ベッド会議

けろよん

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第5話

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「ふう……何事もなかったようで良かった」

 どうも寝心地が良すぎて最近夢を見やすくなった気がする。あるいは起きている時もベッドの事を考えているせいだろうか。

「起きてちゃんと頑張らないとな」

 俺は落ち着いていつものようにリビングのソファに座ろうとして

「あ、お兄ちゃん。そこに座ると危ないよ」
「え!?」

 台所から顔を出した妹にいきなり注意されて慌てて下ろしかけた腰を上げてソファを見下ろした。

「う……うーん……」

 妹の言った意味はすぐに分かった。そこには女の子が眠っている。
 形のいい瞼を瞑って口をむにゅむにゅさせている。そこにいた外国の美少女は俺のよく知っている

「社長! 社長じゃないですか! なんでここにいんの!?」

 確か彼女は朝から俺のベッドを取りに来て……一人で運べる物ではないから業者に依頼したのだろうか。それから……どうしてこうなった。
 事情は妹が説明してくれた。

「お兄ちゃんがソファで眠っているのを見て自分も試したくなったんだろうね。ちょっと冗談半分で勧めてみたら横になってすぐ寝ちゃった」
「寝ちゃったって、今日会社あるのに。社長、社長ーー」

 よほど寝心地がいいのか社長は呼んでも起きる気配がない。

「どうしたらいいんだ、これ。肩、触っちゃっていいのかな?」
「キスしたら目覚めるかもよ」
「冗談でもそんな事言っちゃいけません!」

 意識しちゃうだろう。社長がいくら可愛いからってそんなマネはできない。それにまだそういう関係でもないしな!
 どういう関係だよ。自分で突っ込んでいて朝から虚しくなってしまう。
 じっとあどけない寝顔から唇にズームインしていると幸いにも? 社長はすぐに目を覚ましてくれた。
 俺はすぐに飛びのいて平常心を意識して表情と姿勢を整える。

「ん? ここは……」
「ここは俺の家です」
「そうか。妹さんに勧められるままにソファに座ってどうやら眠ってしまったようだな」
「社長、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。このソファもだが、家が落ち着くのだろうな」
「俺の家は落ち着きますか」

 ここで『じゃあ結婚しましょう』と言えるほど俺は冗談が得意でも神経が図太くもない。
 社長もそんな気はさらさらないようでいつもの経営者としてのしっかりした顔をして立ち上がった。

「邪魔をしたな。今日はこれから出社だ。またあちらで会おう」
「あ、はい。わざわざここまで来てもらってすみません」
「気にしないでくれ。このソファも良い物だったぞ」

 社長はそう言うと爽やかな笑顔を見せて帰ろうとしたのだが、それを呼び止めたのが我が妹だった。

「あ、社長さん。朝ごはんを食べていきますよね?」
「いや、そこまで厄介になるわけには」
「でも、もう作っちゃったし」

 台所のテーブルを見るとそこにはもう人数分の皿が並んでいた。それを見て社長も受け入れる事にしたようだった。

「では頂こうか」

 そうしてテーブルに向かう社長の背中を俺は見送るのだった。



 三人で囲む朝食の席。俺の隣には社長がいる。何だこれ。会社の忘年会でもこんなに近くに座ったことはないぞ。
 うちの社長は本当に美少女だよななんて意識しているのは俺だけで、社長の瞳は真っすぐに妹の用意した料理の皿に向けられていた。

「何を作ったんだい?」

 俺も気になる。社長の質問に妹は少し考えてから口を開いた。

「ベーコンエッグですよ。庶民の朝食のド定番」
「なんかシンプルだな。もっと凝った物の方がいいんじゃないか?」

 俺がそう言うと妹は首を横に振った。

「お兄ちゃん、この料理のポイントをわかっていないね」
「え? 何?」
「ベーコンエッグって簡単に作れるけど、実は美味しく作るのは結構難しいんだよ」

 そうなのか? 俺は料理なんてしないからわからないな。社長は頷いている。

「確かにそうだな。卵を割るタイミングや火加減など、意外と奥深いものだ」

 そんな大層なものなのか。でも、言われてみればそんな気がする。二人が言うならそうなんだろう。

「まぁ、私は失敗しないから。じゃあ社長さん、どうぞ召し上がれ」

 妹は得意げな顔をして箸を社長の前に置いた。外国出身の社長が箸を使えるんだろうかなんて今更だよな。彼女との付き合いはそれなりに長い。
 社長はそれを手にとってベーコンエッグを食べ始めた。

「うん……美味しいな」
「でしょう!」

 妹が嬉しそうにしている。俺も食べてみたが確かに美味かった。

「これ、本当にお前が作ったのか?」
「もちろん! お兄ちゃんも社長さんも大げさなんだから」

 いやいや、これはマジで美味いぞ。卵が半熟でベーコンもカリカリだ。こいつ今日は気合を入れたなと俺でも分かる作りだ。

「本当に美味しいよ。ありがとう」

 社長が笑顔で言うと妹は照れたような顔をして俯いた。そして、そのまま黙ってしまった。俺はそんな二人の様子を眺めながら食事を続けた。

「ごちそうさまでした」

 俺がそう言うと社長と妹も同時に手を合わせた。それから食器を片付けて会社に行くことにした。社長と一緒に。

「それじゃあ、アルヴィン君。会社に行こうか」
「え? 社長と一緒に?」
「同じ会社に行くんだからいいじゃないか。朝食も済んだことだし。それとも私が一緒では迷惑だろうか」
「ええと……」

