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治癒能力と毒

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光属性の適正を持つ回復職には三種類の回復魔法が存在する。

一つは対象者の潜在治癒能力を爆上げする治癒魔法。
もう一つは対象者のHPを回復する回復魔法。
そして最後に、対象者のMPを少し回復速度を早めてあげるMP回復魔法。

だから、そんな回復職の聖女様もどきがブラック・ヘル・サーペントの猛毒を受けた勇者気取りのヴァランタンに治癒魔法なんてかけたらどうなるか。

牙の毒を受けた場所から血液が回らないようにきつく腕を縛り上げたヴァランタンがよろよろと馬車の隅にへたり込んでいたカトリーヌを揺さぶり、無理やり治癒魔法をかけるようにと叫んでいる。
ヴァランタンは元々ひ弱なお坊ちゃまなので今の状態で冷静な思考など持てるはずも無い。この勇者軍だって、自分は終始馬車の中で、主要な場で顔を出すだけと言う話だったのだ。
魔物の討伐はこの最強の騎士と名を轟かせるリュンソレイユ王国騎士団団長、バルディと、その部下である手練の第一部隊とで全て殲滅できるという事だったから、ヴァランタンは勇者として顔を出すだけのつもりだった。

それが、こんな目に遭うなんて聞いてない。

従者の青年が焦った様に「お待ちください!治癒能力を高めれば更に酷くなってしまいます!」と止めるが、目を血走らせるヴァランタンはその手を払いのけ絶叫した。

「うがぁぁ!は、早く!早く俺を助けろ!聖女だろうがぁ!!」

そして、ついにはカトリーヌの髪を鷲掴む。
「ひっ、ひぃぃー」

カトリーヌは真っ青な顔で震えながら治癒魔法をかけ出した。無我夢中でかけた後はもちろんそのままヴァランタンに吐瀉物を撒き散らしながら嘔吐して、気を失った。

だが。そこまでしてかけた治癒魔法はヴァランタンを更に苦しめた。

現にヴァランタンの咽からは獣の様な呻き声が上がっている。

(血流が良くなったんだろうね。)
その様子を見ていたアユミの感想だ。

もちろん、人の治癒能力如きが能力アップした所でブラック・ヘル・サーペントの猛毒には太刀打ち出来るはずもなく。
むしろ毒が回る速度が数倍早くなり、悪化させるだけだった。
現に勇者ヴァランタンの体内では猛毒が先程より速い速度で猛威を振るってるらしく皮膚が赤黒くなっている。

ブラック・ヘル・サーペントの毒は血管を攻撃し、激痛を与え、その痛みで獲物がのたうち回る。
そして、弱った所を喰らいつくのだ。

ヴァランタンは高名な教皇が術を施した補助用のグッズをジャラジャラと付けている為に、直接の死には至らないのかも知れないけれど。
心臓の弱い者や持病持ちなどの場合は痛みの為ショック死する場合がある。

ぎゃあぎゃあと叫び、のたうち回っている勇者は、色々と垂れ流す程には激痛を味わっているらしい。

ぶるりと震える両腕を擦りながらアユミは勇者から目を逸らした。と、同時に周囲が遠巻きにこちらを見ている事に気付く。

「あいつら、Cランクの寄せ集めパーティって話じゃ無かったのか?なんだあの馬鹿げた強さは。」
「Bランクの冒険者パーティ…なんて言ったっけ?アイツらがカスの集団だなんて言うから。だから、てっきり足手まといだと思ってさ」

そう言って震えているのは変幻で平凡顔に見えているアユミに対して「ブスが魔法使い気取りか」と言っていた不細工な兵士だ。
自分は棚上げかとアユミはいつか痛めつけてやりたい野郎共に名を刻むべきかしら?と、興味を持った兵士だ。

