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第13話 コイの相談
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そして、いつの間にかといった感じでホームルームが終わった。先生が終わりのあいさつをする。みんなが立ち上がって礼をする。
初日の今日は入学式とホームルームだけで終わりだ。
みかはホームルームの途中でもらった新しい教科書を鞄の中に突っ込んで立ち上がろうとした。予想以上の重さが肩にかかり、思わずこけそうになる。机の上に置き直して改めて慎重に持ち直す。そして、友達二人に声をかける。
「けいこちゃん! ゆうなちゃん! 一緒に帰ろ!」
「コイは?」
元気にはしゃぐみかに向かって、ゆうなはいつもの落ち着いたそぶりで一言そう訊ねてきた。
「もちろん、コイさんの様子も見に行くよ!」
みかは得意満面で答えた。けいこがパタパタと走ってきて二人の前に立ち止まった。
「良いなあ、みかちゃんとゆうなちゃんは席が近くて」
残念そうに言う。みかは困ったようにゆうなと顔を見合わせた。
「元気出して。また来年もあるし」
みかはけいこの肩をポンポンと叩いた。来年というのは遠すぎだろうとけいこは思ったが、あえてそれを言うことはしなかった。
「そうだね。また来年がんばれば良いよね」
そうして話がまとまり、三人は一緒にコイの様子を見に行くことにした。
初めて来たときはあれほど曲がりくねって遠く感じた旧校舎も、行き慣れてまっすぐ来て見れば思ったよりも近く、みか達は意外とあっさりと目的の場所へとたどり着いた。慣れというのは凄いなあとみかは思った。
旧校舎の前に置きっ放しにされた水瓶の中では、みかの大好きなコイさんが、別れた時と寸分たがわぬ様子でくるくると泳いでいた。
「わーい、コイさーん! 寂しくしてごめんねー! 良い子良い子―!」
みかは嬉しくなっていきなりコイに飛びついて手を伸ばした。その体をなでなでしてやる。みかと再会できてコイさんも嬉しそうだった。
「このコイさん、どうしよっか。いつまでも水瓶の中だとかわいそうだよね」
そんなみかの横からけいこがコイを眺めながら言った。みかの答えは決まっていた。
「私が連れて帰る!」
「みかちゃん、それだと解決にならないよ」
あきれたように肩を落とすけいこ。みかはもう一人の友達の方に話題を向けた。
「そっかあ、うちは狭いもんね。それじゃあ……ねえ、ゆうなちゃん。あの埋めちゃった池、元に戻せない?」
みかは向かいでじっとコイを見てうつむいているゆうなの方へ話題を振った。ゆうなは今気づいたかのようにふと視線を上げた。みかと目が合った。
軽いにらめっこのようにむっとして見せるみか。
「元へ戻せば良いの?」
そう言って軽く笑みを浮かべたゆうなの表情はどこか違和感を感じさせるものだった。みかは反射的に慌てて断ってしまった。
「ううん、やっぱりいい!」
「そう」
ゆうなは残念そうにコイに視線を戻した。無言でコイを見つめるゆうなの様子を見て、みかの胸はちくりと痛んだ。
どうして断ってしまったんだろう。考え直してみて自分でも不思議に思ったが、でも言ってしまったものは仕方がない。
「ねえ、みかちゃん。公園の池に放してあげようよ。あそこだと広いし、コイさんも安心して泳げるよ」
みかが困って考えていると横からけいこが助け舟を出して来た。みかはこれ幸いとばかりに大船に乗ったつもりでその助け舟に乗り込んだ。
「うん、そうだね。あそこだと確かに広いし、コイさんも安心かなあ。ゆうなちゃんはどう思う?」
みかはゆうなとの気まずい雰囲気を埋めようと話を振った。ゆうなはただ一言
「わたし、その公園知らないから」
とだけ、言った。さらにゆうなを落ち込ませてしまったのかもしれない。みかはあわてて次の提案をした。
「じゃあさ! 今から公園行こう! コイさん放しに! 一緒に!」
とっさに口から出た言葉だが、その提案はとても素晴らしいことのように思えた。ゆうなは少し考えるように首をかしげた。みかとけいこは彼女の反応をじっと見守った。
「そうね、行こうか」
やがて彼女の出した答えにみかは喜んだ、と思う間もなくゆうなはどこへともなく歩きだした。
「ちょ……ゆうなちゃん! 公園はそっちじゃないよ!」
みかはあわてて呼び止めた。ゆうなはふと立ち止まって、あのひもをくくりつけたソリを引っ張って戻ってきた。
「これにコイさん乗せていったら良いよ」
そう言って彼女は嬉しそうにはにかんだ。みかは安心して胸をなでおろした。
「そっかあ、水瓶そのまま持っていったら大変だもんね。ゆうなちゃん、頭いいー」
「頭、いい?」
ゆうなは不思議そうに眉をひそめ、そしてみかから目をそらして水瓶の前に歩み寄った。
「コイさん、乗せてあげないと」
独り言のように呟いて、コイの入ったその水瓶に手をかける。
「あ、わたしも手伝うよ」
みかも水瓶に手を伸ばして持ち上げようとした。
けいこはそんな二人を見てほっと安堵した。ゆうなは思ったよりも危ない人ではないのかもしれない。みかを襲った犯人と思われる彼女に対してまだどこか警戒の念を捨て切れずにいたけいこだったが、彼女はその時そう思った。しかし、ゆうなはやはり危ない人だったようだ。
「あ! 危ない!」
みかとゆうなで持ちあげた水瓶がひっくり返りそうになるのを、けいこはあわてて支えにいった。
ゆうなは思ったより危ない人ではないのかもしれないが、みかと同じ意味で目の離せない人なのかもしれないと思うけいこだった。
ずっと歩いていると、やがて夜はやってきた。まだ目的地の公園の池にたどり着くにはずいぶんと遠い。暗くなってきた路上で、みかは途方にくれて夜空を眺めやった。
「思ったより……大変だね」
三人で協力してなんとかコイさんを引きずってきたものの、コイが入った水瓶は思ったより重く、進行はなかなかに進まなかった。いつもはそれほどでもない公園までの距離が随分と遠く感じる。そして、ついに夜になってしまったのだった。
みかは力尽きてへたりこんでしまった。
「少し休憩にしよ~」
「賛成」
みかの言葉に同じく疲れたけいこが声をあわせる。
みかとけいことゆうなは少しばかりの小休憩に道の片隅に並んで腰を下ろした。
「ゆうなちゃん、もっと力あるんじゃないの?」
暗い夜空の街灯の下で、けいこは不満そうにゆうなに言った。ゆうなは別に気にした風でもなく見えたけど、それでも少し不機嫌だったのかもしれない。
「わたしが悪いの?」
「いえ、別に悪いとかそう言ってるんじゃないけど」
いつになく刺を感じるゆうなの声に、けいこは疲れた声で弁解する。
「みんな頑張ってるよ。コイさんもわたしたちも」
みかは言って、空を振り仰いだ。空にはたくさんの星々がきらめいてきれいだった。みかはこんな星空が好きだった。それでゆうなにも聞いてみた。
「ねえ、ゆうなちゃんはこんな空って好き?」
「わたしは嫌い。暗くて見えないのって嫌だから」
ゆうなに嫌いなものがあるなんて、みかには意外な感じがした。それに彼女が感情をはっきりと表に出したのも珍しい気がする。
みかは疲れていたけど、ゆうなの様子が気になって話を続けた。
「でも、お星様はきれいだよね。暗い空の中できらきら光ってる。わたしはこんな空って好きだなあ」
「そうだね。星はきれいだね」
そうして空を見上げたゆうなの顔がさっきよりも嬉しそうで、みかも嬉しくなった。
星空はきれい。そして、宇宙人さんはこんなきれいな星空を夢のように泳いでいる。わたしも宇宙人さん達と一緒にこの星空の中を気持ち良く飛び回りたい。それはみかの幼い頃からの夢だった。
「みかちゃん、今日はもう遅いし、コイさん返すのは明日にしてもう帰りましょう」
けいこの声が、みかの意識を地上へと引き戻した。
「うーん、でもコイさんどうしよ。ここに置いて行くわけにもいかないし」
「とりあえずみかちゃんの家に置いておいたらいいんじゃないかな。ここからならすぐ近くだし、みかちゃんのお母さん優しいから一晩ぐらい泊めてくれるよ」
そう言われてみると確かにみかの家はここからすぐのところだった。けいこの意見はいつだって適切だとみかは思う。
「そうだね。じゃあ、そうしよう」
三人はみかの家の前までコイの入った水瓶を運んで来た。そして、コイの入った水瓶を玄関の脇へと置くと、また明日と言って別れるのだった。
声を聞き付けてきたのだろう。みかの母親が心配そうな顔で玄関へと出て来た。
「みかちゃん、こんな遅くまで何やってたの?」
「えっとね、今日は友達を連れてきたの」
「友達?」
「うん、コイさん!」
みかはその自慢の友達を紹介するようにコイを指さした。みかの母親は悲しいような渋るような微妙な顔をした。コイは楽しそうに泳いでいる。みかは笑顔で笑っている。みかが初めて学校へ行った日のことだった。
そして、その日の夜もみかは望遠鏡で夜空を眺めていた。
広大な星空はとてもきれいで、みかはその時間がとても好きだった。
みかは星々に願った。
「宇宙人さんに会えると良いなあ」
彼女の夢の中で宇宙人さんとみか達は楽しそうにダンスを踊っていた。今日は会えなかったけど、いつかきっと会えると思う。夢は信じていればかなうものなのだから。
そう教えてくれたのは誰だっただろう。誰でも良かった。
明日はどんな一日になるのか。そう思うとみかの心は楽しみに一杯になるのだった。
上空には暗い星空が広がり、人々の去った小学校の壁にはほのかに淡い月の光が投げかけられている。いくつかの星々がきらきらとまたたいている夜の空は、地上の学校の広い校庭の辺りから見上げてみると、とてもきれいに見えるだろう。
だが、夜遅くなった今の時間に、この学校の敷地内をうろついている人の姿はない。
しかし、人でない者はいる。
昼の喧噪が嘘のように静かになったその場所は、地球人ではない彼らにとってはとても快適で居心地のいいものであった。
そう、彼ら……一見すると誰の気配もない夜の学校ではあるが、実はここには宇宙から飛来した宇宙人達が隠れ潜んでいるのだ。
この学校の敷地の片隅に忘れ去られたようにひっそりとたたずむ古い木造の建物。誰彼ともなく旧校舎と呼ぶそのぼろぼろに朽ちた建築物の地下に、宇宙からやってきた宇宙人である指揮官と部下の秘密基地は広がっていた。
この秘密基地は宇宙のとある場所で販売されている「お手軽に出来る秘密基地セット」で作ったものだ。この商品は即席のインスタント製品でありながらも、それなりの生活環境や設備が整い、持ち運びにも便利で値段も良心的であるが、それほど人気のある代物では無い。
その原因はやはり広げると畳めない点にあるだろう。銀河の法律では文化未発達な星に自分達の痕跡を残して行くことに何かとうるさいのだ。当然宇宙警察にもうるさくつきまとわれるし、多大な罰金も払わされることになることもある。
だが、要は見つからなければいいわけだし、自分達はすでにおたずねものである。それになんと言ってもお金が無い。
「金が無い……困ったことだ」
指揮官は秘密基地の自分の部屋で椅子に座り、一人物思いにふけりながらお茶を飲んでいた。ふとその手を置き、目の前の通信スイッチを押して部下に呼びかける。目の前のスクリーンに汗水たらして作業に没頭している部下の姿が映し出された。
「おい、ジェミーちゃんの修理状況はどうだ?」
ジェミーちゃんとは指揮官愛用のUFOの名前である。画面の向こうで、部下はそのUFOを修理する手を動かしたまま、めんどくさそうに言い返してきた。
「修理は順調ですよ。ここの設備は貧弱なことこのうえないですが、あっしの腕にかかれば後一週間もあれば、ちょちょいのちょいさあ」
「一週間では遅い。一日で終わらせろ」
「そんな無茶……」
部下の言葉を最後まで聞くことなく、指揮官は一方的に通信を切った。目の前のスクリーンが真っ暗になり、わずらわしい部下の姿と声が消える。
指揮官はもう一度お茶を注ぎ直し、何かを思案するようにゆっくりと飲んでから、立ち上がった。そして、どこへ向かうともなく狭い部屋の中をうろうろとした。
彼は落ち着こうとしながらもあせっていた。いくら自分達を追いかけてきた宇宙警察が無能とは言っても、ここが見つかるのは時間の問題だろう。それにここへ近づいてくるのは宇宙警察だけではない。
朝になればまたこの学校のあたりは騒がしくなるだろう。今日来ていた三人のガキどもが戻ってくるとも考えられるし、他にも偶然ここをかぎつけてくる奴らも出るかもしれない。
指揮官はさわがしいのが嫌いだった。静かで平穏な日々を送るためにも手はうるさくなるまえに打たなければいけない。
「おい」
足を止め、指揮官はかたわらに控えている男を呼びよせた。
「お呼びでしょうか、指揮官様」
指揮官の呼ぶ声に一人の初老の男が近づいてきてひざまずいた。彼はつい先日指揮官が洗脳したこの学校の校長先生だ。指揮官は地上のごたごたの処理をこの星の住人である彼にまかせることにした。
「朝になったら、またこの辺りにうるさい奴らが集まってくるだろう。奴らを追い払え」
「はい、おまかせを。必ずやご期待に添えてご覧にいれましょう」
校長先生は一礼して、意気揚々と外へと出向いていった。洗脳マシーンの調子は上々のようだ。この分なら高くてももう少し仕入れておけば良かったかもしれないと指揮官は思った。
その頃、地上では帰ってこない旦那を心配した校長先生の妻が、警察に捜索願いを出していた。
初日の今日は入学式とホームルームだけで終わりだ。
みかはホームルームの途中でもらった新しい教科書を鞄の中に突っ込んで立ち上がろうとした。予想以上の重さが肩にかかり、思わずこけそうになる。机の上に置き直して改めて慎重に持ち直す。そして、友達二人に声をかける。
「けいこちゃん! ゆうなちゃん! 一緒に帰ろ!」
「コイは?」
元気にはしゃぐみかに向かって、ゆうなはいつもの落ち着いたそぶりで一言そう訊ねてきた。
「もちろん、コイさんの様子も見に行くよ!」
みかは得意満面で答えた。けいこがパタパタと走ってきて二人の前に立ち止まった。
「良いなあ、みかちゃんとゆうなちゃんは席が近くて」
残念そうに言う。みかは困ったようにゆうなと顔を見合わせた。
「元気出して。また来年もあるし」
みかはけいこの肩をポンポンと叩いた。来年というのは遠すぎだろうとけいこは思ったが、あえてそれを言うことはしなかった。
「そうだね。また来年がんばれば良いよね」
そうして話がまとまり、三人は一緒にコイの様子を見に行くことにした。
初めて来たときはあれほど曲がりくねって遠く感じた旧校舎も、行き慣れてまっすぐ来て見れば思ったよりも近く、みか達は意外とあっさりと目的の場所へとたどり着いた。慣れというのは凄いなあとみかは思った。
旧校舎の前に置きっ放しにされた水瓶の中では、みかの大好きなコイさんが、別れた時と寸分たがわぬ様子でくるくると泳いでいた。
「わーい、コイさーん! 寂しくしてごめんねー! 良い子良い子―!」
みかは嬉しくなっていきなりコイに飛びついて手を伸ばした。その体をなでなでしてやる。みかと再会できてコイさんも嬉しそうだった。
「このコイさん、どうしよっか。いつまでも水瓶の中だとかわいそうだよね」
