2 / 28
第1章
第2話
しおりを挟む
翌朝、いつものように朝食を済ませると、私は一人で家を出た。目的地はもちろんあの場所である。昨夜はあまりよく眠れなかった。色々なことを考えてしまって、なかなか寝つけなかったのだ。そのせいで今朝は少し寝坊してしまったけれど、おかげで頭がすっきりしている。
昨日までの私とは違う。今の私にとって一番大切なものは何か、はっきりとわかったから。
しばらく歩いて、森の入り口に到着した。周囲に人影はない。当然だ。ここは普段誰も来ない場所だもの。ここなら誰にも邪魔されずに過ごせるはず――そう思っていたのだけれど……。
「……あれ?」
先客がいたようだ。一人の少年が地面に腰を下ろして本を読んでいる。
「おはようございます」
声をかけると、彼は本から目を離してこちらを振り向いた。
「おはよう。今日も来たの?」
「はい」
そう答えると、少年は呆れたように笑った。
「君も物好きだねえ。こんなところに来るなんてさ」
そう言って肩をすくめる仕草が何だか可笑しくて、私もつられて笑ってしまった。
「ふふ、そうですね」
そう答えたものの、ここに来た理由はそれだけではない。むしろ、こっちが本命なのだ。初めて会った時から感じていたことだけれど、この人は他の人とはどこか違う気がする。上手く言えないけれど、言葉にできない何かが伝わってくるような感じがするというか、何と言うか……とにかく不思議な人だと思った。一緒にいると落ち着くし、安心できる。それに何より、この人と一緒にいると楽しいのだ。だから、毎日ここに来るようになったのである。我ながら単純だなあと思うけれど、仕方がないよね。だって好きなんだもん。
少年の名前はウィルというらしい。歳は私と同じ十六歳で、この辺りに住んでいるそうだ。普段は王都にある学校に通っているので、休日にしか会えないのだけど、それでも充分だった。
二人で他愛のない話をするだけで楽しかった。もちろん勉強もちゃんとやっている。将来のためにも必要なことだし、何よりも彼に褒めてもらえるのが嬉しかったからだ。努力すればするほど褒めてくれるし、時にはご褒美をくれることもある。それがまた嬉しくて、ますます頑張ろうと思えるのだった。
そうやって幸せな日々が続いていたある日のこと、事件が起こった。
その日は朝から曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。こんな日は気分が沈んでしまう。嫌なことが起きるような気がして憂鬱な気分だったけど、どうにか気持ちを奮い立たせて学校に向かった。
そして授業が終わると、すぐに家に帰った。早く帰って勉強の続きをしようと思ったのだ。だが、途中で忘れ物をしたことに気が付いた。慌てて教室に戻ったのだが、すでに誰もいなかった。
(どうしよう……)
途方に暮れていると、ふと窓の外が目に入った。雨が降ってきている。しかも土砂降りだ。
(仕方ないか……)
覚悟を決めて外に出ることにした。本当は濡れたくないんだけど、ここで待っていてもいつになるかわからないしね。傘は持っていないので、雨に打たれながら帰るしかなかった。風邪を引くかもしれないけど、自業自得なので諦めるしかないだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、前方に人影が見えた。どうやら誰かを待っているみたいだ。誰だろうと思って目を凝らすと、そこにいたのはウィルだった。
(えっ?)
予想外の出来事に動揺していると、彼がこちらに気付いたようで目が合った。すると、こちらに向かって歩いてきた。
「どうしたの? こんなところで」
「えっと……」
答えられずにいると、彼が持っていた傘を差しだしてきた。
「これ使っていいよ」
「え……?」
驚いて固まっていると、彼が不思議そうに尋ねてきた。
「もしかして、傘持ってないの?」
「……うん」
小さな声で答えると、彼は少し考える素振りを見せたあと、こう言った。
「じゃあ、一緒に帰ろう」
「いいの?」
思わず聞き返すと、彼は笑顔で頷いた。
「もちろんだよ」
私は嬉しくなってお礼を言った。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
それから並んで歩き出したのだが、そこでちょっとした問題が起きた。彼が持っているのは普通のサイズの傘で、大人用ではなかったため二人で入るには狭すぎたのだ。必然的に体がくっつく形になってしまうわけで……ドキドキするなというのが無理な話である。
しかも、彼はそれを知ってか知らずか、私の方にばかり傘を傾けてくるものだから困ったものである。これでは彼の肩がずぶ濡れになってしまいかねない。そう思った私は、思い切ってお願いすることにした。
「あの……」
「ん? どうかした?」
「その……もう少しそっちに寄ってもいい……?」
そう言うと、彼は一瞬驚いた顔をした後、優しく微笑んでくれた。
「どうぞ」
許可が出たのでそっと近づくと、彼との距離がさらに縮まった。もうほとんど密着状態だ。心臓の音がうるさいくらいに高鳴っているのがわかる。緊張のあまり顔が赤くなっている気がしたが、恥ずかしくて顔を上げることができなかった。そんな私の気持ちを知ってか知らいでか、彼は平然とした様子で話しかけてきた。
「そういえば、君の家はどこなの?」
「えっと、あそこの角を右に曲がってまっすぐ行ったところかな」
指差しながら答えると、彼は納得したように頷いた。
「ああ、それなら僕の家と近いね」
「そうなの?」
「うん。ここからだと大体十分くらいかな」
「そうなんだ……」
そんな会話をしているうちに、あっという間に家に辿り着いた。私は名残惜しかったけれど、いつまでもこうしているわけにはいかないので仕方なく離れた。でも、このままお別れするのは嫌だったから勇気を出して誘ってみた。
「よかったら上がっていかない? お礼がしたいから……」
断られるかもしれないと思ったが、意外にもすんなりOKしてくれた。私は心の中でガッツポーズをすると、彼を家の中に案内したのだった。
