上 下
30 / 88
4日目

収入

しおりを挟む
 シューセントさんが用意していた書類の内容を確認してサインをしたり、口座を作ってもらったりと、商業ギルドでの用事を済ませた。

 今回の特許申請はブーティック商会の名義でおこなわれたので、私の名前が表に出ることはない。
 衣服それらを貸し出すにあたって、私の持ち物であることを漏らさないように契約していたこともあって、利益の分配はブーティック商会から内密に私の口座に支払われるよう手続きがされた。
 これにより私は、日本で着ていた衣服などの技術で、安全に資金を増やすことができるようになったらしい。自分の努力で得た資金ものではないので後ろめたくはあるけれど、現状を考え、ありがたく受け取ることにする。 
 それにそれらの技術で、この世界ここの人たちの暮らしが良いように変わるのなら嬉しいし、その様子を見るのも楽しそうだ。

 商業ギルドここにまだ用事があるというシューセントさんに見送られ、私とバルトさんは商業ギルドを後にする。別れ際シューセントさんに、バルトさんから香る柑橘系かんきつけいの香りのことを尋ねられ、ドキッとする場面もあったけれど、バルトさんがとぼけて誤魔化ごまかしてくれたお陰で詳細を話さずに済んだ。

 隠す必要はなかったかもしれないが、普通の『洗浄』魔法では匂いの元も消してしまうらしく、私のようにあえて香りを付ける発想をする者などいなかったと、バルトさんに驚かれたこともあり、今のところ大っぴらにしない方がいいように思っている。
 けれど、香りを魔法で再現することができると知ったバルトさんが「俺も試してみるかな?」と〝香り魔法?〟に意欲をみせていたので、そのうち誰にでも使える魔法として広がっていくような気がして、ちょっとワクワクする。

 それにしても、カジドワさんやショリナさんは気付かなかったわずかな香りに気付ける、シューセントさんの鋭い感覚には驚くばかりだ。
 笑顔で手を振るシューセントさんの目がキラリと鋭く輝いたように見えたのは、気のせいだろうか?


 昼時の賑やかな街を見渡す。
 やっぱり午前中に孤児院へ行くのは無理みたいだ……私はちょっと残念い思い小さく息を吐く。

 鞄のポケットをのぞき、ホワンが丸くなって眠っている姿を確認する。
 珍しくショリナさんやシューセントさんの前に出てきていたけれど、疲れちゃったのかな?
 ゆっくり呼吸を繰り返しているホワンに目を細め、そっとポケットの蓋を閉めた。

「さて、これからどうするかな?」

 邪魔にならない場所で立ち止まり、バルトさんは私に視線を向ける。

「バルトさんは、冒険者ギルドに用があったのではないですか?」

「ああ、魔物の討伐依頼の詳細が今日提示されるらしいから、それを確認して依頼を受ける手続きをする必要がある。気は進まないが、クレエンと約束したから仕方がない」

 バルトさんは嫌そうに顔を歪ませた。

「なら、このまま冒険者ギルドに行きませんか? わた……僕も、どんな依頼があるのか知りたいので、掲示板を見ておきたいです」

 〝私〟と言いかけ〝僕〟と言い直したことに気付いたバルトさんはニヤリと笑う。
 「じゃあ、そうするか」と私の頭に手を乗せ、わしゃわしゃと髪を撫でながら「……スカート、楽しみなんだがなあ」と小声で呟くのが聞こえた。
 からかうような視線を向けてくるバルトさんを軽くにらみ、絶対にバルトさんの前では〝私〟と言わないようにしようと気を引き締める。

 少し来た道を戻り、先ほど出てきたドアの隣にある冒険者ギルドの入り口へ向かう。

「いらっしゃ~い」

 商業ギルドより狭く親しみやすい雰囲気の受付から、銀の髪が美しいアネスさんの声が響く。

「依頼を確認させてもらうな」

 バルトさんはアネスさんに軽く手を振ると、私の背を押し掲示板の前に立った。
 早速、上の方にある領主様からの依頼を見つけたのだろう。

明後日あさってかよ。すぐじゃねえか」

 バルトさんが力なくつぶやくのが聞こえた。
 確かに、思っていたよりも早い。
 2日後には、バルトさんたちは魔物の討伐に向かうことになるようだ。
 最短で戻れたとしても2日は家を空けることになるらしいから、その間、私は留守番になる。

