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第2章
第28話
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夜になり自室に戻った後、私は一人で窓の外を眺めていた。今夜は月がよく見える日のようだ。
しばらく眺めていると後ろから声をかけられた。振り向くとそこにいたのはネーラだった。
だが、いつもの不敵な余裕はなく、どこか疲れているようだった。
「幸せそうだね、シャーロットさん」
「あなたはどこにでも現れるのね。屋敷の警備体制を見直した方がいいかしら」
「今のあたしは実体じゃないからね。幽霊みたいなもんだと思ってくれればいいさ」
その言葉に違和感を覚えた。まるで自分は人間ではないと言っているようなものだ。だが、深く追求するのはやめておいた。どうせはぐらかされるだけだし、何よりも時間が惜しいからである。
だから単刀直入に聞いた。
「それで用件は何なのかしら?」
「うん、別れを言っておこうと思ってさ」
「お別れを言うためにわざわざ来たというの?」
信じられない思いで聞き返すとネーラは笑って首を振った。
「そうだよ。これは最後の挨拶だ」
意味が分からず困惑していると説明してくれた。
「つまりだね、君とあたしの関係が終わるってことさ」
その瞬間、背筋が凍りついたような気がした。まさかとは思っていたが最悪の事態になってしまったのかもしれないと思い始めた時だった。ネーラが苦笑しながら言ってきた。
「そんな顔をしないでくれないか。別に君を殺そうってわけじゃないんだからさ。そんな事はもう飽きるほどやってきたんだ。今の目的は別の事」
ホッと胸を撫で下ろすと同時に疑問が浮かんだので聞いてみることにした。
「それなら一体何をするつもりなの? そもそもあなたの目的は何なの? 私をどうするつもりなの!?」
矢継ぎ早に質問を投げかけると彼女は呆れたようにため息をついた後で答えた。
「やれやれ、そんなに一度に聞かれても答えられないよ。そんなにあたしのする事が気になるのかい?」
そう言いながらも一つずつ丁寧に答えてくれるあたり根はいい人なのかもしれないと思ったが黙っておくことにした。下手に刺激して逆鱗に触れてしまっては元も子もないからだ。
やがて全ての質問に答え終えたところで改めて尋ねてみた。
「で、結局何がしたいわけ?」
「簡単なことさ、あたしは自分の知りたいことを知りたいんだ」
予想外の答えに驚きつつも聞き返した。
「どういう意味よ?」
「そのままの意味だよ。そして、ここにはあたしの知りたい事はもう無いようだ。だから別れを告げる」
そう言われて思わず身構えてしまった。それを見た彼女がおかしそうに笑うと言った。
「フフ、実体のない相手をなんで恐れてるのさ。それに君はよくやってくれたよ」
その言葉を聞いた瞬間にホッとした自分がいたことに驚いたが、それ以上に動揺している自分に気づいたことで更に混乱してしまった。
(どうして動揺してるんだろう……? 相手はいなくなってくれると言っているのに)
自分で自分のことが分からなくなっていた。そんな私の様子を気にする様子もなくネーラは続ける。
「ウィルの事はもう気にしなくていい。彼はあの戦場で死んだんだ。人を救ってくれる都合のいい女神なんていなかったんだよ」
衝撃的な告白だったが不思議とショックは受けなかった。むしろ納得したくらいだ。やはり現実はそうだったのだと……
私が黙っているのを見て満足したのか彼女は踵を返すと歩き出した。そして去り際に一言だけ残していった。それはとても優しい声音だったので一瞬聞き逃してしまいそうになったほどだった。
「おかしいね。こんなのは何も特別な初めての事じゃないのに。さようなら、シャーロット・ルクレチア・オブ・ハートリング公爵令嬢様」
それだけ言うとあっという間に消えてしまったのだった。後に残された私はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかったのである。
2週間後、私達は無事に結婚式を迎えることになった。式には多くの貴族達が参列しており、その中には私や殿下の父親の姿もあった。私は父に向かって手を振ると嬉しそうに微笑んだ。対する父親の方も照れくさそうにしながらも手を振り返すのだった。その様子を遠くから眺めていた一人の少女が呟くように言った。
「よかったですね、お嬢様……」
そう言って微笑む彼女の隣に立つ男性もまた微笑みながら頷いた。二人の視線の先には幸せそうに寄り添う一組の男女の姿があった。その二人こそがシャーロットとその婚約者であり王太子でもあるヘンリーであった。彼らは皆に祝福されながら二人だけの世界に浸っていたのだった。
