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第31話 大師の誘い
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「みか!」
娘の苦戦の様子にいてもたってもいられず、みかの母は外へ飛び出そうとした。
「どこへ行くの?」
そんな彼女を呼び止めたのはゆうなだった。静かながらも強い意思を感じさせるその声にみかの母は足を止めて振り返った。
「みかを助けに行くのよ。決まってるでしょ!」
いらだちを押さえることも出来ずにみかの母は叫ぶ。娘と年端の変わらない子供ながらゆうなの答えははっきりしていた。
「無駄だよ。今のみかちゃんの力はここにいる誰よりも強かった。あのアルティメットジャッカルをも一撃で倒してしまうほどに。みかちゃんが勝てないなら誰にも勝てない。行っても邪魔になるだけよ」
そんなことは言われなくても分かっていた。今のみかの力は母である自分などよりも遥かに強い。そして、シャリュウ大師の力はその力をも上回ってしまっているのだ。
だが、あせる気持ちはどうにもならない。
話をしたことでやや冷静さの戻ってきた頭を振ってみかの母は言った。この娘が悪いわけではないのだ。寂しげに表情を歪ませながら決意を口にする。
「それでも行かなければいけないのよ。わたしはみかのお母さんなんだから」
「お母さんだから?」
「あなたにもいつか分かる時が来るわ」
最後はにっこり微笑んでみかの母は飛び出していった。ゆうなはただ見送るしか出来なかった。
そのまま黙ったまま立ち尽くしているゆうなにけいこが声をかけた。
「ゆうなちゃん?」
声をかけられ、ゆうなはうつむいた。
「わたしには分からない。お母さんの気持ちなんて、行ってもどうしようもないのは分かっているはずなのに」
「ゆうなちゃん……ゆうなちゃんもみかちゃんを助けたいと思ってるでしょ? それと同じよ」
「同じ……でも、どうすればいいの?」
ゆうなは考え込んでしまった。それはけいこも同じ思いだった。
いったいどうすればいいのだろう。
あまりにも強いみかと大師の力の応酬に途方にくれてしまうけいこだった。
みかが落ちたのは海上のどこかの島だった。
すでに遠くなりかけている意識に波の打ち寄せる音と木々のざわめきの音が聞こえてくる。ゆらゆらと揺れる星空を映し出した海面がきれいに思えた。
全てが夢ならばいいと思う。だが、現実はすぐに降りてきた。青い衣がひるがえる。シャリュウ大師が星明りの下、銀色の髪を輝かせ、赤い不吉な光を放つ瞳ですぐそばから見下ろしてきた。
みかはくじけようとする思いを必死におさえこんで勇気を奮い起こして立ち上がった。シャリュウはただじっとみかを見つめている。こちらの動向を伺っているように、表情一つ変えることなく。
みかは震える手に握る杖を憎むべき敵へと向け光を発射する。それはシャリュウの銀色の髪と青い衣をわずかにそよがせたに過ぎなかった。
みかはどうすることも出来ず、地面の上にへたりこんでしまった。もう力を全て出し切ってしまっていた。拳を握って地面を叩く。
どうしようもなかった。あまりにレベルが違いすぎた。相手は長年に渡って魔道士の頂点にあり続けたシャリュウ大師なのだ。こんな相手にどうして勝てるなどと思っていたのだろう。自分はちょっとばかり強い魔法が使えるようになっていい気になっていたのだろうか。
これではあの日と同じではないか。あの日、大好きなお兄ちゃんを助けられなかったあの時と。自分は変わらずに無力。
あの時はどうして魔法が失敗したのか分からなかった。あんな簡単なもので失敗するはずなんてなかったのに。助けられたはずなのに。
それは母が目覚め始めたみかの力を感じ、封印を施したからだった。そう教えてくれたのはつい最近、自分の意識に介入してきたシャリュウ大師だった。
母は間違っている。大師こそ正しい。そう思っていたあの街上空での戦いの時。今ではシャリュウ大師こそ憎むべき悪と分かっているはずなのに。