 少し不安はあるけれど、バルトさんのお陰で住む家があるし知り合いもできた。

 下の階にはカジドワさんがいるし、孤児院にはマーザ院長も子供たちもいる。
 それに『まんぷく亭』に行けば、ラッシャイさんとマカイナさんが笑顔で迎えてくれそうだ。
 出会って間もない人たちだけれど、何かあれば助けてくれると思う。

 ここでの自立の一歩として、しっかり留守を預かり、バルトさんに安心してもらわないと。
 いつまでも私に付き合って、冒険者の仕事を休ませるわけにはいかないからね。

 見たことのない〝魔物〟には恐怖を覚えるけれど、領主主導しゅどうで決行される【魔物討伐】では人数が確保され、領主様が雇った補助人員や物資によって怪我の治療にも対処してもらえるというから、危険は少ないと聞く。
 なので無事依頼が達成できるように、笑顔で送り出すつもりだ。


 掲示板の下の方には、私のような子供でも受けられそうな依頼が並んでいる。
 店の掃除や片付け、庭の草取りなどの仕事に加え、この前街で知り合った子供たちが受けていた、ムニュムの排出物を畑へ運ぶ仕事もあった。

 報酬は、500ルド~2,000ルド(銅貨5枚~小銀貨2枚)ほど。
 1日1つの依頼を受け1カ月(30日)休みなく働くと、15,000ルド~60,000ルド……か。

 バルトさんが借りている家の家賃は、特別価格なのかもしれないけれど月15,000ルドだったはずだから、日本に比べるとかなり安い。
 また〝屋台〟や〝まんぷく亭〟の料理も、随分お得な値段だったことを思い出す。自炊をすれば、さらに食費を抑えることができそうだ。

 何人かで一緒に暮らすなら、贅沢をしなければ生活できないことはないのかな?

 病気や怪我をしないっていうのが、必要な条件になるだろうけれど……子供たちだけでも自立できるかもしれない。
 ……そう思うと、気持ちが軽くなっていくような気がした。


『〝洗浄〟の魔法を覚えて冒険者になったら、いっぱい依頼を受けて、いっぱいお金をかせぐんだ!』

 そう言って笑っていたデシャちゃんの姿が浮かぶ。

 私も孤児院の子供たちに負けないように、自分の力でお金を稼げるようになりたいと強く思った。



しおりを挟む
感想 887

あなたにおすすめの小説

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、 生まれる世界が間違っていたって⁇ 自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈ 嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!! そう意気込んで転生したものの、気がついたら……… 大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い! そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!! ーーーーーーーーーーーーーー ※誤字・脱字多いかもしれません💦  (教えて頂けたらめっちゃ助かります…) ※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません

勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ
ファンタジー
「勇者じゃないと言われて追放されたので、帰り方が見つかるまで異世界でスローライフすることにした」から改題しました。 ※小説家になろうで先行連載してます。 何の取り柄もない凡人の三波新は、異世界に勇者として召喚された。 他の勇者たちと力を合わせないと魔王を討伐できず、それぞれの世界に帰ることもできない。 しかし召喚術を用いた大司祭とそれを命じた国王から、その能力故に新のみが疎まれ、追放された。 勇者であることも能力のことも、そして異世界のことも一切知らされていない新は、現実世界に戻る方法が見つかるまで、右も左も分からない異世界で生活していかなければならない。 そんな新が持っている能力とは? そんな新が見つけた仕事とは? 戻り方があるかどうか分からないこの異世界でのスローライフ、スタートです。

~まるまる 町ごと ほのぼの 異世界生活~

クラゲ散歩
ファンタジー
よく 1人か2人で 異世界に召喚や転生者とか 本やゲームにあるけど、実際どうなのよ・・・ それに 町ごとってあり? みんな仲良く 町ごと クリーン国に転移してきた話。 夢の中 白猫?の人物も出てきます。 。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。