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第四話
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荷物をまとめながら、宇土は少しホッとしていた。
自分に相撲が、勝負事が向かないことは分かっていた。だからといって、自分に何が出来るかと言われれば、何も思いつかなかった。だからこそ、相撲にしがみつくしかないと思っていた。それなのに大工の棟梁が自分を必要と思ってくれている。それだけで嬉しかった。
だから、宇土は大工として頑張って行こうと、気持ちを切り替えていた。
次の日、甚六を宇土は歓迎と共に迎えられた。
「近くで見ると、本当にデカいな。これからよろしくな、宇土」
「これから、よろしくお願いします」
宇土は心機一転、頑張ることにした。
そうは言っても、今の宇土の出来る事と言えば力仕事だけだった。木材を運んだり、基礎土台となる玉石を運んだりする事だった。
甚六親方は、徐々に仕事を覚えていけばいいと言ってくれた。
それは、宇土の物覚えの悪さを、親方から聞いていたからだった。
しかし、一年、二年と働いても、仕事の覚えの悪い宇土に不満を抱き始めたのは、兄弟子達だった。
「宇土! てめえ、いつまで墨出しやってやがる。チャッチャとしねえと、日が暮れっちまうぞ」
「はい、兄貴」
「宇土! ここ片付けとけ!」
「はい、兄貴」
「宇土! この柱持って行くのを手伝え!」
「はい、兄貴」
宇土はどんどんと雑用を言いつけられる。断るという言葉を知らない宇土は、呼ばれればすぐにそちらに行ってしまう。そのため、前に言われたことを忘れてしまう。
「宇土、てめえ、ここ片付けとけって言っといただろうが!」
「へえ、すみません」
「本当にてめえは愚鈍だな」
「へへへ」
「愚鈍か。おまえにゃ、お似合いだな」
ある背の低い兄弟子がそう言うと、他の弟子達も宇土の事を愚鈍と呼ぶようになった。実際に自分は頭も悪く、間抜けなのだから、そう言われてもしょうが無いと、宇土はヘラヘラと笑うだけだった。
宇土は怒られない日はなかった。それでも、自分が生きる道はこれしかないと、毎日頑張った。
「よう、愚鈍、なんで木片なんか持って帰ってるんだ?」
「へえ、飾り彫りの練習をしようかと」
宇土は大工を始めてから、神社仏閣に行ったときに見る飾り彫りに興味を引いたのだった。
それを自分もやってみたいと、普段の仕事とは別に家に帰ってから練習をしはじめたていた。
「飾り彫りね。まあ、好きにすりゃ、いいが。おめえはもっと、他にやることがあるだろう」
「へへへ、それじゃあ、権蔵兄さん、お疲れ様でした」
「まったく、仕事はできねえ、酒も飲めねえ。そんな愚鈍が飾り彫りかよ。まあいいや。おい、新八。いつものそば屋に、一杯ひっかけに行くぞ」
そう言って、権蔵と呼ばれた兄弟子は、宇土の弟弟子を引き連れて帰って行った。
権蔵の言い分も分かる。宇土は普通の人間が半年もあれば覚えるようなことを、二年経っても時々忘れる。だから大事な仕事は任せて貰えない。そもそも、人の手元を見て技術は盗めと親方から言われるのだが、宇土としては言われたことをこなすので精一杯で、兄弟子達の仕事ぶりを見るなんて暇はない。たとえ、その仕事ぶりを見ても、コツは分からないし、教えて貰ったとしても、次の日にはほとんど忘れてしまう。
そのうち、弟弟子達からも愚鈍と呼ばれて、ことあるごとに馬鹿にされはじめた。
「おい、愚鈍、この鉋くずは何だ。まるで大根の桂剥きじゃねえか。こんなに削っちゃ、木が無くなっちまうぞ。鰹節を削るように薄く削るんだよ。これじゃあ、弟弟子の方がよっぽどうめえじゃねえか」
「愚鈍さん、こうやるんですぜ。へへへ」
弟弟子はこれ見よがしに、薄く削られた鉋くずを見せた。
新人達は、初め宇土のその大きな身体とその身体に見当たった力を見て、敬意を持つのだが、何をしても怒らない宇土と、そのあまりにも駄目な仕事ぶりを見ると、半年もしないうちに愚鈍と呼び、馬鹿にし始める。
