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第27話 この命尽きるまで
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戦いに勝利し、沙耶はみんなの元へと戻ってきた。その体は疲れきっていたが、その顔にはやり遂げた者の爽やかさがあった。
「ただいま、みんな。決着をつけてきたよ」
「お帰り、沙耶姉」
「よく頑張ったな」
「お前は私の誇りだ」
「凄いものだな。さすがはゼツエイ博士の作った破壊兵器。見直したぞ」
「いや、沙耶はもう私の兵器ではない。私の手などとうに離れ、沙耶は沙耶自身の力で勝利を掴んだのだ」
「そうなのか? わらわにはよく分からんな」
ベルゼエグゼスは沙耶の力を測るようにじっと見る。
次郎太は沙耶に手を差し伸べた。
「もう全部終わったんだよね、沙耶姉。じゃあ、帰ろう」
「うん」
沙耶は笑顔になってその手を取ろうとする。その時、緊張に走る飛鳥の声を聞いて沙耶はその手を止めた。
「いいえ、まだよ。まだ終わってはいないわ。あなたの仕事はね」
飛鳥の殺し屋としての冷たい視線が沙耶を捉え、その手の銃が向けられる。
「どういうことだ?」
「お前、まだ沙耶と戦うつもりで!」
「飛鳥ちゃん……」
飛鳥は手を止めない。その銃の狙いを付けていく。
「沙耶ちゃんの戦いはまだ終わっていない。そう言っているのよ!」
「飛鳥、止めろ!」
引き金が引かれ、銃声が響く。その銃弾は沙耶の肩の上を越え、その背後の暗闇へと飛んでいき、そこで不意にかき消えた。
「なるほど。あの時あたちを撃ったのはチミの銃だったのでちゅか。これはお返しでちゅ」
よく聞き覚えのある声とともに、暗闇から返ってきた銃弾がそのまま飛鳥の腕を貫いていった。
その声と起こった事態にみんなが驚愕する。
「くっ!」
「飛鳥!」
「大丈夫、こんなのかすり傷だから……」
その言葉とは裏腹に飛鳥は痛みに顔をしかめている。兵衛門が自分の服の袖を引きちぎり、飛鳥の腕へ巻いて応急措置をした。
「何だよ、これ。何なんだよ!」
次郎太が焦り見つめる星空の中に小さなブラックホールが開かれ、そこに恐るべき神の姿が現れる。
「すぐには殺しましぇんよ。チミ達はこれから起こる出来事の見届け人となるのでちゅからね」
疲れきった沙耶に対し、余りにも平然としたその態度。銃弾を掴み投げ返した指を遊ぶかのように動かし、そして、余裕のある笑みを浮かべて見せた。
その姿に沙耶ですらも絶望を隠せずに見つめてしまう。
「どうして? 確かに倒したはずなのに……」
沙耶は気持ちで負けようとする体を必死に奮い立たせる。ミザリオルは凶暴な強い意思を持った瞳でそれを見返した。
「確かにあれには驚きまちたよ。この神が実に命の危険まで感じてしまうとは実に何万年ぶりのことでしょうか。神々の手から人に世界が委ねられたアクエスタワーの戦い以来のことかもしれましぇん。しかし、あの時ふと気づいたのでちゅよ」
「気づいた?」
ミザリオルの瞳が沙耶から次郎太の方へと向けられる。
「そこのお兄しゃんがやって見せてくれたことをね。チミも見ていたはずでちゅよ。ブラックホールに入ってまた出てくるという芸当をね。あたちはただそれを真似てやってみた。ただそれだけなのでちゅよ。自分が出やすいようにうまく穴の大きさを調節してね。感謝しましゅよ。チミのおかげであたちはあの場所から命からがらでも逃げる方法を思いついたのでちゅから」
「そんな……僕のせいで沙耶姉の戦いが……」
その言葉に次郎太は絶句してしまう。ミザリオルは指で自分の赤い髪をいじりながら、笑いを浮かべた。
「皮肉な運命もあったものでちゅね。神が死にかける、神が逃げる、それもまた実に滑稽なことでちゅ」
そこまで言って、髪をいじるミザリオルの指先が止まり、その顔から笑みが消えた。そして、すぐにその表情が憤怒の形相へと取って変わった。
「ふざけるなよ!! このゴミ虫が!! グラヴィティストライク!!」
「キャアアアア!」
沙耶は全くなすすべもなく防御すら出来ないまま足元から吹き上がる重力に突き上げられ、星空高くまで飛ばされていった。
「沙耶姉!」
次郎太はそれを見上げることしか出来なかった。
ミザリオルは綺麗な花火でも見るかのように星空を見上げた。
「どうでちゅか? ただ重いだけの力の味は。これだけでは終わらせましぇんよ! 神の裁きを受け入れ消えよ! アークサンダーボルト!」
沙耶に向かって幾筋もの雷の光線が伸びていく。
「よけろ! 沙耶!」
ゼツエイが叫ぶ。
だが、沙耶にはもうそれを避ける力は残っていなかった。雷が次々とその小さな体に直撃していく。
「ひゃははは! もう弾く力も残っていないんでちゅか! この阿保たれめ! いい気になって神に逆らうからこのような目に合うのでちゅよおおお!」
ミザリオルはさらに調子に乗って次々と雷を打ち出していく。沙耶はなすすべもなくそれを食らっていく。
「駄目だ! 沙耶にはもう力が残っていない!」
「くそっ、見ていられるか!」
兵衛門とゼツエイはなおも執拗に攻撃を続けていくミザリオルに向かって飛びかかっていく。
「外野は黙って見ていればいいのでちゅよ!!」
だが、その体は彼女が睨んだだけで発せられた重力に吹き飛ばされていった。
「あいつがボロ雑巾のようになっていくのをただ素直にねえ!」
倒れ落ちていく二人を見送って、ミザリオルは再び沙耶を見上げ、雷の攻撃を繰り出していく。
次郎太は震えながらそれを見ていることしか出来なかった。だが、その忍耐ももう限界だった。自分の右手を見つめる。
「この力を……使うしかないのか……」
沙耶に使うなと止められたこの力。ミザリオルと同じ三大脅威の一人であるカオスギャラクシアンから与えられた重力をも斬る剣カオスブリンガー。
次郎太はそれを使おうと決意し、手に力を込めようとした。その時、ベルゼエグゼスが言った。
「あれが三大脅威の力なのか。わらわ達とはまるで違う。化物ではないか!」
「化物……!」
その言葉に次郎太ははっと我に返って横を見た。ミザリオルを見る沙耶に似た少女の瞳は怯えていた。この力を使えば自分もその化物と同じになってしまう。そのようなことを沙耶は望んではいなかった。
「もう止めてくれ!」
次郎太はもうただそう叫ぶしか出来なかった。その彼の目の前で神はとどめとばかりに一際大きな雷を打ち上げた。
そして、しばらくぶりの静寂が訪れた。次郎太は神が願いを聞いてくれたのかと思った。だが、すぐにそれが甘い希望に過ぎないことを思い知る。
「まだチリになりましぇんか。さすがに頑丈でちゅね。しかし、これで終わりでちゅよ。フリージング!!」
沙耶に向かって巨大な氷の柱が伸びていく。まるで宇宙に巨大な大樹が育ちそびえ立っていくかのように。
その先端が瞬く間に沙耶に届き、その時間と空間を凍らせる。もう完全に詰んでいた。
絶望の思いに囚われる次郎太の前で、神の右手が赤く燃えた。
「これで終わりにしましゅよ。この3兆度の炎でね!」
そして、ミザリオルは氷の柱を昇っていった。沙耶にとどめを刺すために。
今の沙耶は力を無くし、その動きも封じられている。逃れる手段は何もない。
次郎太もまたどうすることも出来ず、ただそれを見上げることしか出来なかった。
呆然と立ち尽くす彼の足元に不意に固い何かがぶつかった。次郎太はそれを見下ろした。そこにあったのは銃だった。
なんでこんな物がこんなところに。それを理解するよりも前に声が届く。
「次郎太君! それを使って! 沙耶ちゃんを助けて!」
次郎太はそちらの方を見る。悲痛そうな必死な顔をした飛鳥と目があった。その腕からは抑えながらも血が流れ出していて、彼女自身ではしばらく銃を持って腕を上げることは不可能であることを伺わせた。
「僕が……沙耶姉を助ける……?」
「そうじゃ! お前が沙耶を守るのじゃ!」
「沙耶を! 助けてくれ……!」
ミザリオルの重力に吹き飛ばされ、すでに立つことも出来なくなっていた兵衛門とゼツエイが叫ぶ。
「僕が……」
次郎太がなおも戸惑っていると、その隣でベルゼエグゼスが声を上げた。
「お前にそれが出来るのか? ならばわらわはお前達に賭けるぞ!」
その口から紫電の光線が発射され、沙耶を捉える巨大な氷の柱に命中する。だが、それは全く微動だにしなかった。
「無傷とは! さすがは三大脅威の作った物か! だが、知ったことか!」
「ありがとう」
なおも光線を発射しようとする少女の頭を次郎太はそっと撫でた。ベルゼエグゼスは光線を撃つのを止め、見上げる。そこには決意を固めた少年の姿があった。
「沙耶姉は僕が守るよ」
次郎太は静かに氷の柱へと近づいていく。
「僕は何を迷っていたんだ。沙耶姉を守る。そう決めていたのに……そのためには、どんな力だって知ったことじゃないじゃないか!」
その右手に青と黒の混じった炎が吹き上がり、そこに巨大な剣が形成される。
「僕は沙耶姉を守る! それだけだ! こんなものをおおお!!」
次郎太は剣を振りかぶり、それを氷の柱へと叩きつけた。
圧倒的な存在感を持っていた氷の柱がいとも容易く横に一閃され、ずれ落ちるように倒れていく。さらにその衝撃はそれだけに留まらず青い炎とともに上へと伝達していき、氷の柱は連鎖的に次々と粉々に砕けていく。そして、宇宙の星空の中へ氷の粒子となって散っていく。
それをミザリオルは驚愕の思いで見つめていた。
「馬鹿な! 神の氷を砕くとは! これが人間のやることなのでちゅか! いや、これでこそリザラヴェストの信じた人の力というものか」
ミザリオルの認識は半分正解で半分間違っていた。それは半分は次郎太の意思が起こした力であったが、もう半分はカオスギャラクシアンの与えた力だったからだ。
だが、そんなことはもう関係ない。
「どちらにせよこれで終わりなのでちゅよ!」
ミザリオルは遠い過去へと行こうとする思いを振り切り、すぐに上昇を再開する。
巨木の中を砕きながら伝っていった衝撃は、次郎太の思いとともに頂点へとたどり着き、そこに囚われていた沙耶の心へと届いた。
「次郎太……」
その思いは沙耶に残された僅かの意識を呼び覚ます。その耳に戦うべき敵の声が届く。
「この糞があああ! いい加減に終われええええ!!」
沙耶の力を失ったかのように漂っていた体に、ミザリオルの炎の拳が迫っていく。
その瞬間、沙耶は再び覚醒した。体を回転させて体制を立て直し、光の拳で神の炎を迎え撃つ。
「終わるのはお前だああああ!」
炎と光が激突する。
「全ての力をこの一撃に賭けて!」
「お前の全てなど所詮はちっぽけな物なんでちゅよ! どれほどかき集めようと無駄は無駄ァ!」
「そんなことはない! あたしの中にはみんなの思いがあふれてる!」
「ハンッ、造られた存在ごときが神に逆らおうなどと!」
光と炎がせめぎ合う。沙耶の光が押されていく。
「生意気なのでちゅよおおお!!」
「くっ、うっ……」
「ハッ、無力無力無駄に無力! おとなしく三兆度の炎で消し炭となれええい!」
「お前の炎が三兆度なら……あたしの光は五兆光年だあああ!」
「わけの分からない戯言を……言うなああ!」
「くっ、あたしの中の全ての力、全ての思いを今出し切れええええ!」
沙耶は自らの中にある全ての物を力と変えて出し切ろうとする。それは二十年前にブラックホールを封じたあの時と同じ感覚だった。
そう気づいた時、不意に沙耶の意識にある声が届いた。
<そして、あなたはまた同じ方法で虚無を封じるの?>
「え……?」
沙耶は目を向ける。自らの意識の深淵へと。
そこにいたのは沙耶だった。二十年前の虚無を封じた沙耶がそこにいた。それは虚無に侵食されていない穏やかな顔をしていた。
<全てを出し切って、また別れるの? 今度はみんなと>
少女は優しく寂しい笑みを浮かべる。沙耶はいやいやをするように首を横に振る。
「嫌だ。もうあたしは別れたくない。二十年前のあの時のようには。帰ってくるって……約束したんだから……」
<じゃあ、あなたはここで全てを出し切るべきじゃない。帰ろう、みんなのところへ>
「あたしは……あたしは……」
沙耶の光が乱れ、萎んでいく。勢いを弱めたその光を神のメギドの炎が容赦なく打ち砕いていく。
