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物語は唐突に始まる

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 銃声が響く。

 星が瞬く山を逃げる影が二つ。
 追いかける男たちは怒声を上げながら二人を追いかける。

 追いかける男たちはどう見ても堅気ではない。
 男たちの手には拳銃が月明かりに照らされ鈍く光る。

 人里離れた山の中、逃げる男女。

「何なの、あんた!」

 年の頃は二十歳くらいの女性が茶色の髪を振り乱しながら、声を抑えて叫ぶ。

「僕の名前はアルドナルです。ここは何処なんですか? それに貴方は誰? あの人相の悪い男たちは?」

 アルドナルと名乗った男は高校生くらいだろうか、幼い顔に不安の色を映し出していた。
 けもの道を少し外れた大きな木の陰にふたりは隠れて、男たちをやり過ごそうとする。

「ここは秩父の山の中で私は夏美。追いかけてきているのはヤクザよ。見ればわかるでしょ!」
「秩父? ヤクザ? ちょっと僕にもわかるように説明してもらえませんか?」
「あんた日本語上手いけど日本人じゃないの? その恰好はコスプレじゃないのね」

 アルドナルは体にぴったりと張り付いたような黒い服の上に紺色のローブを身につけ、大きなとんがりの魔法使いのような帽子を身につけている。
 晴天の空の色のような青い瞳、銀色に輝く髪、スッと伸びた鼻。低い身長と幼い顔立ちで少年に見える風貌と衣装が非常にアンバランスだった。

「貴方こそおかしな格好をしていますね。仮装パーティーかなにかですか?」

 夏美と名乗った女は山道用のブーツに黒いジーパン。茶色の髪はポニーテールに縛り、深い緑のタンクトップの上から、ミリタリージャケットを羽織っている。背中にはリュックサックを背負っていた。

「これは仕事着よ。それよりあんた、さっき魔法陣から出てこなかった? まさか悪魔じゃないでしょうね。あたしは骨董遺物(こっとういぶつ)に興味はあるけど、その効果には興味がないのよ。悪魔なら帰ってくれない?」

 夏美が広域指定暴力団山形組から盗んだ魔法陣の描かれたタペストリーから、アルドナルが出てきた様子を思い出しながら文句を言う。

「悪魔だなんて、失礼ですね。僕はただの魔法使いですよ」
「やっぱりコスプレ高校生か」

 夏美はあきれ顔で、アルドナルを見る。
 頼りなさそうな小さな体、状況が状況でなければ守ってあげたくなりそうな可愛い顔。ショタ心をくすぐる。

「あんたはあっちに逃げな、あいつらの目的はあたしだから捕まるんじゃないよ」

 そう言って、木の陰から立ち去ろうとした時、男たちの声が山に響く。

「いやがった! 兄貴、こっちだ」
「よくやった! サブ。あのくそアマ、親父のコレクションを盗みくさって!」
「捕まえたら、犯しまくって売り飛ばしてやる!」
「ヤクザなめやがって! ろくな死に方できると思うな!」