「そうそう、だから俺らも雑用やらせて憂さ晴らしでもしようか…なんて思ってたのによ」
薄茶の髪に緑の埋没系平凡顔兵士がポツリと呟き。それに頷いて隣りの兵士も口を開く。
「お、俺はお前が良い憂さ晴らしがあるって言うから」

顔色の悪い彼等に頷く面々は皆、アランを優男、モルを男女、ベラをヒステリー女、アユミを魔法が使えない召使い以下の下女などと言っていた兵士達だ。

そんな兵士達とは対照的に、冒険者達はアユミ達の異常さに少し前から気付いており、どう対応するべきかを測りかね皆少しばかり距離を置いていたのだが。
「アランさん、かっこいい」
「私、実は前から気になってて」
「あら、私ははじめっから目を付けていたわ!」
今は違うらしい。特に女性の冒険者達がアランを見る目は獲物を目にした女豹の様だ。

まぁ、実際、アユミが出会ったばかりの頃のアランは優しいだけの頼りにはならない、冒険者としてはダメダメな、弱っちい男だった。

でも、アランはアユミの危機には必ず助けに現れたし、ズタボロで情けなくやられながらも絶対にアユミに傷を負わせない様にと踏ん張っていた。彼なりの本能で動いていたのだが、そちらは未だにアラン本人すら理由に気付いていない。

現在アユミの変幻で特定の人達からは別人に見えているモルは。
見た目がちょっと筋肉質なマッチョだが、スタイルは良いし劇団の男性役をする女優さんの様にカッコイイ美人だ。
それにモルの筋肉は素晴らしい。所謂、戦う為に付いた綺麗な筋肉だ。

それは必死に鍛錬を積んだ成果。きっとこの場で、素手で戦ってモルに勝てる兵士は居ないだろう。

(ベラは………うん。確かにちょっとヒステリーかも?)
なんてアユミは失礼な事を考えながらベラを見た。

お嬢様育ちな彼女は夢見がちな大人の女性だ。綺麗事が大好きで、思い込みが激しくて。お小言を口にする時はなんだかやたらと生き生きと輝いて見える。
そしてハーフエルフだけあってびっくりするくらい美しい。『紫鳥』のパーティのおかん的存在な気もするけど。


そんなベラの元に兵士を押し退け、ヴァランタンの従者がやって来た。

「さ、先程、毒にやられた兵士を手当したのはお前か!?今すぐ、殿下を、勇者様を診ろ!」
ベラがそうだと思って来たのだろう。だけど眼差しは高々冒険者如きになぜ頼まねばならん、とでも言いたげだ。

「毒、ですか。私は生憎、回復魔法の系統しか使えません。専門外ですね。」

「なっ、……お前では、無いと言うのか?し、しかし」

従者にベラが応対している。全く知りませんと言わんばかりのベラはチラリとアユミを見て、呆れたと言いたげな顔をする。

先程、ブラック・ヘル・サーペントの牙で負傷した兵士を診ていたのはアユミだ。
アユミが結界を張っていたせいで、あの岩場でアユミが兵士の傷を診ていたのを知る者はアユミから治療を受けた兵士のみ。

まだ体内に回った毒の攻撃で傷んだ痛みなどが残っており、それらの痛み全てを取り除いていない為に、あの兵士は未だ激痛と戦っているはずだ。きっと証言すら息も絶え絶えなものだっただろうに。無理やり聞き出したのだろうか?

(鬼畜か、お前ら。)

なんて思いながらアユミはそっと気配を消し、フェードアウトして行く。

(やれやれ、今勇者に死なれては面倒臭いし。
……ちょっとだけ、心臓と頭にある毒だけは取り除いて、っと。
これで、じわじわと痛みが継続しながら死なないと言う、自然な拷問…ゲフンゲフン。自然な治り方になるね。)

勇者ヴァランタンの呻き声が響く馬車がガタゴトと動き出す。それを見送るアユミ達は馬に乗る事を勧められたが今更だと断って歩き始めた。







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