その風圧と衝撃に沙耶の体は落ちていく。力を失いただ真っ直ぐに。みんなが見守っている光の場所へ向かって。
「ごめん、みんな……」
沙耶の目から涙が溢れる。
それは宇宙の星空の中であまりにも小さな水滴となって散っていった。
「ただいま、みんな。決着をつけてきたよ」
「お帰り、沙耶姉」
「よく頑張ったな」
「お前は私の誇りだ」
「凄いものだな。さすがはゼツエイ博士の作った破壊兵器。見直したぞ」
「いや、沙耶はもう私の兵器ではない。私の手などとうに離れ、沙耶は沙耶自身の力で勝利を掴んだのだ」
「そうなのか? わらわにはよく分からんな」
ベルゼエグゼスは沙耶の力を測るようにじっと見る。
次郎太は沙耶に手を差し伸べた。
「もう全部終わったんだよね、沙耶姉。じゃあ、帰ろう」
「うん」
沙耶は笑顔になってその手を取ろうとする。その時、緊張に走る飛鳥の声を聞いて沙耶はその手を止めた。
「いいえ、まだよ。まだ終わってはいないわ。あなたの仕事はね」
飛鳥の殺し屋としての冷たい視線が沙耶を捉え、その手の銃が向けられる。
「どういうことだ?」
「お前、まだ沙耶と戦うつもりで!」
「飛鳥ちゃん……」
飛鳥は手を止めない。その銃の狙いを付けていく。
「沙耶ちゃんの戦いはまだ終わっていない。そう言っているのよ!」
「飛鳥、止めろ!」
引き金が引かれ、銃声が響く。その銃弾は沙耶の肩の上を越え、その背後の暗闇へと飛んでいき、そこで不意にかき消えた。
「なるほど。あの時あたちを撃ったのはチミの銃だったのでちゅか。これはお返しでちゅ」
よく聞き覚えのある声とともに、暗闇から返ってきた銃弾がそのまま飛鳥の腕を貫いていった。
その声と起こった事態にみんなが驚愕する。
「くっ!」
「飛鳥!」
「大丈夫、こんなのかすり傷だから……」
その言葉とは裏腹に飛鳥は痛みに顔をしかめている。兵衛門が自分の服の袖を引きちぎり、飛鳥の腕へ巻いて応急措置をした。
「何だよ、これ。何なんだよ!」
次郎太が焦り見つめる星空の中に小さなブラックホールが開かれ、そこに恐るべき神の姿が現れる。
「すぐには殺しましぇんよ。チミ達はこれから起こる出来事の見届け人となるのでちゅからね」
疲れきった沙耶に対し、余りにも平然としたその態度。銃弾を掴み投げ返した指を遊ぶかのように動かし、そして、余裕のある笑みを浮かべて見せた。
その姿に沙耶ですらも絶望を隠せずに見つめてしまう。
「どうして? 確かに倒したはずなのに……」
沙耶は気持ちで負けようとする体を必死に奮い立たせる。ミザリオルは凶暴な強い意思を持った瞳でそれを見返した。
「確かにあれには驚きまちたよ。この神が実に命の危険まで感じてしまうとは実に何万年ぶりのことでしょうか。神々の手から人に世界が委ねられたアクエスタワーの戦い以来のことかもしれましぇん。しかし、あの時ふと気づいたのでちゅよ」
「気づいた?」
ミザリオルの瞳が沙耶から次郎太の方へと向けられる。
「そこのお兄しゃんがやって見せてくれたことをね。チミも見ていたはずでちゅよ。ブラックホールに入ってまた出てくるという芸当をね。あたちはただそれを真似てやってみた。ただそれだけなのでちゅよ。自分が出やすいようにうまく穴の大きさを調節してね。感謝しましゅよ。チミのおかげであたちはあの場所から命からがらでも逃げる方法を思いついたのでちゅから」
「そんな……僕のせいで沙耶姉の戦いが……」
その言葉に次郎太は絶句してしまう。ミザリオルは指で自分の赤い髪をいじりながら、笑いを浮かべた。
「皮肉な運命もあったものでちゅね。神が死にかける、神が逃げる、それもまた実に滑稽なことでちゅ」
そこまで言って、髪をいじるミザリオルの指先が止まり、その顔から笑みが消えた。そして、すぐにその表情が憤怒の形相へと取って変わった。
「ふざけるなよ!! このゴミ虫が!! グラヴィティストライク!!」
「キャアアアア!」
沙耶は全くなすすべもなく防御すら出来ないまま足元から吹き上がる重力に突き上げられ、星空高くまで飛ばされていった。
「沙耶姉!」
次郎太はそれを見上げることしか出来なかった。
ミザリオルは綺麗な花火でも見るかのように星空を見上げた。
