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アメリカ本土 1回目

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スー村で過ごした数日間は、実に有意義なものとなった。これからどれだけの期間この世界で暮らすのかわからないが、ホームタウンがあるというのは本当に安心できるものだ。

「このままこの村に住め」

そう何度誘われたかわからない。
村の長老格も精神的同世代も、若者や子供達も、皆異口同音に俺をこの村に引き留める。
ある意味で俺は貴重な戦力なのだ。モンスターを狩り、魔法で村人達の生活を豊かにできる。
俺にとっても必要とされている場所に留まる事は心地良い。

だがそれでいいのだろうか。
俺はいったい何のためにこの世界に来たのだろう。
幼いアニタ、10代前半の少女の言を借りれば俺は“呼ばれた者”であるらしい。
この少女は時折予言めいたことを口にして、更にはそれがよく当たると評判だった。
“アニタが言うのならば間違いない。カズヤは探索に出た少女達が召喚した者なのだ”
これが俺の立ち位置であり、俺自身も納得できる理由だ。
であれば、俺はこの世界で何をするべきか。
夜眠る度に夢に見る少女達との旅の光景が、俺の心を責め立てる。責め立てるのだ。

◇◇◇

「行くのかい?出立の準備は?」

5月10日の早朝、デボラに会った時の第一声がこれだった。
準備は前日までに済ませてある。準備といっても、自宅から思いつく限りのアウトドア用品を収納魔法を付与したポーチに詰め込んできただけだ。湯さえ沸かせれば食料は何とかなる。
まあいざとなったら自宅に転移すればいいのだ。

「ああ。いつまでも遺体を抱えているわけにもいかないからな。まずはアルカンダラの養成所に行って遺体と遺品の調査を依頼する。そのあとの事はその時になったら考えるさ」

「そうかい。昨日の夜遅くにメラスが家に来てね、メラスのとこの嬢ちゃんが言ったそうだ。“明日にはあんたが村を出る。止められない”ってね」

「そうか。あの子はやはり気付いていたか」

「気付いていたのか神懸かりなのか知らないけどね。あんたが思い直してくれれば、それでいいんだが。ここ数日のあんたを見てると引き留めるわけにもいかない。ろくに寝てないんだろう?」

「ああ。夢にあの子達が出てくるんだ。別に恨み節を言いに出てくるわけじゃない。本当に楽しそうに旅をしている夢だ。だがその夢を見るのが怖くてな」

「そうかい。まあ私にも覚えがあるよ。初めて護衛任務に失敗して命からがら逃げ延びたあと、夜になると守れなかった人達の悲鳴が聞こえてくるようになった。先輩に相談したら皆そうらしい。私達は人間だ。失敗もするし力が及ばない時もある。気にするなとは言わないが、気に病む必要はないんだ」

デボラなりに励まそうとしてくれているのだ。
だが自分自身が納得できそうにない。

「まあ、あんたが決めたんなら誰も止められはしないよ。でも覚えておきな。この村はあんたの村でもある。あんたが救い、そして村の皆があんたを受け入れた。あんた自身の力で勝ち取った村での立場だ。それを忘れるんじゃないよ」

「わかった。近いうちに戻ってくるさ」

「あんたは転移魔法が使えるからね。一度行った場所なら一瞬で移動できるんだろう?」

「試した範囲ではな」

デボラがふふっと鼻で笑い、懐から小さな巻物を取り出した。

「エルレエラの連絡所宛に紹介状を書いておいた。アルカンダラまでの旅で最大限の便宜を図るよう指示してある。あとはひたすらアルカンダラを目指しな。アルカンダラに着いたら養成所のサラ マルティネスを訪ねるんだ。きっと力になってくれるはずだ」

「ああ。ありがとう」

「あと、あんたが持ってきた魔石やら何やらの買取金だよ。金貨で20枚、銀貨と銅貨それぞれ20枚。余った魔石は別の街で売っておくれ。さすがに私の店で扱える量を超えている」

デボラから受け取った布の小袋はずっしりと重い。
全てを買い取ってくれなかった事に文句はない。買い取るにも手元に資金が必要なのだ。契約は契約といって買い取りを迫るほど、俺は悪人にはなれなかった。

「それとだ。今日はハビエルの荷馬車が戻る日だ。護衛任務って事にしとくから、ついてきな」

ハビエルか。
この辺りの街を巡る行商人の男の前職は、例に漏れず魔物狩人カサドールだったらしい。それも両手剣使いとして有名で、おかげで普段は護衛もつけずに単独行ができるそうだ。
その結果、ハビエルが商う商品の価格は他の行商人が扱う品物よりも圧倒的に安価となり、ハビエル以外の仕入れルートを駆逐してしまった。
どんな世界でも運送費は品物の価格を左右する重要なファクターなのだ。

