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第三章

アレックスとアータル

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「兼光とは?」

 マリアーヌが不思議そうに問いかける。

「兼光はこちらの小さなドラゴンのことです。大きい方がモナ……」
『モナマリナスゼトロポリトロスだ。一度で覚えなさいよ』

 黙って聞いていたモナが始めて口を開く。
 マリアーヌはモナの言葉にビクリと少し体をこわばらせる。

「ちょっと長いのでモナ様でいいですよね」

 俺はマリアーヌを怖がらせないように努めて優しく、モナに了解を取る。
 モナは呆れた声で同意する。

「それで兼光さんをわたくしにくれると言うのですか? このドラゴンを?」
「正確に言うと兼光の抜け殻です」

 俺の言葉にモナが鱗の間から兼光の抜け殻を取り出す。

『やっぱりこれ、渡さないとダメなのか?』

 表情は分かりづらいが、嫌そうな顔をしている。

「モナ様、これから自由に兼光と会えるからいいでしょう。ほら、早く渡してください」
『え、やっぱりやだ!』
「やだじゃないです。早く離してください。代わりにこれをあげますから」

 俺は兼光の鱗で作った首飾りを見せる。
 ドワーフの美しい組糸を通した漆黒の鱗。

『……わかったわよ』

 首飾りと交換でやっと、兼光の抜け殻を渡してくれた。
 ほかのドラゴンたちはよくすんなりと子離れできたな。
 まあ、会えなかった時間が長かったせいかもしれない。
 俺は兼光の抜け殻を見せる。
 中身こそないが、ドラゴンの形がはっきりとわかる抜け殻。

「これをドラゴンとの盟約の証として受け取ってください。必要なら王都上空を飛ぶパフォーマンスくらいは、やってくれますよ」
「いえ、結構です。そんなことをしたら、王都が混乱に包まれます」

 ドラゴンの抜け殻を受け取ったグランドマスターは、首を横に振った。

「では、彼らドラゴンと盟約を結んだという事でよろしいですね」
「ええ、わかりました。しかし少しお時間をください。わたくしが王都に戻り、国王陛下を説得してみせますわ」
「貴方が彼らのために動いていただけるというのなら、私たちもできる限り、お手伝いします。それでよろしいですね、モナ様」
『我々が安らかに暮らせるなら何でもいい』

 俺はモナたちのかわりにマリアーヌと握手を交わす。



 モナと兼光に手伝ってもらい、警備隊の負傷者の手当てを手伝う。

「そういえば、なんでお前たちは街に来たんだ? まあ、そのおかげで助かったんだけど」

 俺は姫鶴に問いかけると、深いため息で返事をする。

「あれや」

 みんな、黙々と撤退の準備を行うなか、騒がしい部隊がいる。
 姫鶴はそちらの方を指さした。

 ひときわ背が高い男性が、黒髪の男と口論している。
 その周りに金色の女性二人も、背の高い男に混ざって黒髪の男に突っかかっているようだ。

 背の高い男性に見えるのはアレックスだ。
 黒髪の男はアータルか?
 なんでここにいるんだ? ミクス村にいたはずだが……。

「まあ、村で見境なしに女の人を口説いてたしょうがなかったから、タマラねぇに捨ててこいって言われたんよ。さすがにキヨにぃの知り合いを、その辺に置き去りにするわけにもいかんから、兼光に捕まえさせて街の近くまで運んできたんよ。そしたら、なんかすごいことになっとるし、キヨにぃ達が食われそうなってたから、あの兄ちゃんほっぽり出して助けに行ったんやで。感謝しいや」
『感謝しいや』

 偶然に助けられた。
 姫鶴たちが来てくれなかったら完全に手詰まりだった。

「ありがとう。二人とも、本当に感謝している」

 俺は二人に深々と頭を下げる。

「な、なんや。えらい素直やな。気持ち悪い」

 俺の態度を見てどういう態度を取ったらいいのか慌てる姫鶴。
 姫鶴と兼光には助けられてばかりだ。
 いや、二人だけじゃない。
 レイティア、ソフィア、ムサシマルやタマラにも助けられてばかりの気がする。
 いい仲間に恵まれたものだ。
 そういう意味ではアータルが村を追い出されるようなことをしなければ、そもそも二人はここに来ていない。

 もしかしたら今回の最大の功績はアータルか?

 口が裂けても言えないが……。

 少しは助けてやるか。

「なんで君がここにいるんだね!」
「だから、さっきから何度も言ってるだろう。美しい女性たちの悲鳴が聞こえたから助けに来たんだろう」

 背の高い美少年に見えるアレックスと軽薄そうなアータルが言い争っている。

「なにをわけの」
「わからないことを」
「「言っているのですか!」」

 アレックスの両脇でレンとランがアレックスに加勢している。
 そこに俺は近づく。

「実はアータルを呼んだのは俺なんだ」
「そ、そうだ。こいつに呼ばれて来ただけなんだよ」

 アータルは分が悪いと察すると、俺の言葉に乗っかってきた。

「俺が警備隊とドラゴンが正面衝突で戦う。特にアレックスが尖兵隊として非常に危険な立場にいる。アレックスのことが大事なら直ぐに戻って来いと連絡したんだ」
「そうそう……へ!?」

 俺の言葉を鵜呑みにして相槌を打ち、アータルが目を見開く。

「アレックス、よく聞け。こいつはお前の危機にいてもたってもいられず、あの子ドラゴンに頼み込んでここまで来たんだぞ。その意味がわかるよな」
「ちょっ! 何言ってるんだ?」

 アータルが言葉を遮ろうとする。
 まあ、任せておけと言わんばかりに、俺はニッコリと笑う。

「口止めされていたが、お前のアータルに対する態度にどうしても口出ししたくなったんだよ。アレックス、口でどう言っても行動で示す、そんな男の気持ちが、お前ならわかっていると思ってたのにな……俺はガッカリだよ」

 アレックスは珍しく真剣に考え込んでいる。

「そうなのか。アータル」
「いやいや、違うから! こいつの頭がおかしいだけだ」

 アータルは必死で否定する。
 全身で否定する。
 全力で否定する。

「アータルにとって、アレックス、お前は特別なんだよ。どんな女性を口説いても、お前は口説かないだろう。他にそんな女性がいるか? よく考えてみろ。さあ、俺が言いたいのはここまでだ。あとは当人同士で良く話し合ってみる。じゃあな」

 いつも斜に構えて余裕を見せていたアータルがあたふたと慌てている。
 まるで乙女のように顔を赤らめてるアレックスの隣で、双子がしっかりしてくださいと声を掛けている。

 俺はかき乱すだけかき乱して、その場を後にした。
 アレックスがアータルとくっついてくれれば、レイティアにちょっかい出さなくなるし、世の女性たちの平和にもつながる。

 うん! いいことだらけだ。
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