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第一章・はじまりの物語

燈の才覚

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「俺の、秘められた力……? なんだよそれ? どういうことだよ?」

「うだうだと口で説明するより……ほれ、こいつを引き抜いてみろ」

 そう言うと宗正は手にした白い刀を燈へと差し出す。
 師匠となった男の手からその刀を受け取った燈が、訝し気な表情を浮かべながら言われたとおりに刀を鞘から引き抜いてみると……。

「う、おぉぉぉぉっっ!? な、なんじゃこりゃあっ!?」

 なんと、引き抜いた刀の刀身が眩い光を発し始めたではないか。
 濃い紅の色をした、強く猛々しい光を放つ刀の様子に驚いた燈は即座に刀を鞘に戻すと、突然の出来事に跳ね上がった心臓の鼓動を元に戻すべく深呼吸を続けて――

「……あん? な~んか今の、見覚えがあるような……? ああ、そうだ! あれじゃねえか!」

 そこで、今しがた自分が目の当たりにした光景が、一週間前に2-Aの教室で行われた試し刀を用いた気力測定に酷似していることに気が付く。

 気力の量を光量で、属性を光の色で判別するためのあの儀式と良く似た今の行為だが、違っている部分も幾つかある。
 花織が用意した試し刀は短刀であったが、正宗が用意したのは普通の太刀よりもやや大き目の刀と言って差し支えない代物だ。

 何より、気力が存在していないはずの燈が同じように刀を引き抜いたというのに、短刀の方は反応がなく、太刀の方は驚くくらいの光を放った。
 この差は何なのかと燈が視線で正宗に尋ねてみれば、彼は小さく笑ってからその答えを口にする。

「なに、単純な話だ。お前さんが一週間前に使った試し刀は一から九九九九までの気力量を計る代物で、この試し刀は一〇〇〇〇からそれ以上の気力を図るための代物ってだけさ」

「え、っと……? つまり、どういうことすか?」

「大和国の巫女は試し刀が反応しなかったことを見て、お前の気力が零だと判断したみたいだが……それが間違ってたってことだ。お前さんの気力は上に振り切れてた。大和国の用意した試し刀じゃあ計り切れないくらいの途轍もない気力持ちだったってことだよ」

「は、はあぁぁぁぁぁっっ!?」

 そんな、馬鹿みたいな理由があって堪るものかと大声で叫ぶ燈であったが、そんな彼に対して正宗は飄々とした態度でこう話を続ける。

「仕方ないことなんだよ。お前にもわかりやすく数字で言えば、この国の人間の平均的な気力量はせいぜい百程度。強者と呼ばれる人間が三百から五百だ。そんなところに一万だなんて膨大な気力の持ち主が現れるわけがねえと、そう思ってやがるのさ。お前たちが使った試し刀も、異世界からやって来る英雄様用に拵えた特注品ってところだろうぜ」

「嘘だろ……? ってことは、俺はあの中の誰よりも気力が多かったってことっすか!?」

「そういうことだ。わしの見立てでは、神賀とかいう七色の気力を持つ男の気力は三千ほど、他の目立った奴らの気力もそれより少し低い程度だろう。対して、お前さんの気力は恐らく五万を超えておる。化物じみた逸材だな」

「……ってことは、俺ってこの国の強い奴の百倍強いってことじゃないっすか。いやでも、いきなりんなこと言われても実感が湧かねえっつーか、俺って本当にそんなに強いんすか?」

 気力が無いと言われていた自分が、本当は計り知れない量の気力を有していた。
 本当だとすればこの上ない朗報だが、実際に感じたり目に見えたりしない物があると言われてもすぐには信じられないのが人間だ。

 もしかしたら、今の刀に何か細工がしてあって……という可能性へと思い至る燈であったが、正宗はそんな彼に様々な事実を指摘していった。

「いいや、お前さんには本当に途轍もない量の気力が存在している。普通の人間ならば死んでもおかしくない状況から生き延び、全身の怪我が癒えていることがその証拠だ」

「ど、どういうことっすか?」

「気力は人間の内側に眠る、生命力の結晶だ。それを上手く操れれば、そいつ自身の身体能力を大きく向上させることも出来る。燈、お前さんは無意識の内にお前の内側に眠る気力を操り、危機的状況から生き延びるために力を行使していたんだ。肉体の頑健さを向上させて落下の負傷を防ぎ、自然治癒能力を上昇させて傷を塞いだ。死にたくないという生存本能が、お前自身の力を引き出した。だからお前はこうして今もピンピンしてるってわけさ」

 正宗の説明を受けた燈は、一週間前に花織が話していた気力についての内容を思い出す。
 確かに彼女も今、正宗が語っているようなことを言っていた気がする。気力は治療行為にも使われるだとか、自在に操れるようになれば身体能力も向上するだとか、うすぼんやりとした記憶ではあるが、そう言っていたことは確かだ。

