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第三章

マリアーヌの使命

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 その日はどんよりと雲に覆われた天気だった。
 朝一番でレイティアと合流して、警備隊本部へと向かう。
 すでに多くの人間がドラゴン退治の傭兵として集まっていた。
 レイティアに家族から急用と言ってアリシアを呼んでもらうと、長い金色の髪を後ろで結い上げ、金属製の鎧に身を包んだアリシアが現れた。

 レイティアに似たその顔に疲れが見える。
 その後ろにはエルフが一人ついてくる。

「レイティア、急用ってなに?」
「ごめん、お姉ちゃん。実は……」

 アリシアが警備隊で忙しいのはわかっているため、少し言いづらい。
 そんなレイティアの姿を見たアリシアが先に口を開く。

「レイティア、あなたまさか! 赤ちゃんが! おめでたいことだけど、私はまだこの男のこと認めてないんだからね!」
「お姉ちゃん、ちがう! わたし達、実は本部長とグランドマスターに話しがしたいの。例のドラゴンのことについて」

 アリシアのアホな勘違いに慌てて本題を告げる。
 姉の顔から公人の顔に一瞬で変わる。

「私が聞くのでは駄目か?」
「今日の午後に総攻撃を仕掛ける気だろう。その前に話しをしておきたい」

 じっと俺とレイティアの目を見る。

「……わかった。少し待ってなさい。ユリ、三人を応接室へ案内しておいて」
「了解!」

 俺たちはアリシア隊のエルフ、ユリに案内されて応接室へ案内される。

「ユリさん、状況はどうなんですか?」
「……アーちゃんには僕から聞いたって言わないでね」

 ユリはちょっと困った顔をした。

「ええ、もちろんです」
「それから、話すけど。あんまり良くないねー。そもそもドラゴンに手を出しちゃいけないのよね。ちなみにあなた達はどんな話をするつもりなの?」
「それは……」

 そう言いかけた時、ドアがノックされ、本部長、マリアーヌ、サンドラとアリシアが応接室に入ってきた。
 入れ違いでユリがそそくさと退出する。

「それで、お話とはなんでしょうか? 時間がないので手短かにお願いします」

 本部長は挨拶も愛想もなく、単刀直入に言い放つ。

「今日のドラゴンへの総攻撃を中止してください」

 俺も駆け引きなしでまっすぐ話す。

「無理です。お引き取りください。おい、アリシア! 客人のお帰りだ」
「ちょっと待ってください。話しを聞いてください」

 席を立とうとする本部長を引き止める。
 隣のサンドラが「だから男の話など時間の無駄だとあれほど言ったのに」と独り言を言うのが聞こえる。

「ドラゴンを攻撃したらこちらにも甚大な被害が出ます。飛竜種バハムートはこちらから攻撃しなければ、どこかへ逃げて行きます。しばらく手出しせずに様子を見てください」

 俺は必死で食いつく。

「同じ話を魔法技術院からも申し入れがあった。その上での判断だ」

 本部長は眉間のシワをいつもより深くして答える。

「何故ですか! マリアーヌ達の功名のために警備隊員を危険に晒すおつもりですか!?」
「なにを! 貴様!」

 本部長の代わりにサンドラが吠える。
 サンドラは立ち上がり、剣を抜こうとするのを止める女性が一人。静かに口を開く。

「キヨさん。誤解のないように申し上げますわ。今回の件、わたくしの名誉などはどうでも良い事です」

 それまで静かに聞いていたマリアーヌが俺を見据える。

「貴方の言う通り、放って置けばあのドラゴンはどこかに行ってしまうかもしれません。この街は安泰でしょう」
「それがわかっているなら、危険を冒す必要はないだろう!」

 大人しい印象のマリアーヌの顔がいつもと違って見えるのは気のせいだろうか。

「では、あのドラゴンが去った先に、この街よりも備えのない小さな村があった場合、誰がドラゴンから民を守るのですか?」
「……」

 文献では臆病で人里に滅多に現れないとあったが、襲わないと言う保証はない。

「もともと、片田舎の下級貴族のわたくしにどれほどの名声がありましょうか。それでも貴族として民を守り、良き方向に導くよう教育を受けてまいりました。ましてやグランドマスターになったわたくしが矢面に立って外敵を討ち滅ぼさなければ、誰が納得いたしましょう」
「では、あのドラゴンが人に害を与えないと確約できたら、攻撃は中止されるのですか?」
「そんな事をどうやって証明する!?」

 サンドラが思わず口を挟む。

「攻撃予定は午後ですよね。それまで私にドラゴンを説得させてください。それならばどちらに転ぼうとあなた方に損はないはずだ」
「なにをするつもりですか?」
「ドラゴンに酒を飲ませて説得する!」
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