 社長は美少女だし聡明だ。俺の知らない海外の話なんかも聞いてみたい。だが、一緒に出社したら会社の連中に何を言われるか。
 俺が考えていると妹がこっそり話しかけてきた。

「あの……お兄ちゃん」
「ん? なんだ?」
「私ね、ずっと考えてたんだけど。やっぱり社長さんと一緒に会社に行った方がいいと思うの」
「え? なんでだよ?」
「それは……やっぱり、その……」

 妹は恥ずかしそうにモジモジとしている。なんだよ。はっきり言えよ。俺だってモジモジしたくなってくるだろう。

「ううぅ……だって社長さん美人だし面倒見もいいし、お兄ちゃんとお似合いだと思うの!」

 ああ、なるほどな。つまりはそういう事か。確かに社長の事は好きだし一緒に居たいとは思う。だが、それとこれとは話が違うだろう。
 俺は社長に向き直ると少し強い口調で言った。

「社長、申し訳ないんですけど今日は一人で行ってくれませんか?」
「どうしてだい? 一緒に行くと何か不都合があるのかい?」
「いえ、そういうわけじゃありませんが」

 俺は口ごもった。だが、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。せめて会社としての体裁だけでも整えなければ。

「とにかくお願いします!」

 俺が頭を下げると社長は少し考え込んだ後に口を開いた。

「わかった。アルヴィン君がそこまで言うのなら仕方がないだろう」

 良かった! 社長は理解してくれたようだ。

「私もあまりアルヴィン君と妹さんの仲に迷惑をかけるわけにもいかないしな」

 あれ? 何かニュアンスがおかしくないか? 俺は別に妹の事を考えて断ったわけではないのだが。
 ただ会社の建前とかそのいろいろ……

「すまないね、妹さん。そういうわけで今日は私一人で行くよ」
「あ……はい。すみません……」

 ああ、駄目だ。妹がシュンとしてしまったじゃないか。俺は慌ててフォローした。

「いや、いいんだよ! 社長は会社の大事な人だし、そんな人を俺の個人的な用事に巻き込めないよな!」

 俺がそう言うと社長は優しく微笑んだ。

「アルヴィン君、君は優しいね」
「いえ、そんな事はないですよ!」

 俺は社長に褒められて照れてしまった。妹も少し元気が出たようだ。

「じゃあ、先に会社に行って待っているよ。アルヴィン君、家が過ごしやすいのも結構だが遅刻しないように来るんだよ」
「はい! お気をつけて!」
「アリシアさん、朝食美味しかったよ。ありがとう」

 そんなやり取りの後、社長が会社に向かった後、俺と妹は二人して玄関で立ち尽くしていた。

「お兄ちゃんのへたれ」
「う……すまん」

 俺は素直に謝った。確かに俺が悪いのだ。社長も妹もただ気さくに誘ってくれたのだろうに、俺だけが過剰に何かを期待している気がする。

「でも、これで良かったんだよ」
「え?」
「だって俺、あの人の名前も知らないし。俺にとってあの人はやっぱり社長なんだよ」

 そうだ。あの人は社長なのだ。俺の大好きな、頼りになる社長というだけのはずなんだ。
 だが、そんな俺を見る妹は呆気に取られたようにポカンとしていた。

「お兄ちゃん……エミリさんの名前知らないの?」
「え?」
「エミリ・ラベンスさん。社長さんの名前」
「なんでお前が知ってんの?」
「自分の会社の社長の名前を知らないお兄ちゃんの方が驚きなんだけど……」
「だってみんな社長としか呼ばないし。ごめんな、こんなダメな兄貴でさ」
「そんな事ないよ! お兄ちゃんは最高にカッコいいんだから!」

 妹が俺を抱きしめてくれた。俺はその温かさに癒やされた。そして、そのまましばらく妹に甘えてしまったのだった。



 危うく社長が言ったように遅刻するところだった。こんなところで失敗しては目も当てられない。俺は今日も仕事する。
 その後、我が社の商品はどれもヒットした。しかし、一番売れたのは最後に妹と寝たあの規格外のベッドだった。

「だから私は目立つように天蓋を付けるべきだと言ったのです!」
「でも、この会社の予算だと……」

 今日も会議室ではベッドの会議が行われている。俺はみんなの意見をまとめると社長に提出しに行った。

「おはようございます、社長。次のベッドの案なのですが……」
「ふむ……」

 俺の渡した資料を受け取って社長が形のいい目を動かしながら読み進めていく。
 いつも通りだよな……エミリさんと呼んでも構わないだろうか。そんな事を考えながら見つめていると、もっとゆっくりと読んでくれてもいいのに手早く資料に目を通し終わった社長が顔を上げて

「これは……アルヴィン君」
「はい」
「もうベッドの議論はいいんじゃないだろうか」

 彼女の反応は芳しくなかった。何か問題があっただろうか? 俺は不安になって社長を見た。すると、彼女は少し照れたような顔で俺にこう言ったのだ。

「それより、次は何か朝食を出したいと思うのだ」
「え?」
「君の家で食べたベーコンエッグは美味かったからな。朝食の良さを知らされたよ。そこで君達からの案があるなら募りたい」
「はい! そういうことでしたら!」

 ベッドでは良い結果が出せなかったが、次こそ喜んでもらえる仕事をしよう。社長の笑顔は最高に可愛いしな。
 俺は乗り気になって社長からの提案を受け取るのだった。



「朝食ならおにぎりよ! 一粒一粒最高の形のものを選んで作り込んでいくのよ!」
「でも、それだと時間が……」

 そうして会議室ではまた次の議論が始まっていくのだった。
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