「どうでちゅか? ただ重いだけの力の味は。これだけでは終わらせましぇんよ! 神の裁きを受け入れ消えよ! アークサンダーボルト!」
沙耶に向かって幾筋もの雷の光線が伸びていく。
「よけろ! 沙耶!」
ゼツエイが叫ぶ。
だが、沙耶にはもうそれを避ける力は残っていなかった。雷が次々とその小さな体に直撃していく。
「ひゃははは! もう弾く力も残っていないんでちゅか! この阿保たれめ! いい気になって神に逆らうからこのような目に合うのでちゅよおおお!」
ミザリオルはさらに調子に乗って次々と雷を打ち出していく。沙耶はなすすべもなくそれを食らっていく。
「駄目だ! 沙耶にはもう力が残っていない!」
「くそっ、見ていられるか!」
兵衛門とゼツエイはなおも執拗に攻撃を続けていくミザリオルに向かって飛びかかっていく。
「外野は黙って見ていればいいのでちゅよ!!」
だが、その体は彼女が睨んだだけで発せられた重力に吹き飛ばされていった。
「あいつがボロ雑巾のようになっていくのをただ素直にねえ!」
倒れ落ちていく二人を見送って、ミザリオルは再び沙耶を見上げ、雷の攻撃を繰り出していく。
次郎太は震えながらそれを見ていることしか出来なかった。だが、その忍耐ももう限界だった。自分の右手を見つめる。
「この力を……使うしかないのか……」
沙耶に使うなと止められたこの力。ミザリオルと同じ三大脅威の一人であるカオスギャラクシアンから与えられた重力をも斬る剣カオスブリンガー。
次郎太はそれを使おうと決意し、手に力を込めようとした。その時、ベルゼエグゼスが言った。
「あれが三大脅威の力なのか。わらわ達とはまるで違う。化物ではないか!」
「化物……!」
その言葉に次郎太ははっと我に返って横を見た。ミザリオルを見る沙耶に似た少女の瞳は怯えていた。この力を使えば自分もその化物と同じになってしまう。そのようなことを沙耶は望んではいなかった。
「もう止めてくれ!」
次郎太はもうただそう叫ぶしか出来なかった。その彼の目の前で神はとどめとばかりに一際大きな雷を打ち上げた。
そして、しばらくぶりの静寂が訪れた。次郎太は神が願いを聞いてくれたのかと思った。だが、すぐにそれが甘い希望に過ぎないことを思い知る。
「まだチリになりましぇんか。さすがに頑丈でちゅね。しかし、これで終わりでちゅよ。フリージング!!」
沙耶に向かって巨大な氷の柱が伸びていく。まるで宇宙に巨大な大樹が育ちそびえ立っていくかのように。
その先端が瞬く間に沙耶に届き、その時間と空間を凍らせる。もう完全に詰んでいた。
絶望の思いに囚われる次郎太の前で、神の右手が赤く燃えた。
「これで終わりにしましゅよ。この3兆度の炎でね!」
そして、ミザリオルは氷の柱を昇っていった。沙耶にとどめを刺すために。
今の沙耶は力を無くし、その動きも封じられている。逃れる手段は何もない。
次郎太もまたどうすることも出来ず、ただそれを見上げることしか出来なかった。
呆然と立ち尽くす彼の足元に不意に固い何かがぶつかった。次郎太はそれを見下ろした。そこにあったのは銃だった。
なんでこんな物がこんなところに。それを理解するよりも前に声が届く。
「次郎太君! それを使って! 沙耶ちゃんを助けて!」
次郎太はそちらの方を見る。悲痛そうな必死な顔をした飛鳥と目があった。その腕からは抑えながらも血が流れ出していて、彼女自身ではしばらく銃を持って腕を上げることは不可能であることを伺わせた。
「僕が……沙耶姉を助ける……?」
「そうじゃ! お前が沙耶を守るのじゃ!」
「沙耶を! 助けてくれ……!」
ミザリオルの重力に吹き飛ばされ、すでに立つことも出来なくなっていた兵衛門とゼツエイが叫ぶ。
「僕が……」
次郎太がなおも戸惑っていると、その隣でベルゼエグゼスが声を上げた。
「お前にそれが出来るのか? ならばわらわはお前達に賭けるぞ!」
その口から紫電の光線が発射され、沙耶を捉える巨大な氷の柱に命中する。だが、それは全く微動だにしなかった。
「無傷とは! さすがは三大脅威の作った物か! だが、知ったことか!」