~完~
しばらく眺めていると後ろから声をかけられた。振り向くとそこにいたのはネーラだった。
だが、いつもの不敵な余裕はなく、どこか疲れているようだった。
「幸せそうだね、シャーロットさん」
「あなたはどこにでも現れるのね。屋敷の警備体制を見直した方がいいかしら」
「今のあたしは実体じゃないからね。幽霊みたいなもんだと思ってくれればいいさ」
その言葉に違和感を覚えた。まるで自分は人間ではないと言っているようなものだ。だが、深く追求するのはやめておいた。どうせはぐらかされるだけだし、何よりも時間が惜しいからである。
だから単刀直入に聞いた。
「それで用件は何なのかしら?」
「うん、別れを言っておこうと思ってさ」
「お別れを言うためにわざわざ来たというの?」
信じられない思いで聞き返すとネーラは笑って首を振った。
「そうだよ。これは最後の挨拶だ」
意味が分からず困惑していると説明してくれた。
「つまりだね、君とあたしの関係が終わるってことさ」
その瞬間、背筋が凍りついたような気がした。まさかとは思っていたが最悪の事態になってしまったのかもしれないと思い始めた時だった。ネーラが苦笑しながら言ってきた。
「そんな顔をしないでくれないか。別に君を殺そうってわけじゃないんだからさ。そんな事はもう飽きるほどやってきたんだ。今の目的は別の事」
ホッと胸を撫で下ろすと同時に疑問が浮かんだので聞いてみることにした。
「それなら一体何をするつもりなの? そもそもあなたの目的は何なの? 私をどうするつもりなの!?」
矢継ぎ早に質問を投げかけると彼女は呆れたようにため息をついた後で答えた。
「やれやれ、そんなに一度に聞かれても答えられないよ。そんなにあたしのする事が気になるのかい?」
そう言いながらも一つずつ丁寧に答えてくれるあたり根はいい人なのかもしれないと思ったが黙っておくことにした。下手に刺激して逆鱗に触れてしまっては元も子もないからだ。
やがて全ての質問に答え終えたところで改めて尋ねてみた。
「で、結局何がしたいわけ?」
「簡単なことさ、あたしは自分の知りたいことを知りたいんだ」
予想外の答えに驚きつつも聞き返した。
「どういう意味よ?」
「そのままの意味だよ。そして、ここにはあたしの知りたい事はもう無いようだ。だから別れを告げる」
そう言われて思わず身構えてしまった。それを見た彼女がおかしそうに笑うと言った。
「フフ、実体のない相手をなんで恐れてるのさ。それに君はよくやってくれたよ」
その言葉を聞いた瞬間にホッとした自分がいたことに驚いたが、それ以上に動揺している自分に気づいたことで更に混乱してしまった。
(どうして動揺してるんだろう……? 相手はいなくなってくれると言っているのに)
自分で自分のことが分からなくなっていた。そんな私の様子を気にする様子もなくネーラは続ける。
「ウィルの事はもう気にしなくていい。彼はあの戦場で死んだんだ。人を救ってくれる都合のいい女神なんていなかったんだよ」
衝撃的な告白だったが不思議とショックは受けなかった。むしろ納得したくらいだ。やはり現実はそうだったのだと……
私が黙っているのを見て満足したのか彼女は踵を返すと歩き出した。そして去り際に一言だけ残していった。それはとても優しい声音だったので一瞬聞き逃してしまいそうになったほどだった。
「おかしいね。こんなのは何も特別な初めての事じゃないのに。さようなら、シャーロット・ルクレチア・オブ・ハートリング公爵令嬢様」
それだけ言うとあっという間に消えてしまったのだった。後に残された私はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかったのである。
2週間後、私達は無事に結婚式を迎えることになった。式には多くの貴族達が参列しており、その中には私や殿下の父親の姿もあった。私は父に向かって手を振ると嬉しそうに微笑んだ。対する父親の方も照れくさそうにしながらも手を振り返すのだった。その様子を遠くから眺めていた一人の少女が呟くように言った。
「よかったですね、お嬢様……」
そう言って微笑む彼女の隣に立つ男性もまた微笑みながら頷いた。二人の視線の先には幸せそうに寄り添う一組の男女の姿があった。その二人こそがシャーロットとその婚約者であり王太子でもあるヘンリーであった。彼らは皆に祝福されながら二人だけの世界に浸っていたのだった。
~完~
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