神様とウサギと鮫

のやなよ

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39話~

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やがて仲間の鮫を従えた鮫は、浅瀬に体を乗り上げている老齢の鮫の後ろ姿を見つけた。
そして姿が見えない兎の行方を探して目だけ動かした。
「爺さん
兎はどうした?」
鮫が尋ねるとビクッと老齢の鮫が体をビクッと揺れた。
そして、ゆっくりと体を捻り自分達と向き合った。
老齢の鮫は何ともばつの悪そうな顔をしている。
「チビ兎な…兎は
ワシの口の中から飛び出して逃げたんだ!」
顔をしかめて頭の片隅をつついて見つけた答えを喜んで老齢の鮫は披露している様だった。
「え?!
口の中から逃げた?!」
鮫は、そう言って口を半開きにして老齢の鮫を呆然と見た。
「慌てて捕まえようとしたんだが、ワシの鼻先を蹴り飛ばして島に逃げてしまいおったんだ。
兎というヤツは、あんなにも足が速いんだな~」
すっとボケたような口振りで言う老齢の鮫。
「…島に逃げたんなら心配はなくなったんじゃねぇの?」
仲間の鮫の一匹がボソリと呟いた。
島に逃げたんなら兎の血が海に流れてホウジロザメが入り江にやって来る心配はなくなったのだから…
一番後から付いて来た仲間の鮫は、それに賛同して頭を上下させた。
3匹の鮫は顔を見合わせた。
それから程なく3匹の鮫の向かって右端の一匹が口を開いた。
「兎の勝ち…か」
続いて真ん中
「またやらねぇかな
あのチビ助」
「へ?!」と老齢の鮫
「…皆、退屈で死にそうになってんの!
遊びたかったのは爺さん、アンタだけじゃないんだ」
頭を海面から上げると枯れ果て、枝だけになった防砂林が見える。
ただ事じゃない何かが大地に起こっている事は鮫にも分かっていた。
命を繋げるため自分の天敵にまで交渉した兎。
気恥ずかしくて口には出来なかったものの、そんな勇気ある者を食べようという気は他の鮫にも端からなかったのだ。
「終わったのなら解散だな!」
その言葉に寡黙な仲間の鮫が頭を上下に振った。
「あまり血は流れなかったが気を付けるに越したことはない。
当分は、無用にチョロチョロしない事だな!」
鮫が、そう言うと周りにいた鮫皆が固まった。
「さっきから何の話をしてるんだ?」
黙って聞いていた老齢の鮫が何を言っているのか理解出来ず鮫の会話に口を挟んだ。
鮫は老齢の鮫を一瞥すると自分の欠けた尾ヒレを彼の目の前に向けて振った。
「これだよ!コレ!」
「どうしたんだ!?
その尾ヒレ?!」
再び同じセリフを聞いた鮫の体から力が抜けて、海老そりにして尾ヒレを見せていた体は水飛沫を上げて海面に沈んだ。
『本当に知らなかったんだ…』
こんなにも醜くて自分は弱い鮫なんだと生き恥を晒してるって気にして生きてきたっていうのに…
鮫は口の中の海水を吐いた。
「関心を持ってなかった訳じゃないんだ。
アンタが強いから気付けなかっただけなんだ。
悪い…」
老齢の鮫が申し訳なさそうな顔で詫びた。
「いや、私も知らないとは思わなくて…」
気にするような事じゃなかったんだって…
今気付いた。
鮫は老齢の鮫に向きなおって顔を上げた。
「だからだったんだな。
逃げ足が遅いワシが入り江から追い出されたのは…」
鮫は老齢の鮫の問いに、ニッと歯を見せて笑った。
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