上 下
2 / 30

2

しおりを挟む
クリスティナの魔力は一般的な魔法使いの三倍以上の量があった。

なので光属性を使って治癒をすると切り傷程度なら10人同時に治癒する事が可能だろう。
 
更に小さな精霊の力を借りれば、一度に倍、20人程の治癒が可能となる。

この時点でクリスティナは王宮医師団の上位治癒師に近い力を持っている事になる。

しかし、マーガレットの魔力量はクリスティナの半分の量しかない。けれど、中位の精霊の力を借りると言う偉業を成し遂げ、上位治癒士よりも多くの者を治癒する事が可能なのだ。

精霊は美しさや清廉なる心、前世の徳や血の盟約で人々にその力を借す事が出来る。

しかし精霊が力を貸すのはこの国では珍しい事だ。精霊の消えた国、などと言われる程、この国では中位は愚か下位の精霊すら滅多に見かけないのだから。

だからこそ、クリスティナはこの訓練所に通う様になって五年、ずっと人々からの称賛を受け、鼻高々に、下位にあたる小さな精霊から力を借りる許可を貰えた事を誇りに思っていた。

それなのに、なぜ。
あんな意地悪そうな女が、なぜ、中位の精霊から力を貸してもらってるのよ!

そう、マーガレットは多少高飛車な性格のクリスティナよりも更に高飛車で、かなり失礼な態度でクリスティナを馬鹿にする様な嫌な女だった。清廉な心など持ち合わせていない自覚のあるクリスティナだが、あのマーガレットよりはマシだろうと確信していた。マーガレットの笑顔は余りにも悪意に塗れている。
しかし、彼女が悪意を隠さないのはクリスティナにだけ。
彼女はその辺がかなり巧妙だった。

人前では、「クリスティナ様の患者様をわたくしが治癒した事、怒ってらっしゃるのですね。申し訳御座いません!でも、どうしても!クリスティナ様では治癒出来ずに帰される患者様達の事が気になってしまって…」と、しょんぼりと肩を落とし、悲しげな顔でクリスティナを見ていたが

「やはり、クリスティナ様よりも力の強いマーガレット様に仕事を取られるのが嫌だったんじゃないか?」「でも、だからって治癒もせずに患者を帰すなんて有り得ないわ。治癒出来なかったのならマーガレット様にお願いすれば良かったのに」
「ご自分の無能さを公にしたく無かったんじゃない?」

周囲がそう言うのを聞いてにんまり笑いそうになる唇を噛み締めて、マーガレットはクリスティナに一歩近づくとそっと耳打ちした。


「わたくしよりもたくさんの魔力量をお持ちだと豪語なさっていたのに。実際には、わたくしよりも劣る力しかお持ちでは無いなんて。
こんな方がマクシミリアン様の婚約者候補だなんて、彼が可哀想だわ」

そう言うと、さっと身を離した。そしてにっこり笑うその顔はまるで天使の様に可愛らしかった。



しかし、赤みの強い金髪と緑の瞳の天使の様に美しい女は、去り際に周囲には聞こえない小さな声で
「大したことないくせに、マクシミリアン様に近付かないで。近づいたら許さないから」
そう言うと闇魔法で攻撃を仕掛けて来た。

ジュっ、と不気味な音がした。見ればスカートの端が溶けている。

驚くことにマーガレットは酸を出す小さな魔物を自分の影から出したのだ。

有り得ない。いくら全良とはかけ離れたクリスティナでもやっていい事と悪い事の区別くらいはつく。
魔物を、しかも闇魔法を使い人を攻撃するなど言語道断。クリスティナはこの女は決して許すことの出来ない人種(敵)だと肌で感じていた。

「…マーガレット様!こんな事が許されると思ってるの?魔物をけしかけ、闇魔法で人を攻撃するなんて、あってはならない事よ。そもそも、闇魔法を使う事は魔法違反なのよ!」

「あらやだ。酷い言いがかりですわ。
わたくしが魔物をけしかけたり、闇魔法を使った証拠でもあるの?あぁ、そう言えば…わたくしがマクシミリアン様と、二人で、お茶をした事が許せないと前に仰ってましたよね?」

「今はそんな事関係無いわ!!」

「図星だからそんなに声を荒らげるのね?言い掛かりだわ。酷い」

そう言って涙を浮かべるマーガレットは頼りなげで、捨てられた子犬のようだ。

大人しそうな外見のマーガレットは、しかし、性格が悪い、誰かそれを知る、もしくは信じてくれる様な味方はいないかと周囲を見れば、マクシミリアンがクリスティナを睨んでいた。

それに気付いたマーガレットは、さも私怖いわとマクシミリアンをチラチラ見ている。
マクシミリアンがマーガレットの元へ行き、何やら2人で話をしている。

それを見たクリスティナは悔しがり、内心地団駄を踏んだ。


しかし、周囲の視線は明らかにクリスティナに対して厳しく、明らかな劣勢を物語っていた。

誰もマーガレットの本性に気付いてないのだ。

結局この日はマーガレットを保護する様にマクシミリアンが彼女を連れて何処かに行ってしまい。クリスティナは周囲からヒソヒソと非難がましい眼差しを受けクリスティナは悔しくて悲しくて半泣きで自室に戻った。