そんな毎日に、宇土は将来を憂うようになり、ある秋の日、荒川沿いの人気の無い草っ原に座り込んでいた。
自分に相撲が、勝負事が向かないことは分かっていた。だからといって、自分に何が出来るかと言われれば、何も思いつかなかった。だからこそ、相撲にしがみつくしかないと思っていた。それなのに大工の棟梁が自分を必要と思ってくれている。それだけで嬉しかった。
だから、宇土は大工として頑張って行こうと、気持ちを切り替えていた。
次の日、甚六を宇土は歓迎と共に迎えられた。
「近くで見ると、本当にデカいな。これからよろしくな、宇土」
「これから、よろしくお願いします」
宇土は心機一転、頑張ることにした。
そうは言っても、今の宇土の出来る事と言えば力仕事だけだった。木材を運んだり、基礎土台となる玉石を運んだりする事だった。
甚六親方は、徐々に仕事を覚えていけばいいと言ってくれた。
それは、宇土の物覚えの悪さを、親方から聞いていたからだった。
しかし、一年、二年と働いても、仕事の覚えの悪い宇土に不満を抱き始めたのは、兄弟子達だった。
「宇土! てめえ、いつまで墨出しやってやがる。チャッチャとしねえと、日が暮れっちまうぞ」
「はい、兄貴」
「宇土! ここ片付けとけ!」
「はい、兄貴」
「宇土! この柱持って行くのを手伝え!」
「はい、兄貴」
宇土はどんどんと雑用を言いつけられる。断るという言葉を知らない宇土は、呼ばれればすぐにそちらに行ってしまう。そのため、前に言われたことを忘れてしまう。
「宇土、てめえ、ここ片付けとけって言っといただろうが!」
「へえ、すみません」
「本当にてめえは愚鈍だな」
「へへへ」
「愚鈍か。おまえにゃ、お似合いだな」
ある背の低い兄弟子がそう言うと、他の弟子達も宇土の事を愚鈍と呼ぶようになった。実際に自分は頭も悪く、間抜けなのだから、そう言われてもしょうが無いと、宇土はヘラヘラと笑うだけだった。
宇土は怒られない日はなかった。それでも、自分が生きる道はこれしかないと、毎日頑張った。
「よう、愚鈍、なんで木片なんか持って帰ってるんだ?」
「へえ、飾り彫りの練習をしようかと」
宇土は大工を始めてから、神社仏閣に行ったときに見る飾り彫りに興味を引いたのだった。
それを自分もやってみたいと、普段の仕事とは別に家に帰ってから練習をしはじめたていた。
「飾り彫りね。まあ、好きにすりゃ、いいが。おめえはもっと、他にやることがあるだろう」
「へへへ、それじゃあ、権蔵兄さん、お疲れ様でした」
「まったく、仕事はできねえ、酒も飲めねえ。そんな愚鈍が飾り彫りかよ。まあいいや。おい、新八。いつものそば屋に、一杯ひっかけに行くぞ」
そう言って、権蔵と呼ばれた兄弟子は、宇土の弟弟子を引き連れて帰って行った。
権蔵の言い分も分かる。宇土は普通の人間が半年もあれば覚えるようなことを、二年経っても時々忘れる。だから大事な仕事は任せて貰えない。そもそも、人の手元を見て技術は盗めと親方から言われるのだが、宇土としては言われたことをこなすので精一杯で、兄弟子達の仕事ぶりを見るなんて暇はない。たとえ、その仕事ぶりを見ても、コツは分からないし、教えて貰ったとしても、次の日にはほとんど忘れてしまう。
そのうち、弟弟子達からも愚鈍と呼ばれて、ことあるごとに馬鹿にされはじめた。
「おい、愚鈍、この鉋くずは何だ。まるで大根の桂剥きじゃねえか。こんなに削っちゃ、木が無くなっちまうぞ。鰹節を削るように薄く削るんだよ。これじゃあ、弟弟子の方がよっぽどうめえじゃねえか」
「愚鈍さん、こうやるんですぜ。へへへ」
弟弟子はこれ見よがしに、薄く削られた鉋くずを見せた。
新人達は、初め宇土のその大きな身体とその身体に見当たった力を見て、敬意を持つのだが、何をしても怒らない宇土と、そのあまりにも駄目な仕事ぶりを見ると、半年もしないうちに愚鈍と呼び、馬鹿にし始める。
そんな毎日に、宇土は将来を憂うようになり、ある秋の日、荒川沿いの人気の無い草っ原に座り込んでいた。
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