34 / 38
第34話 マホッテの訪問 迎えるソフィー
しおりを挟む
ミリエルがこうしてみんなと一緒に洞窟の中で冒険を続けている頃、ソフィーは家で用事をしていた。
天気のいい休日だ。いろいろやるには過ごしやすい日だった。夫のクレイブは外で薪割りや家畜の世話をしている。
ソフィーがテーブルの花瓶に活けた花を整えていると、玄関の方で呼び鈴が鳴った。
「はあい」
今日は特に誰とも約束をしていないが誰が来たのだろうか。玄関を開けて顔を出してみると、そこにいたのは全く予想もしなかった人物でソフィーは驚いて息を飲み込んで目を見開いてしまった。
10数年ぶりに会う少女はあの日より少し成長した姿で、あの頃と変わらない真面目で几帳面さを感じさせる仕草で話しかけてきた。
「久しぶりね、ソフィー」
「あなたこそ。随分と懐かしいじゃない」
優しい天気のいい日の風が吹く。
眼鏡を掛けた知的な印象を与える顔に柔らかい笑みを浮かべ、魔法使いの三角帽子を被った彼女と会うのはクレイブとの結婚式以来のことだった。
魔法の才女と謡われた少女マホッテ。かつてはともに長く厳しい旅をしながらも魔王を倒してからはとんと疎遠になった彼女がどういう気まぐれかここを訪れていた。
「どうぞ、上がって」
「お邪魔するわ」
久しぶりに再会する仲間にソフィーは緊張と興奮を覚えながら、彼女を屋敷の中へと案内した。
テーブルの席について帽子を脱いだマホッテに紅茶を出して、ソフィーはそわそわしながら対面に座った。
かつて冒険をしていた頃は子供がついてきたと思ったものだが、マホッテの幼さを感じさせる印象はその時のままだった。
あれからお互いに十数年の月日を過ごしたが、お互いの関係は変わらない。ソフィーはあの頃を思い出しながら話をした。
「久しぶりね、マホッテ。今まで何をしてたの? あ、クレイブも呼んできた方がいいかしら。会いたいわよね?」
「結構よ。わたしはあなたに会いに来たのだから」
「そう」
ぴしゃりと言われ、ソフィーは席に座り直す。マホッテの感情よりも合理性を優先するやり方はあの頃のままで、ちょっと嬉しくなってしまった。
マホッテは眼鏡の奥の瞳を冷静に向けて言ってくる。
「わたしが来た目的はただ一つ。魔道の探求よ」
「あなたはまだそれを求めているのね。もう魔王は倒したのに」
「魔王が倒れても、魔が完全に無くなったわけではないわ。数は減ってしまったけど」
マホッテは変わらずだった。ソフィーは昔を思い出す。
彼女は魔の道を求め、当時は高名な魔道士だと謡われていたソプラに弟子入りしていた。
あの魔王の討伐に向かう冒険の途中でクレイブとソフィーがソプラの住居を訪れた時、偉大な老魔導士は若造なんかに手は貸せないと断った。
代わりに手伝いを申し出たのがマホッテだった。
「わたしが手を貸してあげるわ」
「え?」
「魔王のところに行くんでしょう?」
当初の予定とは変わったが、ソプラの薦めもあり、クレイブとソフィーは魔法使いの弟子である彼女を連れて行くことにした。
ラモスは高名な魔道士ではなく子供を連れていくのかと難色を示したが、結果としてマホッテは世界を救う一員として活躍することになった。
魔法の才女と謡われ今では有名になった彼女だが、当時から世界を救うよりも魔の道を究めたいと願っているのは相変わらずだった。
マホッテは紅茶を一口呑んで、その怜悧な顔にほんの少しの暖かさを見せて言った。
「ソフィー、あなたはここで落ち着いたのね」
「ええ、今は結婚して子供もいるのよ。ミリエルって名前で本当に凄く可愛くて良い子なの。今はアルト君と出かけてるけど、帰ってきたら紹介するわね」
「そこまで長居をするつもりは無いわ。子供なんて苦手だし、どう接すればいいかなんてわたしには分からないもの。あのアルト坊やが一貯前に勇者を名乗るようになったようね」
「それだけ時が経ったのよ」
「そうね。退屈と思えた日常だけど周りは確かに動いているわ。あなたは気づいている?」
「何に?」
マホッテの振ってきた話題についてソフィーは考える。
気づくと言えばソフィーには最近薄々と気づいていることが一つあった。だが、それはミリエルに関係することだ。
正確な事が分かるまでは娘を不安に巻き込みたくはない。なので、ソフィーは感情を答えには出さないようにした。
マホッテには悪いと思ったが今だけだ。時が来れば話せることもあるはずだ。
彼女は冷静にこちらを見つめ、紅茶を手に一つ息を吐いてから言った。
「最近魔の物が動き出していることをよ。魔王を倒してからはさっぱり動きが無くなって、わたしは魔王を倒したのは失敗だったかと思っていたのだけど、この世界はまだわたしを楽しませてくれそうね。喜ばしいことだわ」
「そうなの。あなたにとってはそうかもね。今は世界平和についてはアルト君達に一任されているわ」
そしらぬ風に答えるソフィーに、マホッテは再度訊ねてきた。
「あなたは神様に認められた神官なのでしょう? 何か神からそれらしい啓示等は受けていないの?」
「残念ながらそうした啓示は受けていないわね」
それは事実なのでソフィーは素直に正直に答えた。
マホッテは追及することをせずにただ事実として受け取った。
「そう、神にとっては今ある世界はまだ懸念する事態ではないということかもしれないわね」
「いつか大変なことになると思う?」
「それは神に近いあなたの方が分かる事でしょう? だからわたしはこうしてあなたを訊ねてきたのよ」
「それもそうね。残念ながらわたしのところには何もないわね」
「そのようね。世界の行く末なんてわたしにも分からないけど、まだ楽しませてくれることを期待したいところだわ」
話を終えて、紅茶を飲み終わってからマホッテは立ち上がった。
「紅茶をありがとう、美味しかったわ。幸せの家庭の休日に邪魔したわね」
「もう行くの? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「わたしにはあなたの家庭に割り込むつもりは無いもの」
「これからどこに行くの?」
「わたしは魔の探求者。ただ魔を求めて旅をするだけよ」
「ラモスがどこにいるか知ってる?」
ソフィーはマホッテと同じく、あの日以来姿を見せない戦士について訊ねた。
マホッテは遠い目をして答えた。すでに一線を引いて家庭を持ったクレイブとソフィーとは違う場所にいる者の瞳だった。
「彼は力を求めているわ。あの戦いで魔王に力負けしてからより一層その思いは強くなっている。彼がいるならきっとそれが望める戦場でしょうね」
そう言い残して帽子を被り、マホッテは出ていった。ソフィーは玄関で彼女の背を見送った。
久しぶりの再会だというのに喜び合う間もなく、ソフィーは遠く景色を眺めやった。
天気のいい休日だ。いろいろやるには過ごしやすい日だった。夫のクレイブは外で薪割りや家畜の世話をしている。
ソフィーがテーブルの花瓶に活けた花を整えていると、玄関の方で呼び鈴が鳴った。
「はあい」
今日は特に誰とも約束をしていないが誰が来たのだろうか。玄関を開けて顔を出してみると、そこにいたのは全く予想もしなかった人物でソフィーは驚いて息を飲み込んで目を見開いてしまった。
10数年ぶりに会う少女はあの日より少し成長した姿で、あの頃と変わらない真面目で几帳面さを感じさせる仕草で話しかけてきた。
「久しぶりね、ソフィー」
「あなたこそ。随分と懐かしいじゃない」
優しい天気のいい日の風が吹く。
眼鏡を掛けた知的な印象を与える顔に柔らかい笑みを浮かべ、魔法使いの三角帽子を被った彼女と会うのはクレイブとの結婚式以来のことだった。
魔法の才女と謡われた少女マホッテ。かつてはともに長く厳しい旅をしながらも魔王を倒してからはとんと疎遠になった彼女がどういう気まぐれかここを訪れていた。
「どうぞ、上がって」
「お邪魔するわ」
久しぶりに再会する仲間にソフィーは緊張と興奮を覚えながら、彼女を屋敷の中へと案内した。
テーブルの席について帽子を脱いだマホッテに紅茶を出して、ソフィーはそわそわしながら対面に座った。
かつて冒険をしていた頃は子供がついてきたと思ったものだが、マホッテの幼さを感じさせる印象はその時のままだった。
あれからお互いに十数年の月日を過ごしたが、お互いの関係は変わらない。ソフィーはあの頃を思い出しながら話をした。
「久しぶりね、マホッテ。今まで何をしてたの? あ、クレイブも呼んできた方がいいかしら。会いたいわよね?」
