上 下
17 / 27
新生編

第17話 さらわれた神様

しおりを挟む
 照り付ける太陽、美しい街並み。
 駅を抜けて外へ出ると、そこは南の国だった。
 厚い冬の服から夏らしい軽装に着替えたフィオレは陽気にくるりと回って手を振り上げた。

「夏だー! 海だー! バカンスだー!」
「何でお前そんなに上機嫌なんだよ!」
「えへへー、一度言ってみたかったのよ!」
「まあいいけどよ。たまにはよ」

 なおも上機嫌な様子で夏の日差しの中をくるくると踊って楽しんでいる姫様を眺めていると、ちっこい少女の姿をした神様が現れて声を掛けてきた。

「公太郎、気を付けてください」
「何をだ?」
「もしかしたら、この国にこの世界の神様がいるかもしれません」
「え!? マジかよ!」

 公太郎は驚いた。まさかそんなことがあるとは全くこれっぽっちも思っていなかったからだ。神様は慎重に声のトーンを落として答えた。

「はい、ここは南国です。もしもわたしが同じ立場だったとしたら夏を満喫しに来てもおかしくはないからです」

 公太郎から気分が抜けた。

「まあ、お前だったらそうなんだろうな」
「この世界の神様だってどうだか分かりませんよ。フィオレにさりげなく聞けないのですか?」
「俺が聞いたら向こうの神様にお前のことがバレて、お前、逆に狙われて消されるんじゃないのか?」

 このちっこい少女の姿をした神様はこの世界の神様をやっつけてその力を我が物にしようと企んでいるのだ。向こうの神様も同じことを考える可能性は十分にありえた。

「まあ、公太郎にさりげなく聞くなどといったレベルの高い芸当を期待するのも無謀というものですからね。ここはやはり、フィオレの旅にくっついて機会を狙うことが最良の方策なのでしょう」

 そんな神様の言い分に公太郎の中の何かが切れた。

「あまり俺を舐めるなよ。そこまで言うなら俺がさりげなくフィオレからこの世界の神様の手掛かりを聞き出してやるぜ。おい、フィオレ!」

 公太郎が呼びかけると、夏の花壇を眺めていた彼女が振り返って近づいてきた。

「なに? 公太郎ちゃん」
「俺がさりげなくだな。本当にさりげなく聞きたいんだけどな」
「何をさりげなく聞きたいのかな?」
「本当~にさりげなく聞きたいだけなんだ。全然たいしたことじゃないことをさりげなく聞きたいだけなんだけどな」
「うん、なんでも聞いてよ」
「実はな、これはさりげなく聞きたいんだがな……」
「うん」

 公太郎は言い出そうとした。フィオレは興味津々といった感じにその話を待っている。そんな彼女を前にして公太郎は何とか言い出そうとしたが、口をもごもごとさせた末に

「ちょっと待っててくれ」
「うん」

 結局逃げ出してしまった。離れて駅前の広場の隅っこにしゃがみこんで頭を抱えてしまう。

「駄目だー! さりげなくなんてどうやって聞けばいいんだー!」
「だから、言ったではないですか。素直に出来ることをやっておけばいいのですよ」
「ああ、分かったぜ。ったく、チート能力さえあればこんなことも簡単に出来るんだろうによ」
「それはどうなんでしょうねえ」

 そんなことをヒソヒソ話でやっていると、しゃがんでいる公太郎の頭の上から声が掛けられた。

「ねえ、お姉さん」

 目線を上げるとそこにいたのは電車で会ったあの少女だった。目が合うと少女は人のいい微笑みを浮かべた。

「そこの変な生き物って、お姉さんの物なの?」

 彼女の視線は神様の方に向いているように思われた。だが、そんなことはありえないはずだ。神様は見えも触れもしないのだから。変な生き物を飼った覚えのない公太郎はとぼけようと言葉を迷わせながら答えた。