そんなみかの横からけいこがコイを眺めながら言った。みかの答えは決まっていた。
「私が連れて帰る!」
「みかちゃん、それだと解決にならないよ」
あきれたように肩を落とすけいこ。みかはもう一人の友達の方に話題を向けた。
「そっかあ、うちは狭いもんね。それじゃあ……ねえ、ゆうなちゃん。あの埋めちゃった池、元に戻せない?」
みかは向かいでじっとコイを見てうつむいているゆうなの方へ話題を振った。ゆうなは今気づいたかのようにふと視線を上げた。みかと目が合った。
軽いにらめっこのようにむっとして見せるみか。
「元へ戻せば良いの?」
そう言って軽く笑みを浮かべたゆうなの表情はどこか違和感を感じさせるものだった。みかは反射的に慌てて断ってしまった。
「ううん、やっぱりいい!」
「そう」
ゆうなは残念そうにコイに視線を戻した。無言でコイを見つめるゆうなの様子を見て、みかの胸はちくりと痛んだ。
どうして断ってしまったんだろう。考え直してみて自分でも不思議に思ったが、でも言ってしまったものは仕方がない。
「ねえ、みかちゃん。公園の池に放してあげようよ。あそこだと広いし、コイさんも安心して泳げるよ」
みかが困って考えていると横からけいこが助け舟を出して来た。みかはこれ幸いとばかりに大船に乗ったつもりでその助け舟に乗り込んだ。
「うん、そうだね。あそこだと確かに広いし、コイさんも安心かなあ。ゆうなちゃんはどう思う?」
みかはゆうなとの気まずい雰囲気を埋めようと話を振った。ゆうなはただ一言
「わたし、その公園知らないから」
とだけ、言った。さらにゆうなを落ち込ませてしまったのかもしれない。みかはあわてて次の提案をした。
「じゃあさ! 今から公園行こう! コイさん放しに! 一緒に!」
とっさに口から出た言葉だが、その提案はとても素晴らしいことのように思えた。ゆうなは少し考えるように首をかしげた。みかとけいこは彼女の反応をじっと見守った。
「そうね、行こうか」
やがて彼女の出した答えにみかは喜んだ、と思う間もなくゆうなはどこへともなく歩きだした。
「ちょ……ゆうなちゃん! 公園はそっちじゃないよ!」
みかはあわてて呼び止めた。ゆうなはふと立ち止まって、あのひもをくくりつけたソリを引っ張って戻ってきた。
「これにコイさん乗せていったら良いよ」
そう言って彼女は嬉しそうにはにかんだ。みかは安心して胸をなでおろした。
「そっかあ、水瓶そのまま持っていったら大変だもんね。ゆうなちゃん、頭いいー」
「頭、いい?」
ゆうなは不思議そうに眉をひそめ、そしてみかから目をそらして水瓶の前に歩み寄った。
「コイさん、乗せてあげないと」
独り言のように呟いて、コイの入ったその水瓶に手をかける。
「あ、わたしも手伝うよ」
みかも水瓶に手を伸ばして持ち上げようとした。
けいこはそんな二人を見てほっと安堵した。ゆうなは思ったよりも危ない人ではないのかもしれない。みかを襲った犯人と思われる彼女に対してまだどこか警戒の念を捨て切れずにいたけいこだったが、彼女はその時そう思った。しかし、ゆうなはやはり危ない人だったようだ。
「あ! 危ない!」
みかとゆうなで持ちあげた水瓶がひっくり返りそうになるのを、けいこはあわてて支えにいった。
ゆうなは思ったより危ない人ではないのかもしれないが、みかと同じ意味で目の離せない人なのかもしれないと思うけいこだった。
ずっと歩いていると、やがて夜はやってきた。まだ目的地の公園の池にたどり着くにはずいぶんと遠い。暗くなってきた路上で、みかは途方にくれて夜空を眺めやった。
「思ったより……大変だね」
三人で協力してなんとかコイさんを引きずってきたものの、コイが入った水瓶は思ったより重く、進行はなかなかに進まなかった。いつもはそれほどでもない公園までの距離が随分と遠く感じる。そして、ついに夜になってしまったのだった。