 ヤクザたちは足音を隠すそぶりも見せず、取り囲むように夏美たちに近づいてくる。

「てめえ! 動くな! 動くと撃つからな。ここなら人も来ねえし、死体を埋めるのも楽でいいや」

 拳銃を手に四人がゆっくりと近づいてくる。

「夏美さん、あの手に持っているのは何なんですか?」
「拳銃よ、それくらい知ってるでしょう」

 夏美はどこか逃げ場がないかあたりを見回しながら答える。

「そうだぜ、僕ちゃん。水鉄砲じゃないぜ。ちゃんと火薬で鉛玉が出る本当の鉄砲だぜ。へへへへ」

 サブと呼ばれた坊主頭のチンピラが距離を詰めながら、馬鹿にしたように答える。

「火薬……という事は火を使って鉛を飛ばしているんですね。わかりました」

 アルドナルは独り言のようにつぶやくと両手を大きく広げた。

『禁火』

「てめえ、変な動きするんじゃねえ!」

 坊主頭のアロハシャツのチンピラは少年に向かって引き金を引く。

 カチッ

「……ッ!」

 カチャッ、カチャッ

 チンピラは発射されない拳銃に苛立ちながら何度も引き金を引く。

「さあ、今のうちに逃げましょう」

 アルドナルは夏美の手を引いて山の上に向かって逃げる。

「てめぇ、逃がすかよ!」

 カチッ

 兄貴と呼ばれた紺のスーツを着た男が引き金を引いたが、サブと同じように撃鉄の落ちる乾いた音だけが響いた。

「なにやってる! お前たちも撃て! 殺しちまっても構わねぇ!」

 アルドナルと夏美は後ろを振り返ることなく一目散に逃げる。
 後ろからは銃声が響くことは無かった。

 拳銃の不調に気を取られて、ヤクザたちは二人の姿を再度見失った。



「あんた馬鹿じゃないの。たまたま拳銃が壊れてたからよかったものを……」
「あれが火を使って発射されるなら火が起きないようにすればいいだけですよね。四大元素を操るのはいくら僕だってできますよ」

 夏美は説教しながら、ミリタリージャケットを脱ぐと、その下から汗だくのタンクトップに包まれた、ふくよかな胸が自身を主張をする。
 思わず目をそらす初心(うぶ)な少年。

「まさか、さっき弾が出なかったのはあなたがやったとか言わないわよね。どんな厨二病よ。魔法なんて漫画かゲームだけの世界にしときなさいよ。それより、なんとかあいつらに見つからないようにふもとまで降りないと、逃げられないわね」
「漫画? ゲーム? 何ですかそれは? まだまだ世界には僕の知らないことがいっぱいあるんですね」

 夏美はリュックサックからカロリーメイトとペットボトルを取り出し、口に放り込む。

「あんたも食べる?」

 夏美からカロリーメイトを受け取ると不思議そうに見たあと、思い切って口に入れる。

「不思議な味ですね。それより山のふもとに降りたいんですよね」
「ええ、ふもとまで行けば車があるからそれで逃げられるわ」

 アルドナルは少し考え込んだ。
 ここは魔力濃度がかなり濃い、最弱魔法使いと言われた自分でもこれなら普通に魔法が使えそうだ。

「ちょっと試してみたいことがあるので僕の手を握ってみてくれませんか?」
「なに、僕ちゃん。お姉さんと手をつなぎたいの?」

 夏美はからかうようにアルドナルを見るが、夏美の言葉の意味を理解していないのかきょとんとしている。
 からかった自分が恥ずかしくなり、素直にアルドナルの手を握る。

『弱禁重力』

 アルドナルの体はふわりと浮かび上がると、それにつられるように夏美の体も浮き上がろうとする。

「ちょ、ちょっと待って!」

 夏美は地面に置いていたジャケットとリュックを慌てて掴むと、二人はどんどんと高度を上げ、そばにある杉の木を越した。
 大きな月明かりに照らされた山と、遠くに人工の光輝く街が、まるで芸術品のように夏美の心を奪った。

「ピーターパン! あんたもしかしてピーターパンなの!?」
「どんなパンなんですか、それって? 僕の名前はアルドナル・ラミルですよ。じゃあ、ふもとに移動しますよ」

『発風』

 満天の星空に舞い上がった二人は山のふもとへと風によって運ばれる。

「あんた本当に魔法使いなのね。すごい!」

 空を飛び、興奮する夏美を尻目にアルドナルは険しい表情をする。

 夜の暗さでもわかるその世界の異様さ。
 アルドナルが生まれ育った街、国のどれにも当てはまらない景色。
 自分はいったいどこに来てしまったのだろうか?
 不安に胸が押しつぶされそうになる。

 そんなアルドナルの不安に気づかない夏美は自分の車を見つけるとそこに降ろすように指示をする。
 地上に降りて車に乗りこもうとドアを開けた時、男の声が聞こえた。

「なんだ! てめぇ、どこから現れやがった!」

 逃げるなら車に戻ると読んでいたヤクザが見張り役を残していた。
 てっきり山道から降りてくるものと思い込んでいた見張り役には二人が突然現れたように見えたようだ。

「まずい! 早く乗って!」
「え、どうするんですか? これ?」
「ああ、もう!」

 夏美は運転席から助手席のドアを開けて、見張り役の男を見ると、携帯電話で仲間を呼んでいるようだ。

「早く乗って! あと、ドア閉める! 引っ張って!」

 アルドナルが車に乗り込んだのを確認してアクセルを踏み込む。
 軽くタイヤが空転して急発進をする車。
 椅子やドアに体をぶつけて悲鳴を上げるアルドナル。

 曲がりくねる山道を下りながら、バックミラーを確認して追って来ていないことを確認してからカーラジオをかける。

「念のためシートベルトをしておいてね」
「何ですかそれ?」

 さすがに夏美もアルドナルの無知に慣れてきた。
 自分もシートベルトをつけながら説明する。

「さて、あなたにはいろいろ聞きたいことは、とりあえず助けてくれたありがとう、少年」
「僕もいろいろ聞きたいことがあります。なぜこの秩父と言う国はこんなに魔力濃度が濃いのですか?」
「……ハハハッ。ごめんごめん、秩父って国の名前じゃないのよ。あ、詳しい話はまた後で、しっかりつかまっててね。突っ切るわよ」

 夏美は前方に道をふさぐように止められている二台の真っ黒いワンボックスカーを見つけた。
 ヤクザの車はこちらに向けてライトをハイビームにして待ち構えている。

 止まるか、ぶつかるか。それとも、もと来た道を引き返すか。

 夏美はぶつかるつもりなのか、アクセルを踏み込む。
 向かう先は山肌。
 山に当たる瞬間に急ハンドルを切ると車は片輪走行をしてそのまま、山肌ぞいに車のそばをすり抜ける。

「わきが甘いわよ」

 しかし、ヤクザたちも車をUターンして追いかけてくるのがバックミラー越しに確認できた。

「しつこいわね。しつこい男を嫌われるわよ。まあ、あたしは嫌いじゃないけどね」

 テンションがハイになっているのか独り言をつぶやきながらタイヤを鳴らす。
 
 銃声が鳴り響き、左のサイドミラーが割れる。

「さっきみたいに銃を壊せない?」
「できますが、もしかして今乗っている乗り物も火を使ってます? 先ほどの魔法は火が出なくする魔法なんですけど」
「それはまずい! こっちの車まで止まっちゃうってこと? じゃあどんな手でもいいから後ろの車が追いかけて来られないようにできない?」

 夏美は下りの山道を必死で運転しながら、アルドナルにお願いする。
 少し考えたアルドナルの目に落石注意の標識が目に入った。

「ちょっとこのガラス開けてくれませんか?」

 アルドナルは助手席のドアのガラスをこんこんと叩く。

「ちょっと待ってて」

 運転席側のスイッチで窓を開けると、アルドナルは上半身を乗り出した。

「ちょっと、危ないわよ」

 また、銃声が響く。

『発岩』

 土砂崩れ防止のコンクリートから突然岩が生え出て、ヤクザたちの進路をふさいだ。

 ブレーキ音がむなしく響き、大きな衝突音が一つ、時間差でもう一つ。
 そして爆発音と炎と煙が上がる。

「これでいいですか?」

 アルドナルがシートに腰かけながら夏美に確認する。

「あ、ありがとう。本当の本当に魔法使いなんだね。少年」
「僕の名前はアルドナルですよ。夏美さん」
「夏美でいいわよ。アルドナル……長いわね。これからもよろしくね。アル」




 こうしてトラブルメーカーでトレジャーハンターの夏美と元の世界で最弱魔法使いだったアルが、最強魔王タッグと呼ばれるようになる冒険が幕を開けたのであった。
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