昨日までの私とは違う。今の私にとって一番大切なものは何か、はっきりとわかったから。
しばらく歩いて、森の入り口に到着した。周囲に人影はない。当然だ。ここは普段誰も来ない場所だもの。ここなら誰にも邪魔されずに過ごせるはず――そう思っていたのだけれど……。
「……あれ?」
先客がいたようだ。一人の少年が地面に腰を下ろして本を読んでいる。
「おはようございます」
声をかけると、彼は本から目を離してこちらを振り向いた。
「おはよう。今日も来たの?」
「はい」
そう答えると、少年は呆れたように笑った。
「君も物好きだねえ。こんなところに来るなんてさ」
そう言って肩をすくめる仕草が何だか可笑しくて、私もつられて笑ってしまった。
「ふふ、そうですね」
そう答えたものの、ここに来た理由はそれだけではない。むしろ、こっちが本命なのだ。初めて会った時から感じていたことだけれど、この人は他の人とはどこか違う気がする。上手く言えないけれど、言葉にできない何かが伝わってくるような感じがするというか、何と言うか……とにかく不思議な人だと思った。一緒にいると落ち着くし、安心できる。それに何より、この人と一緒にいると楽しいのだ。だから、毎日ここに来るようになったのである。我ながら単純だなあと思うけれど、仕方がないよね。だって好きなんだもん。
少年の名前はウィルというらしい。歳は私と同じ十六歳で、この辺りに住んでいるそうだ。普段は王都にある学校に通っているので、休日にしか会えないのだけど、それでも充分だった。
二人で他愛のない話をするだけで楽しかった。もちろん勉強もちゃんとやっている。将来のためにも必要なことだし、何よりも彼に褒めてもらえるのが嬉しかったからだ。努力すればするほど褒めてくれるし、時にはご褒美をくれることもある。それがまた嬉しくて、ますます頑張ろうと思えるのだった。
そうやって幸せな日々が続いていたある日のこと、事件が起こった。
その日は朝から曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。こんな日は気分が沈んでしまう。嫌なことが起きるような気がして憂鬱な気分だったけど、どうにか気持ちを奮い立たせて学校に向かった。
そして授業が終わると、すぐに家に帰った。早く帰って勉強の続きをしようと思ったのだ。だが、途中で忘れ物をしたことに気が付いた。慌てて教室に戻ったのだが、すでに誰もいなかった。
(どうしよう……)
途方に暮れていると、ふと窓の外が目に入った。雨が降ってきている。しかも土砂降りだ。
(仕方ないか……)
覚悟を決めて外に出ることにした。本当は濡れたくないんだけど、ここで待っていてもいつになるかわからないしね。傘は持っていないので、雨に打たれながら帰るしかなかった。風邪を引くかもしれないけど、自業自得なので諦めるしかないだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、前方に人影が見えた。どうやら誰かを待っているみたいだ。誰だろうと思って目を凝らすと、そこにいたのはウィルだった。
(えっ?)
予想外の出来事に動揺していると、彼がこちらに気付いたようで目が合った。すると、こちらに向かって歩いてきた。
「どうしたの? こんなところで」
「えっと……」
答えられずにいると、彼が持っていた傘を差しだしてきた。
「これ使っていいよ」
「え……?」
驚いて固まっていると、彼が不思議そうに尋ねてきた。
「もしかして、傘持ってないの?」
「……うん」
小さな声で答えると、彼は少し考える素振りを見せたあと、こう言った。
「じゃあ、一緒に帰ろう」
「いいの?」
思わず聞き返すと、彼は笑顔で頷いた。
「もちろんだよ」
私は嬉しくなってお礼を言った。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
それから並んで歩き出したのだが、そこでちょっとした問題が起きた。彼が持っているのは普通のサイズの傘で、大人用ではなかったため二人で入るには狭すぎたのだ。必然的に体がくっつく形になってしまうわけで……ドキドキするなというのが無理な話である。
しかも、彼はそれを知ってか知らずか、私の方にばかり傘を傾けてくるものだから困ったものである。これでは彼の肩がずぶ濡れになってしまいかねない。そう思った私は、思い切ってお願いすることにした。
「あの……」
「ん? どうかした?」
「その……もう少しそっちに寄ってもいい……?」
そう言うと、彼は一瞬驚いた顔をした後、優しく微笑んでくれた。
「どうぞ」
許可が出たのでそっと近づくと、彼との距離がさらに縮まった。もうほとんど密着状態だ。心臓の音がうるさいくらいに高鳴っているのがわかる。緊張のあまり顔が赤くなっている気がしたが、恥ずかしくて顔を上げることができなかった。そんな私の気持ちを知ってか知らいでか、彼は平然とした様子で話しかけてきた。
「そういえば、君の家はどこなの?」
「えっと、あそこの角を右に曲がってまっすぐ行ったところかな」
指差しながら答えると、彼は納得したように頷いた。
「ああ、それなら僕の家と近いね」
「そうなの?」
「うん。ここからだと大体十分くらいかな」
「そうなんだ……」
そんな会話をしているうちに、あっという間に家に辿り着いた。私は名残惜しかったけれど、いつまでもこうしているわけにはいかないので仕方なく離れた。でも、このままお別れするのは嫌だったから勇気を出して誘ってみた。
「よかったら上がっていかない? お礼がしたいから……」
断られるかもしれないと思ったが、意外にもすんなりOKしてくれた。私は心の中でガッツポーズをすると、彼を家の中に案内したのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った
五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」
8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる