夜のヴァンパイア

けろよん

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第一章 闇の目覚め

第12話 辰也の罠

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 賑やかだった祭りも日が暮れてきて、何とか無事に終わりそうだった。
 廊下の水道で手を洗いながら、ひかりはため息を吐いていた。

「はあ、疲れた……」

 あれからチラシ配りはもういいから、接客の方をやれと言われてしまった。
 自分に合わないことをやらせてクラスメイト達は楽しんでいるのだろうか。
 客には変に受けていてみんな優しかったけど……

「もうみんな、ちょっと町にヴァンパイアが現れたぐらいのことで本気を出しすぎでしょ」

 ただの祭りだ。仕事じゃない。でも、どうせやるならテキパキとした仕事ぶりを見せつけてやりたかった。
 どうすれば理想の自分を演じられたのだろうか。
 ひかりは自分のヴァンパイア喫茶の服装を摘まんで考えてみる。
 ヴァンパイアとして接客する自分。お客さん達で店はとても賑やかだ。そこにテロリストが踏み込んでくるのだ。

「いやいや、踏み込んでこないでよ……」

 頭を振って妄想を振り払う。
 そこに声を掛けられた。

「良かった。まだ君が残っていてくれて」

 クラスメイトかと思って振り返ったが、精悍な大人びた顔をした彼は生徒会長の辰也だった。ひかりは慌てて居住まいを正した。
 生徒会長が声を掛けてくるなんて思わなかった。
 何か自分に不手際があって怒られるのだろうか。ひかりは心配になったが、廊下に差し込む夕日に照らされる今日の彼は優しい紳士のように見えた。

「あの、何か用……ですか……?」

 戸惑いながら訊ねる。
 言い終わる間もなく、彼に手を掴まれた。
 ひかりはびっくりしてしまうが、彼の眼差しは優しかった。

「君に来て欲しいんだ。いいね?」
「はい」

 何かがおかしいとは思ったが、ひかりはうなずいた。
 そもそも格下の一委員に過ぎない自分が、年上のしっかりした生徒会長の言葉に逆らえるはずもなかった。
 ひかりは手を引かれるままについていく。



 ひかりが連れて来られたのは薄暗い倉庫のような部屋だった。

「あの、ここで何を?」

 委員として何か雑用を押し付けられるのだろうか。ひかりに思いつくのはそれぐらいのことだった。

「君に話があってね」
「はあ」

 ひかりは先に入らされ、辰也は後ろ手にドアを閉めた。
 ひかりは警戒を強めていた。こんな場所に連れてこられて、冷静に考えれば生徒会長が自分のような小者に用があるはずが無かった。
 辰也は残忍さを感じさせる笑みを浮かべて、ひかりを睨んできた。

「まさか君が本当にヴァンパイアだったとは思わなかったよ!」
「あの、これはコスプレで……」

 ひかりは自分の恰好のせいでそう誤解されたのだと思ったのだが……辰也の強気の視線は変わらなかった。
 彼が近づいてくる。ひかりは下がろうとして後ろの壁に背中が当たってそれ以上は下がれなくなってしまった。
 容赦のない辰也の力強い手のひらが、ひかりの顔の横の壁を力強く叩いた。ひかりはびっくりしてすくみ上ってしまった。
 すぐ間近から見下ろしてくる辰也の視線から目を逸らせない。彼が囁くように語りかけてくる。

「もう分かっているんだ。君が俺のお爺様を倒したのだろう? その小さな体でよくやってくれる」
「お爺様?」
「辰也は竜帝の孫なのよ」

 答えたのは辰也ではなく、部屋の暗がりから現れた箒だった。気配に全く気付かなかった。
 彼女は気さくな調子で片手を振った。

「やあ、昨日は楽しかったね。ひかりちゃん」
「箒、来ていたのか」

 彼女に気が付いて、辰也はひかりから離れてくれた。ひかりは腰を抜かして座り込んでしまった。
 箒と辰也が話をしている。
 その声がひかりの耳に入ってくる。

「今夜はまだ辰也の番じゃないと思ったけど」
「くだらん。なぜ俺が弱者どもの決めた順番など守らねばならない。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」
「それで彼女を連れてきて脅していたってわけ?」
「勘違いするな。戦いの前に話をしようと思っただけだ。打ちのめした後では喋る物も喋れなくなっているだろうからな。もっとも今はもうそんな興味も失せたがな」

 辰也が視線を向けてくる。それは帝王が弱者を見下す視線だ。ひかりは抵抗しようとするが、人としての自分にはとてもそんな力は無かった。

「もうすぐ夜が来る。だが、俺はお前のルールでは戦わん。俺がその気になるまで、おとなしくしていることだな」

 辰也は鼻で嘲笑を残し、踵を返して部屋を出ていった。ひかりが座り込んで見ていると、箒が笑みを向けてきた。

「まあ、そう難しく考えることは無いって。恐かったらすぐに降参すればいいから。辰也は弱い奴には興味が無いからね」

 彼女も去っていく。
 一人残されたひかりは膝を抱えてうつむいた。


 
 このまま夜まで待つのだろうか。
 夜さえ来れば変身して逃げられるだろうが、ひかりは事態をそれほど楽観視してはいなかった。
 生徒会長ほどの人が何かの隙を残していくとは思えない。小さな窓から差し込む夕暮れの光が徐々に夜の暗闇を帯びてくる。
 案の定、扉は日が暮れきる前に開かれた。
 だが、入ってきた人物が予想と違って、ひかりは驚いた。

「師匠! 大丈夫ですか?」

 現れたのが狼牙でひかりはびっくりした。

「どうして」
「俺、鼻が良いんで」
「人が来る前に行くぞ。早くしろ」

 入り口から催促してきたのは紫門だった。

「紫門君まで」

 ひかりは迷ったが行くことにした。ここで尻込みしていたら助けに来てくれた人達に申し訳がない。
 だが、外へ出たところで立ちはだかった少女がいた。

「その子を連れていってもらっては困るんだけど。迎えに行けと言われたあたしはどうすればいいってのよ」

 灰羽箒だ。戦い慣れした二人を前にしても全く余裕を崩していない。
 紫門は冷静に、狼牙は喧嘩腰で相手に向かって言った。

「連れていったのはお前達の方だろう」
「そうだそうだ。師匠に勝てないからって卑怯な手を使いやがって」

 箒は三人を順に見て、正面に視線を戻した。

「ここには結界が張ってあったはずなんだけど、何で通れたのかしら」

 軽い疑問に紫門と狼牙は答えた。

「結界破りは得意技なんでね」
「師匠を見つけたのは俺の鼻だぞ!」

 狼牙は自分の仕事だとアピールする。紫門はわずらわしそうに眉根を寄せた。
 箒は薄く微笑んだ。

「そう、あなた達も魔の関係者ってわけ。何となくそんな気配は感じていたけど」
「俺もだ」

 自信を持って言う紫門に、狼牙は訊ねる。

「俺は?」
「お前はひかりの玩具だろう」
「玩具じゃねえ!」
「なら遠慮はいらねえな!」

 二人の小言には耳を貸さず、箒の姿がハーピーの物へと変化する。紫門と狼牙も戦いの構えを取った。

「それがお前の正体か」
「師匠の受けた借りは俺が返すぜ! 見ていてくれよな、師匠!」

 ひかりとしては頷くことぐらいしか出来ない。
 箒は戦いを始める前にひかりに声を掛けてきた。

「あたしは戦うつもりは無いんだけどな。もう勝負には負けてるし、早く連れていかないと怒られてしまうわ。ひかりちゃん、あなたがおとなしくついてくるなら、こいつらは見逃してやってもいいんだけど」

 箒の挑発にも似た言葉にひかりは何も言うことが出来なかった。
 言う前に戦闘はすでに始まっていた。紫門と狼牙が飛び出す。

「そうはいくか!」
「いい恰好を見せるのは俺だ!」
「仕方ねえな。来な、フランケン」

 ハーピーは自分では戦わなかった。指を鳴らすと地響きを立てて巨大な人影が現れた。
 それは機械と石のような肌とが合わさって出来たような巨人、フランケンだ。
 紫門と狼牙は警戒して、前に出ようとした足を止めた。

「こいつは!」
「でくの棒か!」
「フランケンよ」
「……」

 フランケンは無言で両方の手を紫門と狼牙へとそれぞれ向けた。直後、電撃の尾を引いて腕が発射された。

「何!?」
「くそ!」

 予期せぬ攻撃に、紫門と狼牙は捕まって遠くまで飛ばされていってしまった。
 フランケン本体もひかりの頭上をジャンプで跳び越え、二人の後を追っていった。
 舞い上がる土煙にひかりは目を閉じる。開けると目の前にはハーピーがいた。

「夕方だとまだ力が出せないかな? ひかりちゃんは」
「どうしてそのことを?」

 夜にしか変身出来ないことは箒には伝えていないはずだった。

「簡単なことよ。見れば分かる」
「見れば……?」
「あなたの態度、その行動があたしの推測を確信へと変えさせる。言ったでしょ? 目が良いんだって」

 ハーピーの瞳がひかりをじっと見つめてくる。それはあらゆる誤魔化しを見逃さない瞳だ。
 遠くで紫門達とフランケンが戦っている音がする。

「あの二人も時間があればあたしが戦っても良かったんだけどね。残念ながら今回の仕事はあなたのお迎えなの。さあ、行こうか、お嬢ちゃん。返事は聞いてないけどな!」

 ハーピーは飛び立つ。ひかりはなすすべもなく大空へと連れ去られていった。



 紫門と狼牙はフランケンを相手に後退を余儀なくされていた。
 強さはそれほどではない。だが、とにかくしぶとい。痛みを気にせずひたすら前進してくる相手はやっかいだ。
 電撃とともに飛来してくる腕を紫門と狼牙はそれぞれに回避する。
 時間を掛ければ倒せるだろうが、今はその時間が惜しい。紫門は仕方なく隣の狼牙に話しかけた。

「あいつの相手を任せてもいいか?」
「あん?」

 紫門の声に狼牙は不機嫌そうに答える。

「お前の実力を評価しているんだ。あいつを一人で倒せたらひかりも褒めてくれるだろうな」
「師匠が俺を?」
「それとも俺の助けが無いと無理か? 一人では勝てないっていうなら、仕方ないが俺が手助けをしてやるが」
「ふざんけんなよ。俺があんな奴に遅れを取るわけが無いだろう!」

 狼牙は迫ってくるフランケンの巨体を鋭く睨み付けた。
 フランケンが吠える。

「ウオオオオオオ!」

 その巨体に見合った大きな声が辺りを震わせる。だが、ここには誰もそれを恐れる者はいない。

「そこまで見込まれては仕方ねえな。この俺の強さを見ていやがれえ!」

 狼牙は爪を立てて向かっていく。紫門は冷静に見送って、ひかりの連れ去らわれた方角へと足を向けた。

「じゃあ、後は任せたからな」

 気づいたフランケンがそちらへ腕を向けようとするが、しがみついた狼牙がその腕に噛みついて妨害した。

「どこを見ていやがる。お前の相手は俺だぜ!」

 フランケンの眼光が狼牙を睨む。狼牙も負けじと睨み返す。

「走って追いつけるか……?」

 戦いの喧騒を後に紫門は駆け出した。



 帰宅する者達が出始め、祭りも片づけの時間が近づいてきた夕暮れ時。
 遠くから祭りとは違う喧騒が聞こえてきた。何でも誰かが乱闘をしているらしい。
 近くにいる者達がそう噂しているのを耳にして、不二は静かな瞳でそちらを見やった。

「やれやれ無粋なことですね。こんな時でも静かにしていられないとは」
「あの、お代は500円になります」

 不二の買ったたこ焼きの代金を店番の女子生徒が請求する。不二の静かな瞳がそちらを見つめ、女子生徒の顔が赤く染まった。

「お金ですか。こんな物を欲しがるなんて変わった民族です」

 柔らかな微笑。不二の手から炎が燃えてその炎は500円玉へと変化した。不二の顔と瞳に見とれていた女子生徒はそれに気づかなかった。
 ただ陶然として渡されたお金を受け取った。

「ありがとうございます。キャー、今の人凄くかっこ良かったー」

 背後の嬌声など不二は意に返さない。

「さて、祭りもそろそろ終わりでしょうし、私も自分の仕事を始めるとしましょうか」

 ただ静かにその場を立ち去っていった。
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