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第7話 あたし達は自由を泳ぐ

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 昨日はずっと犬かきをしていたような気がする。この期に及んでさすがにその泳ぎ方を一夏は選ばなかった。
 クロールでプールを泳いでいく。
 この泳ぎ方は唯が得意としていた。一夏は彼女が泳ぐのを見ていて教えてもらって一緒に泳いだこともあるので、それなりに様になることが出来た。

 みんなが応援してくれている。リードは15メートルと言ったところだろうか。後10メートル。もうすぐゴールに手が届く。そうすればこの勝負が終わるのだ。
 仲間達の作ったリードを守ってみせる。
 一夏は無我夢中になって泳いだ。
 だが、その集中は乱されることになる。ついにリーダーのタコ一郎が飛びこんだ。
 その泳法は。

「何! あの泳ぎ!?」

 地上の誰も見たことの無い泳ぎだった。周囲の人々からどよめきが上がった。
 背後から感じる悪感にさすがの一夏も振り返ってしまった。
 八本の足を不気味に回転させ、水だけでなく空中の空気までも押し出すように敵が迫ってくる。

「自由の恐怖を教えてやると言ったはずだ!」

 人類は知ることになる。今までタコタコ星人達は地上の文明に合わせた泳ぎ方をしていたのだ。
 だが、ここから先は違う。自由なのだ!
 解き放たれた動きが今そこにある。

「見るがいい、人類よ。これが水の星プールスターに暮らす我々が生み出した究極の泳法、パーフェクトスウィミングだ!!」
『パーフェクトスウィミング!』

 その泳ぎ方に誰もが目が奪われてしまう。一夏も止まってしまった。誰かが叫んだ。

「一夏ちゃん! 急いで!」
「はっ!」

 我を取り戻して、一夏は急いで泳いだ。だが、距離が縮まる。
 一夏が1メートル泳ぐ間に、相手は5メートルの距離を詰めてきた。一夏は15メートルリードしていたが、このままでは3メートル泳いだところで抜かれてしまうだろう。
 小学生でも分かる簡単な算数だった。ゴールまでの10メートルが遠い。
 一夏は必死になって泳ぐが、距離が縮められていく。タコタコ星人が近づいてくる。

「手段を使う時が来ましたか」

 美波は決断をした。手にしたスイッチを押した。
 プールが渦を巻き出した。一夏もタコ一郎もびっくりしたが、後ろに引っ張られる流れに逆らって泳いだ。
 その手足が付いた。プールの底に。

「え!? なに!?」
「なんだと!?」

 気が付くとプールの水が空っぽになっていた。一夏もタコ一郎も手足を付いて途方に暮れてしまった。
 プールサイドから美波が叫ぶ。

「一夏さん! 泳いでください!」
「え? 泳げって言われても……」

 水も無いのにどうやって泳げと言うのだろうか。続いて唯が叫んだ。

「一夏! お前は自由だ! 自由でいいんだ!」
「あたしは自由……」
「一夏さん! ここまで来てください!」

 ゴールで佳奈が待っている。

『一夏! 一夏!』

 周りの人達から応援の声が上がる。ゴクリと唾を呑み込んでから一夏の取った行動は。

「クロ~ル~~クロ~~ル~」

 歩きながら腕をクロールさせることだった。誤魔化しのような行動だったが、泳いでいるポーズだけでもしないと泳ぎとしてズルのような気がした。
 頭を上げたタコ一郎は驚愕する。

「何だあの泳ぎは! データに無いぞ!」
「リーダー! 急いでください!」
「くっ」

 仲間からの声を受けて彼の取った行動は。

「クロ~~ル~クロ~~ル~」

 一夏の泳ぎを真似することだった。
 水の惑星で編み出したパーフェクトスウィミングは水の中でしか使えない。また、彼にはこうした場合に取れる他の泳ぎ方が分からなかった。
 冷静に考えれば分かったかもしれないが、今はその時間が無かった。
 ご丁寧に速度や声まで真似してしまったので、二人の距離は離れることも近づくことも無かった。
 間延びした声にペースを縛られてしまったのかもしれない。彼に気づく時間は与えられなかった。

「ゴールうううう!!」

 一夏がゴールを決めて全人類が歓声に沸いた。その模様は全世界に中継された。
 タコ一郎はがっくりと膝を付いた。

「くっ、我々の負けだ!」

 良い勝負だとは一夏は言わなかった。これは侵略者との戦いだったのだから。
 タコ一郎は立ち上がって言った。

「約束通り我々は去ろう。だが、覚えておくがいい。侵略者は我々だけでは無い。その時には簡単に負けてくれるなよ」
「うん、分かった」

 一夏が答えると、タコ一郎は少し笑ったようだった。
 そして、彼は部下達を連れて宇宙船に乗って飛び去っていった。
 こうして夏の事件は終わった。誰もがそう思って、その後は祝賀会が開かれたのだった。



 次の日、昨日のことはニュースになっていた。

『クロ~~ル~』

 一夏はテレビデビューしていた。

「こんなの望んでないよ」

 恥ずかしかったのでチャンネルを代えても同じニュースをしていた。頭を抱えたい思いだった。

「昨日はご活躍だったわね」

 お母さんが呑気に笑って言う。

「もう、からかわないでよ」

 家にも居づらい空気だったので、一夏は友達のところへ遊びに行くことにした。
 美波のお屋敷に行けば涼めそうだし、昨日のことについても彼女に聞きたいことがあった。

「もう、美波がプールの水を抜いちゃうから、こんなに暑いのよ」

 炎天下の中で文句を言いたくなってしまう。
 もしかしたらこの星は水に覆われた方が良かったのかもしれない。
 そう思った時だった。雲一つ無い快晴だった町に影が差してきた。一夏が見上げると空には宇宙船があった。

 タコタコ星人が戻ってきたのかと思ったが、宇宙船の形が違っていた。
 空に映像が投影され、彼らが宣言してくる。今度の宇宙人は白い三角の頭をしていた。
 彼らは言う。

「人類よ、我々はイカイカ星人だ! 君達に勝負を申し込む!」

 今度は誰が勝負を挑まれるのだろう。
 一夏は少しウキウキした気分で現地に向かって走った。
 暑い夏の出来事だった。
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