巫女てんてこまい

けろよん

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第二章 漆黒の悪霊王

第33話 迎える準備に

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 今日の最後の授業が終わるチャイムが鳴る。
 先生に礼をして着席する生徒達。退室していく先生を見送って、教室がクラスメイト達の雑談で賑やかになった。放課後だ。
 有栖は帰る準備を急ぐ。鞄の中に教科書や文房具やノートを流し込んでいく。
 もうすぐ家に父が帰ってくる。帰ってくる前に自分の方が早く家に帰って、迎える準備をしておこう。
 準備の時間も必要だ。余裕も取っておきたい。
 有栖はそう思って、授業が終わるなり帰り支度を急いだ。

「有栖ちゃん、あたしも後から行くからね」
「はい、芽亜さん」

 のんびりとした声を掛けてくる芽亜とひとまず別れの挨拶を交わし、有栖は教室を飛び出していった。
 廊下を走ると先生に怒られるので早足で移動し、昇降口で靴に履き替えて学校を出る。
 放課後とはいえ、まだ青空の見える時間帯だ。夕暮れになる頃には父が帰ってくるだろう。
 有栖は鞄を握る手の力を強めて、帰り道を急いだ。



 自分は急ぎ過ぎたんじゃないか。有栖はそう思っていたのだが。
 神社に続く階段の下で、ばったり天子と出くわした。
 彼女も学校帰りに来たようだ。学校の制服を着ていた。制服姿の天子を見るのは始めて誘った時以来のことで随分と懐かしく感じられた。
 天子は有栖と同じ高校生なのに、やっぱり子供っぽい有栖より大人びて見えた。
 急いで駆けてきた有栖の姿に苦笑したように天子は言った。

「そう焦らなくても。あんたでも汗って掻くのね」
「すみません」

 自分は焦りすぎたのだろうか。有栖は申し訳なく思ってしまう。
 天子はおかしそうに笑った。

「別に怒ってるわけじゃないの。有栖っていつも落ち着いて見えるから、意外だと思っただけ」
「わたしって落ち着いて見えるんでしょうか」

 有栖には落ち着いている自覚なんて無いし、学校でもそんな風に言われたことは無かったのだが、仕事仲間からは何故かそう見えるようだった。
 気恥ずかしさを抑えるように意識して、有栖は天子と一緒に神社への石段を昇っていく。天子は有栖の隣で石段を昇りながら気さくに話しかけてきた。

「うん、見える。というよりは舞火やエイミーが破天荒に元気すぎるのかしら」
「ああ、そういう見方もありますね」

 破天荒に元気なのは天子も同じだと有栖は思ったのが、こういうのは本人は意外と気づかないものなのだろうか。
 言うようなことでもないので言わないでおいた。元気なのはいいことだ。
 有栖も天子も特に疲れることもなく普通に石段を登り切る。
 鳥居をくぐって境内に着くと、走ってきた仲の良い犬がいた。

「わんわん!」

 式神のこまいぬ太だ。彼は今日も元気だった。元気にご主人様をお出迎えだ。

「こまいぬ太、ただいまー」
「わん!」
「あんたはいつも来るわねえ」

 天子が犬の頭を撫でてやっている。犬も元気に喜んでいる。
 こまいぬ太は犬じゃなくて式神なんだけど、そんなことを気にしている人は神社には多分いないんじゃないかと有栖は思う。
 彼は天子のことがかなり気に入っているようだった。舞火やエイミーが相手だとこんなに喜んではいなかった。
 神社に向かって歩いていく。こまいぬ太が天子の足元についてくる。
 と、天子が立ち止まってしゃがみこんで、足元の犬に話しかけた。

