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悪魔の微笑みと追い詰められた子ウサギ

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ラファエルはリリアンヌを抱きしめ意気消沈したリリアンヌの瞳が光を取り戻すまでずっとそうしていた。

気づけば四阿にはリリアンヌとラファエルしかおらずエドアルドも拘束されていたアネットを取り押さえていたティムやキャシー、騎士達はどこにもいなかった。

「…ごめんなさい、ラファエル様。こんなに遅くまで…」
「構わないよ。明日からアネットの聴取が始まる。結婚式が終わっておちついたら君にも色々と聞く事になる。もちろんその時は私も一緒にいるから。」

リリアンヌはラファエルの気遣いに潤んだ眼差しで頷き「ラファエル様」と呟いて抱きつく。
「ありがとうございます。私ラファエル様がいらっしゃらなかったらきっと立ち直れなかった。」

「私は君を離してやれない。例えエドアルドの気持ちが本当はずっと君にあったとしても、例え君が彼を忘れられなくても…」

リリアンヌはラファエルの苦しげな表情を見て更に力いっぱいラファエルに抱きつくと頭を振りきっぱりと告げた。

「わたくしはラファエル様が好きです。例えエドアルド様の意志をアンが歪めていたとしても、彼を愛する事はありません。」

リリアンヌの言葉にラファエルは安堵したように、少し熱を孕んだ眼差しでリリアンヌを覗き込み優しく口付けた。

「ありがとうリリー。君をどうしようも無いほど愛している。」

重なっただけの口付けはけれど、リリアンヌの身体を狂わせ熱を与える。

最近いつもラファエル様と口付けると自分の意思に反して淫らな熱を孕む。
やはり自分はどこかおかしいのだ。きっとこういうのを淫乱と言うのだわ。

リリアンヌは高鳴り熱を持つ身体を持て余し熱く潤んだ眼差しでラファエルを見上げる。

早く屋敷に帰ってお風呂にでも入ろう。早く正常に戻らなければ…自分がはしたない女なのだとラファエル様にバレてしまう。







その夜、リリアンヌは一人部屋にいるのが心細くなりラファエルの執務室にあるリリアンヌ用の巨大なテディベアを抱きしめて自分の部屋に運ぶ為長い廊下を歩いていた。
「リリアンヌ様、そのような事は私共が致しますから」
「ダメよキャシー。いくら優秀なあなたや使用人の方でもラファエル様に頂いたテディベアには触ってはダメなの」

自分だけのテディベアはとんでも無く大きくて重かった。
けれど、今夜は色々とありすぎた為リリアンヌはブランデー入のチョコやワインやラム酒漬けのフルーツを口にして単なる面倒くさい酔っ払いが出来上がってしまっていた。

ラファエルはあの後、事後処理が有るからとリリアンヌを王都の屋敷に送り届けると使用人達に指示を出し、またすぐに城に向かってしまった。


その為リリアンヌはぼっちでお留守番中なのだ。

リリアンヌだって一応は当事者なのだから事情聴取があるならわたくしも城に行きますと言ったのにラファエル様は微笑んで頭を撫でて気づいたらティムだけ連れて行ってしまった。

いじけてる訳じゃないわ!ちょっぴり寂しいだけだもの。

誰に言い訳するでもなくリリアンヌはブチブチとテディベアに唇を押し付けて愚痴る

あと二日なのに。

もっと一緒にいたいのに。

しかし、あんな事があったのだ。事後処理でラファエルがその為忙しくしていることも、彼が騎士である事もわかっている。

でも、やはり恋しく、心細く思ってしまうのだ。

日付けが変わった巨大な壁時計を恨めしく眺めてリリアンヌは廊下を足早に過ぎる。

「リリー?」
「……ぇ?」
リリアンヌは目をぱちくりしてテディベアからぴょこんと顔を出しキョロキョロと辺りを見回す。
キャシーが眉根を寄せあたりを警戒して半目になり、何か不思議な形をした武器をスカートの中から取り出し身構える。
まるで襲撃者に備える様に。

しかしリリアンヌは先程の声に聞き覚えがありすぎた。

「…ラファエル…様?」

声がしたのはちょうど2階の廊下を歩いていたリリアンヌの真下だ。この下は吹き抜けで側に階段がある。

リリアンヌは階段の下を覗き込んだ。
…しかし、誰も居ない。

「え?え?」と困惑するリリアンヌの足元から急にニョキっと真っ黒な人型が現れた。

「ひぃ、きゃぁぁ!」
リリアンヌは抱きしめていたテディベアに顔を埋めて腰を抜かしへにゃりと蹲(うずくま)った。

キャシーが武器を振り回すがガシッと武器がキャシーの腕ごと捉えられる。

「待てキャシー!?リリー、私だよ」
少し焦った様なその声はよく知る人のもので……リリアンヌはピタリと停止した。

「…ラ、ラファエル、様?」
リリアンヌが恐る恐るテディベアから顔を出し見上げるとラファエルの美貌がそこにあった。
「リリアンヌの気配を辿って影渡をして帰って来たんだ。と言うか、キャシーは私だとわかってやっただろ!」
珍しくラファエルが半目になり憤慨している。そんなラファエルを尻目にキャシーは恭しく礼をとると一歩後ろに下がり控えた。