「結構よ。わたしはあなたに会いに来たのだから」
「そう」
ぴしゃりと言われ、ソフィーは席に座り直す。マホッテの感情よりも合理性を優先するやり方はあの頃のままで、ちょっと嬉しくなってしまった。
マホッテは眼鏡の奥の瞳を冷静に向けて言ってくる。
「わたしが来た目的はただ一つ。魔道の探求よ」
「あなたはまだそれを求めているのね。もう魔王は倒したのに」
「魔王が倒れても、魔が完全に無くなったわけではないわ。数は減ってしまったけど」
マホッテは変わらずだった。ソフィーは昔を思い出す。
彼女は魔の道を求め、当時は高名な魔道士だと謡われていたソプラに弟子入りしていた。
あの魔王の討伐に向かう冒険の途中でクレイブとソフィーがソプラの住居を訪れた時、偉大な老魔導士は若造なんかに手は貸せないと断った。
代わりに手伝いを申し出たのがマホッテだった。
「わたしが手を貸してあげるわ」
「え?」
「魔王のところに行くんでしょう?」
当初の予定とは変わったが、ソプラの薦めもあり、クレイブとソフィーは魔法使いの弟子である彼女を連れて行くことにした。
ラモスは高名な魔道士ではなく子供を連れていくのかと難色を示したが、結果としてマホッテは世界を救う一員として活躍することになった。
魔法の才女と謡われ今では有名になった彼女だが、当時から世界を救うよりも魔の道を究めたいと願っているのは相変わらずだった。
マホッテは紅茶を一口呑んで、その怜悧な顔にほんの少しの暖かさを見せて言った。
「ソフィー、あなたはここで落ち着いたのね」
「ええ、今は結婚して子供もいるのよ。ミリエルって名前で本当に凄く可愛くて良い子なの。今はアルト君と出かけてるけど、帰ってきたら紹介するわね」
「そこまで長居をするつもりは無いわ。子供なんて苦手だし、どう接すればいいかなんてわたしには分からないもの。あのアルト坊やが一貯前に勇者を名乗るようになったようね」
「それだけ時が経ったのよ」
「そうね。退屈と思えた日常だけど周りは確かに動いているわ。あなたは気づいている?」
「何に?」
マホッテの振ってきた話題についてソフィーは考える。
気づくと言えばソフィーには最近薄々と気づいていることが一つあった。だが、それはミリエルに関係することだ。
正確な事が分かるまでは娘を不安に巻き込みたくはない。なので、ソフィーは感情を答えには出さないようにした。
マホッテには悪いと思ったが今だけだ。時が来れば話せることもあるはずだ。
彼女は冷静にこちらを見つめ、紅茶を手に一つ息を吐いてから言った。
「最近魔の物が動き出していることをよ。魔王を倒してからはさっぱり動きが無くなって、わたしは魔王を倒したのは失敗だったかと思っていたのだけど、この世界はまだわたしを楽しませてくれそうね。喜ばしいことだわ」
「そうなの。あなたにとってはそうかもね。今は世界平和についてはアルト君達に一任されているわ」
そしらぬ風に答えるソフィーに、マホッテは再度訊ねてきた。
「あなたは神様に認められた神官なのでしょう? 何か神からそれらしい啓示等は受けていないの?」
「残念ながらそうした啓示は受けていないわね」
それは事実なのでソフィーは素直に正直に答えた。
マホッテは追及することをせずにただ事実として受け取った。
「そう、神にとっては今ある世界はまだ懸念する事態ではないということかもしれないわね」
「いつか大変なことになると思う?」
「それは神に近いあなたの方が分かる事でしょう? だからわたしはこうしてあなたを訊ねてきたのよ」
「それもそうね。残念ながらわたしのところには何もないわね」
「そのようね。世界の行く末なんてわたしにも分からないけど、まだ楽しませてくれることを期待したいところだわ」
話を終えて、紅茶を飲み終わってからマホッテは立ち上がった。
「紅茶をありがとう、美味しかったわ。幸せの家庭の休日に邪魔したわね」
「もう行くの? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「わたしにはあなたの家庭に割り込むつもりは無いもの」
「これからどこに行くの?」
