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第一章・はじまりの物語
乗るか、反るか
しおりを挟む「……なるほどね。大体の事情はわかったよ」
「どう思う? お前は、どうすべきだと思う?」
その日の夜、食事と風呂を済ませた燈は、蒼に昼間に聞いた戦の件を話し、相談をしていた。
燈からの問いかけに対して、唸ることも考える素振りを見せることもなく、蒼ははっきりとこう答える。
「燈、君が椿さんを助けたいと思うのなら、この機会を逃すべきではないと思う。僕と君、二人で戦に参加して生き残ることが出来れば、それだけで十両。普通に働いたら、それだけのお金を稼ぐのにどれだけの時間がかかるかわかったもんじゃない」
「やっぱ、そうだよな。これだけの金が稼げるチャンスなんて、他には――」
「ただし! ……危険は山ほどある。今回の相手は髑髏のような思考能力のない妖じゃあない。僕たち人間と同じ、考える力を持った妖だ。そんな相手と命を懸けて戦うことになる。下手をすれば、命を落とすことになりかねない」
「……っ!!」
自分の意見に賛同してくれた蒼の言葉に破顔した燈であったが、そのまま続けて放たれた彼の言葉に声を詰まらせてしまう。
わかってはいた。この戦いが、非常に危険なものになるということは。
いくら尋常ではない量の気力を有し、それを扱えるように修行を重ねた二人であっても、まだ本格的な妖との戦いは経験していない。その上、燈の修行期間は一か月と非常に短いのだ。
不良同士の喧嘩とは違う、正真正銘の命のやり取り。
敗北は即ち死を意味する戦に参加するのであれば、それなりの覚悟は必要だろう。
ゴクリと息を飲み、緊張を表情に浮かべる燈に対して、蒼は静かな声でこう問いかけた。
「燈、君の元仲間たちに言って、金策を工面してもらうんじゃダメなのかい? 君と椿さんを陥れた連中の悪行を報告すれば、奴らは相応の罰を受けることになるだろう? 五十両に関しても、事情を話せば大和国側が用意してくれるかもしれないよ」
「それは……俺も、考えた。でも、駄目だ。駄目なんだ」
蒼の問いかけに対して、燈は何度も頭を振って否定の感情を露わにする。
確かに、彼の意見は尤もだ。そうすれば命を懸けた戦いに臨まなくとも、こころを解放するための金が手に入るかもしれない。
それに、竹内たちにも罰が与えられるし、燈にとってしてみれば万々歳のはずだ。
しかし、それを拒否した燈は、その理由を蒼へと説明する。
「俺たちの最終的な目標は、妖を討滅して元の世界に帰ることだ。学校の連中は、それを目標にして一丸となって動いてる。そこで死んだはずの俺が戻ってきて、お前たちの中に裏切り者がいるだなって言ってみろ、一瞬で奴らはガタガタになっちまう。そうなると――」
「元の世界に戻るっていう目標が遠のく、ってことだね」
こくりと頷き、蒼の答えを肯定する燈。
このまま自分が死んだことになっている限り、竹内は不必要な動きを見せることはない。
こころを売り飛ばしたのも彼の予想外のミスから発生した不測の事態であり、彼もまた元の世界に戻るために尽力していることは間違いないのだから。
その状態を、無理に壊す必要はない。竹内が不用意に動けば、元の世界に帰還するという燈たちの目標が達せられる日が大幅に遠のくことは目に見えている。
それに、竹内が罰を与えられたとして、彼はどうなるのだろうか?
おそらく、処刑されるだなんてことはないだろう。お人好しの王毅がなんだかんだで手を回し、禁固刑か放逐が関の山だ。
しかし、そうなったところでプライドの高い竹内が納得するだろうか?