「何のことかな? 僕は変な生き物なんて飼ってませんよ」
「そっか」

 少女はとても嬉しそうに微笑んだ。その瞳が次の瞬間、獲物を狙うハンターのように鋭く光ったような気がした。

「じゃあ、この変な生き物はあたしの物だあ!」

 少女の腕が伸びてくる。次の瞬間、神様は掴み取りの鮎のように生け捕りにされていた。

「獲ったりー!」
「おが、あわ、ぶく」

 少女が歓声を上げる。見えも触れもしないはずの神様が苦しそうにもがく。公太郎は事態がすぐに呑み込めなかった。

「こんなに変な生き物なんだもの! きっとバザーに出せば高く売れるに違いないわ!」

 神様を掴んだまま少女は走り去っていく。公太郎はやっと我に返った。

「ちょ、ちょっと待てい! 神様をかえせー!」

 慌てて後を追いかけていく。

「公太郎ちゃん!?」

 フィオレが驚いて呼びかける声にも答えず、公太郎は走って行った。


 人の多い交差点で公太郎は少女を見失っていた。

「足の速い奴め! いったいどこへ行ったんだ?」

 周囲を見回す。すると人の集まっている向こうの店先で何かが騒いでいるのが聞こえた。

「あそこか!」

 公太郎は気づかれないように早足でそこへと近づいて行った。人ごみの最後尾にたどり着くと、少女が店主と何かを言い合っている声が聞こえた。

「見えないってどういうことよ! ここにこんなに変な生き物がいるじゃない!」
「そうは言ってもなあ、おじさんには何も見えないなあ」

 その声を聞きながら、公太郎は人ごみを掻き分けて進んでいく。

「よく見てよ! そして、これと同じ物が今いくらで売られているのか調べてよ! あたしはこれをバザーに出品したいのよ!」
「無い物は取引出来ないんじゃないかなあ」
「もう、ここにちゃんとあるのに! あんた、何とか鳴いてみなさいよ!」

 少女は神様に命令するが、神様はここには何もいませんよとアピールしたいのかウンともスンとも言わなかった。

「んもう~! 泣け! わめけ!」

 さらに神様の頭を叩こうとした少女の手をやっとその場にたどり着いた公太郎が止めた。少女は驚いたように振り返った。

「あ、お姉さん」
「悪いな。お前の言いたいことは分かってるつもりだ。だから、ちょっと来てくれ」
「え? う……うん」

 公太郎は人ごみの中から少女を連れ出し、人の少ない道の端へと移動した。

「その変な生き物は本当は俺の物なんだ。だから、返してくれないか」
「でも、さっきは違うって」
「見えるとは思わなかったんだ」

 その言葉に少女はすぐに事情を察したようだった。

「へえ、お化けや幽霊みたいな物なのかな。あたしって昔からそういうの見えるのよね。触れたのは初めてだけど。で、これはなんて名前のお化けなの?」
「お化けとはなんですかー! わたしは神様です!」
「お前、何言ってるんだよ!」

 お化け呼ばわりされて神様はわめいた。公太郎はすぐにその口を塞ごうとしたが遅かった。振り返ると少女はにっこりと微笑んでいた。

「へえ、神様って名前のお化けなんだね。あたしはエンデ。よろしくね」

 少女は神を信じていないようだった。フレンドリーな様子で固まっている様子の神様と握手した。

「言っとくけどよ、こいつのことは誰にも言わないでくれよ。変な奴だって思われるからな」
「うん、分かってる。あたしにも経験あるからね」

 公太郎が言うとエンデはすぐに納得してくれた。
 そこにフィオレが走ってきた。慌ただしく息を切らしている様子で声を掛けてくる。

「公太郎ちゃん! いきなり走っていってどうしたの!? 引ったくり!?」
「あ、えー……引ったくりと言えばそうかもしれないけどな……」

 まさか、神様がさらわれたとは言えずに公太郎は言葉を濁してしまった。迷っているとエンデが代わりに話を合わせてくれた。

「公ちゃんはあたしを追いかけてきたんだ。あたし達って友達だから。それで引ったくりからあたしの荷物を取り返してくれたんだ」
「公太郎ちゃんって友達いたの!?」

 フィオレはそこに驚いてるようだった。

「お前って失礼な奴だな。まあいいけどよ。それでこれからどうするんだ? すぐに炎の魔獣ファイダを倒しに行くのか?」
「ううん、今は暴れてないみたいだしその前に王様に挨拶に行こうと思ってたんだけど、なんか疲れちゃった。今日は宿をとって明日の朝に行きましょう」
「お前、はしゃぎすぎなんだよ」
「あはは……」

 フィオレが疲れた笑いを上げる。公太郎はその時はそのことを気にしていなかった。話を聞いていたエンデが提案してくる。

「お姉さん達もファイダを倒しに来たんだ。あたしもなんだよ。どう? 一緒に行かない?」
「え? えーと……」

 フィオレは何とか断る理由を探していた。三魔獣はあのファイタンとマホルスですら連れていくのを躊躇するほどの危険な相手なのだ。こんな会ったばかりの少女をどうして連れていくことが出来るだろう。
 しかし、公太郎を連れていくのに公太郎の友達というその少女に対してうまく断る言葉が見つからず、結局その同行をOKしてしまったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

処理中です...