◇◇◇

デボラに先導されて、店の裏手に回る。
2頭立ての荷馬車には、壮年の男が一人、何やら木箱や麻袋を積み込んでいた。

「ハビエル!この子もエルレエラまで連れてっておくれ。一応あんたの護衛って扱いだ」

「おう?護衛なんざいらねえが……なんだ、若いな。またデボラの世話焼きか?」

ハビエルの均整のとれた衰えを感じさせない体型からは、相当な強さがにじみ出ている。
御者台の傍らには刃渡り1mを超えようかという両手剣一振り立てかけてあるが、防具と呼べるような防具は革の小手ぐらいのようだ

「まあそんなところさ。あんたも若い頃はカサドール上がりの行商人に付いて回っただろ?今度は自分の番さ」

「まあな。恩返しは次の世代にってな。よしわかった!俺が責任を持って引き受けよう!」

なんだかそれは逆のような気もするが、いろいろな人の背中に教わるのも大事だろう。

「しかし、その服は何だ?森や荒れ地では姿を隠すのに良さそうだな。こりゃ綿か?」

ハビエルが俺の着ているBDUのエポーレットを摘まみ、素材を確かめている。

「まあいい。ほら、井戸で水を汲んで来い!出発するぞ!」

ハビエルが俺に木の樽を放り投げる。

「ちょっと待った!私も行くわ!」

振り返った先には、腰に片手を当てて仁王立ちする金髪ポニーテールの女性がいた。

◇◇◇

「カリナ!あんた何言ってんだい!?」

デボラが飛んでいってカリナの頭を小突く。

「うるさいわね!私だって何かしたいの!」

「何言ってんのかねこの子は!あんた今までろくに修練もせずにぷらぷらしてただけじゃないか!」

「だって母さんは事あるごとに“あんたには才能がない”って言ってたじゃん!」

「事実だろうが!何をやらせても下手くそで、その歳になっても治癒魔法もろくに使えない。そんなんでどうやって生きてく気だい!」

「仕方ないじゃん!私が魔法の手解きを受けてたのって、6歳か7歳の頃でしょ!もっと大きくなってから教えてくれればよかったのに!」

「私が初めて魔法を使ったのはそれぐらいの時分なんだよ!」

井戸から汲んだ水で樽を満たしている間に、2人のやり取りを聞く。
ああ。これはカリナが気の毒だ。

この数日間でカリナの性格の一片は知ることができた。彼女は面倒見がよく、よく言えば姉さん肌、悪く言えばガキ大将をそのまま大きくした感じだ。いわゆる家事や母親の店の手伝いをする傍ら、頼まれれば他の家の手伝いもこなしている。更には“自分は狩人じゃない”と言いながらも腰の短剣の手入れはきっちりやっているし、弓矢の腕も確かだ。実際にゴブリンや獣を狩る事もあるらしい。
その一方でデボラの教育方針はスパルタだ。
自らが越えられない壁となって立ち塞がり、あるいは崖から突き落とし這い上がってくるように仕向けるスタイルなのは、彼女から一通りの魔法を見せてもらった俺も経験した。そんな教育について来れる幼い子供はそうはいないだろう。

突然始まった親子喧嘩のどちらの味方をしても角が立つのは間違いないが、“自分の今の境遇を変えるきっかけが欲しい”と願うカリナの気持ちもわかる。
さて、どうするべきか。
出立の支度を進めるハビエルはといえば、2人の親子喧嘩を面白そうに見ている。

「ほっとけよ若いの。別に本気でいがみ合ってるわけじゃねえ。ただちょっとアレだ。デボラは自分の子供には理想を押し付けるところがあったんだなってことさ」

「放っておいていいんですかねえ」

「まあアレだな。カリナには悪いが、子は親を選べねえからな。お前さん、あの娘の面倒見るかい?」

面倒見るって言われてもな。カリナの年齢は推定20歳前後だろう。実年齢の俺からすれば娘だし、今の俺の見た目年齢からすればカリナのほうがお姉さんだ。

茶目っ気たっぷりにウインクなぞするハビエルの言葉に戸惑っていると、この偉丈夫は小さく口笛を吹いた。

「デボラ!井戸の前で迷惑だ。カリナはエルレエラまでの往復の間は俺が面倒見てやる。カリナだって村の外も見てみたいだろう。1週間だけ俺に預けてみないか?」

「その話乗った!ほらカズヤ!ちょっとどきなさい!」

そそくさとカリナが荷馬車の荷台に取り付く。
デボラは軽く頭を振って大きくため息をついた。

「まああんたがそう言うんなら、あんたに任せるよ。カリナ!自分にできる事とできない事があるって思い知っておいで!」

「へ~んだ!ちゃんとわかってるもん!」

デボラに向かって思いっきり舌を出すカリナの姿は、とても20歳前後の女性には見えなかった。
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