは我慢しようじゃないか」
暗い洞窟の中に、男が二人。
こんな洞窟の中で何やら話をしているという時点で妙な連中ではあるが、彼らの見た目はそれに輪を掛けて珍妙だ。
男であるというのにも関わらず化粧を施したその顔は、格好がついているどころか不気味さを醸し出している。
血走った目に点々と付着した血糊、頬をこけさせたように見せかけた細工と、ぱっと見て人外の化物のような顔になっている彼らの服装もまた、おかしなものだ。
頭部には狼や狐といった獣の皮を剥いで作った外蓑を被り、全身を毛皮をあしらった服装で固めている彼らのことを一言で表すならば、怪しい奴ら以外の言葉が出てこないだろう。
しかして、腰に気力を持つ者である証ともいえる武神刀を差し、洞窟内に点在している篝火の下で会話するという知能を持つ彼らは紛れもなく人間であり、化物と見紛うその見た目との差異がより際立って感じられた。
「まったく、別府屋の旦那も大掛かりなことするよな。桔梗とかいう仕立屋に仕事をさせるために、妖の存在をでっちあげるなんて……」
「そこまでしてでもその仕立屋を囲っておきたいってことだろ。実物を見たことはないが、あの女の作る戦装束は天下一品と名高い代物らしいからな」
「ふぅん……まあ、ここまで金も人員も割いて実行してる計画だ。それなりの見返りがあるって、旦那は見込んでるんだろうな」
小道具である粗末な武器や、獣たちの内臓と血が入っている袋を見ながら片方の男が言う。
もう片方の男は、他の仲間たちやこの芝居のために雇われた近隣の村々の住民たちから離れたこの場所はサボるのにうってつけだとばかりに腰を下ろして、愚痴っぽく相方と話し始めた。
「しかし、大旦那も思い切ったことをする。金をばら撒いて人を集め、俺たち用心棒に獣憑きの格好をさせた上に、この洞窟を妖の巣に仕立て上げるなんてよ」
「あの栞桜とかいう猪娘を騙すためだけにここまでするか? 幕府が別の世界から呼び寄せたっていう、英雄の一人も味方として引き入れたんだろ? それで十分だと思うが……」
「向こうにはあのくちなわ兄弟をあっさり倒した謎の二人組がいるんだ。英雄様といえど、あの二人の相手は荷が重いだろうよ。だからこそ、大旦那は確実な勝利のためにこんな策を取ったんだろうな」
「まあ、確かにあの二人の腕前は異次元級だったしな……あれとまともにやり合うくらいなら、こんな回りくどくて手間がかかる方法で勝ちを拾いたくなる気持ちもわかるぜ」
「だろ? ……にしても、クククッ! あの小娘は何も知らずにのこのこここにやって来るんだな。最初から勝ち目のない勝負だっていうのによぉ!」
相方のあくどい笑いに合わせ、もう片方の男も悪い笑みを浮かべる。
彼らの手元にはこの洞窟の内部構造を記した地図があり、その所々には栞桜を嵌めるための罠の在処を示す赤丸が書き込まれていた。
定番の落とし穴や岩盤移動による足止めから始まり、上手く道を隠しての遠回りの誘導。
他にも細やかな時間稼ぎ用の罠が多数仕掛けられており、栞桜の行く手を阻むための工夫がこれでもかとばかりに仕込まれている。
逆に、別府屋の部隊たちのためには、そんな罠を無視出来る秘密の抜け道が用意されていた。
この道さえ行けば、洞窟の再奥地、妖と捕らえられている村人たちの下にまであっという間に辿り着けるという卑怯極まりないショートカットを用意してある以上、別府屋の勝利は間違いないだろう。
公平な勝負。妖の存在。苦しんでいる人々……それら全てが、でっちあげ。
これこそが別府金太郎が仕組んだ、栞桜とその背後にいる桔梗を嵌めるための罠。
彼女を挑発し、最初から勝ち目のない勝負の舞台に押し上げることによって、桔梗のことを囲おうとする金太郎の大掛かりな計画だ。
自分が罠にかけられているとも知らず、意気込んで嘘塗れの勝負に臨もうとする栞桜のことを男たちはゲタゲタと嘲笑っている。