「あたし達は用があるから。遊んでおいで」
「わん!」

 こまいぬ太は元気に走っていって再び境内で遊び始めた。有栖はそれを天子の隣で見ていた。

「天子さんは式神を扱えるんですね」
「そう? あたしって才能があるのかしら」
「こまいぬ太だけど」
「こまいぬ太を使えてもねえ」

 そんな他愛の無い話をしながら歩いていく。
 神社の中に入ると、すでに舞火が来ていて、エイミーと準備を進めていた。
 飾りつけやら掃除やらをしている。
 昨日言っていた父を迎えるパーティーの準備だ。
 見ているこちらの姿に気づいて、飾りつけをしていた舞火が声を掛けてきた。掃除をしていたエイミーも手を止めて振り返った。

「おかえり、有栖ちゃん」
「おかえりなさいです、有栖」
「ただいま」

 舞火は相変わらず優しいお姉さんのように暖かい笑みを浮かべている。
 エイミーも元気な外国人の笑顔をしている。
 安心できる二人の姿に、有栖も気分を落ち着けて話すことができた。

「舞火さん、早いですね」

 エイミーはこの家にいるからいて当然だけど、舞火がもう来ているのにはびっくりした。
 彼女も自分や天子と同じ高校生のはずなんだけど。
 舞火は気の良いお姉ちゃんの笑みを崩さないまま気楽に答えた。

「午後の授業休んで来ちゃった」
「いいんですか? そんなことして」

 有栖としては驚愕するしかない。
 授業とは休んではいけないものだ。もしさぼったら、先生や親に酷く怒られてしまう。
 有栖はずっとそう信じていたのだが、舞火の態度は気楽だった。

「高校の教育は義務じゃないのよ。権利を使っていいの。高校の授業なんてテストで赤点を取らずに単位さえ取っていればいいのよ」

 そんな物なのだろうか。舞火の大人の考えは有栖には理解できないところもあるが、彼女がいいと言っているのだから、有栖がどうこういう筋合いは無かった。
 納得しようとした有栖だったが、横から天子が注意を促してきた。

「有栖はこんな駄目な大人になっちゃ駄目よ。授業にはちゃんと出ないと駄目だからね」
「はい、分かっています」

 舞火に聞こえないように小声で答える。
 有栖は別に舞火を駄目な大人だとは思っていなかったが、天子の言いたいことはよく分かったので頷いた。
 やはり授業には出ないと駄目なのだ。
 また明日から学校を頑張ろう。そう決意する有栖だった。



 いろいろ準備をしていると夕暮れはすぐに訪れてきた。
 飾りつけも終わり、料理もすぐ出せるようにして、手の空いた有栖達は広間のテーブルを囲んで座っていた。
 舞火が時計をチラッと見てから訊いてくる。

「お父さん、何時に帰ってくるって?」

 有栖も時計をチラッと見てから答えた。

「もうすぐ帰ってくると思うんですが……」
「しりとりでも」

 しましょうかとエイミーが言いかけた時だった。神社の電話がいきなり鳴った。
 まあ、電話がいきなり鳴るのは当然なのだが。予兆のある電話ってどんなのだ。有栖は気分を落ち着けるように息を吐いた。
 電話のすぐ傍にいたエイミーがすぐに受話器を取った。後輩の彼女は仕事で電話番をすることが多かったので、その姿も様になっていた。

「はい……はい……了解であります!」

 電話はすぐに終わった。エイミーは受話器を置くなり、みんなの方を見て大発表を行った。その瞳は煌めいていて、良い報せなのはすぐに分かった。

「ゴンゾーからです。もうすぐ帰ってくるそうです」
「「「おお」」」

 舞火と天子が感嘆の声を漏らし、仕事から帰ってくる父を迎えるのには慣れているはずの有栖もついつられてしまった。
 だが、この帰還はやはり特別な物なのだろう。今の有栖には仲間がいるのだから。
 その仲間達も顔に緊張を現していた。

「いよいよ会うのね。有栖ちゃんのお父さんに」
「何で舞火が緊張するのよ。別に軽く挨拶するだけでしょ」
「あんただって」
「ミーはゴンゾーに会うの久しぶりです」
「座っててもしょうがないし、外で迎えることにしましょう」

 舞火がそわそわとしながらそう言うので、みんなで外で出迎えることにした。
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