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第一話

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 時代は徳川吉宗が八代目将軍として改革を行っている頃。
 享保きょうほうの改革など、どこ吹く風か、ひとりの青年が自分の将来を憂いながら、秋の荒川のほとりに座り込んでいた。


 その、二十歳の青年の名は宇土うどと言い、生まれた時から身体が大きかった。大飯食らいですくすく大きくなり、身長が6尺180cmに達した15の時に、将来を有望視されて、ある相撲部屋へと預けられた。

「おう、宇土。デカいばかりじゃ相撲は勝てねえ。しっかり腰を落とすんだよ」
「はい、親方」

 力自慢の男達が集う汗の臭いが充満する相撲部屋の中で、親方が熱心に宇土に指導をしていた。それもそのはず、この時代の平均身長は5.1尺155cmほど。宇土は背の高さだけでなく、横にも大きく、体重もそれに見合った重さがある。上手く育てれば歴史に残る横綱になれる逸材だと、親方は確信しての指導である。
 素直な宇土は親方の言うように、腰を落とす。しかし、腰を落としただけである。

「腰を落としただけじゃ、相撲は勝てねえぞ。前に出ろ!」
「はい、親方」

 宇土は前に出る。腰を浮かして棒立ちになりながら、足を上げて前に出る。それを見た練習相手の力士は、宇土の浮いた足を掴むと、あっという間に宇土を倒してしまう。
 それを見て親方は叫んだ。

「何やってやがる。腰を落としたまま、前に出るんだよ! すり足だ、すり足」
「はい、親方」

 宇土は汗にへばりつく土を払うことなく、立ち上がると、次の相手に向かって、すり足で前に出る。棒立ちのままで。
 相手は腰を落とし、すり足で宇土の腰辺りに当たると、回しの深い所を握る。すると、綺麗な上手投げで宇土を転がした。

「何やってやがる。もういい、てめえは基礎が出来るまで、鉄砲でもやってろ」
「はい、親方」

 宇土は親方に言われた通り、部屋の端に立てられている丸太に向かって、張り手を繰り出す。
 それを見て親方はため息をついた。
 本来鉄砲はただ、手だけで張り手を繰り出す物ではない。足運び、体重のかけ方、腰の落とし具合を確認しながら、しっかりと自分の力を鉄砲柱に伝えるための大事な基本練習である。
 しかし、宇土はただ、手だけの力でぺしぺしと鉄砲柱を叩いているだけである。あれでは、いくら練習をしても意味が無い。しかし、宇土は黙々と鉄砲柱を叩くのだった。

「身体だけなら、今でも横綱級なんだがな。なんであんなに頭が悪いんだ」

 親方はため息を吐くように、煙草の煙を吐き出しながら頭を抱えた。
 宇土は素直な男だ。言われたことをちゃんと行おうとする。しかし、それが出来るのは、一つのことだけだった。宇土はなんせ物覚えが悪かった。二つ言えば一つ忘れ、三つ言えば二つ忘れ、四つ言うと四つ忘れるという具合だった。

「おいらの教え方が悪いのかな?」

 親方は自分の指導に自信を無くしかけていた。一年前に宇土が弟子入りしたときには、飛び上がるほど喜んだ。それこそ、急遽、かみさんに鯛を買ってこさせて、宇土に振る舞ったくらいだった。
 しかし、力士としての宇土は一年前から何も成長していない。変わったことと言えば、回しの付け方が上手くなったくらいだった。
 何が悪いのか。
 親方にはその理由に薄々、気が付いていた。
 宇土には闘争心という物が感じられない。
 素直なのだが、ただ、言われたことを必死にこなそうとするだけである。必死で勝とうとしていない。普通は人に勝ちたい、上手くなりたいと言う気持ちから、自分で工夫をしようとする。だからこそ、上達する。
 しかし、宇土にはそれが感じられない。
 こればっかしは本来の性格もある。どうしたものかと思い悩んだ親方はある寄り合いで、大工の棟梁である甚六に相談した。

「うちの宇土がどうも、いけねぇ。物覚えが悪い上に、気が弱くて勝負ごとに向いてねえんじゃねえかと、最近思い始めてよう」
「宇土って、親方が期待してた、あの小僧の事だろう。体が大きく、力も強いって一年前に自慢してた」
「その宇土の奴がいつまでたっても、上達しなくて困ってるんだよ。力士ってのは力や技術もそうなんですがね、土俵際の競り合いになったら、こんちくしょう、死んでもこいつに負けるかって言う、負けん気が勝負を決めるんでさ。宇土にはそいつが見えねえんですよ」

 親方はそう言って、お猪口に入った酒をくいっと飲み干した。
 それを見た甚六は、酒を注ぎながらある提案をする。

「どうだろう、親方。力士って言うのは、選ばれた人間のなるもんだ。親方がどうしても向いてないと三下り半を突き付けたら、うちに来させませんかね。力が強いって言うなら、大工にゃ重宝するんでさ。うちも気が強い奴らも多いですが、別に大工にゃ土俵際はありゃしません。宇土って小僧は真面目なんでしょう。だったらうちで一から職人に育てあげますよ」
「甚六さんの所にか……」

 親方はしばらく考えた。宇土のことを考えるとそれも悪くない。
 無駄飯喰らいを置いておくほど、親方の部屋は裕福ではない。宇土の事をよく知らない他の部屋の親方から、自分の指導が悪く、才能を潰したと言われるのもしゃくだった。
 そこで親方は、新たに入ってくる小僧のことを思い出した。
 
「甚六さん、おいらは宇土に最後の機会をやろうと思うだよ。それで駄目だったら、甚六さんところで面倒を見てやってくれませんかね」
「それは、いいけど。何をするんだい」
「おいらにちょっと考えがあってね」

 親方はスルメを噛みしめながら、甚六に自分の考えを話し始めた。
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