絶対にマーガレットが嘘八百をマクシミリアンに吹き込んだんだと、クリスティナはベッドでひとり、悔し涙を流しながらふて寝した。

この日以降、マクシミリアンがクリスティナを見る眼差しが日に日に鋭くなって行く事になり、クリスティナは焦っていた。


「…何をしている」
「マクシミリアン様!あっ、申し訳ございません。ヴィスカルディ様」

いきなり背後に現れたマクシミリアンにクリスティナは咄嗟にいつも脳内で呼んでいたファーストネームが出てしまい、以前それを不快に思われ馴れ馴れしいと言われた事を思い出し、慌てて謝罪し訂正した。

クリスティナの瞳が不安に揺れる。それを見たマクシミリアンは苦い顔をし、目を逸らした。
「…別に、呼びたいなら、名を呼んでも構わない」
渋々ではあるがマクシミリアンに名前呼びを許されたクリスティナは目をぱちくりと瞬いた。
次第に言われた言葉を理解し、マクシミリアンを怖々と見上げた。

「そんな事より、ソレだ。何があった」

マクシミリアンがソレと言って指差したのは弱った子ヤギの足だ。

「この子、水溜まりに滑ってしまって。そちらの柵に激突してしまいましたの」

きょとん、とした顔をしていたヤギ。

クリスティナはその光景を思い出した為堪えきれずに口元を緩めた。

「…まさか、お前がその子ヤギを治癒しているのか。しかも、ここは」

クリスティナは首を傾げマクシミリアンを見上げる。彼は訳が分からないと言いたげにクリスティナを見た。

「この孤児院はわたくしの母の持つ領地の孤児院なのです」

「…それくらい知っている」

えっ?とクリスティナは驚いたが、知っていると言うなら、なぜ不思議そうな顔をするのだろうと思った。
けれど、よく分からないが更になぜお前がここにいるのだと言いたげにマクシミリアンから睨まれ、話を続けた。

「この孤児院を訪問するのは今のわたくしが唯一出来る貴族の義務です。
母がいつも言うんです。貴族が持つ強大な力は、国の為に使うものなのだと。
国を、この国に暮らす民を守る事が貴族である者の務めだと。
でも、わたくしはまだまだ未熟者です。そんなわたくしが許される行動範囲はこの孤児院までなので」

「では、ここに初めて訪れた訳では無いと言うのか…」

マクシミリアンが眉を寄せると彼の後ろに居てこちらを心配そうに見守っていたシスターと院長がなぜか胸を張り、私を見て頷いた。そしてマクシミリアンに礼をとり、差し出口を謝罪しつつも口を挟んで来た。

「クリスティナ様の様にここまで親身になって子供達やわたくし共の力になろうとしてくださる方は珍しいんですよ」

「クリスティナ様は、ふふっ…あ、失礼致しました!クリスティナ様はなんでも一生懸命で、子供たちに対してもとてもお優しいですよ」

院長やシスターの言葉にマクシミリアンは盛大に眉を寄せる。

それを見てクリスティナは勿論、院長やシスターもなぜそんな反応をするのだろうと、不思議そうにマクシミリアンを見た。

「…優しい?そんな…いや、クリスティナ嬢はここでいつも何をしている?」

マクシミリアンが朗らかに笑うシスターを見た。


「そうですね。えっと、初めて訪れてくださったのは三年ほど前になります。決して子供達の前では偉ぶらず将来何になりたいかは置いて置いて、ひとまず計算の仕方文字の読み書きを覚えましょうって仰って。
それからは、みんなが勉強出来るようにと魔法板を山のように寄付して下さいまして。それ以降月に一度は来てくださいますし、子供たちに読み聞かせや計算方法を教えて下さったり。他にも、治癒や植物の成長促進をして下さったり…」

長い、シスターロラのクリスティナ語りが終わらない。

既にシスターロラに話しを聞いてしまった事に後悔しだしたのかマクシミリアンの顔色がすこぶる悪い。

クリスティナはハラハラしながらシスターロラに「も、もうその辺で、余りにもわたくしを褒めすぎだわ!」と真っ赤になって止めに入った。

その後マクシミリアンはヨロヨロと孤児院を出ていったが。

あれ以来、なぜか度々マクシミリアンに会う。そしてマクシミリアンがなぜかとても不自然なくらい優しい。


単純思考のクリスティナはそれ以降、マーガレットに会っても、わたくしよりも劣るくせにと聞こえよがしの陰口を浴びてもスルー出来るようになった。
周囲にも穏やかな笑顔で接する事が増えたからか、友人と呼べる者達に囲まれる様になった。


魔力も安定し、効果が上がって来た事に喜び、マクシミリアンからもぼそりと褒められる様になってきた頃。

それは起こった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...