「おかえりなさいませ!ラファエル様!」
リリアンヌはテディベアをほっぽり出してラファエルの腰に腕を回しぎゅっと抱きつく。
ラファエルは危なげなくリリアンヌを受け止め腕の中にすっぽりと収まった愛しい女性を愛しげに抱きしめた。

「リリーただいま」

ラファエルの顔が降りて掠め取る様にキスされ、ひょいとその腕に抱き上げられた。


「待って下さいよー、主様ー!」

ニョキっとまた影から黒い人型が飛び出しリリアンヌはきゃっと悲鳴を上げラファエルの首にしがみつく。

「ああ、大丈夫だ。ティムだよ、リリー」
ラファエルは優しくリリアンヌの頭を撫でた。
「え?ティム?」
ぽかんと口を開けたリリアンヌの前に現れた黒い人型は徐々に色が変わり、現れたのはティムだった。
「あ、お邪魔しちゃいましたかね?じゃあ俺はキャシーと急ぎ、王宮に行って来ますんで。はい。」

気を利かせたのかハキハキとそう言ったティム。まだ任務が残っていたのかティムはラファエルから短く指示され頷くと胸の前に片手を添え礼をとり「では、失礼します」と安堵したように息を吐き、リリアンヌにへこへこと頭を下げるとキャシーを伴い影に潜った。

最後のへこへこはなんだったのかとリリアンヌは首を傾げる。

しかし、相変わらず闇魔法と言うやつはほかの属性とはその性質が違いすぎる。
謎の多い希少な属性である。

「…そう言えば、ラファエル様も属性、闇だったんですね」

ティムといいラファエル様といい数百年に片手で足る程しか現れないと言われる闇属性の適合者が自分の周りに二人も…

「ああ、今この国では、私とティムとキャシーだけかも知れないね。」

「キャシーも?!」
リリアンヌは先程ティムと消えていった美しい美貌を持つかっこいい侍女を思い浮かべ、納得する。キャシーはなんだか闇属性って言われたから凄く納得だわ。
だって、キャシーが怒ると魔力の圧が半端ないのだ。悪鬼の如くティムを罵倒している姿がリリアンヌの中のキャシー像である。
なるほど、と一人納得するとラファエルにぎゅっと抱きつく。

「リリー、結婚式前に一人にしてごめんよ」
「だ、大丈夫ですよ?小さな子供じゃありませんし。それにわたくしにはラファエル様がくださったテディベアがありますから!あ、そう言えば…」
リリアンヌは先程ポイ投げしてしまったテディベアの存在を思い出しぬいぐるみへと腕を伸ばす。

けれどもう少しでかすりそうだったテディベアが一気にぐん、と遠ざかる。
ラファエルがテディベアを尻尾を掴んで掲げたのだ。

「ぬいぐるみは使用人達に執務室の方へ戻させる」

ラファエルが少し不機嫌そうに言った。
「わかりました」リリアンヌは残念に思いながらも頷く。ラファエルがこのままリリアンヌを抱いて歩くつもりなら確かにアレは邪魔だ。

しかしふわふわのモコモコなテディベアの抱き心地に未練タラタラのリリアンヌを見てラファエルの雰囲気が少しばかり変わった来ていた事にリリアンヌは気づいていなかった。

妖艶な顔で碌でもない事を考えているラファエルがリリアンヌを連れて二人の寝室へと向かう。

ベッドの上に下ろされて初めてリリアンヌはラファエルの様子に気づいた。なんだか怪しげな雰囲気である。

「…ぁ、の……ラファエル様?」
ラファエルから禍々しい何かを感じる。
「さぁ、リリー。約束をおぼえてるね?渡してもらおうか。あの私の取扱説明書とやらを、確か別冊まであったね?」

じりじりと後退るリリアンヌは漸く気づいた。ティムは逃げたのだと。
「ラファエル様…その、わたくしなんだか気分が優れなくって…それに、ちょっと用事を思い出しましたの!」
「へぇ、リリーは私がハイ、ソウデスカと言って逃がすとでも?」

そしてリリアンヌはラファエル様(悪魔)の取扱説明書にあった最後の注意書きの意味を、なぜ目が笑ってない場合のラファエルから逃げる事が危険なのかを身をもって知るのだった。

「ラファエル様、待って下さい……なぜそんな物を」

ラファエルはニッコリと笑って言う「どうしてだろうね?」と、狩りをする獰猛な獣に狙われている子ウサギの気分でリリアンヌは涙目になって、ラファエルが手に持つ皮で出来た柔らかい紐を凝視する。

なぜそんな紐を恐れたのか。自分でもハッキリした理由はわからなかった。
けれど、なんか、進退窮まるって感じなのですが!?こういう時はどうしたらいいのでしょうかティム!

リリアンヌは素早く両手を拘束され、「たぶん、優しくするよ」と言う不穏な言葉を聞いて顔を引きつらせた。そこは、必ず、優しくするって言って欲しかったです!


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