もしかしたら……何らかの方法で脱走し、仲間たちと共に野盗に身を窶すかもしれない。
この世界の人間と比べて高い気力を有している彼が好き勝手に暴れることになったら、大和国自身にも大きな被害が出る。
そういった諸々の事情を考えると、燈が素直に仲間たちに自分の生存を報告することはリスクの大きい行動に思えた。
短絡的にではなく、長期的な目で物事を見た結果、このまま暫くは自分が生きていることを隠し、彼らと別行動を取った方が無難だと考えたわけである。
「だとするなら……椿さんを身請けするためには、この戦に参加するのは絶対だ。その上で、危険を承知で手柄を立てなければならない。元仲間たちに正体を知られないようにね。相当難しい条件だけど……それでも、君はやるっていうのかい?」
「………」
蒼からの問いかけに思い悩み、燈は言葉を失う。
確かに条件を並べてみると、途轍もなく困難なものばかりが揃っている。命を懸けた戦いに臨みながら、これだけの条件を達成するというのは相当に厳しいものであることは明白だ。
だが、短期間で五十両を稼ぐには、もうこの方法しかない。
そう考えた燈が、無言のまま蒼へと頷きを返そうとした時だった。
「やめて! そんな危ないこと、虎藤くんがする必要はないよ!」
「つ、椿……!?」
勢いよく部屋の襖が開き、その先から半泣きのこころが姿を現す。
就寝前の挨拶に来た際に二人の話を聞いてしまった彼女は、瞳にいっぱいの涙を浮かべながら燈へとこう言った。
「戦なんて、危なすぎるよ! 折角拾った命なのに、そんなところに出向いて虎藤くんにもしものことがあったらどうするの!? 私のことはもういいから! こうして虎藤くんに会えて、私のために動こうとしてくれたって気持ちで十分だから! だから、もう、そんな危ないこと、しないで……」
華奢な手で燈の肩を掴み、涙混じりの声でそう懇願するこころ。
死んだと思っていた燈が、自分のために危険な戦いに乗り出そうとしている。宗正との修行の日々を知らない彼女にとって、燈は気力が零の落ちこぼれなのだ。
そんな彼が、戦に出向いて生きて帰って来れるはずがない。そのことを心配して、こころは必死に燈を止めようとしているのだ。
「もういいんだよ……生きてさえいれば、元の世界に帰れる希望があるんだから……死んじゃったら全部お終いじゃない。だから、私のためにそんな危ないこと、しないでよ……」
自分に縋りつき、泣きじゃくるこころの姿に苦しさを覚えながら、燈は小さく首を振る。
そして、優しく彼女の体を自分から引き剥がすと、涙で濡れた顔を真っ直ぐに見て、強い口調でこう言い切った。
「大丈夫だ、椿。俺たちは死なねえよ。必ず、生きて帰ってくる。だから心配すんなって!」
「で、でもっ!!」
「信じてくれよ。俺は、力のない奴らを助けるために頑張ってきたんだ。今、お前を見捨てちまったら、これまでの日々が全部パーになっちまう。だから、お前のことは諦めねえ、そんで、死にもしねえ。きっちり戦で手柄を立てて、お前を助けられるだけの金を稼いでから帰ってくるさ!」
「虎藤くん……」
そう、力強い口調でこころに告げた燈は、ニカッと笑うと彼女の方を叩いた。
不器用な笑みであったが、自分を元気づけようとしてくれている彼の気遣いを感じ、こころは僅かに気分を上向きにさせる。
そうして、こころに自分の意思を告げた燈は、今度は蒼へと向き直り、彼の反応を見やる。
こころへの宣言を聞いていた蒼もまた、小さく笑みを浮かべると、燈に向かって頷きを見せてくれた。
「……救いたいって思いがあるのなら、それに従うべきだ。きっと、師匠もそう言うと思う。行こうか、戦へ。その子を救うために」
「蒼……! サンキューな!」
自分に付き合ってくれる面倒見のいい兄弟子兼親友に感謝の想いを伝えたが、外来語がわからない蒼はその言葉の意味を理解し切れてはいないようだった。
何はともあれ、これで自分たちの目的は決まった。
妖との戦に参加し、五十両を稼ぐ。手柄を立て、金を得て、こころを身請けしてみせる。
それがどれだけ困難な話であろうとも、望むところだ。大和国で一番の武士団になるというのなら、これくらいの危機など跳ね退けられないと話にならないのだから。
「それじゃあ、早速明日、手続きに行こうか。問題は、燈の仲間たちに正体がバレないようにする方法だね」
「ああ、そのことなんだけどよ……椿、ちょっと頼めるか?」
「え? な、なにかな?」
蒼に第一の解決すべき問題を提示された燈は、自分の真横で正座するこころへと視線を向ける。
そして突然の指名に驚く彼女に対して、手を合わせて頭を下げ、些末な頼みごとを告げた。
「包帯、用意してくれねえか? それも出来るだけ多く!」
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