 そうして、ここまでの説明と状況の把握を完了した燈は、はたとあることに気が付いて顔を上げた。

「ってことは……もう今の時点で俺は竹内よりも強いってことじゃ……痛ったぁ!?」

 単純なステータスでは十分に竹内にマウントを取れていることを悟った燈がそのことを口にしてみれば、雷の如き速度で振り下ろされた正宗の鉄拳が彼の頭頂部に炸裂した。
 師匠になった男からの鉄拳制裁に涙目になる燈に対して、口の端を吊り上げた正宗は言い聞かせるようにして口を開く。

「調子に乗るな、若造が。お前さんには確かに莫大な量の気力がある。だが、それの使い方もわかっちゃいねえだろうが。おまけに向こうは武神刀を持ってる。素手で武神刀持ちと戦うなんざ、どんだけ気力の差があっても無謀っちゅうもんだ。そもそも、お前は直接そいつらを叩きのめすための力は必要ないって言ったばかりだろうが」

「わ、わかってるっすよ……ただ、純粋な能力値で言えば、俺の方に分があるって言っただけじゃないっすか……」

「ふん……まずはその驕りを捨てろ。お前さんには素質があるが、それを活かす方法はわかってない。武器も無ければ知識もなく、戦いの経験もありゃしねえ。そして何より大事な、使? っていう目標すらないんだからな」

「……うっす」

 正宗から自分に足りない物を指摘された燈は、素直にその忠告を聞き入れる。
 確かに自分は今、膨大な量の気力を有していることを知って舞い上がっていた。憎き竹内よりも強い存在であることを知り、優越感を得ていた。
 だが、それではその竹内と同じではないか。力があるから自分の方が偉いなどと考えていては、自分を陥れた奴らと何ら変わらない人間になってしまう。

 師匠の言う通り、自分の中の驕りを捨てよう……そう、自分自身に言い聞かせて真摯な表情に戻った燈を見て、正宗は小さく微笑みながら頷いた。

「……目上の立場の人間の忠告を聞き入れる素直さはあるようだな。結構なことだ。安心しろ、お前に足りない物はわしがみっちりと仕込んでやる。気力の扱い方、戦いのいろは、お前さん専用の武神刀に……強くなる理由もな」

 優しくも厳しそうな正宗の視線を受けた燈の背筋がびくりと震えた。しかし、その震えは恐怖から来るものではなく、興奮にも近しい感情から生まれたものだ。
 この老人がどれだけ凄い人間なのかはわからない。だが、漂わせている雰囲気や家中に飾られている名刀と思わしき武神刀の数々を目にすれば、自ずと只者ではないことは理解出来るだろう。
 そんな人物に師事出来るというのはもしかしなくても物凄く名誉なことであり、その上、彼から復讐以外の力の使い道を教えてもらえるというのは、願ってもない好条件であった。

「それで、俺は何をすればいいんですか? 教えてください、師匠!」

 真剣に、本気で……燈は身を乗り出し、正宗へと教えを乞う。
 正宗がそんな彼の態度に小さく頷き、答えを返そうとしたその時、燈の背後にある扉がガラリと音を立てて開き、そこから第三の人物の声が発せられた。

「師匠、ただいま戻りました……って、あれ? 君は……!」

 まだ幼さの残る、若い男の声に燈が振り向いてみれば、そこには自分とそう歳の変わらなそうな青年が立っていた。
 あどけなく、人の好さそうな顔立ちをした黒髪の青年は、嬉しそうに燈に近づくと破顔してその無事を喜ぶ。

「よかった、目が覚めたんだね! ボロボロだった君を見つけた時は本当に驚いたけど、元気そうでよかった!」

「俺を見つけたってことは……あんたが、俺をここに運んでくれたのか?」

 青年の言葉から彼が自分をこの家に運んでくれたのだと知った燈は、やや驚きながら胸の内に感謝の想いを抱いた。
 彼が自分を見つけてくれていなかったら、傷が治癒出来ていたとしてもその後にどうなっていたかわからない。こうして正宗に出会えたのもこの青年のお陰だと頭を下げようとした燈に対して、正宗が彼の紹介を行う。

「燈、紹介しよう。わしの一番弟子のそうだ。蒼、こいつはお前の弟弟子になった燈、今後も面倒を見てやれ」

「弟弟子……? ということは、彼もあの計画に加えるということですか?」

「そうだ。期限ぎりぎりだが、これでわしも既定の弟子を集めることが出来た。他の二人にも面目が立つ」

「あ、あの……すんません、あの計画って何なんすか?」

 突如として話に参加した蒼の発した、『あの計画』という単語に引っかかりを覚えた燈は、単刀直入に二人へとそのことを尋ねてみた。
 そうすれば、ごほんと咳払いした正宗が真剣な表情を作り、改めて燈と蒼の二人へと向き直ってから、こう話を切り出す。

「なに、そんな壮大なもんじゃあないさ。ただこの大和国を救い、妖に苦しむ人々を助けるための計画ってことだ」

「いや、十分に壮大な計画じゃないっすか!? 何なんですか、その計画ってのは!?」

 謙遜する風に見せて、実は燈を揶揄うためにそう言ってみせた正宗は、彼が見せてくれたいい反応に満足気に微笑んだ後、その答えを述べた。

「わしらの立てた大和国を救うための計画、それは……ことだ」
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