どうしようもなく自分が惨めに思える。一番悪いのはもしかして大師でも母でもなく自分ではないだろうか。そんな思いがみかの中にあふれてくる。
肩を震わせて自らの浅はかさに苦悩するみかの耳に、風に乗って手の平を打ち合わせる音がした。みかは不思議に顔をあげた。
にっこり微笑んで大師が拍手をしていた。
「なんの真似?」
問われてシャリュウは手を降ろして答えた。人のいい笑みを浮かべながら言う。
「気落ちすることはありませんわ。みかさん、あなたはとても褒められることをしているのですよ。わたくしのアルティメットジャッカルを倒して素晴らしい力を見せてくれた。今までのどの魔道士よりも優れたたぐいまれなる才能の持ち主と言えるものですわ。むしろもろ手を挙げて喜んでくれてもいいんですのよ」
「でも、あんたに勝てなかったのに」
みかが沈んだ声で言うとシャリュウは嬉しそうに明るい声で答えてきた。
「それはわたくしはあなたの大先輩ですもの。みかさんにいくら才能があったとしても一朝一夕に勝てないのは仕方のないことですわ」
「仕方ないって、なんなのよ」
その言葉にみかは気の抜ける思いだった。急に今まで自分のやってきたことが馬鹿らしく思えてきた。大師も思ったよりずっと良い人のように思えた。
場の空気を柔らかく解きほぐすかのようにシャリュウはほがらかに話を続けた。
「みかさん、あなたは誤解してらっしゃるようですが、わたくしは何もあなたを煮て焼いて食おうなどと思っているわけではありませんのよ。わたくしはわたくしと同じ夢を見てくださる同志を欲しているのです」
「同志?」
みかの言葉に大師がうなずきを返す。
「そう。それがかつてはあの魔道士達だった。彼らはわたくしとともに歩み、わたくしとともに長き時を過ごしてくれました。それはとても楽しい一時と言えるものでしたわ。しかし、彼らは去ってしまいました。脆弱なものは必ずどこかで脱落するものなのです。でも、あなたは違う。みかさん、あなたは素晴らしい可能性を秘めていますわ。わたくしはぜひにあなたに一緒に来てもらいたい」
「わたしに?」
「そうです。そうしてわたくしとともに永遠の時を楽しんでもらいたいのです」
「でも、お母さんが何て言うか」
「あなたのお母さんのことは気になさらなくてよろしいですわ。あの方はどうしようもなく愚鈍で才の乏しい方ですもの。あなたの実力を妬み、未来を閉ざそうとした。そのような人はわたくしの時間にもあなたの時間にも必要ありませんわ。そうは思わなくて?」
「それはそう……かも」
自分を見つめて優しく言ってくれる大師の言葉にみかは不思議な納得を感じてしまった。
「そうですとも。さあ、みかさん、心を静かに澄ませなさい。わたくしの死霊術ネクロマンシーによりあなたにも永遠の命を与えてさしあげましょう」
だが、こうまで言われもみかはまだ迷っていた。
「大師様、本当にわたしなんかでいいの?」
「ええ、わたくしを信じなさい。みかさん」
みかは敬意のこもった目で偉大なる大師を見上げた。思えばこの方は最高の魔道士であり、永遠の時を生きられる素晴らしい方なのだ。
今までも多くの魔道士達が彼女を尊敬しあがめてきた。どうしてその誘いを断ることが出来るんだろう。
「わたし……」
みかが気持ちを決めようとする。その時、二人の間で突如として爆発の炎が吹き上がった。
赤い輝きの中、みかの前に誰かの影が割り込んできて、害虫でも追い払うかのように手にした何かを強く振るう。シャリュウ大師が防御陣を敷きながら飛び下がるのが見えた。
「駄目よ! みか!」
鋭く叫んで箒を手にして二人の間に立ったのはみかの母だった。箒の先に火の粉が舞う。爆発の炎はみかの母が起こしたのだ。
引き下がったシャリュウが距離をとって音もなく砂浜へと降り立つ。
「これはこれはみかさんのお母さんではありませんか。こんな夜分遅くになんの御用でしょうか」
彼女の背後にセラベイクとデアモートの不気味な姿が降りてくる。
二体の魔獣を従えるその少女にみかの母は毅然とした態度をぶつけて言った。
「あんたにお母さん呼ばわりされる言われはないわ! わたしには平口ちはやという名前があるんですからね!」
「それはそれは初めて知りましたわ」
「こいつ……!」
二人の間で言い知れぬ嵐が吹き荒れる。みかは呆気に取られてその様子を見守るしかなかったのだった。
娘の苦戦の様子にいてもたってもいられず、みかの母は外へ飛び出そうとした。
「どこへ行くの?」
そんな彼女を呼び止めたのはゆうなだった。静かながらも強い意思を感じさせるその声にみかの母は足を止めて振り返った。
「みかを助けに行くのよ。決まってるでしょ!」
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そんなことは言われなくても分かっていた。今のみかの力は母である自分などよりも遥かに強い。そして、シャリュウ大師の力はその力をも上回ってしまっているのだ。
だが、あせる気持ちはどうにもならない。
話をしたことでやや冷静さの戻ってきた頭を振ってみかの母は言った。この娘が悪いわけではないのだ。寂しげに表情を歪ませながら決意を口にする。
「それでも行かなければいけないのよ。わたしはみかのお母さんなんだから」
「お母さんだから?」
「あなたにもいつか分かる時が来るわ」
最後はにっこり微笑んでみかの母は飛び出していった。ゆうなはただ見送るしか出来なかった。
そのまま黙ったまま立ち尽くしているゆうなにけいこが声をかけた。
「ゆうなちゃん?」
声をかけられ、ゆうなはうつむいた。
「わたしには分からない。お母さんの気持ちなんて、行ってもどうしようもないのは分かっているはずなのに」
「ゆうなちゃん……ゆうなちゃんもみかちゃんを助けたいと思ってるでしょ? それと同じよ」
「同じ……でも、どうすればいいの?」
ゆうなは考え込んでしまった。それはけいこも同じ思いだった。
いったいどうすればいいのだろう。
あまりにも強いみかと大師の力の応酬に途方にくれてしまうけいこだった。
みかが落ちたのは海上のどこかの島だった。
すでに遠くなりかけている意識に波の打ち寄せる音と木々のざわめきの音が聞こえてくる。ゆらゆらと揺れる星空を映し出した海面がきれいに思えた。
全てが夢ならばいいと思う。だが、現実はすぐに降りてきた。青い衣がひるがえる。シャリュウ大師が星明りの下、銀色の髪を輝かせ、赤い不吉な光を放つ瞳ですぐそばから見下ろしてきた。
みかはくじけようとする思いを必死におさえこんで勇気を奮い起こして立ち上がった。シャリュウはただじっとみかを見つめている。こちらの動向を伺っているように、表情一つ変えることなく。
みかは震える手に握る杖を憎むべき敵へと向け光を発射する。それはシャリュウの銀色の髪と青い衣をわずかにそよがせたに過ぎなかった。
みかはどうすることも出来ず、地面の上にへたりこんでしまった。もう力を全て出し切ってしまっていた。拳を握って地面を叩く。
どうしようもなかった。あまりにレベルが違いすぎた。相手は長年に渡って魔道士の頂点にあり続けたシャリュウ大師なのだ。こんな相手にどうして勝てるなどと思っていたのだろう。自分はちょっとばかり強い魔法が使えるようになっていい気になっていたのだろうか。
これではあの日と同じではないか。あの日、大好きなお兄ちゃんを助けられなかったあの時と。自分は変わらずに無力。
あの時はどうして魔法が失敗したのか分からなかった。あんな簡単なもので失敗するはずなんてなかったのに。助けられたはずなのに。
それは母が目覚め始めたみかの力を感じ、封印を施したからだった。そう教えてくれたのはつい最近、自分の意識に介入してきたシャリュウ大師だった。
母は間違っている。大師こそ正しい。そう思っていたあの街上空での戦いの時。今ではシャリュウ大師こそ憎むべき悪と分かっているはずなのに。
どうしようもなく自分が惨めに思える。一番悪いのはもしかして大師でも母でもなく自分ではないだろうか。そんな思いがみかの中にあふれてくる。
肩を震わせて自らの浅はかさに苦悩するみかの耳に、風に乗って手の平を打ち合わせる音がした。みかは不思議に顔をあげた。
にっこり微笑んで大師が拍手をしていた。
「なんの真似?」
問われてシャリュウは手を降ろして答えた。人のいい笑みを浮かべながら言う。
「気落ちすることはありませんわ。みかさん、あなたはとても褒められることをしているのですよ。わたくしのアルティメットジャッカルを倒して素晴らしい力を見せてくれた。今までのどの魔道士よりも優れたたぐいまれなる才能の持ち主と言えるものですわ。むしろもろ手を挙げて喜んでくれてもいいんですのよ」
「でも、あんたに勝てなかったのに」
みかが沈んだ声で言うとシャリュウは嬉しそうに明るい声で答えてきた。
「それはわたくしはあなたの大先輩ですもの。みかさんにいくら才能があったとしても一朝一夕に勝てないのは仕方のないことですわ」
「仕方ないって、なんなのよ」
その言葉にみかは気の抜ける思いだった。急に今まで自分のやってきたことが馬鹿らしく思えてきた。大師も思ったよりずっと良い人のように思えた。
場の空気を柔らかく解きほぐすかのようにシャリュウはほがらかに話を続けた。
「みかさん、あなたは誤解してらっしゃるようですが、わたくしは何もあなたを煮て焼いて食おうなどと思っているわけではありませんのよ。わたくしはわたくしと同じ夢を見てくださる同志を欲しているのです」
「同志?」
みかの言葉に大師がうなずきを返す。
「そう。それがかつてはあの魔道士達だった。彼らはわたくしとともに歩み、わたくしとともに長き時を過ごしてくれました。それはとても楽しい一時と言えるものでしたわ。しかし、彼らは去ってしまいました。脆弱なものは必ずどこかで脱落するものなのです。でも、あなたは違う。みかさん、あなたは素晴らしい可能性を秘めていますわ。わたくしはぜひにあなたに一緒に来てもらいたい」
「わたしに?」
「そうです。そうしてわたくしとともに永遠の時を楽しんでもらいたいのです」
「でも、お母さんが何て言うか」
「あなたのお母さんのことは気になさらなくてよろしいですわ。あの方はどうしようもなく愚鈍で才の乏しい方ですもの。あなたの実力を妬み、未来を閉ざそうとした。そのような人はわたくしの時間にもあなたの時間にも必要ありませんわ。そうは思わなくて?」
「それはそう……かも」
自分を見つめて優しく言ってくれる大師の言葉にみかは不思議な納得を感じてしまった。
「そうですとも。さあ、みかさん、心を静かに澄ませなさい。わたくしの死霊術ネクロマンシーによりあなたにも永遠の命を与えてさしあげましょう」
だが、こうまで言われもみかはまだ迷っていた。
「大師様、本当にわたしなんかでいいの?」
「ええ、わたくしを信じなさい。みかさん」
みかは敬意のこもった目で偉大なる大師を見上げた。思えばこの方は最高の魔道士であり、永遠の時を生きられる素晴らしい方なのだ。
今までも多くの魔道士達が彼女を尊敬しあがめてきた。どうしてその誘いを断ることが出来るんだろう。
「わたし……」
みかが気持ちを決めようとする。その時、二人の間で突如として爆発の炎が吹き上がった。
赤い輝きの中、みかの前に誰かの影が割り込んできて、害虫でも追い払うかのように手にした何かを強く振るう。シャリュウ大師が防御陣を敷きながら飛び下がるのが見えた。
「駄目よ! みか!」
鋭く叫んで箒を手にして二人の間に立ったのはみかの母だった。箒の先に火の粉が舞う。爆発の炎はみかの母が起こしたのだ。
引き下がったシャリュウが距離をとって音もなく砂浜へと降り立つ。
「これはこれはみかさんのお母さんではありませんか。こんな夜分遅くになんの御用でしょうか」
彼女の背後にセラベイクとデアモートの不気味な姿が降りてくる。
二体の魔獣を従えるその少女にみかの母は毅然とした態度をぶつけて言った。
「あんたにお母さん呼ばわりされる言われはないわ! わたしには平口ちはやという名前があるんですからね!」
「それはそれは初めて知りましたわ」
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