みかは力尽きてへたりこんでしまった。
「少し休憩にしよ~」
「賛成」
みかの言葉に同じく疲れたけいこが声をあわせる。
みかとけいことゆうなは少しばかりの小休憩に道の片隅に並んで腰を下ろした。
「ゆうなちゃん、もっと力あるんじゃないの?」
暗い夜空の街灯の下で、けいこは不満そうにゆうなに言った。ゆうなは別に気にした風でもなく見えたけど、それでも少し不機嫌だったのかもしれない。
「わたしが悪いの?」
「いえ、別に悪いとかそう言ってるんじゃないけど」
いつになく刺を感じるゆうなの声に、けいこは疲れた声で弁解する。
「みんな頑張ってるよ。コイさんもわたしたちも」
みかは言って、空を振り仰いだ。空にはたくさんの星々がきらめいてきれいだった。みかはこんな星空が好きだった。それでゆうなにも聞いてみた。
「ねえ、ゆうなちゃんはこんな空って好き?」
「わたしは嫌い。暗くて見えないのって嫌だから」
ゆうなに嫌いなものがあるなんて、みかには意外な感じがした。それに彼女が感情をはっきりと表に出したのも珍しい気がする。
みかは疲れていたけど、ゆうなの様子が気になって話を続けた。
「でも、お星様はきれいだよね。暗い空の中できらきら光ってる。わたしはこんな空って好きだなあ」
「そうだね。星はきれいだね」
そうして空を見上げたゆうなの顔がさっきよりも嬉しそうで、みかも嬉しくなった。
星空はきれい。そして、宇宙人さんはこんなきれいな星空を夢のように泳いでいる。わたしも宇宙人さん達と一緒にこの星空の中を気持ち良く飛び回りたい。それはみかの幼い頃からの夢だった。
「みかちゃん、今日はもう遅いし、コイさん返すのは明日にしてもう帰りましょう」
けいこの声が、みかの意識を地上へと引き戻した。
「うーん、でもコイさんどうしよ。ここに置いて行くわけにもいかないし」
「とりあえずみかちゃんの家に置いておいたらいいんじゃないかな。ここからならすぐ近くだし、みかちゃんのお母さん優しいから一晩ぐらい泊めてくれるよ」
そう言われてみると確かにみかの家はここからすぐのところだった。けいこの意見はいつだって適切だとみかは思う。
「そうだね。じゃあ、そうしよう」
三人はみかの家の前までコイの入った水瓶を運んで来た。そして、コイの入った水瓶を玄関の脇へと置くと、また明日と言って別れるのだった。
声を聞き付けてきたのだろう。みかの母親が心配そうな顔で玄関へと出て来た。
「みかちゃん、こんな遅くまで何やってたの?」
「えっとね、今日は友達を連れてきたの」
「友達?」
「うん、コイさん!」
みかはその自慢の友達を紹介するようにコイを指さした。みかの母親は悲しいような渋るような微妙な顔をした。コイは楽しそうに泳いでいる。みかは笑顔で笑っている。みかが初めて学校へ行った日のことだった。
そして、その日の夜もみかは望遠鏡で夜空を眺めていた。
広大な星空はとてもきれいで、みかはその時間がとても好きだった。
みかは星々に願った。
「宇宙人さんに会えると良いなあ」
彼女の夢の中で宇宙人さんとみか達は楽しそうにダンスを踊っていた。今日は会えなかったけど、いつかきっと会えると思う。夢は信じていればかなうものなのだから。
そう教えてくれたのは誰だっただろう。誰でも良かった。
明日はどんな一日になるのか。そう思うとみかの心は楽しみに一杯になるのだった。
上空には暗い星空が広がり、人々の去った小学校の壁にはほのかに淡い月の光が投げかけられている。いくつかの星々がきらきらとまたたいている夜の空は、地上の学校の広い校庭の辺りから見上げてみると、とてもきれいに見えるだろう。
だが、夜遅くなった今の時間に、この学校の敷地内をうろついている人の姿はない。
しかし、人でない者はいる。
昼の喧噪が嘘のように静かになったその場所は、地球人ではない彼らにとってはとても快適で居心地のいいものであった。
そう、彼ら……一見すると誰の気配もない夜の学校ではあるが、実はここには宇宙から飛来した宇宙人達が隠れ潜んでいるのだ。
この学校の敷地の片隅に忘れ去られたようにひっそりとたたずむ古い木造の建物。誰彼ともなく旧校舎と呼ぶそのぼろぼろに朽ちた建築物の地下に、宇宙からやってきた宇宙人である指揮官と部下の秘密基地は広がっていた。
この秘密基地は宇宙のとある場所で販売されている「お手軽に出来る秘密基地セット」で作ったものだ。この商品は即席のインスタント製品でありながらも、それなりの生活環境や設備が整い、持ち運びにも便利で値段も良心的であるが、それほど人気のある代物では無い。
その原因はやはり広げると畳めない点にあるだろう。銀河の法律では文化未発達な星に自分達の痕跡を残して行くことに何かとうるさいのだ。当然宇宙警察にもうるさくつきまとわれるし、多大な罰金も払わされることになることもある。
だが、要は見つからなければいいわけだし、自分達はすでにおたずねものである。それになんと言ってもお金が無い。
「金が無い……困ったことだ」
指揮官は秘密基地の自分の部屋で椅子に座り、一人物思いにふけりながらお茶を飲んでいた。ふとその手を置き、目の前の通信スイッチを押して部下に呼びかける。目の前のスクリーンに汗水たらして作業に没頭している部下の姿が映し出された。
「おい、ジェミーちゃんの修理状況はどうだ?」
ジェミーちゃんとは指揮官愛用のUFOの名前である。画面の向こうで、部下はそのUFOを修理する手を動かしたまま、めんどくさそうに言い返してきた。
「修理は順調ですよ。ここの設備は貧弱なことこのうえないですが、あっしの腕にかかれば後一週間もあれば、ちょちょいのちょいさあ」
「一週間では遅い。一日で終わらせろ」
「そんな無茶……」
部下の言葉を最後まで聞くことなく、指揮官は一方的に通信を切った。目の前のスクリーンが真っ暗になり、わずらわしい部下の姿と声が消える。
指揮官はもう一度お茶を注ぎ直し、何かを思案するようにゆっくりと飲んでから、立ち上がった。そして、どこへ向かうともなく狭い部屋の中をうろうろとした。
彼は落ち着こうとしながらもあせっていた。いくら自分達を追いかけてきた宇宙警察が無能とは言っても、ここが見つかるのは時間の問題だろう。それにここへ近づいてくるのは宇宙警察だけではない。
朝になればまたこの学校のあたりは騒がしくなるだろう。今日来ていた三人のガキどもが戻ってくるとも考えられるし、他にも偶然ここをかぎつけてくる奴らも出るかもしれない。
指揮官はさわがしいのが嫌いだった。静かで平穏な日々を送るためにも手はうるさくなるまえに打たなければいけない。
「おい」
足を止め、指揮官はかたわらに控えている男を呼びよせた。
「お呼びでしょうか、指揮官様」
指揮官の呼ぶ声に一人の初老の男が近づいてきてひざまずいた。彼はつい先日指揮官が洗脳したこの学校の校長先生だ。指揮官は地上のごたごたの処理をこの星の住人である彼にまかせることにした。
「朝になったら、またこの辺りにうるさい奴らが集まってくるだろう。奴らを追い払え」
「はい、おまかせを。必ずやご期待に添えてご覧にいれましょう」
校長先生は一礼して、意気揚々と外へと出向いていった。洗脳マシーンの調子は上々のようだ。この分なら高くてももう少し仕入れておけば良かったかもしれないと指揮官は思った。
その頃、地上では帰ってこない旦那を心配した校長先生の妻が、警察に捜索願いを出していた。
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