「わたしは魔の探求者。ただ魔を求めて旅をするだけよ」
「ラモスがどこにいるか知ってる?」
ソフィーはマホッテと同じく、あの日以来姿を見せない戦士について訊ねた。
マホッテは遠い目をして答えた。すでに一線を引いて家庭を持ったクレイブとソフィーとは違う場所にいる者の瞳だった。
「彼は力を求めているわ。あの戦いで魔王に力負けしてからより一層その思いは強くなっている。彼がいるならきっとそれが望める戦場でしょうね」
そう言い残して帽子を被り、マホッテは出ていった。ソフィーは玄関で彼女の背を見送った。
久しぶりの再会だというのに喜び合う間もなく、ソフィーは遠く景色を眺めやった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
嫌われ賢者の一番弟子 ~師匠から教わった武術と魔術、世間では非常識らしいですよ!?~
草乃葉オウル
ファンタジー
かつて武術と魔術の双方において最強と呼ばれた賢者がいた。
しかし、賢者はその圧倒的な才能と野心家な性格をうとまれ歴史の表舞台から姿を消す。
それから時は流れ、賢者の名が忘れ去られた時代。
辺境の地から一人の少女が自由騎士学園に入学するために旅立った。
彼女の名はデシル。最強賢者が『私にできたことは全てできて当然よ』と言い聞かせ、そのほとんどの技術を習得した自慢の一番弟子だ。
だが、他人とあまり触れあうことなく育てられたデシルは『自分にできることなんてみんなできて当然』だと勘違いをしていた!
解き放たれた最強一番弟子の常識外れな学園生活が始まる!
【短編版】神獣連れの契約妃※連載版は作品一覧をご覧ください※
宵
ファンタジー
*連載版を始めております。作品一覧をご覧ください。続きをと多くお声かけいただきありがとうございました。
神獣ヴァレンの守護を受けるロザリアは、幼い頃にその加護を期待され、王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、やがて王子の従妹である公爵令嬢から嫌がらせが始まる。主の資質がないとメイドを取り上げられ、将来の王妃だからと仕事を押し付けられ、一方で公爵令嬢がまるで婚約者であるかのようにふるまう、そんな日々をヴァレンと共にたくましく耐え抜いてきた。
そんなロザリアに王子が告げたのは、「君との婚約では加護を感じなかったが、公爵令嬢が神獣の守護を受けると判明したので、彼女と結婚する」という無情な宣告だった。
異世界楽々通販サバイバル
shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。
近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。
そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。
そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。
しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。
「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
転生したらチートでした
ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!
リューク・オーフェン~未知との遭遇~
トンクル
ファンタジー
中学卒業式の後、少女は異世界に迷い込んだ。
高校生になったら、絶対に友達作るんだから――!
明後日は高校入試。高校に入学してもまた中学と同じ日々が始まるかもしれない。ひとりぼっちの休み時間、無口のまま時が過ぎる。奇数は嫌いだ、一人余って取り残されてしまうから。
クラスメイトが思い出話に花を咲かせる中、月城未知(つきしろ みち)は一人、河川敷を歩き、やけになって川面に石を投げつけた。
捨て鉢になった自分に向き合う物語。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる