サイクリングストリート

けろよん

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第一章 自転車になったお兄ちゃん

第7話 結菜と新しい自転車 7

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 結菜は自転車に乗って走っていく。
 走りやすい道を快適に走って、待ち合わせの駅前へと向かう。
 道路を走っていっていくつかの信号を越えて間もなく到着した。
 上手く青信号が繋がって、自転車を飛ばして真っ直ぐきたので、約束の時間より早く着いてしまった。

「姫子さんはどこだー」

 兄は早速その姿を探しているようだった。
 自転車の外見ではよく分からないけれど、言葉で言っているのだからそうしているのだろう。
 結菜も周りを見てみる。

「まだ来てないみたい。時間までまだ早いから」

 それを聞いて兄は考えたようだった。その思い付きを言う。

「そうか。だったら、姫子さんが来た時に『ごめん待ったー? 今来たところだよ』を言うチャンスだな」
「わたしが言うの?」
「お前じゃないよ。姫子さんと俺だよ」
「それは分かってるけど、お兄ちゃん言えないじゃない」
「おお、そうだった。俺の声は姫子さんには届かないんだったー」
「わたしが代わりに言おうか? 今来たところだよ」
「いや、いい。俺が最初に言いたい」
「そう言われると言いたくなるなあ」
「お前っていじわるだよな」
「姫子さん、『ごめん待ったー』って言ってくれるかなあ」
「さあ、言わないんじゃないかなあ」
「そうだねえ」

 何もせずじっと待っていると、時計の針が一分進むのすら遅く感じる。
 退屈したのか、自転車の兄が結菜に依頼をしてきた。

「結菜、時間があるならそこのコンビニでジャンプ買ってきてくれよ」

 駅前のすぐそこにはコンビニがある。
 自転車を降りて少し足を伸ばせばいいだけの距離だ。

「今日発売日じゃないよ」

 ジャンプは月曜日に出る。今日は土曜日だ。
 最近は読まなくなったが小学生の頃は読んでいたのでそれぐらいのことは結菜でも知っていた。
 悠真は説明する。

「自転車になってから読んでないんだ。来週も買ってきてくれると助かる」
「もう。早く人間に戻って自分で買ってよね」

 文句を言いながらも結菜は自転車を離れてコンビニに入っていく。

「いらっしゃいませー」

の声を受け、漫画雑誌の入った棚を見ながら歩いていく。

「ジャンプなんてまだあるかなあ。あった」

 結菜は雑誌の並んだ棚の下の方にそれが一冊だけ残っていたのを発見した。
 よく読まれてよれた感のあるそれを手に取る。

「お茶も一緒に買っておくか」

 小さなペットボトルも手に取ってレジで会計を済ませて出ていくと自転車のベルが鳴らされた。
 そちらに目をやると自転車にまたがった葵がいた。

「待たせたようだね。時間にルーズな兄と違って真面目なんだな。あいつに見習わせたいぐらいだよ」

 すぐに姫子も来た。
 慌てた様子で自転車を走らせてきて止まった。
 結菜はその姿を見て驚いた。

「ごめんなさい、遅れてしまって。葵さんが急に着替えてこいなんて言うから」
「どうして学校の制服なんですか?」

 昼前に会った姫子は私服だった。
 今は初めて会った時に見た制服を着ていた。
 学校に行くわけでもないのになぜ着てくる必要があるのか結菜は理解出来なかった。
 その理由を葵が説明してくれた。

「わたし達のこれからの目的は黒い自転車の少女を探すことだが、それはあくまで手段の一つであり、そもそもの目的は悠真を探すためにすることだからな。悠真なら姫子さんの制服姿に釣られて喜んで出てくるだろうとわたしが提案したんだ」
「わたしなんかの恰好で悠真さんが喜んでくれれば嬉しいんですけど」

 姫子は照れた様子だった。
 結菜としては日頃の兄の行いも無視して喜ぶわけがないと言いたい気分だったが、その反応はというと。

「うわあ、姫子さんだー! 本物だー! 新しい制服も似合ってるなあ。今すぐ抱きしめてやりたい。ああ、俺はどうして姫子さんの自転車じゃないんだー、いてっ」

 会えなかった欲求不満や言葉が届かないこともあってか、いつもより調子に乗っていた。
 結菜は自分の自転車を蹴った。
 その行為に葵が目を留める。

「どうしたんだ、急に自転車を蹴って」
「タイヤに土が付いていて」
「タイヤに土がね。おや? この自転車……」

 何かが気になったのか葵は結菜の自転車に顔を近づけていく。
 兄の感情が宿った自転車は動ければがたがたと揺れそうな勢いで文句を言った。

「こら! 葵! そこをどけ! 姫子さんの制服姿が見えないだろうが! 姫子さーん! 可愛いよー!」

 その調子に乗った言葉に結菜はストレスが湧いてきた。
 必要以上に強い力でハンドルを握る。
 それをさらにねじろうとする。
 兄の意識が姫子の方から結菜の方へと向かってきた。