既に勝ち誇り、今後の栄誉をも得たものと考えている彼らの話の内容は、その慢心に伴って下品な方向へと進んでいった。
「それで? 桔梗の作品を世に売り出せるようになったら、大旦那はどうするつもりなんだ?」
「決まってるだろ。それで得た金を元に腕に自信がある奴らを集めて、精強な軍隊を作る。そんで、竹元の奴のコネを利用して幕府の内側にも潜り込んで、他の英雄様たちと一緒に大暴れ! 別府屋とそのお抱え部隊の名を大和国中に轟かせたら、独占している桔梗の作品を売り捌いてまた大儲け! ……って、ところだろうよ」
「うひょ~っ! 聞くだけで胸の高鳴りが抑えられなくなる話だな! 俺たちも甘い汁を啜って、金も女も好き放題ってか!?」
「ひへへっ! だな! ……女といえば、大旦那は桔梗の弟子である栞桜とやよいの奴も、新生する部隊に組み込む気らしいぜ」
「は? あいつらを? まあ、確かに多少は腕が立つ連中だが、あいつらが俺たちの言う事を素直に聞くか?」
「ば~か、女を俺たちと同じように扱うかよ。あいつらの役目はこれよ、これ!」
そう言った男は卑猥に腰を振り、言葉にしないで栞桜たちを取り込む目的を相方に伝える。
その動きだけで全てを察し、興味津々といった様子で顔を寄せてきた相方に対して、男は今更ながらひそひそ声で話を続けた。
「あの小娘たちには散々手古摺らされたからな……大旦那も取引を邪魔され続けた鬱憤が溜まってるんだろうさ。こっちに引き入れたら、武神刀を取り上げて、たっぷり躾けてやって……それから、慰安部隊として俺たちに奉仕させるつもりらしいぜ」
「ぐひひひひっ! その話が本当だってんなら、涎が止まらねえぜ! あいつら、性格はともかく顔と体は極上物だからな……!」
「強気な女や生意気な小娘に身の程を教えてやるのも、強い男の役目の一つだ。今からあの雌どもに奉仕させるのが楽しみで仕方がないぜ」
「ああ! ……なあ、そう言えば新顔の娘がいたよな? あの子も可愛かったし、おまけで加えてもらえねえかな……!?」
「それは俺じゃなくて大旦那に言えよ。しかし、楽しみであることに変わりはねぇ!」
顔を突き合わせ、ぐひひと下品で下劣な笑いを漏らす二人。
彼らの頭の中では裸に剥かれた栞桜とやよいが、男たちを相手に卑猥な行為に耽っている妄想が繰り広げられている。
傷一つない滑らかな肌と、貪り甲斐のある若い娘の体。
想像の中でそれを存分に味わい尽くす男たちの煩悩は性欲の滾りとなって現れ、彼らの獣欲を刺激していた。
「あ~あ、早くこんな辛気臭い洞窟から出て、遊郭に女を抱きに行きたいぜ。報酬を貰ったら、そのままぱーっと遊びに行くか?」
「そうだな。こんな楽しみもまるでない場所に押し込められると、溜まるモンが溜まって仕様がないからな」
酒も、女も、遊戯もない。積もる欲望を発散する術もない洞窟内では、一度意識してしまうとそれが強く感じられてしまうものだ。
男たちはそんな自分たちの欲求を抑え、ここから出た後のお楽しみについての話をしていたのだが――。
「ん……? おい、あれを見ろ」
「どうした? んん……?」
そう言って男が指差した先には、一人の女がいた。
ふらり、ふらりとおぼつかない足取りで歩む彼女の姿はまるで酔っ払いのようで、よく見れば着ている服も乱れて胸の谷間が零れているではないか。
暗い洞窟の中ではよく顔は見えないが、遠くからでもゾクリとする色気が感じられる美女の出現に色めき立った男たちは、滾らせた欲望のままに彼女の下へと近づき、声をかけた。
「よお、こんなところでどうしたんだ?」
「危ない場所なんだから、仲間とはぐれない方がいいぜ。もしかしたら、こわ~い妖が出ちまうかもしれないんだからな!」
近くで見てみれば、その女性は驚くような美女であることがわかった。
成熟した大人の色気を漂わせる絶世の美女……田舎臭い村から集められた人間たちの中に、これほどまでの掘り出し物がいただなんて、と予想外の収穫に男たちは更に欲望を募らせる。
重ねて言うが、ここは他の仲間たちや集められた人々がいる位置から程離れた場所であり、周囲には彼ら以外の人影はない。
秘密で何かをするにはうってつけが過ぎるこの状況を、欲望に塗れた男たちが逃すはずがなかった。
「あぁ~! 残念! お前さんは怖い妖に囲まれちまったぞ~!」
「あら……怖い妖はんは、うちのことをどないするつもりなん?」
「ぐひひひひひ……! 決まってんだろ? 今からお前のことを、美味しく食べちまうのさ!」
じゅるりと、不快な涎を啜る音をわざと立て、男たちが女性の体を掴む。
ひんやりとした、それでいて指が沈み込む柔かな女の肉の感触に興奮を止めどなく溢れさせる彼らのことを、女性はクスクスと笑いながら見つめている。
「ふふふ……! そんな、がっつかんでおくれやす。うちも目的は同じやさかいね……」
「ふへっ!! なんだよ、それなら何の遠慮もいらねえな! へへへへへ……!!」
「やっぱ、こんな何もない場所に押し込められてると色々と溜まるものがあるからな。気持ちはわかるぜ」
前後から女性を挟み、にやつきながらその体を弄る男たち。
前の男は女性の豊満な胸の谷間に顔を埋め、気色が悪いほどに呼吸を荒げている。
もう片方の男がそんな相方の姿に苦笑しながら女性の背後から体を寄せ、口付けをするために顔を近づけていくと――。
「……せやね。うちもお腹がぺこぺこやったさかい。こんなに大勢の餌が住処にやって来たら、我慢出来へんくなるねぇ」
「……は?」
一瞬、女性が何を言っているのか判らなかった男は、浮かべた笑みを凍えさせたままぴたりと動きを止めた。
餌とは、住処とは、何なのだろうか? 上段にしては趣味の悪すぎるその言葉に寒気を感じた男が、女性に何か違和感を感じた時だった。
「え……?」
ぐしゃりと、肉が貫かれる音がした。
それから一拍空いて、女の胸に夢中になっていた相棒の体が力なく地面に崩れ落ちる。
仰向けに倒れた彼の腹には見事なまでの風穴が空けられており、大きく見開かれた瞳からは生気というものが消え去っていた。
「な、なに、が……?」
「あらぁ、あんさんらが言うたんやろ? こんな人気の無い、危ないところにいたら……こわ~い妖が、あんさんらを食べに来てまうって……!」
「ひっ!?」
女性の声色が変化する。
愉快で、楽し気で、これから何か面白いことが始まることを予感させるような、そんな恍惚としたその声を耳にした男の背中に凄まじい寒気が走っていく。
「うふふふふふ……あはははははは……」
「あ、あ……!? く、来るな、こないでくれぇ……!!」
底冷えのする笑い声をあげる女性の美しい顔。その額に、無数の赤い斑点が浮かび上がる。
いや、それはただの斑点ではない。一つ一つが意思を持っているようにぎょろぎょろと動き回っているそれは……瞳だ。
自分たちのような、中途半端な変装ではない。
正真正銘、本物の化物としての姿を取り戻していく女性の姿に恐怖した男は、腰を抜かして情けない声を漏らしながら後退ることしか出来なくなっていた。
「大丈夫、安心しぃや……痛くなんかあらへんし、すぐに他のお仲間もそっちに送ったるさかい、寂しくないで」
「い、嫌だっ! 誰か、助け……っ!?」
迫る死から逃れようともがく男の体が、何かに捕らわれたかのように微動だにしなくなる。
腕を伸ばし、必死の形相で助けを求め、それでも何も出来ずにその場に静止する彼に近づいた女は、ふわりと優しい笑みを浮かべ、そして――
「ほな、いただきます」
――直後、薄暗い洞窟の中に鮮血が舞った。
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