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侍女の仕事は多岐にわたる。
シーツ交換や消耗品にあたる備品の管理、給仕や 着替えの手伝いも入る。
王族の世話は女官達がやるがそれ以外は侍女達に割り振られた仕事の方が圧倒的に多い。
マリタはB棟が主な配属先になる為その棟を出入りする騎士や魔術師などに良く出くわす。
騎士にしろ魔術師にしろ王宮に出入りする者はみなエリート揃いで平民3割り貴族7割の為か貴族社会の噂話が出回り浸透するのは早い。
「マリタ、いつの間にかフラヴィオ様の奥様になって既にフラヴィオ様がマリタの尻に敷かれて居るってもっぱらの噂よ?」
エレーナが吹き出さない様に口に力を入れプルプル震えながら言ったが既に朝から何人もの同僚や知り合いの騎士や魔術師達に聞いていた為少しばかり鼻息が荒くなっただけに留まった。

いつもの紺の簡素なドレスに白いエプロン姿で蜂蜜色の髪を今日はひとつの編み込みにしたマリタは部屋持ちのお偉いさんの中でも専属侍女を付けていない人達のお部屋にお茶の準備をして持って行っていた。 
そして人嫌いが多いらしい魔術師団の方達は専属侍女を誰も付けていない。
マリタは合流したエレーナを伴い最近の日課である二人の部屋持ちの方のお部屋に向かいカートを進めた。
「じゃ、後でね~」
「うん」
マリタはエレーナと別れ歩き出す。
エレーナはここから枝分かれするフロアに部屋を持つ魔術師団の隊長二人にお茶出しに行く。

マリタの一人目は魔術師団の団長アンドレア・ベルトイア様のお部屋だ。
彼は物腰柔らかな苦労性だと密かにマリタは思っている。
コンコン
『はーい、どーぞどーぞ』
「失礼致します」
ノックすると直ぐに自動で扉が開く。気遣いの男ベルトイア様は魔術師としての腕は国内でも一、二を争うほどの腕前だが押しに弱いと以前お会いしたベルトイア公爵夫人が仰っていた。黒髪の美男子だったベルトイア様は凄くモテたそうで夫人は幼い頃からの婚約者だったのにいつも不安だったそうだ。
夫人曰く押せ押せで予定より早く結婚して、今では夫人が公爵家の実権を握っていると言っても過言ではないそうだ。実際、あの貿易の要である港を所有する公爵領は領地管理が大変なので並大抵の令嬢では管理する事が出来ないと考えた前公爵夫人が友人の娘で幼い頃から才女と評判だったオリヴィエ様に目を付けて公爵家の嫁にふさわしい教育を施していた為オリヴィエ様が未来の公爵夫人だと婚約発表前から誰もが知る周知の事実だった。

「魔術師って魔法バカばかりなのよ?魔術と仕事がきっと一番で、それ以外の事には関心が無いんだわ。」
と以前お会いした時にオリヴィエ様が少し寂しそうに笑っていたのでマリタはかなりお節介だと思いつつも、巷で話題の雑誌を一冊プレゼントした。
夫婦仲良し計画と言うイチャイチャラブラブな新婚さんから熟年夫婦の方達までが見るらしい奥様の喜ばせ方バージョンが書かれた雑誌をマリタは書店から取り寄せ、そっと執務机の上に置いておいた。この国では雑誌は高価な物に分類される。雑誌一冊は五千ルピカ。およそケーキが十個分だが。王宮の舞踏会や茶会では散々助けて頂いているし、オリヴィエ様には良くケーキを差し入れして頂いているのだからこれくらいは当たり前だ。
オリヴィエ様が好きそうな箇所にはもちろん付箋を付ける事も忘れない。あれから結構立つが昨日お会いしたオリヴィエ様は相変わらず寂しそうに笑っていた。

「マリタさんでしょう?あの、雑誌。その、凄く恥ずかしい台詞ばかりだったけど。その、おかげ様で妻に惚れ直して貰えたかも知れない。ありがとう。」

顔を片手で覆い照れくさそうに言ったベルトイア様はいつも差し入れに来る美しい奥様に見とれているのに奥様は旦那様は自分には無関心だと勘違いしている様だったのでついついお節介をしてしまったが上手くいったなら良かった!
「お役に立ててよかったです」
マリタはニヤニヤと笑って給仕し優雅に退室する。

やっぱり夫婦って長年連れ添う訳だし…相思相愛って憧れるな。

「ちょっと、貴方」
マリタの前に魔術師団の制服を着た女性が立っていた。
「はい、どう致しましたか?」
なにかの用を言い付けに来たのかと思ったが彼女の雰囲気はちょっと怖かった。えっ、何かしちゃったかなと不安になる。
「貴方?マリタって侍女は」
「ええ、私がマリタです」
「そう、そうやってフラヴィオ様に取り入っていたのね?良いわ、今日からは私が、私がフラヴィオ様のお茶を準備するから貴方はこのカートを置いてとっとと戻りなさい。」
「あ、フラヴィオ様と侍女長の許可の元、専属侍女をなさるんですね?魔術師団の方でも申請がある場合は可能ですから。直ぐに変わらせて頂きます。はい!」
マリタはウキウキとフラヴィオ様の部屋の扉をノックした。
「ちょ、何勝手な事を。しかもなぜフラヴィオ様に会おうとしてるの!さっさとどっかに行きなさいよ!」
「え?ですがフラヴィオ様に許可を頂いてからでないと私の査定に響いたら大変じゃないですか!サボるのではなく、ちゃんと専属侍女を付ける為って書いて頂かなきゃ…」
「何を騒いでいる。マリタまったく、お前はいつもいつも騒がしいヤツだな。」
「…ふ、フラヴィオ副団長!おはようございます!」
フラヴィオがマリタしか目に入れていない様子に苛立った顔でマリタを押しのけるとフラヴィオに熱い眼差しを送る魔術師団の女性魔術師さんだがフラヴィオは無言で一瞥すると突き飛ばされて壁に手をついているマリタの方を向いた。
「マリタ、彼女は新しく入った侍女か?ちゃんと教育しなければ使えないタイプだな。まぁ、大変そうだが頑張れ…」
「はぁ?!…ゲフンゲフン。ちょっと待って下さい!彼女は魔術師団の制服を着ているんだからフラヴィオ様の部下でしょう?しかも、彼女がフラヴィオ様の専属侍女を引き受けるから私はお役御免になるんじゃないんですか?勝手にフラヴィオ様のとこのダメな部下を私の部下にしないでくださいよ。めんどくさい。」
「いや、お前も酷い言い草だぞ?ダメな部下って……
私は専属侍女をマリタにして欲しいと今朝申請したんだ。私の専属侍女はマリタだ。きっと彼女は場所を間違えたんだろ。」
「…な、な、な、」
「え?嘘ー!なんてこと。」

マリタは救世主が意気消沈してしまったのを見てフラヴィオ様はなんて罪作りな魔術バカなんだろうと密かに彼女に同情した。
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