サイクリングストリート

けろよん

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第三章 勇者の挑戦

第50話 結菜のやること

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 結菜は町の勇者となった。
 みんなに認められた勇者になったらどんな生活が待っているのだろうかと結菜は思っていたのだが、特に生活には何の変化もなかった。
 いつも通りに学校に行って授業を受けて自宅に帰るいつも通りの日常だ。
 変わったことといえば、登下校で自転車を漕いでいる時に町の人達から挨拶や声を掛けられる機会が増えたことぐらいだった。
 町は平和だ。
 勇者が戦う悪党ととかも現れそうになかった。

「今日も平和だなあ」

 教室の窓から差し込む日差しとぬくもりのある初夏の風を感じながら呟いていると友達の少女が声を掛けてきた。

「勇者としてみんなに認められるようになったのに呑気にしてるわね」
「麻希」

 いつもの落ち着いた顔に眼鏡を乗せて話しかけてきたのは麻希だった。
 彼女とは兄が自転車になった事件の時に争った仲だったが、今ではすっかり仲良くなったと結菜は思っている。
 その友達になった彼女が訊いてくる。

「せっかく勇者として認められたのに、結菜には何かやりたいことは無いの?」
「やりたいこと?」
「ええ、あなたの兄はわたしの先生を感心させるほどの地図を作った。わたしはあなたにもそうした人を驚かせるような働きをすることを期待しているのだけど」
「そう言われても」

 結菜は困ってしまう。
 勇者といっても何か特別なスキルがあるわけでもないし、どこかに冒険をしたり何かと戦ったりしたいわけでもない。
 結菜は普通の高校生なのだ。

「無欲なのね。あれほどの戦いをして勇者になったのに」
「むう~ん、やりたいことか……」

 結菜はそれを考えてみる。
 勇者としてやりたいこと。何か無いものかと。

「わたしは地図とか興味無いし、出来ることといえば自転車で走ることぐらいだし」
「大鷹翼は何と言っているの?」

 麻希は結菜を勇者として町のみんなに紹介した者の名を持ち出した。
 翼は町一番のお嬢様でこの町の権力者で伝統と格式あるお嬢様学校の生徒会長をしている。
 そして、かつて勇者を導いた賢者の子孫らしい。
 結菜は試合が閉会された後で言われたことを思い出しながら答えた。

「勇者の資料を纏めてくるから待っててくれって」
「それで結菜は待つつもりなの?」
「うん、そのつもりだけど……?」

 待てと言われたら待つのが当然じゃないかと結菜は思ったのだが、麻希はその答えには不服のようだった。
 眼鏡の下の瞳に明らかな不満の色を宿して言う。

「あなたはもう町のみんなに勇者と認められているのよ。何も翼の指示なんて待たなくても、あなたはあなたの意思でやりたいことをやっていいの。誰もそれを止めはしないわ」
「うーん……考えておくね」

 麻希の先生を感心させるほどの兄の悠真の活躍。
 すぐ間近にいるクラスメイトとして、また友達としてそれを結菜にも期待しようとする麻希の気持ちは分かる気もするが、やはり結菜はやりたいことと言われてもただ困るだけだったのだった。


「大鷹翼は何も言ってこないんですか?」

 授業が一段落ついた昼食の時間。
 昼休みの賑やかさで包まれる教室で弁当を持って机をくっつけてきて、今度は美久が開口一番にそう言った。
 結菜は弁当を開いた手を止めて答えた。

「うん、今のところは何も」
「翼は結菜様に何をやらせるつもりなんでしょう?」
「さあ、わたしに訊かれても」

 結菜に分かるわけもない。
 翼はお嬢様の頂点とまで呼ばれるほどの実力者だ。
 文武両道に優れ、人気も非常に高い。平凡な結菜とはまるでレベルが違う。
 今にして思えばなぜ自分と戦おうと思ったのか不思議なぐらいだ。
 前の大会のことは夢だったのではないかとも思えてしまう。
 そんな凄い人の事が結菜に分かるはずもなかった。
 思考を迷わせていると美久は身を乗り出してきた。
 その瞳にはなぜか翼に対する明確な敵対心があって、結菜は少し引いてしまった。
 委員長としての立場がそうさせるのか、美久は強い自信と決意を込めていった。

「どんな無理難題を言ってきても、結菜様にはわたし達が付いていますから。何も心配することはありません! お嬢様の頂点など恐れるに足らず! 大鷹翼のもくろみなんてわたし達で跳ね返してやりましょう!」
「うん」

 美久は翼に対して妙に挑戦的だ。
 結菜としては翼にそれほど悪い印象を持っているわけではなかったが。
 ただ前に美久にやらされた特訓のようなことがなければと思うだけだった。
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