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第一章・はじまりの物語
足元の不穏
しおりを挟む楽な戦いだと、王毅は思った。
いや、正確には思ったよりも楽な戦いだ、といった方が正しいだろうか?
命のやり取りは、絶えることなく続く戦いは、苦しいものであることに変わりはない。だが、それでも王毅が予想していたよりも随分と楽に戦いが進んでいることは確かだ。
第一陣、その後に控えていた二陣と、瞬く間に壊滅状態に陥った狒々たちと比べ、王毅たち人間軍の被害は本当に微々たるものである。
今、こうして、王毅たち主力部隊が敵の防衛線を突破し、山頂にて待ち受けているであろう狒々軍の総大将の下へとほぼ無傷で進軍出来ているくらいには、楽な戦いであった。
何がこの戦況を作り上げたかと聞かれたら、即座に最初の一撃だと誰もが答えるだろう。疑いようがないほどに、あの火柱での初撃は狒々たちを壊滅状態に追いやるに十分な働きをしてくれた。
最初の防衛線の突破口を作り出し、敵を恐慌状態に陥れ、味方軍の士気を大いに高揚させる。味方の軍は、あの攻撃が作り出した勝利の流れに乗っただけに過ぎないのだ。
後方に控えていた王毅たちは、てっきりあの攻撃は先陣を切った順平が繰り出したものだと思っていたが……憮然とした表情で本陣に帰還した順平の様子を確認し、また物身として前線の様子を伺っていた兵士からの報告を受けたことで、あの火柱を作り出したのは志願兵として参加した包帯づくめの男だということを知った彼らは、自分たち以外にもあれだけの攻撃を繰り出せる武士がいたことに驚いたものだ。
しかして、あの威力の攻撃を放てば、当然ながら気力が枯渇してしまうだろう。
夜空に上がった花火の如く、一瞬の輝きを見せた謎の包帯づくめの武士の活躍に心の中で感謝と苦笑を送りながら、それでも自分たちの戦いが楽に進んでいることを王毅は幸運に思っていた。
「あともう少しだな、慎吾。山頂には敵の総大将がいる。そいつを倒せば、この戦も終わりだ」
「ああ……敵のボスは、お前が仕留めるんだ。俺たちのリーダーであるお前が、この戦を終わらせた。その事実が幕府の連中が欲しがっていることでもあるし、俺たちの望みでもある。大和国の人間も英雄として君臨するお前の姿を頼もしく思うだろう」
「英雄だなんて、そんな呼び方は止めてくれ。お前にまでそんな風に言われたら、どう返せばいいのかわからないじゃないか」
親友からの返答に照れくささを感じながら、同時に胸が湧き立つような興奮を感じる王毅。
英雄、その呼び名に相応しい活躍を見せることが出来れば、大和国の人々も一緒に転移してきた仲間たちも、きっと安堵してくれるだろう。
何より、王毅自身がこの戦における敵の最大戦力を仕留めたという経験があれば、自信を持つことが出来る。
これから仲間たちを率いて、大和国を救う英雄としての自信を得ることが出来るこの機会は、何としてもものにしなくてはいけない。
慎吾はそんな親友の胸の内を見抜いているかのように、気合を入れる彼の傍でニヒルに笑いながらこう告げた。
「お前の実力なら、狒々たちのボスとの戦いも問題無いだろう。雑魚の相手は俺たちに任せろ。お前は、一騎打ちで総大将を仕留めるんだ。ぬかるなよ、王毅」
「ああ! この勢いのまま、戦いを終わらせよう!!」
慎吾が選抜したクラスメイトたちと、それを守る幕府の精兵たち。およそ五十名程度の精鋭部隊は、一直線に山頂を目指して傾斜を駆け上がる。
自分たちのリーダーに総大将を討ち取らせ、英雄としてこの大和国に名を轟かせるために……彼らは一丸となって、この戦いに終止符を打つために団結していた。
確かに、その考えは間違いではない。目指すべき場所も、間違ってはいない。
この山の頂には狒々たちの王がいるし、そいつを倒せば戦は実質的に終わる。敵の総大将を討ち取った王毅の名は大和国に響き渡るだろうし、そうなれば彼は英雄として人々に周知されるであろう。
しかし、そんな彼らの考えの中にある間違いを一つだけ指摘するとすれば、敵の総大将が=として最大戦力になるとは限らないということだ。
そして、彼らが考えもしていない部分における問題として、一見順調に思えるこの戦いの流れを変えかねない衝撃的な出来事が、経った今から彼らの後方である山の麓で起きようとしていることに気が付く者は、この中には誰も存在しなかった。
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