「ありがとう」
なおも光線を発射しようとする少女の頭を次郎太はそっと撫でた。ベルゼエグゼスは光線を撃つのを止め、見上げる。そこには決意を固めた少年の姿があった。
「沙耶姉は僕が守るよ」
次郎太は静かに氷の柱へと近づいていく。
「僕は何を迷っていたんだ。沙耶姉を守る。そう決めていたのに……そのためには、どんな力だって知ったことじゃないじゃないか!」
その右手に青と黒の混じった炎が吹き上がり、そこに巨大な剣が形成される。
「僕は沙耶姉を守る! それだけだ! こんなものをおおお!!」
次郎太は剣を振りかぶり、それを氷の柱へと叩きつけた。
圧倒的な存在感を持っていた氷の柱がいとも容易く横に一閃され、ずれ落ちるように倒れていく。さらにその衝撃はそれだけに留まらず青い炎とともに上へと伝達していき、氷の柱は連鎖的に次々と粉々に砕けていく。そして、宇宙の星空の中へ氷の粒子となって散っていく。
それをミザリオルは驚愕の思いで見つめていた。
「馬鹿な! 神の氷を砕くとは! これが人間のやることなのでちゅか! いや、これでこそリザラヴェストの信じた人の力というものか」
ミザリオルの認識は半分正解で半分間違っていた。それは半分は次郎太の意思が起こした力であったが、もう半分はカオスギャラクシアンの与えた力だったからだ。
だが、そんなことはもう関係ない。
「どちらにせよこれで終わりなのでちゅよ!」
ミザリオルは遠い過去へと行こうとする思いを振り切り、すぐに上昇を再開する。
巨木の中を砕きながら伝っていった衝撃は、次郎太の思いとともに頂点へとたどり着き、そこに囚われていた沙耶の心へと届いた。
「次郎太……」
その思いは沙耶に残された僅かの意識を呼び覚ます。その耳に戦うべき敵の声が届く。
「この糞があああ! いい加減に終われええええ!!」
沙耶の力を失ったかのように漂っていた体に、ミザリオルの炎の拳が迫っていく。
その瞬間、沙耶は再び覚醒した。体を回転させて体制を立て直し、光の拳で神の炎を迎え撃つ。
「終わるのはお前だああああ!」
炎と光が激突する。
「全ての力をこの一撃に賭けて!」
「お前の全てなど所詮はちっぽけな物なんでちゅよ! どれほどかき集めようと無駄は無駄ァ!」
「そんなことはない! あたしの中にはみんなの思いがあふれてる!」
「ハンッ、造られた存在ごときが神に逆らおうなどと!」
光と炎がせめぎ合う。沙耶の光が押されていく。
「生意気なのでちゅよおおお!!」
「くっ、うっ……」
「ハッ、無力無力無駄に無力! おとなしく三兆度の炎で消し炭となれええい!」
「お前の炎が三兆度なら……あたしの光は五兆光年だあああ!」
「わけの分からない戯言を……言うなああ!」
「くっ、あたしの中の全ての力、全ての思いを今出し切れええええ!」
沙耶は自らの中にある全ての物を力と変えて出し切ろうとする。それは二十年前にブラックホールを封じたあの時と同じ感覚だった。
そう気づいた時、不意に沙耶の意識にある声が届いた。
<そして、あなたはまた同じ方法で虚無を封じるの?>
「え……?」
沙耶は目を向ける。自らの意識の深淵へと。
そこにいたのは沙耶だった。二十年前の虚無を封じた沙耶がそこにいた。それは虚無に侵食されていない穏やかな顔をしていた。
<全てを出し切って、また別れるの? 今度はみんなと>
少女は優しく寂しい笑みを浮かべる。沙耶はいやいやをするように首を横に振る。
「嫌だ。もうあたしは別れたくない。二十年前のあの時のようには。帰ってくるって……約束したんだから……」
<じゃあ、あなたはここで全てを出し切るべきじゃない。帰ろう、みんなのところへ>
「あたしは……あたしは……」
沙耶の光が乱れ、萎んでいく。勢いを弱めたその光を神のメギドの炎が容赦なく打ち砕いていく。
その風圧と衝撃に沙耶の体は落ちていく。力を失いただ真っ直ぐに。みんなが見守っている光の場所へ向かって。
「ごめん、みんな……」
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