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動き出した時間─エドアルド視点

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スラリとした長身に広い肩幅、タキシード姿の美貌の男が幼馴染の肩を抱きこちらを睨んでいる。

いつも地味なドレス姿に俯きがちな眼鏡娘だったリリアンヌは、今では美しい花が霞むほどに麗しく可愛らしい姿で立っている。

なぜこんな事に。

自分が今まで吐いてきた数々言葉が脳裏をよぎる。
アンを愛してしまったんだ。
そう言った時の君は泣き笑いの顔でうん、と頷いた。俺はそんなリリーの反応には気にもとめずアンがどんなに可愛らしいかをリリーに伝えた。
それ程可愛らしいのだから、君では無くアンを選んでも仕方ないよね?と。

あの頃の自分を殴りたい。

エドアルドは押さえつけられて拘束され、口汚く喚く女をチラリと見て自分の目を片手で押さえた。

誰かあの日に戻してくれ。

あの日、アネットに迫られキスをして欲しいと強請られた。
その時は毅然と拒否する事ができていた。それなのに、あの後なぜ自分はキスをしてしまったんだろう。

魔女の作った魔法の石は今では作る事はもとより使用する事も、持つことも売り買いする事も禁止されている。
使い手がキーワードを練り込み魔法石を握ると、術をかけたい相手にキーワード設定にした言葉を再度言って、頷かせるといったややこしい手順がある。

あの日『もしエドがキスしてくれ無かったら私死ぬわ!』と言い出したアネットに『わかった』と言って俺はキスをした。
その後急激にアネットのことが愛しくて仕方ないと感じる様になった。

ジュリエッティ公爵によればキスをしたこと自体はお前の意思による行為でそれが鍵になり術が発動した。と言われ、余計に自己嫌悪に陥った。結局自分はリリーを裏切ったのだ。

あれ以来ずっと俺の目にはアネットがまるで別人の様に見えていた。
まるでリリーの様に綺麗な澄んだ瞳。繊細な顔立ち。優しくて可愛らしい表情。


いや、違う!良く見ろ。
と最近は思考の渦の底で疑問が浮かぶ様になった。
優く、花が咲く様に笑うあの子はこんなに歪に嗤ったりしない。

偽物だ。俺が愛しいと感じたアネットは全て虚像だったのだ。

そう強く思った。その時、今まで思考を折り曲げ、覆っていた靄が消えた。
まるで薄い硝子が粉々に砕かれる様に崩れて行く。


そして今、自分がずっと思い描いていた少女がそこに居た。
自分ではない男に信頼し切った顔を向けたリリーは、俺がずっと見たいと思っていた愛らしい表情を浮かべていた。

ジュリエッティ公爵を見つめて、蕩けた顔で、恥ずかしそうにしているリリーを見て俺の頭が冷えていく。
ギリッと無意識に握り締めた手は知らぬ間に無数の爪痕が出来ていた。
リリーがジュリエッティ公爵と婚約した事を知った日から、無意識に刻み込んできた痕だ。

「君を裏切ってすまなかった。それだけは、伝えたかったんだ。だから、ジュリエッティ公爵の策に加担した。」

「策に……ラファエル様?どう言う事ですか?」

リリアンヌはぼんやりした娘で気の強い娘達は花畑令嬢なんて揶揄する。しかし彼女のその所作は優美で洗練されている。ただただそこにいるだけでリリアンヌは人を魅了する。

ああ、リリアンヌ。今目にしている君が本来の君なんだね。

もし少しでも受け入れてくれるなら。なんて浅ましく思った俺に気づいたジュリエッティ公爵から恐ろしいほどの殺気が溢れてくる。

悪魔の様に恐ろしくも美しい美貌の公爵。
あんなおっかない男と張り合うなど土台無理な話だったんだ。

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