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少し休憩室で仮眠したのが良かったのかマリタはくらくらしていた視界が少しずつ回復してきているのを感じて安堵した。
やっぱり寝不足だったんだろうと結論付け、フラヴィオにエスコートして貰いながら会場へ戻った。

好奇の視線に晒されてもすっかり元気を取り戻したマリタは気にもならなかった。

「いつもの気性の荒いお前に戻ったな。お前がしおらし姿は恐ろしく不気味だったからな。」
思い出しでもしたのかフラヴィオは顔を顰めて言った。

なんて言い草なの!?マリタは怒りに震えフラヴィオを睨む。
「悪かったわね!」
「そう怒るな…くくっ」
フラヴィオが笑った顔はとてつもなく破壊力抜群で令嬢達が悲鳴を上げている。迷惑な男だ。
内心で悪態をつくマリタだが周囲のご婦人方はすっかり仲の良い婚約者同士だと微笑ましく思っているのかにこやかだ。
「あの、フラヴィオ様が女性相手に笑ってらっしゃるわ。よほどご執心なのね?」
「フラヴィオ様と言えば男色家では無いかと噂されるほどの女嫌いで有名でしたものね」
などなど、様々な驚きを含むひそひそ話を聞きながらマリタは笑ってしまわない様に必死だった。

男色家!なにそれ!?知らなかった!フラヴィオ様男色家とか思われてたの!?ヤバい凄く笑っちゃいそうよ!ヤバいわ!

「おい、顔が崩壊したのか?」
「ま、まだしてないわよ…」
ヒクヒクと引き攣る口とニマニマ笑いが止まらない目元。崩壊するのを防いでいるのだ。おかしな事を言わないで欲しい。

マリタ達はフラヴィオの部下やその友人達の集まる輪に入り、マリタはフラヴィオによってまるで既に嫁入りしたかのように紹介されていた。
「私の妻となるマリタだ。くれぐれも手を出すなよ?良いか?くれぐれもだぞ?」
「まだ、マリタ嬢は婚約者ですよね?少し話をするくらいは」
「ダメだ。」
「副師団長…心の狭い男は嫌われますよ?」
「しかしマリタ嬢は凄いですね?フラヴィオ様にこれほど思われてるなんて。あの、女は皆羽虫だと言ってたフラヴィオ様に!」
「マリタを羽虫と一緒にするな!」
フラヴィオの態度や言動によりマリタのことをフラヴィオに物凄ーく、愛されている婚約者だと勘違いしたのかなんなのか。みんながフラヴィオ様にからかいを含んた声をかける。
周囲に全く溶け込めないマリタは遠い目になり少し風に当たるかと盛り上がるフラヴィオ様と愉快な仲間たちを背にしバルコニーへ向かった。

「あれじゃぁ、まるで私がフラヴィオ様に愛されているみたいに思われるじゃない!…卵を産む鶏じゃなくて卵を産む羽虫だとでも思われてそうなのに…」

はじめましての挨拶までは普通の挨拶だったのにだんだんとフラヴィが数人の友人にマリタに手を出すなと釘を刺しだしたのだ。
なぜそんな話に?と首を傾げるしかない。

「うわぁ、綺麗なお庭ね」
バルコニーへ出ると煌めく星々がまるで庭園の噴水に降っている様に水の魔法と光の魔法による演出がされていた。
バルコニーは白亜の城に相応しい可愛く可憐な、けれど気品ある造りでアーチ状の手すりを掴みマリタはバルコニーにあるベンチに座る為下へと降りた。
やはり舞踏会の衣装や踵の高いヒールは疲れる。
マリタがベンチに座りほっと息をつき、でも何か持ってくればよかったと喉の乾きを感じた。会場はものすごい熱気だったのだ。

マリタは飲み物を頼む為ボーイを呼ぶ魔法のベルを鳴らした。
しかし、少しするとボーイでは無く見知らぬ令嬢がマリタの目の前に仁王立ちで現れた。

「あなた、マリタ様よね?わたくし貴方とフラヴィオ様を見てましたの。あなた、もう既に奥様気取りなのね。でも貴方はまだ婚約者なんだから伯爵家の令嬢だと弁えなくてはいけないわ。それに、フラヴィオ様は一時の気の迷いだったと直ぐに気づくと思うの。だってわたくしの方があの方にはふさわしいのだから。わたくしね?フラヴィオ様に結婚の申し込みをしてもらう事にしたの。だからあまりいい気にならないで!」

知らないご令嬢ははぁはぁと一生懸命話したからか息切れを起こしていた。
しかし、まくし立てる様に早口で言われたマリタは内心ハテナでいっぱいになった。けれどこれだけは理解できた。
「貴方は救世主様ですね?」

不安しかないフラヴィオとの結婚がもしかしたら取りやめになるかも知れないと、彼女はそう言ったのだ。
きっととんでもない秘策と魅力を合わせ持つご令嬢に違いない。

「勝算はもちろんおありなのですね?いったいどんな魅力や秘策をお持ちなのでしょう。」
マリタがキラキラした期待いっぱいの眼差しを向けると令嬢が怪訝な顔をしてそろりと足を一歩後に出し後退る。
「…勝算……は、あ!貴方が婚約者を辞退すれば良いのよ!」
今思いついた様にマリタを睨むご令嬢だがマリタはため息を吐いた。
「それは難しいのです。先程…えーと、貴方様は…」
「わたくしは宰相でもあるペッレグリーノ侯爵の末娘、キャロル・ペッレグリーノですわ。」

溢れる自信に胸を張ってマリタに自己紹介した令嬢、キャロルは翡翠の様に美しい瞳と赤い髪をリボンを上手に使い一緒に編み上げた髪型でマリタは彼女のあまりの可愛さに感動したほどだ。
緑のドレスは白いレースやリボンが可愛らしくてそれを着たキャロルの可愛さが更に増して見える。

対するキャロルもマリタの美しさにたじろいでいた。金髪碧眼の美しいが気の強い女だと聞いていたがここまで美しいなんて聞いてない。キラキラした瞳が彼女の純粋さを見せつけてくる。
まるで天使の様に人間離れした美貌だがマリタ本人は蜂蜜色の髪と真っ白い肌でそう見えていると思っていた。
なにせ領地では隣の領地に住む伯爵家の次男坊であるマシュー・ドラゴネッティーに長いことブスと言われ続けていた為、王宮で侍女として働き出し、先輩侍女達に遠くから見たら少しばかり綺麗に見えるだけなのだからいい気になるな、自惚れるな、と言われても当たり前の事実だと頷く程に無自覚美少女だった。

「我が家は侯爵様からの申し出をどうやら受け入れたようなので、こちらからは解消する事はできません。でも、キャロル様の様な美貌の令嬢から想われていると分かればさすがのフラヴィオ様も…靡かれ…」
るかしら?
マリタの言葉が止まった。あの男に可愛いだの、美しいだのが果たして有効なのだろうかと。

「あ、当たり前よ。わたくしは以前フラヴィオ様にお会いした際に話しかけて頂いたこともあるし、頭を撫でて頂いたこともあるの。フラヴィオ様はわたくしが成人するのを待っていらっしゃると…」

しかし、先程このマリタとか言う令嬢に向けるような笑顔など見たことは無いし、話しかけて頂いたのもキャロルが公園で迷子になっていたから父に頼まれ魔法で探して貰い保護された際の質疑応答くらいだった気もする。頭を撫でて頂いたのはその時にフラヴィオ様は迅速に対応して下さったと父に報告すると話した時だった様な…

キャロルは言いようのない不安に頭を振りキッとマリタを睨みつけた。
「貴方よりもわたくしの方が可愛いもの!!」

「ええ、それは知ってますわ!ですが、フラヴィオ様は私を側に置くくらいに美醜には無頓着な方ですよね?なので出来れば美しさ以外にもフラヴィオ様を虜にする何かを示さねばあの方は興味を持たないかも知れません。」
マリタは本気だ。この令嬢にフラヴィオを押し付ける作戦を遂行し、成功させたいとかなり必死に考えていた。
何かないか。
「キャロル様、得意なものはなんですか?」
「ええ、得意なもの…刺繍かしら?」
「…刺繍が得意だなんて素晴らしいですわ。ですが、あの、偏屈な魔術師のフラヴィオ様には効き目が薄いですわね?何かフラヴィオ様が関心を示しそうなものは無いですか?」
「わたくし、お勉強もピアノも苦手で、ダンスをするのは得意なのだけど…フラヴィオ様は踊って下さらないし。」
フラヴィオがダンスなど踊るとはマリタにも思えなかった。
義務と顔に書いていそうな雰囲気でリードされ踊るのを想像してマリタはため息を吐き顔を顰めた。

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