「どうした、結菜。ハンドルはそんなに強く握らなくていいんだぞ。なんでねじろうとするんだ。こら、無暗にブレーキを掛けるな。おい!」

 兄の剣幕にも全く気付かず、葵はまじまじと自転車を見つめた。

「この自転車……新しいな」
「はい、ついこの前買ったばかりなんです」
「そうか。なら大事に使った方がいいぞ。手入れもした方が走りやすさが違うからな」
「はい、大事に使えるように頑張ります」

 結菜はにっこりと微笑んだ。



「調査に入る前に、君達にはこれを渡しておこう」

 そう言って葵が出してきたのは小さいカメラだった。
 結菜はそれを受け取って見つめた。

「カメラ?」
「うむ、悠真はどこに潜んでいるか分からないからな。何か手がかりがあれば撮っておいて欲しいのだよ」

 まるで未知の生物か何かのように言われてしまう。
 結菜は家族で旅行に行った時に、親や兄が使っているのを見たことがあるが、自分でカメラを持つのは初めてだった。
 もちろん撮ったことも無かった。
 指先が緊張してしまう。

「いいんですか? こんなに高そうなもの」
「ああ、それにそんなに高い物でもないしな。学校の備品として買ってもらえる程度の安物だから、綺麗に撮るのは難しいぞ」
「わたしは自分のカメラを持っていますので」

 姫子は断って、鞄から自分のカメラを取り出した。
 葵は感心したように唸った。

「ほう、マイカメラを持ち歩いているとは。そう言えば姫子さんはお金持ちのお嬢様だと悠真が言っていたなあ」
「そんな、いえ、全然そんなことないですよ。普通の家です。わたし、写真を撮るのが趣味なんです」
「そうか。ならその腕前でかっこよく一枚撮ってもらおうかな」

 葵はかっこいいポーズを決めた。
 姫子はうろたえた。

「いえ、わたし人はちょっと。見つめられると手が震えて緊張してしまって駄目なんです」

 姫子は人の写真を撮らない。
 そう兄が言っていたことを結菜は思い出した。
 葵はポーズを解いて姫子に話しかけた。

「ならいつもは何を撮っているんだい?」
「いつもは人のいない山や公園の写真を撮っていて。悠真さんともそこで一緒に」

 姫子はカメラで口元を隠すように持ち上げてごにょごにょ呟いた。
 葵は納得した。

「そうか。風景を撮るのが好きなのだな。ならこの新しい自転車を撮ってもらえるかな」
「結菜さんの自転車をですか?」

 姫子は不思議そうに目をぱちくりとさせて結菜の方を見つめた。
 結菜は視線をそらして葵の方を見た。
 葵は言った。

「自転車が新しいのは今だけだからな。ありふれた題材ではあるが、今だけの景色を撮っておくことに意味があるんだ」
「は、はい。そういうことなら」

 納得した姫子は緊張しながらカメラを自転車に向けて覗き込む。
 覗きこまれた側の自転車はというと。

「うおお! 姫子さんが俺を見てる! いつもは恥ずかしがって人なんて撮らないのに! 姫子さんのカメラが俺を見てる! うわあ、姫子さん緊張してる! 指先が震えてるよ! 頑張って落ち着いて、かっこよく撮ってよ、姫子さーん!」

 聞くに堪えない言葉をわめいていた。
 結菜は姫子と自転車の間に割り込んだ。
 姫子は驚いて視線を上げた。

「駄目駄目! わたしの自転車は撮影禁止です!」

 結菜の態度に姫子は驚いたけれど、文句は言わなかった。
 最初から予定になかったことだし、持ち主に否定されたら止めるのがマナーというものだった。
 黙って自分のカメラを下げていた。
 文句を言ったのは後ろの自転車だった。

「どういうつもりなんだ、結菜! せっかく姫子さんが俺を撮ってくれるところだったのにー!」
「今日はこんなことをするために来たんじゃないでしょ。早く黒い自転車を……」

 結菜が言いかけた時だった。
 軽快な音を立てて横を通り過ぎていった黒い物があった。
 結菜は口をぽかんと開けてそれが走り去っていった方向を振り向いた。
 その自転車とそれに乗っている少女は見ている間にもみるみる遠ざかっていく。
 結菜ははっと我に返ってやっと言うことが出来た。

「今の黒い自転車の少女……だった?」

 でも、そんなのはよくありふれていると思う。
 黒い自転車も、それをこいでいるのが少女なことも、たいして珍しいことではないと思う。
 あれもその一つに過ぎないのだろう。
 その疑問に兄が答えた。

「間違いない! あいつだ! 早く追うんだ!」

 兄の言葉で疑問は確信に変わった。
 言われるままに結菜はすぐに自転車に乗って発進した。
 事態を掴めなかった葵と姫子は出遅れた。

「まさか……見つけたのか!」
「悠真さんの手掛かりを……?」

 葵の言葉で姫子も遅れて事態を飲み込んで、自転車に乗り、発進した。
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