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5日目

〝まんぷく亭〟⑨

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「こっちの混ぜるヤツは、こんな感じで良いのか?」

 バルトさんが大きな器を差し出し、中身が見えるようにして私に確認する。

「あ、はい、それで大丈夫です。でもちょっと量が多くないですか? これを全部餃子ぎょうざにするなら、皮をたくさん作らないとですよ」

 コッコ鳥の唐揚げが好評だったのもあって、つづけて餃子ぎょうざも作ることになった。
 ラッシャイさんとマカイナさんだけでなく、他の面々も興味があったようで、なんだかんだと皆楽しそうに手伝ってくれている。
 メモを片手に作業工程を観察するのに夢中なカジドワさんと、助言なのか冷やかしなのかわからない言葉をかけて回るガン爺は、戦力にはなっていない気がするけれど。

 餃子のタネ(具)は、ブタン肉をひき肉にしてから粘りが出るまでねたり、野菜を細かく刻んだりと大変なところが多い。
 ラッシャイさんに全面的に任せてしまったのだけれど、さすが料理人。
 手元を覗き込むカジドワさんを物ともせず、張り切るバルトさんを上手く使って、思いのほか早く仕上げてしまった。

「よし、じゃあ、今度はそっちを手伝うかな」

 餃子の皮作りに名乗りを上げたバルトさんは、作業台にしている食堂のテーブルを覗き込んで首を傾げた。
 魔法で洗浄したテーブルの上には、濡れた布巾ふきんをかけた器が置かれていたのだが、打ち粉が振ってあったので、白い粉で汚れているように見えたようだ。
 器の中は、マカイナさんとイモールさんと一緒に作った餃子の皮の生地が入っている。
 少量の塩を混ぜた粉にゆっくりお湯を注ぎ、ポロポロの状態にしてから手の平で押すようにこねて、耳たぶくらいの固さにしてまとめたものだ。今は水分をなじませ、しっとりなめらかにさせるためにねかしている。
 本当は二、三十分ほどおいた方が良いらしいのだが、中に入れるタネ(具)が完成しているので、少し早いけれど次の作業に進むことにした。

 生地の一つを取り出して棒状にのばし、適当な大きさに切り分けていく。
 頬に白い粉をつけたイモールさんも、すかさず同じものを作り、私がそれを丸い形にととのえると、得意げな顔で真似て見せた。
 幼児でもできそうなのだけれど……心の中で呟きつつ、楽しそうに手を動かすイモールさんを微笑ましく見守る。
 周りの大人たちも同じ様に思っているのだろう。

「うまいじゃないか」
「その調子で、どんどん作ってくれよ」

 などと、笑顔で声を掛けている。
 簡単なところはイモールさんに任せるつもりのようなので、この作業は彼女に頼むことにした。
「任せて下さい」と張り切るイモールさんを横目に、私は打ち粉をしたテーブルに先ほど丸い形にととのえたの生地を置き、手の平で軽く押してつぶしていく。

「こんな風にのばして、丸くて薄い皮を作りたいのだけれど……麺棒がないのでちょっと難しいですね」

 自分で作った不格好な皮に苦笑する。
 以前、麺棒を使って子供と一緒に作った餃子の皮を思い出しながら、魔法を試してみることにした。
 フッと生地から手がわずかに浮くのを感じ、確認すると良い感じに皮ができていた。
 口元に笑みが浮かぶ。

「こんな感じです!」

 はやる気持ちを抑えつつ、皆に見せて確認してもらったそれを、見本にするためテーブルの中央に置く。

 忘れないうちにもう一つ作ってみよう。


 ――コツを掴めば簡単だった。
 魔力の消費もそれほど感じなかったので、どんどん作っていく。
 イモールさんも負けじとスピードを上げてきたので、私も手を止めずに集中する。
 上機嫌で出来上がった皮に打ち粉をして並べていく私を、驚きの表情で見つめる視線があることなど知らず、鼻歌まで飛び出していたかもしれない。
 最後の一つを完成させ、目の前に積み上がった餃子の皮に満足したところでやっと、店内がやけに静かなことに気付く。
 いぶかしげに顔を上げると、中途半端に作業の手を止めた状態で、ポカンとこちらを見ている複数の視線が……

「ん?」
 
 私の手際の良さに驚いた……という感じではないような?
 もしかして、鼻歌交じりで餃子の皮作りに没頭ぼっとうしていたことを呆れられたのだろうか。

 答えを求めるようにバルトさんを見れば、呆れ顔でため息をかれてしまう。

「相変わらずユーチの魔法はおもしろいな。かゆい所に手が届くっていうか、知っちまうとその魔法それがないと物足りないっていうか、不便に感じちまう。地味に便利だから困るんだよな」

 バルトさんは苦笑するも、どこか楽しそうに私の魔法を褒めて(?)くれた。

「ユーチにあやかって試している魔法があるんだが、なかなか難しくてな。だが、その魔法が使えるようになれば、酒がもっと美味うまくなるはずだからな。精進あるのみだ」

 酒が美味くなる? 

 バルトさんはどの魔法のことを言っているのだろう。
 私が使える魔法で、そんな効果のあるものはなかったと思うけれど。

 酒類、ビールなんかを冷やして飲みたいってことなのかな?

 物を冷やす魔法はまだ実践したことはないが、以前、水を出そうとして〝お湯〟を出したり〝冷たくて美味しい水〟を魔法で再現したりしたから、それをヒントにしているのかも。

 私にとって魔法は、不思議で面白くて心躍るものだ。
 思いついた魔法が役に立って喜んでもらえるなら、こんな嬉しいことはない。
 ますます便利な魔法に挑戦したくなる。

「いやいやいや、なに二人でなごやかに会話はじめているんですか? さっきユーチ君が使っていた魔法、ちょっとやってみたって感じで使えるような魔法じゃないですよね。しかも連続で発動させていたのに魔力切れしないとか、子供なのにどれだけ凄いんですか?」 

 頬が緩むのを気にしつつバルトさんといつものように話していると、カジドワさんがさえぎるように口を挟んできた。

「え? なに? ユーチ君がどうかしたの?」

 イモールさんは私が魔法を使ったことに気付いていなかったのか、不思議そうに首を傾げている。

「嬢ちゃんは自分の仕事に集中しとったで、見てなかったんじゃな」

「そりゃ、見事だったよ。何をどうやったのか、私じゃさっぱりわからなかったけどね」

「おお、あんな魔法はじめて見たな。バルトさんが以前調理に使っていた魔法にも驚いたが、今日のユーチ君の魔法も負けてない感じだったよ」

 ガン爺に続いてマカイナさんとラッシャイさんからも、先ほどの魔法ことを話題にされ、戸惑ってしまう。

 そういえば、孤児院とバルトさんの前でしか魔法を使ったことがなかったかもしれない。

「それも今回だけじゃなく、普段から変わった魔法を詠唱えいしょうなしでポンポン使っていたとか? なんでもないことのように笑って受け入れているバルトさんもおかしいから」

 カジドワさんに続けて苦言を呈され、私とバルトさんは視線を交わし苦笑する。

「いや、でもなあ、ユーチだからな。ある意味仕方がないと思うぞ」

 バルトさんにしみじみ言われると、自分の想像以上にやらかしていたのかもしれないと、申し訳なくなる。

「規格外なのは魔法だけじゃないからな……」

 続けて小さく呟かれたバルトさんの言葉に、ますます申し訳なくなるのだった。





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